J'ai envie de toi. (君が欲しい)



「そう、このままじっとしてろよ。かなで」
「・・・んっ。動きたくても・・・恥ずかしくて、動けません・・・」
「抱き締めるたびに照れて、真っ赤に固まるのもいいが、そろそろ慣れたらどうだ? 俺としてはこの先へ進みたいが、お前がそう緊張していては、まだ道のりは遠い・・・か。焦るつもりはないが、俺の我慢にも限界があるんだぜ」


抱き締めた腕の中へすっぽりと収まる恋人へ、「そろそろ限界が近いんだが」そうニヤリ笑みを向けると、ちょっぴり拗ねたように振り仰ぐ潤んだ眼差。ぷぅと頬を膨らませて尖らす唇さえも、ツンと上向きに差し出されては、甘さを讃えて誘っているようにしか見えない。ならば、少しだけ味見といくか。身を屈めて軽く啄むキスを贈れば、これ以上染まらないくらいに、耳や首筋まで照れた赤みを増してゆく。


「この先って・・・ち、千秋さん!?」
「好きなヤツに触れたいのは、健全な気持ちだろうが。お前が照れようが知るもんか。言っておくが俺は、自分の求める心には正直なんだ」
「・・・待って下さい。あのっ私・・・まだ心の準備が。胸だって・・・小さいし」


突然のキスに驚き、ぴくりと跳ねた身体が逃げないように、腕と身体を使ってしっかりと小日向を包み込む。抱き締めているのは俺なのに、お前自身の熱が内側からじんわり伝わるから、抱き締められている同じ心地良さを俺も感じているんだぜ。だがお前は、硬い蕾のように心と身体を閉ざしたままだ。

高鳴るお前の鼓動だけは、ちゃんと俺を求めてくれているのに・・・な。


「まったく世話が焼ける。そう硬く閉ざしては、触れ合う心地良さも何も、感じられんだろうが。ほら、ゆっくりと息を吸って・・・吐いて、深呼吸を繰り返してみろ」
「そんなぁ〜無理ですっ。千秋さんが近すぎてドキドキするから、呼吸も上手く出来ないのに・・・」
「安心しろ、今はこうして抱き締めているだけだ。かなでが欲しい気持ちは本当だが、食べ頃にはまだ早いだろう。お前がから俺を望まなくては、意味がない。お前の気持ちが熟すまで、辛抱強く待っててやるさ・・・俺らしくないがな。その代わり、待たせた分だけ、しっかり埋め合わせしてもらうからな」


覚悟してろよ・・・と挑発的な言葉を向けながらも、小日向に注ぐ東金の眼差しはふわりと緩み、口元には優しい微笑みが浮かんでいる。不安そうに見上げる額へキスを落とすと、抱え込んだ頭をそっと胸に押しつけて。穏やかな呼吸を導くように、髪へ絡めた指先をゆっくり撫で梳けば、氷が溶けるように少しずつ堅さがほぐれてゆく。


「無理だ」と騒いでいたが、少しずつ深呼吸を繰り返すうちに、触れ合う胸から感じていた走る鼓動が、アンダンテに落ち着くのを感じた。出来るじゃねぇかと、抱き締めた腕の中へ微笑めば、ちょこんと振り仰ぐ瞳が返すはにかむ笑顔。
穏やかさを導く役目はいつしか、しなやかな髪の感触を楽しむことに変わっていた。


「何も、繋がるだけが快楽じゃねぇ。リラックスした状態で触れ合えば、見えてくるものがあるだろう? 俺がお前に惹かれるところや好きなところ・・・一つ一つ思い浮かべるうちに、このまま溺れちまいたくなる。かなで、お前はどうだ」
「・・・ちょっと恥ずかしいけど、でも、落ち着いたらやっと見えてきました。大好きな気持ちは、ちゃんと伝えたいな」
「・・・かなで?」
「千秋さんの想いが伝わる、ぎゅっと抱き締めてくれる優しい温度。重みとか、男の人なんだなぁって実感してドキドキするんです。大好きな香りとか、髪を撫でられる気持ちよさとか・・・それからえっと・・・」
「もう、いいぜ。俺の方が照れちまうじゃねぇか」
「千秋さんも今、私のことをいっぱい想ってくれているんでよね?」


真っ直ぐ振り仰ぐ澄んだ眼差しが、熱い潤みを湛えていた。思わず苦しさに眉を寄せたのは、理性と欲望が心の奥底でせめぎ合う熱さが、胸を苦しく焼き焦がしたから。抱き締めた身体に柔今までとは違う熱が灯り始めたら、走り始めた鼓動に急かされるように、甘く切ない光に変わった瞳でしがみつく。

俺に包まれながら、どれだけ「好き」が溢れているか・・・一つ一つ数えるうちに、それは強い意識へと変わる。
やっと俺を意識したのか、遅いぞ。と言いたいが、可愛いお前に免じて許してやろう。


「かなで、お前・・・いつの間に、そんな色っぽい顔するようになったんだ? さっきまでの鈍さはどこへいった」
「・・・んっ。ちあき・・・さん」
「俺を誘うなんて大胆だな。ほら、お前も欲しくなるだろう? 俺を、溺れさせてみろ」


交わる眼差しで答えたら、性急さと紙一重のキスを交わす。思わず見開きそうになった瞳をそのまま耐えて、押さえきれない嬉しさと興奮は重ねる唇だけに浮かべた。ほうっと零れた吐息の甘さ、触れた唇に宿る熱は先程までとは違うもの。



ソリストは個性が全てで、他者との違いが価値や魅力になる。無意識に創り上げる部分もあれば、試行錯誤や練習を重ねて意識的に築き上げたものや、ゆるがない信念を共鳴させる・・・。そうやって創り上げた音楽が花となり、聴衆を歓喜の渦へ巻き込むことが出来るんだ。演奏の花を咲かすのは、自分自身の努力だけ。


だが、一人の力だけでは、咲くことの出来ない花もある。
愛されている自信が内側からの美しさを生むように、大切に己の手と身体で慈しみながら、磨きをかける花の艶。お前の中に潜む女の花を咲かすのは、他の誰でもない・・・この俺だ。