ホワイトハートストーリー



カフェの真っ白いテーブルの上には、とびきり甘いものたちが所狭しと並んでいる。
香穂さんが目を輝かせて見つめているのは、温かいココアの上に生クリームがたっぷり乗っている、チョコレートケーキみたいなホットドリンク。ティースプーンで可愛いよねと突くのは、褐色と白のハーモニーを彩る、まるで恋の始まりのように甘酸っぱい、赤く小さなラズベリー。

そして僕の前にあるのは、ふわふわの綿飴と真っ白いマシュマロが浮かんだホワイトチョコドリンクだ。君に恋していると伝えたい、ハートのメレンゲに想いを乗せて口に入れた瞬間に蕩ける感覚は、幸せすぎて言葉にならないよ。もちろん僕だけに真っ直ぐ向けられる、大好きな君には敵わないけどね。

甘いスーツに囲まれている今の君は、とっても素敵な笑顔をしているんだよ。ふふっ、とっても可愛いな。


君の意識と視線は僕から反れて小さな彼ら・・・大きな苺が乗ったショートケーキと、太陽のようなオレンジが飾られた黒く艶光るチョコレートケーキへ釘付けになっている。ケーキと香穂さん、どちらかを選べと言われたら、僕は迷わず香穂さんだけを選ぶのにな。でも君は目の前にある甘いものたちの囁きに夢中・・・こちらを向いて欲しいのにと思うけど、無邪気に喜ぶ姿が嬉しくて、いつしか幸せの魔法に捕らわれてしまうんだ。


春の光りをいっぱいに振りまく、丸くて可愛い苺は香穂さんみたいだよね。赤い苺の君に、僕もいちころさ。
いちごにいちころ?と僕の言葉を繰り返し、きょとんと不思議そうに小首を傾げた香穂さんの顔が、暫くして真っ赤に染まっていった。ほらね、頬に熱を集める君は僕だけの甘い苺でしょう?

照れ臭さにふいと視線を反らしてしまった横顔を見つめていると、始めは視線だけ・・・そしてゆっくり向き直って。ちょっぴりはにかみながら、光りに溶ける優しい微笑みを浮かべた。僕の前にあるチョコレートのケーキよりも、ふわっと甘く蕩けてしまいそうだよ。


はいどうぞ、そう言ってチョコレートケーキの皿を差し出し並べると、驚いたように目を丸くして僕を見つめてきた。
香穂さんの前に並んだのは、ショートケーキとチョコレートケーキが二つ。どうしてそんなに驚くの? どちらを食べようかカフェ来る前から、ずっと気になる新作ケーキの事で悩んでいたのを僕は知っているんだよ。


「どうしたの香穂さん、食べないの?」
「加地くん、本当に良いの? 加地くんの分のケーキを私が食べちゃっても・・・。甘いの好きな加地くんが、手を付けないまま私にケーキをくれるからびっくりしたの」
「両方食べたいから一つに決められないって言ってたよね。僕のことは気にしないでいいから。ケーキよりも甘くて美味しい物を、ちゃんと食べるから」
「ケーキよりも甘い物?」
「香穂さんが、美味しそうに食べる姿を目の前で見るだけで、僕はミルククリームの色合いに、ふんわり心も蕩けてしまうんだ。ふふっ、今もね、まろやかな口溶けが僕の中に広がっているんだよ」


今日はホワイトデーのお返しだからね。ふふっと笑みを浮かべて頬を緩めると、絡む視線が熱さを灯し、ありがとう・・・そう零れる吐息が優しい甘さに変わった。

銀のフォークを握り締めわくわくと輝く瞳で、まずはチョコレートのケーキをぱくりと頬張る。落ちそうに緩む頬を押さえながら、とっても美味しいねと満面の笑顔を浮かべる君は、目を細めたくなるくらいに愛しさで眩しい。レモン水を飲んでリセットしたら、今度は白い生クリームのショートケーキにもぱくり。羽ばたく鳥のように肘をパタパタ動かし、嬉しさを伝えてくる・・・ささやかな仕草がどうしてこんなに可愛いのかな。


君は食べたかった二つのケーキを食べて、僕はずっと見たいと願っていたとってお気の輝く笑顔を独り占め。
ほらね、これで君と同じだし、ちゃんと食べているでしょう?でもケーキと一緒にフォークを口に咥えたまま、急に動きを止めてしまった。ゆるゆると唇から抜き去り、小首を傾げて困った微笑みを向けてくる。


