恋するBrain 



森の広場にあるベンチに座って瞳を閉じる僕に、クラスメイトやアンサンブルの仲間たちが声をかけてくる。
日だまりは気持ち良いけれど、ここで眠っていたら風邪を引くよ・・・と、誰もが同じ言葉を。
でも大丈夫、寝ている訳じゃないんだ。ちょっとね、考え事をしていたんだよ。
そう言ってにこやかに笑みを浮かべると、立ち去る背中を見送ってから再び瞳を閉じた。


そう・・・僕は今、大切な人の事を想像中。だから香穂さん以外の情報やキーワードは、ちょっとだけ待っていて欲しいな。
パソコンや携帯電話の検索機能に、調べたいキーワードを入れて、僕の中で君を検索するようにね。君と行きたい楽しい場所や最新スポット、美味しいものが食べられるカフェやスイーツまで。もちろん、喜ぶ香穂さんの笑顔つきでね。

どうしたら君が喜ぶだろう、幸せが二人分になるだろう。だって、大好きな人にはいつでも笑顔でいて欲しいから。
君と僕を結ぶキーワードを心と頭から探しだし、楽しく素敵な事をいつでも考えているんだよ。考えるほどに、僕も幸せになるから、こう自然と頬が緩んでしまうのかな。心だけでなく身体まで温かくなれるんだ。


あっほら、耳を澄ませば草を踏みしめ駆ける足音が、微かに聞こえてくるよね。
心を弾ませるこの感覚は、きっと香穂さんに違いないよ。どうしようかな、このまま目を閉じていようかな。
目覚めた最初に映るのが君の笑顔だなんて、素敵だって思わない? 本当は目覚めのキスがあったら、もっと幸せなんだけどね。柔らかで優しい声だけで、僕は蕩けてしまいそうだ。


「加地くん・・・ねぇ加地くん起きて。外で昼寝したら風邪引いちゃうよ?」
「やぁ香穂さん、おはよう」
「加地くんが森の広場でお昼寝なんて、珍しいね。ひょっとして具合悪いの? それとも疲れが溜まっているのかな?」
「優しいね、香穂さんは。でも大丈夫、少し考え事をしていたんだ」


僕の前で身を屈め、大きな瞳でじっと覗き込む香穂さんの影が、僕へ重なり一つになる。お熱があるのかな?と伸ばした手の平が、あっという間に僕の額へ触れると、ひんやりした感触が見る間に温もりへと変わる。いや違う、香穂さんの手じゃなくて僕の顔が熱くなったんだよね。

心配そうに瞳を曇らせながら医者のように真摯な眼差しで、僕の事を気遣う香穂さんに、込み上げる胸の熱さが止まらない。ここは信じる香穂さんに合わせて、具合が悪い振りをしてしまおうか。風邪を引くと、思いっきり君に優しくしてもらえるけれど・・・やっぱり駄目だ。彼女を悲しませるわけにはいかないから。気分が悪くならないようにと、自分の身体で木陰のように優しく覆う影だけでなく、君ごと僕の腕の中へ抱き締められたらいいのに。

考え事をしていたという僕の言葉を素直に信じてくれた香穂さんは、元気で良かったと安堵の吐息を零して微笑んでくれたけど。今度は邪魔をしてごめんねと澄まなそうに瞳を曇らせ、すぐに立ち去ろうと踵を返した。ちょっと待って、行かないで。もう少しここに・・・僕の傍にいてもらえるかな?

香穂さんを笑顔にするために、僕の心と頭の中にあるエンジンがフル稼働を始める。さぁ、検索開始だよ。


「あぁ香穂さん、そんな悲しそうな顔しないで。笑って?ね? 君の笑顔が曇ると世界が暗闇に閉ざされてしまいそうだよ」
「でも・・・無理はして欲しくないの。あ! 眠るなら、私の肩を貸すよ」
「心配しないで、僕は大丈夫だから。きみの肩をかりたら、嬉しさに興奮してきっと眠るどころじゃないよね。それよりも、ちょうど良いタイミングだったんだ。香穂さんは、僕が何を考えていたか知りたい?」
「うん! 加地くんの事、もっとたくさん知りたいの。楽しいことも悩みも、一緒に分かち合っていきたいな」


朗らかな笑顔で頷く興味津々の彼女に微笑み、視線で隣を示すと、ベンチの空いたスペースにちょこんと腰を下ろした。
内緒話をするように、僅かの隙間もいそいそ寄り添い埋めて、ぴったり触れ合う君と僕。
君の柔らかな温もりが、心に染み渡る音楽のようにゆっくりと伝わる・・・僕はなんて幸せなんだろう。


「ねっねっ、加地くん。私にも早く教えて?」
「ふふっ、そんなに急かさないで。僕が考えていたのはね、香穂さんのことだよ」
「え、私!?」
「どうして僕は、こんなにも君のヴァイオリンや、香穂さんの事が大好きなんだろうってね。人を愛するって、出口の見えない迷路みたいだなって思うんだ。この間香穂さんと遊んだ、遊園地の巨大迷路。ドキドキしたり迷ったり考えたり、でもだんだんそれが心地良くなってくる・・・」
「あれ楽しかったよね! 好きと迷路の繋がりが難しくて良く分からないけど、楽しくて気持ちが良いってことかな」

立てた人差し指を顎にあてて、小首を傾げながら愛らしく唸る香穂子に、ふふっと微笑む加地がそっと耳に唇を近づける。君だけに教える僕の秘密だよ、とそう言って囁くのは、心と身体の全て感じる愛の言葉。


「僕がいつでも君の事を考えて感じるのはね、頭の中が香穂さんでいっぱいだからだよ」
「・・・知ってる。加地くんが転校してきた時から。今でも照れ臭くなっちゃうの、いつになったら慣れるのかなぁ・・・私」
「ふふっ、真っ赤に照れる香穂さんも可愛いな。でもまだまだ僕を知らないと思うよ、いつでも本気って事もね」


公園でヴァイオリンを弾いていた君に出会ったあの瞬間、君を一目で好きになった。そしてこの学院に転校して一緒に過ごすようになってから、君を知るほどに好きになった。少しずつドキドキがトキメキに代わり、大好きから愛しさへ変わっていったんだ。

直感の左脳と理論の右脳・・・心と身体と思考、僕の全てが香穂さんに夢中。時には想うより先に情熱で身体が動いてしまったり、アンテナで君を感知するのが左脳で、君と僕の幸せのためにたくさんの事を考えるのが右脳かな。目を閉じればいつでも、とっておきの笑顔が浮かび、君が奏でるヴァイオリンの音色が蘇ってくる。

僕のBRAIN、つまり脳は全て香穂さんの為にあると言ってもいい。ね? 頭の中には、君がいっぱいでしょう?