Merry Christmas for you

華やかなクリスマスディスプレイと、暖かなイルミネーションに彩られた駅前通り。
いつもなら日が暮れれば誰もが足早に家路につくのに、クリスマス・イヴを迎えた今日に限っては人の波が減る事もなく、昼間と変わらない賑わいを見せている。周りを行き交うのは、殆どがカップルばかりで・・・・。徐々に膨らんでいった期待と盛り上がりが最高潮に達して、浮き足立っているように見えた。人々の流れに乗りきれず、色あせて見える景色をどこか遠くに感じながら。


クリスマスは、ケーキとチキンを食べる日。
日本人ならクリスマスより、お正月じゃないの・・・・。


自分自身に言い聞かせるものの、込み上げてくるやる瀬無さが溜息となって、淡くて白い綿模様を作り出す。手の中には先程受け取ったばかりの、クリスマスケーキが入った白い箱。駅前通にある、美味だと評判のケーキショップで、この日の為にと以前から予約しておいたものだ。お姉ちゃんは彼氏と一緒だし、お兄ちゃんは正月まで実家には戻ってこない。そんな訳で今年は、両親と3人でのクリスマス。

ちょっと前までは当たり前な光景だけど、心にぽっかり大きな穴が開いてしまったような物足りなさと、寂しさを感じてしまう。頬を切るような寒さが、隙間風となって心の中にまで吹き込んでいた。


寂しくなんかないよ、私は平気。


口ではそう言ってるけれども、やっぱり一人は寂しくて。
凍える心を溶かしてくれる、大好きなあなたの温もりが恋しくて仕方がない。
だって、この世に独りが平気な人なんて、いる訳ないじゃない・・・。
本当だったらこのケーキだって、彼と二人で食べる予定だった・・・無理だと分かっていたけれど。


楽しげに笑う声が耳元を掠めて、ふと視線を向ければ、腕と共に互いの瞳をも絡め合うカップルが脇を通り過ぎてゆく。目の前の相手以外・・・イルミネーションもディスプレイも、まるで目に入っていないくらい、甘く言葉を交わしながら幸せそうに微笑む彼ら。いつしか歩みは止まり、人の流れの中に取り残されたようにポツンと佇んで、過ぎ去る二人の背中が消えるまでじっと見つめていた。


今年も、一緒だと思ってたのにな・・・・・・。
高校を卒業したから、ちょとだけ大人っぽく背伸びをして、過ごせたかも知れないのに。


フラッシュバックのように重なるのは、優しくて柔らかい琥珀の瞳で微笑みかける、ここにはいない彼の姿と私自身。去年の今頃の私たちも周りから見れば、あんな様子だったのだろうか。


蓮くんの嘘つき・・・。
約束したじゃない・・・・・・。


吐息となって夜空に溶け込む小さな呟きも、遠く海を隔てた彼には届かない。

それは彼と出会ってから初めて一緒に過ごした過ごした・・・2年前、高校2年のクリスマス・イブ。
まだ高校生だったから遅くまではいられなかったし、ささやかなものだったけれど。
蓮くんの優しさが・・・想いが・・・温かくて。とても、幸せに満ちていた。


『来年のクリスマスも、その次も。ず〜っと一緒に過ごそうね』

抱き寄せられた腕に包まれながら見上げると、降り注ぐキスを受け止めて。
少しの沈黙の後に、なぜか困ったような、どこか寂しげな微笑で返事をしてくれた。

『・・・・・・あぁ。もちろん、香穂子と一緒だよ・・・・』

沈黙と微笑みの意味を考えて、子供みたいはしゃいで浮かれる私に、仕方ないなと半ば呆れてたんだと思ってた。けど・・・違ってたんだね。本当に私は、何も知らない無邪気なお子様だった。
きっと蓮くんは、あの時から分かっていたんだ。高校生の間までなのだと・・・次は一緒に過ごせないんだと。それはクリスマスに限った事じゃなかったけれども。





