Pocky Game




ヴァイオリンを練習した後に上手く弾けたご褒美のジェリービーンズを一粒食べて、一緒におやつを広げるのが香穂子の楽しみだった。今日は特別だぜ・・・と、笑顔で箱から摘んだ一粒を衛藤が差し出すよりも早く、待ちきずに指先へ食いついたのは、柔らかく熱い唇の感触。高鳴る鼓動の引き金を引くのは、いつも無邪気なあんたなんだ。


「・・っ、おい香穂子! 俺の指まで食べるな」
「ふふっ。ジェリービーンズも美味しいけど、桐也の指先はもっと甘いね。ねぇ、桐也はどんなものを私に食べさせてもらったら嬉しい?」
「そうだな、あんたも俺もお互いが好きなものとか。距離が近付く食べ物・・・とか」
「じゃぁこの子は、私たちにピッタリなおやつだと思うの。今日のおやつは、いちごポッキーだよ」


ジェリービーンズをぱくりと食べた香穂子が、チョコのコーティングが染みつく俺の指先を捕らえて、もう一度ぺろりと舐めてくる。もろんそのまま離すわけにはいかないさ、俺にも食べさせてくれよな。
頬を染めることや驚くことさえ予想済みだと、間近で語る悪戯な瞳ごと抱き締めて、俺からもお返しの熱いキスを。

ほうっと甘い吐息を零すと嬉しそうに鞄の中から取りだしたのは、今染まったばかりの唇みたいなピンク色の小さな箱だった。二つのイチゴが仲良く並んでいる絵柄が愛らしいそれは、香穂子がお気に入りのいちごポッキー。


「確かに食べ物を“あ〜ん”って食べさせ合うのは、あんたと俺の愛をすくすく育む貴重な時間だよな」
「大好きなものを大好きな人と分け合えたら、もっと美味しくなるよね。特にいちごポッキーは、桐也とだから食べたいなって思うの」
「俺と?」


手の中へいちごポッキーを握り締めながら、そう言って照れる香穂子の頬も、見つめられる顔にじんわり熱が募る俺も、恋する甘酸っぱいいちご色。真っ赤になる意味が分からないながらも、袋から広がる春の香りが、落ち着かない甘い沈黙となって俺たちを包み込む。

大好きないちご味を楽しむあんたは、ものすごく可愛い顔してるよな。あんたまで、苺になってるぜ。
例えるならば甘酸っぱい苺に雪のシュガーをまぶしたような、ふんわり甘く優しい色合い。
このまま間違えたフリをして、あんたの頬や唇まで食べてしまおうか。


「・・・で。あんたは何で、そわそわしてるんだ?」
「べ、別に隠し事なんかしてないもん」
「俺は隠し事なんて一言も言ってないのに、真っ赤な顔で勢いよく否定するところが怪しいっての」


あんたって本当、嘘付けないっていうか正直だよな。その素直さが俺は好きだけどね。
気持ちが押さえきれずに溢れてるって感じ・・・だから余計に気になるんだよ。一人で楽しむなんてずるいぞ、早く俺にも教えてくれよな。手に持ったピンクの箱をもじもじと弄りながら、上目遣いで見つめる眼差しに焼き焦がされそうになる。


「えっとね、桐也とゲームで勝負がしたいなって思ったの」
「おっ、ゲーム! いいじゃん。いつも俺には勝てないのに、香穂子から勝負を挑むなんて珍しいな。手加減しないぜ」
「このいちごポッキーを使うんだよ、先に唇から離した方が負けなの」
「へ〜簡単じゃん。そうだ、勝った商品はキス・・・ってのはどう? もちろん舌つきで」
「どうしよう、負けたくないけどキスは恥ずかしいな・・・。いいよ、桐也には絶対に負けないもんね!」


あ〜んと言いながら差し出すピンク色へ衛藤が口を寄せると、楽しみを隠しきれない大きな瞳もぐっと近づき、甘酸っぱい香りが鼻腔をくすぐった。頭の中まで、いちごなピンク色に染まりそうだぜ。冷静さを意識を保つのに、必死だなんてあんたは知らないだろうな。


