Wedding Anniversary

君と俺との間には大きなものからささやかなものまで、日々たくさんの記念日がある。

記念日というのはあの頃の俺たち二人を、君と一緒に祝う日なのだと・・・そして、今の二人でもっとこの先幸せになろうと誓う日なのだと。大切な日を向かえるごとに、君がそう教えてくれた。




二人が出会った日、初めてデートした日、大切な将来の約束を交わした日、そして永遠の愛を誓った日・・・。
そして今日は、君と俺とで迎える初めての結婚記念日。



香穂子が腕によりをかけて作ってくれた、いつもより豪華な夕食を済ませた後は、ほのかな間接照明だけに照らされた暗闇に包まれたリビングで、香穂子と肩を寄せ合い二人の歩みを振り返る大切な時間。


テーブルの上は柔らかく優しい炎を揺らしたキャンドルと、俺たちが過ごした想い出が写真となって収められた、数冊のアルバムたち。シャンパンのボトルを持って背の高く細長いフルートグラスに注げば、琥珀色の液体が鼓動のように安らぎをもたらすオレンジの灯を受け、静かに泡を昇らせながら輝いていた。



隣で寄り添う香穂子にグラスを渡すとお互い少しだけ姿勢を正し、見つめ合う瞳は琥珀の液体に溶け込ませるように掲げて乾杯をする。



「乾杯〜! 結婚一周年記念日おめでとう!」

「おめでとう香穂子。これからも、よろしく」



触れ合わせた透明なグラスが奏でる、カチンと高く透き通る音を聞きながらゆっくり口元に運び、シャンパンを一口飲んだ。すると甘く爽やかな香りが鼻腔と口の中に広がり、ふわりと温かさが身体の中からあふれ出してくる。

この火照りはアルコールがものなのか・・・それとも君の甘さが俺を熱くするのか。


グラスを高く掲げていた香穂子は薄闇で光る琥珀の輝きと、湧き上がる想いのように消える事無く次々に立ち上ってゆく気泡を楽しげに眺めている。俺が見つめる視線に気が付くと、静かにグラスを下ろしてはにかんだ。



「ねぇ覚えてる? 蓮ってば結婚式の時に、誓いのキスは私のおでこにチュゥしてねって、そう打ち合わせもしてあったのに。いざ本番になったら約束破って唇にキスしてくるんだもん・・・・抱き締めてしっかりたっぷりと! 凄〜く恥ずかしかったのに、私もすっかり忘れて蓮に夢中になっちゃったじゃない・・・」

「香穂子だって緊張で手が震えて、俺の指になかなか指輪をはめられなかったじゃないか。俺だけで無く、見守っている皆も心配していた。俺の指が浮腫んだのか、リングのサイズが合わなかったんじゃないかと・・・。後で皆に詰め寄られてからかわれたりと、大騒ぎだったな」



暴露大会のように互いに想い出を語ると、無言で見詰め合うこと数秒。
どちらともなく耐えられないとばかりにプッと噴出し、声を立てての笑いが込み上げた。



「もう一年経ったんだね・・・早かったな〜」

「そうだな・・・確かに早かった。君と過ごす日々が充実しているから、時が経つのを早く感じる。俺はまだ、一年経った気がしないんだ。だが来年は、きっと一年後の俺たちが今の俺たちを祝うのだろうな」

「一年後かぁ〜。ようやく蓮と一緒に過ごすドイツでの生活にも馴染んできた所だから、まだ想像付かないけど。あっという間に来るんだろうね。ふふっ・・・来年の今日には、一緒に祝う家族がもう一人増えていたりして!」



グラスを持った香穂子が身体の重みを預けて俺に寄り掛かり、肩先へ甘えるように頭を擦り付けてくる。
離れていた時間が長かった分、もう少し君と二人っきりで過ごしたいと思う気持もあるけれど。愛しい君との想いの証・・・自分以上に大切な命に出会えるのならば、こんなに嬉しく素敵な事は無い・・・待ち遠しいとも思う。



人生で大切な事は「何を得たか」ではなく、「何かを得る為に自分はどうしたか」が大切なのだと、俺は思う。
「どうしたか」の過程がつまり人生なのであって、その行動が未来の幸せを左右するのだ。


君と楽しく幸せに過ごす為に・・・君の為に、俺たちはどのような行動を起こし、起こせるのか。
その一つ一つを気にとめるだけでも、幸せの道に少しずつ近づけるのだ。
幸せの形は他人の尺度だけでなく、自分自身にも分かりにくいものだけど。
だが俺は、それを確実なものにしていきたい・・・一年後・・・更なる先の未来ある、まだ見ぬ幸せに向けて。



「日々を積み重ねながら一年ごとに、新しいものが少しずつ増えていくのだろうな。君と俺との大切なものが増えていくように・・・大切でないものをこの世界から無くしてしまえたらいい」

「旅行したい所や欲しいもの、音楽の事、そして家の事や子供の事まで・・・。蓮と語る未来の約束は、ずっとず〜っと一緒にいようねの印・・・愛のお守りなんだよ。遠くじゃなくて明日の事を考えるだけでも、ワクワクするもの。ゆっくりでもいいから一つずつ形にして、大切なものをいっぱい増やしていこうね」



肩先から髪を擦り付けるように俺を振り仰ぐ香穂子がうっとり甘く微笑むと、彼女が描く未来の夢を見る為なのか瞼を静かに閉じた。ならば君の夢を俺も共に見させて欲しい・・・一つずつ一緒に叶えたいからと想いを込めて。