**  **





「ただいま〜。はいお母さん、ケーキ受け取ってきたよ」
「あらお帰り、香穂子。お使いご苦労様」

家に戻ってリビングに入ると、夕食の支度をしていた母親が手を止めて、いそいそと待ちかねたようにやってきた。待ちかねたのは私の方か、それともケーキの方なのか。ちょうど料理が整った所らしく、テーブルの上には、いつもよりも豪華で賑やかな食材たちが、美味しそうに並んでいる。
クリスマスケーキの箱を渡して自分の部屋へ戻ろうとすると、ちょっと待って・・・と呼び止められた。

「香穂子宛てに、小包みが届いてたわよ」
「私に?」
「とびっきり素敵なサンタクロースから、クリスマスプレゼント。愛されてるわね〜この、幸せ物!」

ニヤリと笑いながら肘で数度、このこの〜っ!っとからかう様にこずかれて、一体何の事かと目を丸くするばかり。やがてケーキの箱と引き換えに手渡されたのは、両手にすっぽり収まる程の小ぶりな箱だった。

「国際小包だ・・・・」

誰だろう・・・そう思って送り主を見ると、送り先はドイツから。そして、忘れもしない本人直筆の月森蓮の名前。


蓮くん・・・!?


信じられない思いで、暫くじっと小包を見つめていた。ハッと我に返ると、弾かれたようにリビングを飛び出して階段を駆け上がり、自分の部屋へと向かう。勢い良くドアを開けて滑り込むと崩れるように床へ座り込み、震える手のまま、無我夢中で包装を解いていった。


やがて包みから現れたのは、ブルーの小さな紙箱。正面のくり抜き窓に覆われた透明なビニールシートの中には、可愛らしい小さな熊の縫いぐるみが、ちょこんと収まっている。そっと箱を開けて取り出した熊は10cmくらいの体長で、ふわふわの肌触り良い白い毛に、薄い茶色が混ざったまだら模様。首には金色のリボンが巻かれていた。箱を見るとオーナメントという文字が書いてある通りに、頭には紐がついている。

「可愛い〜」

頭についた紐を摘んで線の高さまで持ち上げると、人差し指で突付けば小さく揺れて。大きな瞳で笑いかけてくる。揺れた拍子に角度が変わって、手に持った楽譜にも歌詞が縫いこまれていることに気がついた。細かく丁寧な手作業のそれは、クリスマスソングでお馴染みの曲、きよしこの夜。

贈り物にもさり気なく音楽が含まれているのが、とても蓮くんらしい。嬉しさと温かさが胸に溢れるほど込み上げてきて、緩む頬と口元のまま、自然と歌詞を口ずさんでいた。



小さな左耳にはボタンと共に白いタグが付けられていて、ドイツで有名なテディーベアの専門店の限定品だというのが一目で分かった。どうしよう・・・もしかしたら、すっごく高かったかもしれないのに。
それに、お店には可愛い縫いぐるみだらけなんだから、きっと買う時は照れくさかったに違いない。どんな顔で、どんな思いでこのテディーベアを選んでくれたんだろうとか思うと、熱さで震える心が瞳までを静かに潤ませてゆくようだ。


添えられていたシンプルなクリスマスカードを開くと、凛として真っ直ぐな正確な性格をそのまま表したような、懐かしい彼の筆跡でメッセージが添えられていた。


『メリークリスマス、香穂子。俺の音色をこの小さな熊に託して、君に贈ろう。何よりも大切で、愛しい君へ・・・』


「蓮くん・・・・・・」


溢れそうになる涙を必死に堪えて、小さな熊の縫いぐるみとカードを、胸に押し付けるように強く抱きしめた。込められた想いごと私の中に閉じ込めるようにと、瞳を閉じて彼の全てを感じ取りながら。


どんなに遠く離れていても、自分が大変だろうとも、蓮くんはいつも私を気にかけて想ってくれる。じんわりと染み込んで広がる、温かい彼の気持ちが、凍えた心を少しずつ溶かしていって・・・。
彼の心の中に私が住んでいるんだって伝わってくるようで、すごく嬉しくなる。私もそんなふうに、あなたに温かくて幸せな気持ちを届けたい。