「両方のケーキを食べられて、どっても幸せなの。でも私のこと、食いしん坊さんって言わないでね?」
「言わないよ、だって今日はホワイトデーだもの。ここのケーキやドリンクは簿kが大好きな物・・・つまりは僕の分身、だから君に食べて欲しかったんだ。香穂さんからもらった幸せや甘さを返すなら、ケーキ二個とクリームたっぷりのホットドリンクだけじゃ足りないくらいだよ。食べきれないなら僕が食べるから心配入らないよ、同じフォークで香穂さんごとね」
「もっ、も〜恥ずかしいよ。私だってバレンタインに、加地くんからチョコもらったら返したいのに・・・」
「ねぇ香穂さん、一つの物を大切な人と分かち合うって、とっても幸せな事だと思わない? ケーキだけじゃなくてこういうひとときもね。半分こしたりお裾分けしたり・・・笑顔が二倍になれば、もっと美味しくなるし嬉しいよね。僕はもう君からお返しをもらっているよ。香穂さんの笑顔が、僕にとって一番の嬉しい贈りもだから」
「加地くん・・・」


ほんのり赤く染めた頬に花微笑みのが綻ぶと、銀のスプーンを握り締めて二つのケーキを交互に口へ運ぶ。そしてまたもう一口君の口へ・・・と行きかけた所できょろきょろ周囲を伺い、テーブルに身を乗り出してきた。フォークへ乗せたチョコレートケーキが落ちないように、片手を添えながら。驚いて目を丸くする僕に、恥ずかしいから早くしてねと、君は拗ねた視線で急かすんだ。ふふっ、やっぱり香穂さんは可愛いな・・・いや、凄く嬉しいよ、だって君の味がするから。


そわそわと落ち着かない香穂さんに、ありがとうとそう言って微笑みを向けて、そっとケーキを口に含めば、甘く優しい香りが温かさとなって身体中に満ちてくる。全部君にあげるねと言ったけど、美味しさを知ってしまったから、やっぱり食べたいかな。

テーブルの上にある香穂さんの腕を掴み、彼女が握り締めているフォークをショートケーキへと導いてゆく。さっき君がカットした同じ場所にゆっくりと差し入れカットすると、腕を掴んだまま自分の口へと運んでいった。


「え、ちょっと加地くん!?」
「うん、やっぱり美味しい。香穂さんの味がするね」
「私の・・・味?」 


鼻先が触れ合う至近距離で見つめ合いながら、唇に引き寄せられて・・・もうすぐ君を食べてしまいそう。
だけどもここはぐっと我慢、キスの代わりに白いケーキを彩るメインの大きな苺をひょいと摘み、一口だけ囓ってみる。全部食べたら君が怒って泣いてしまいそうだから、ほんのちょっぴり一口だけ。それに甘酸っぱい恋の実を、二人で分け合うなんて素敵だと思わない?


「あっ! 加地くんずるい、私の苺取ったー! 最後のお楽しみに取ってあった、私の宝物だったのに酷いよ・・・」
「ごめんね香穂さん、どうしても君が食べたくなってしまったんだ・・・苺よりも赤くて甘い君の唇がね。だから今は君の代わりに、分身である苺をちょっとだけもらったんだ」


ごめんねと手渡した食べかけ苺を受け取りながら、潤む瞳でぷぅっと頬を膨らませる君は、負けないくらいにストロベリーに染まる。私は苺じゃないもんと零れる吐息で拗ねるのは、ひょっとして苺に焼き餅をやいてくれているって、そう思ってもいい? 僕が本当に食べたいのは甘酸っぱい苺で甘いケーキでもなく、君だけだよ。
じゃぁ・・・本当に食べてもいいのかな。


君が大切にしている物は、僕にとっても宝物。苺もヴァイオリンの音色も、一緒に過ごす時間も、君自身もね。
ねぇ香穂さん、ごめんね? こっちを向いて欲しいな。ほら見てご覧、僕と香穂さんで囲む小さなテーブルには、ベストカップルがたくさん溢れていると思うんだ。例えば君がくるくる掻き回しているココアと生クリーム、ビターなココアと甘酸っぱいラズベリーも素敵だよね。僕のホワイトチョコにはマシュマロやメレンゲ・・・それにケーキも。


生クリームの白いショートケーキには大きな赤い苺が乗っていて、黒く艶光るチョコレートケーキには太陽のようなオレンジが飾られている。違う二つが互いに支え合い、魅力を引き出す絶妙な組み合わせが、たった一つの美味しさを生み出すんだ。それって僕たちが奏でる音楽にも似ているよね。 


どの組み合わせも美味しそうだと頬を緩める君は、スイーツのベストカップル選びに夢中。でもね、これらのスーツに負けない一番甘くて素敵なベストカップルが、もう一つテーブルに並んでいると僕は思うんだ。君は気付いたかな? 


え?分からない?困ったな・・・。


眉を寄せて悩むと、驚いたように目を見開いた香穂さんが、ごめんねと急に慌てだしてしまった。
ふふっ・・・それはね、テーブルを囲んで向かい合う、香穂さんと僕だよ。
ね?どのスイーツよりも甘く蕩けて、魅力的な組み合わせでしょう?