ほの明るい光りに艶めく唇に吸い寄せられながら頭を傾け顔を寄せてゆき・・・俺も瞳を閉じて唇を重ねた。






静かに唇を離すと、俺は持っていたシャンパングラスをテーブルに置き、肩に重みを乗せる香穂子の髪に顔を埋めた。花のような甘く優しい香りに包まれながら、横から抱き包むように廻した手を彼女の手に重ねる。

身体の力が緩んだのを見計らって持っていたグラスを優しく奪い取ると、掠めるように頬へ軽くキスを贈り、俺のグラスの隣にそっと並べ置いた。



「香穂子はアルコールに弱いから飲むのは一口だけ・・・これでお終い。乾杯が済んだから、もういいだろう?」

「え〜っ、蓮のケチ! 今日は特別だから良いでしょう? ねぇ、もう一口だけ飲ませて欲しいな」

「・・・特別な日だから、駄目なんだ」

「どうして?」

「香穂子には内緒。どうしても駄目」



たとえ水のように弱いアルコール一口や漂う香りだけでも、直ぐに気持良さそうに酔ってしまう香穂子。
いつも酔うとご機嫌な君は、ころころと楽しそうに笑いながら、可愛らしく俺に甘えてくるけれど。
そんな君に夢中になって火が付き熱くなりかけたところで、突然糸が切れたようにプツリと眠ってしまうんだ。


あどけない無邪気な寝顔を、俺の前に惜しげもなく晒して・・・・・・。



今夜だけは、君をこのまま眠らすわけにはいかないんだ。
朝がくるまで一晩中、眠らせるつもりは無いから・・・。
そう・・・君を夢路に誘うのは心地良いアルコールの酔いではなく、俺だけでありたい。




現に今もグラスから漂うシャンパンの香りと乾杯の時の一口で、既に酔いが回っているじゃないか。

プウッと膨らます頬だけでなく顔全体に、夜目にも分かるくらいほんのり赤みが差していて、瞳が遠くを見るように蕩けてしまいそうだ。しかし甘くねだる香穂子は俺の胸に飛びついて、蓮のケチと言いながら強く縋りついてくる。


仕方が無いな・・・もうこうなった香穂子は、俺の手に負えないのだ。
愛らしくねだられれば嫌と言えないのだと、心の中で苦笑してしまう。



「じゃぁ、今日だけは特別に。本当に一口だけだぞ」

「ありがとう! 蓮大好き〜!」



嬉しそうに頬を綻ばせて元気良く飛びついてくる香穂子に、やれやれ・・・と小さく肩を竦めながら微笑を返すと、しがみ付く彼女の髪を撫でながらテーブルに置いたシャンパングラスに手を伸ばす。香穂子が飲んでいたグラスを手に取り一口含むと、甘いほろ苦さに混じった爽やかな果実の香りが口の中に広がり、炭酸が想いのように弾け飛んだ。


どんなに新しいものが増えたとしても、一年前のあの時もそして今も・・・この先もきっと変わらないものがある。
愛しい君を想い強く求める気持は、褪せる事無く日々強まっていくばかりなんだ。




何で俺が飲むのだと目を見開き、反論の口を開こうとする香穂子の背中を素早く捕らえて、しなるほど強く抱き寄せる。片手で彼女の顎を捉えると、口に含むシャンパンのように・・・甘く煌き潤んだ瞳に酔わされて上から覆い被さるように唇を重ねた。



俺の口から君の口へと、甘くほろ苦い琥珀色のシャンパンが注がれてゆく・・・。
身を焦がす熱い想いと、捕らえる同じ色の瞳と共に。



やがて、こくん・・・と艶めく白い喉が上下に動き、希望通りに飲み下した事を教えてくれる。
それを合図に甘く耳朶を噛み、舌を這わせながら唇を首筋から根元までゆっくり滑らせていくと、逃れるように身を捩りだし、仰け反った白い喉が俺の目の前にと晒された。



「君が酔って眠りに付く前に・・・今ここで」

「んっ・・・・やっ・・・・・」

「このまま、君を抱いても良いだろうか・・・」

「・・・・・・」



浅く早く胸を上下させて呼吸を繰り返す香穂子の瞳を、鼻先が触れ合うほどの距離で真っ直ぐ見つめ射抜きながら囁き熱い吐息を注ぎ込む。熱さに浮かされたように潤んだ瞳を俺に向けながら、彼女は始め戸惑いに揺れていたけれども、やがて視線をそらすように僅かに俯いて。


ゆるゆると持ち上がったしなやかな手が俺の首へ絡められたのを合図に、ゆっくりと重みを預けて互いの身をソファーに沈めていく・・・君に引寄せられるように。




記念日というのはあの頃の俺たち二人を、君と一緒に祝う日であり、そして今の二人でもっとこの先幸せになろうと誓う日なのだと君はそう俺に言っただろう? 


本当の誓いは君も俺もまだ終っていない、これからなんだ。


誓う言葉はお互いその身と心に直接刻み込もう・・・一年前の俺たちのように、朝に日が昇るまで。








34567キリバンを踏んで下さった青藍さんからリクエストを頂きました。リクエストは「結婚記念日」。この二人にはいろんな記念日があって、いろいろお祝いしてそうですよね。でもそのなかでも結婚記念日は特に大切な日だと思います。彼らなら甘く熱い記念日になりそうかな・・・と思ったのですが、いかがでしょうか?

こんなものですがぜひ受け取ってくださいませv 青藍さんのみお持ち帰り可とさせていただきます。
素敵なリクエストをありがとうございました。