食べさせてもらうだけでも照れ臭いし、近いさにも早い鼓動が細いポッキーから伝わりそうなのに。
舌先でチョコが蕩けていちごが広がり、プリッツの堅い感触に変わると、にっこり微笑む香穂子までそっと反対側を唇に咥えてくる。あんたと俺を繋ぐピンク色からサクサク食べる振動が伝われば、だんだん迫る瞳が「桐也も、どうぞ?」と無邪気に語りかけるんだ。


「一緒に食べたら美味しいって言ったけど。あんたまで俺のポッキー食べてどうするんだよ!」
「あっ! いちごポッキー離しちゃ駄目!勝負はこれからなの。見つめ合いながら、だんだん距離が短くなって、お互いチュッとキスしたかったのに・・・」
「そんな恥ずかしいこと、出来るか」
「私だって恥ずかしいよ。でもね、近付くドキドキ感がキスの味を大きく育てるんだと思うの。桐也が大好きな気持ちがもっともっと膨らんで、唇が触れたらどんな気持ちになるんだろうって、考えただけでフワフワ飛んでいきそうなの」


これはもしかして、離さずに両端から食きったら二人がキスをする・・・あれなのか!?

もう一度やろう?と咥え直したいちごポッキーを揺らしながら急かすけれど、さすがに口移しは恥ずかしくて。
一度は反対を唇に挟んだけれど、羞恥に耐えきれずに口の力でぽきりと折れば、驚きに目を見開く瞳が悲しそうに潤みだしてしまった。


「っ! 折っちゃ駄目。桐也、酷いよ・・・」
「あっ! その、今のは・・・」
「桐也は、こういうの好きじゃなかったかな・・・ごめんね。私たち、恋人同士でしょ? たまには恋人らしいこと、したかったんだもん・・・」


しまったっ・・・! そう思ったときには既に遅く、しゅんと悲しそうに俯いてしまう。
ミニスカートから惜しげもなく覗く膝の上で箱を握り締め、ピンクのパッケージに仲良く寄りそう二つの苺へ、ふわりと優しく微笑むと、愛おしそうに何度も撫でながら・・・。

滲んだ潤みを涙にしないように必死に堪える香穂子に、伸ばした手が届かなかったのは、あと少しの距離でふり仰ぎ、前向きな笑顔に変わったから。


「お菓子を食べるゲームだけど、二人で力を合わせたら、もっと心が近くなると思うの」
「香穂子、悪かった・・・謝る。俺もポッキー、食べたい」
「ん。はい、どうぞ」
「えっと・・・そうじゃなくて、あんたが食べてるのと同じヤツが欲しいんだ。反対側から、一緒に食べてやるよ]
「いいの?」
「勝っても負けても、食べきっても、キスをする事に代わりはないってわけか。そういう可愛い直撃、卑怯だろ」


箱から取り出した一本のいちごポッキーのピンク色を、あ〜んと言いながら香穂子へ差し出した。
同じ桃色に染まった頬でパクリと食いつくのを見届けてから、反対側のプリッツ部分を自分も咥えて見つめ合う。
さぁ行くぜ、用意はいいか。絶対に離すなよ? 


眼差しで語れば、嬉しそうに頷く香穂子の可愛さに、甘酸っぱく疼く心が苺になる。
力を込めただけで簡単に折れてしまう繊細な一本は、あんたと俺のいろんな気持ちを伝えてくれる、恋の糸電話。


今すぐにあんたが欲しい・・・早くキスがしたいから、この長さを短くへし折ってしまいたい。
だけど、キスを届けるまでの時間も大切なんだろ? だんだん短くなって、鼻先が触れ合って・・・唇までもう少し。

ヤバイ、もう心臓が飛び出しそうだぜ。渇いた喉に水を飲むみたいに、このまま触れたら、すぐに離せないかもしれないな。