そうだ、このテディーベア。紐があるから、どこかに付けようかな。
携帯につけようか、鞄につけようか・・・。いろいろ考えたけれども、ヴァイオリンケースに付けようと思う。それがこの小さな熊にとっても、私達にとっても一番相応しい場所な気がしたから。






手の平にすっぽり収まるテディーベアとクリスマスカードに微笑みかけながら眺めていると、静かな部屋に電話のベルが鳴り響いた。きっと蓮くんからだと不思議と本能がそう告げて、考えるよりも先に体が動いていて、部屋にある子機を素早く取り上げた。


「はい、日野です」
『もしもし、月森と申しますが・・・香穂子か?』
「蓮くん、久しぶり! 蓮くんからかな〜って思ったら、やっぱり予想通りだった!」

エスパーみたいだなと、嬉しそうにクスクスと小さく笑う吐息が受話器越しに耳に触れて、思わずくすぐったさを感じてしまう。でも私の直感は、蓮くん限定だけどね。目の前に彼からもらったテディーベアとクリスマスカードを並べて、受話器を持ち直した。

「プレゼント届いたよ、ありがとう。凄く嬉しい・・・可愛い熊さん、大切にするね」
『ちゃんとクリスマスに届いて安心した。それに、香穂子に喜んでもらえて良かった・・・俺も嬉しい』
「あの熊さんね、紐がついているからヴァイオリンケースに付ける事にしたの。蓮くんが託してくれた音楽と、いつも一緒にいられるようにってね」

話しながら、笑顔を向ける熊を指先で軽く突付いた。この熊を見ていると元気が沸いて、自然に笑顔が浮かんでくるみたい。きっと蓮くんも、そんな思いを感じて選んでくれたのだろうか。受話器の向こう・・・遠く海を離れた彼にも届くようにと、精一杯の微笑を向けた。

すると耳に届いたのは、切なそうな溜息に交じりの言葉。言葉に宿った彼の苦しみが、私の心をも切なさの糸で甘く苦しく締め付ける。

『・・・すまなかったな、約束・・・守れなくて』
「蓮くん・・・覚えてくれてたんだ・・・・・!」


驚きに目を見開いて、受話器を握る手に力を込めた。
それは2年前の、クリスマスイブの約束。


今思えば子供がする結婚の約束みたいに、無邪気でささやかなものだったのに。きっと彼もそう思っていたかもと、半分諦めていたけれど、彼はずっと覚えてくれていたんだ。でも、あの時の私の気持ちや想いだって確かに本物だったし、今でも変わらずこの胸の中に消えない灯となって、温かく照らしているの。


『忘れるわけないだろう。でも日本に戻れなかったし、香穂子にも寂しい思いをさせてしまった。約束を守れないって、あの時から本当は分かっていたのに、伝えられなくて・・・・・・。これでは、守れないというより、俺は嘘をついたと言われても仕方がないな』
「そんな事ないよ。蓮くん、ちゃんと約束守ってくれたじゃない。今こうして、一緒にいるでしょう? その気持ちが・・・蓮くんの想いが・・・何よりもの最高なクリスマスプレゼントだよ」
『ありがとう・・・香穂子・・・』



受話器の向こうにある互いの気配を感じ取るような、長いようでたった一瞬の沈黙が穏やかに流れる。ふわりと優しい空気が漂い、彼の腕に抱かれているような・・・大きくて白い羽に包まれているような安らぎと穏やかさに、身も心も全て彼の気配に溶け込ませるように委ねた。




「クリスマスカードに言葉を添えたんだが、やはり俺の口で直接伝えたくて」
「蓮くん?」
「メリークリスマス、香穂子」
「・・・メリークリスマス・・・蓮くん」




涙も悲しみも、互いの想いと温かさで包み込む。
乾いた心を潤して、凍った心をも溶かしてくれるのは、こんな夜なんだと思う。
この先の未来を創る、聖なる夜に二人の希望と祈りを託して・・・・。

あなたから、そして私から・・・メリークリスマス。