恋の磁石
午前中の休み時間に携帯電話を見ると、可愛らしい絵文字を駆使した香穂子からのメールが届いていた。素敵な大発見をしたから、昼休みになったら屋上に来て欲しいと・・・喜びや興奮を伝えてくる顔文字やハートマークが、ディスプレイの中で楽しげに踊っていた。音楽と同じく文章も、彼女の人柄をそのまま映すんだな。
彼女からのメールは何度も読み返し眺めているうちに、優しい温かさが満ちてくるから、自然と頬が緩んでしまうんだ。ちょうど移動教室だったから良かったが、もしも教室だったら、頬を引き締めるのに必死だったに違いない。
待ち遠しかった昼休みになり、君に会いたい気持に急かされながら屋上へゆけば、昼食の弁当とヴァイオリンケースを持った香穂子が待っていてくれた。日当たりの良いベンチに座り、俺に気付くと名前を呼び、ここだと知らせるように大きく手を振っている。屋上には君と俺しかいないから、すぐに見つけられるのだが・・・共に過ごせる昼休みが香穂子も待ち遠しかったのだと分かるから、幸せな気持になれるんだ。
隣のベンチに腰を下ろせば、僅かに空いていた隙間を埋めるように、いそいそと座る距離を詰め、ぴったりと俺に寄りそう。真っ直ぐ見つめる、日だまりも恥じらい隠れるような満面の笑みに、俺まで熱く蕩けてしまいそうだ。顔の前に両手の人差し指を伸ばした香穂子が、煌めく大きな瞳でぐっと身を乗り出しながら、押さえきれない興奮を伝えてくる。
今日は、どんな素敵なことを見つけたんだ? 俺にも教えてくれないか?
「ねぇ蓮くん、私たちって磁石みたいだよね。赤いN極が私で、青いS極が蓮くんなの。あ!方角を示す磁石じゃなくて、鉄がくっつく磁石の方だよ。午前中の物理で磁石の力を勉強した時にね、ポンと閃いたの」
「・・・は!? 磁石?」
「これは大発見だよ。蓮くんと私の中には、お互いを引き寄せ合う、恋の磁石が埋め込まれているんだと思うの。本当は授業が終わったらすぐに、この大発見を聞いて欲しかったけど、蓮くんは移動教室だったんだよね・・・」
「香穂子、苦手な授業でもちゃんと聞かなくては駄目だろう?」
「大丈夫だよ、ノートも取ったし先生の話もちゃんと聞いてたもの。物理は苦手だから眠くなりそうだったけど、突然ひらめいた恋の磁石のお陰で楽しい時間になったよ」
「なるほど、だから昼休みに話したい大切な事があると、メールをくれたんだな」
「うん!」
蓮くんだけにこっそり教えるねと、重大な秘密を内緒話で囁く香穂子は、伸ばした両手の人差し指を触れ合わせた。しかも磁石になった君と俺をそれぞれの指に例え、ちゅっという効果音も付いたのだから、まるでキスをしているように思えてしまう。ほらね、磁石でしょう?と、キスをした指先を楽しげに披露する君は、何て可愛らしいのだろう。
身体の奥から込み上げた熱さが顔に集まるのを感じ、慌てて口元を押さえながらふいと顔を逸らしてしまった。きっと、照れた赤い顔をしているに違いないから。だが出来ることなら、俺も磁石になって君に触れていたい。
「たくさんの中から、たった一人の大切なお互いを見つけて惹かれ合う。蓮くんに出会えたお陰で音楽が大好きになったし、恋する気持が生まれたの。出会いの奇跡は、きっと心の磁石が、私を蓮くんの元へ引き寄せてくれたのかな」
「磁石か・・・なるほど。異なる極は引き合い、同じ極は反発し合うのは、確かに俺たちと同じだな。君や俺は音楽も考え方も性格も、互いに違うからこそ惹かれ合ったし、無い物を補い合いながら成長し合える。同じだったら磁石のように反発して、喧嘩をしていただろうか」
「蓮くんを見ると抱きつきたくなっちゃうし・・・ほら、今もベンチにすわりながらくっついているよ。どこにいてもすぐに、ヴァイオリンの音色を聞き分けられるし、どこにいるか見つけることが出来るもの。ね、磁石でしょう? 磁石の力は恋心なの。想う力が強い程、一度くっつくとなかなか離れずに強力なんだよ」
奏でるヴァイオリンの音色や眩しい笑顔、日だまりのような温かさなど。香穂子の全てに惹かれる俺は、君という磁石を求めるたった一つの対極なのだろう。緩めた眼差しで微笑みながらそういうと、蓮くんも温かいし優しいよと、拳を握り締め必死に力説する勢いに、俺の方が驚いてしまった。君の逆、という意味ではなかったのだが・・・嬉しかった、ありがとう香穂子。君には敵わないな・・・。
「本当だ・・・君の温もりと柔らかさが心地良い、ずっと触れ合っていたくなる。大好きな人へはいつでも触れていたいのは、恋する磁石が君を求めているから。つまりは俺だけでなく君も、お互いに引き寄せ合っているからなんだな。香穂子の唇へキスをすると、なかなか離せずに深くなってしまう理由がようやく分かった」
「キスがくっついて離れないのは、蓮くんだけじゃなくて、私も磁石だからなんだよ。お互いに大好きが同じ強さだからこそ、離れないの・・・もう! 恥ずかしいからはっきり言わせないで。あの・・・えっと。蓮くんの顔がぐっと迫ってきているってことは、もしかして唇が磁石になちゃった・・・のかな?」
「俺たちには、恋の磁石が埋まっているんだろう? 君に触れたいと、俺の磁石が求めているんだ」
「こんな時だけ都合良いんだから・・・んっ・・・」
大丈夫、この屋上には君と俺しかいないから。真っ赤に火を噴く香穂子を抱き寄せ、すっぽりと腕の中へ収まった身体と一つに解け合う俺たちは、恋の磁石。鼻先が触れる近さに鼓動が熱く走り出し、甘い吐息が絡まれば・・・ほら、くっついただろう? 愛しい心のままを微笑みに変え、ふり仰ぐ潤んだ大きな瞳へ注ぎ込み、そっと重なる優しいキスをしよう。
これから先いろいろな事があると思うが、素直の俺たちでいれば、互いに埋まる恋の磁石が、たった一人の大切な君を見つけ出せる。心と心で出会った瞬間のように・・・君も、そう思うだろう?
一度触れ合ったS極とN極がずっと離れないように、いつまでも心の手をしっかり繋いでいよう。