いちごのきもち



「苺の美味しい季節になったよね、苺パフェに苺のショートケーキ、ふわふわなストロベリーラテ。この間蓮くんの家でご馳走になった、紅茶に生の苺を浮かべるのも素敵だよね。あとは、苺味のメロンパンも大好き! メロンなのに苺なのかって言わないでね、苺味のピンクはとっても可愛くて幸せなの」
「苺の表情はたくさんあるんだな、くるくる変わる君の表情のようだ。香穂子はどの苺味が一番好きなんだ?」
「形は違うけれど、みんな苺だから大好きなの。購買でやっと手に入れたこの苺サンドも苺の一部だし、どれも美味しいから一つには決められないよ・・・。蓮くんの好きなところはいっぱいあるけど、どれか一つに決められないのと一緒なの」


大好きな苺味を指折り数えていた両手を広げ、じっと考え込んでいたが、困ったように眉を寄せ大きな瞳で振り仰ぐ。俺の全部が好きなのだと、さらりと落とした恋の爆弾が心の中で炎となり、駆け巡る熱さに焦がされてしまいそうだ。理性では止められない衝動に背中を押され、甘じっと見つめる視線に吸い寄せられてしまい・・・君の唇を軽く啄んだのは許して欲しい。

突然のキスに驚き、真っ赤になって頬を膨らます香穂子を困らせたい訳ではないのだが、君の表情が楽しくてつい魅入ってしまう。苺は苺・・・か、なるほど。喜びや嬉しさ、時には拗ねた顔や泣き顔など、七色の宝石のように煌めく心の色。どの一瞬の香穂子も愛しくて、どの君が好きかと言われても、一つには選べないのと同じかもしれないな。


蓮くんにもお裾分けだよと、そう言って一切れ差し出されたのは、たっぷり溢れる苺と生クリームが詰まったフルーツサンドイッチ。俺がもらっても良いのか? これは学院の生徒で混み合う昼休みの購買で、君が苦労して手に入れた念願の苺サンドイッチだろう? 驚きに目を見開くと、喜びは一緒に分かち合えばもっと大きくなるのだと頬を綻ばせながら、苺のサンドイッチを乾杯のように触れ合わせてきた。


大好きなものを食べる幸せそうな君の笑顔は、なぜこんなにも可愛らしいのだろうか。手の中で小さく咲き乱れる赤い花畑の苺たちに、赤くて甘いね美味しいねと笑顔の瞳で語りかけながらご機嫌だ。どうやら最後の一個だったらしいから、大切に食べなくてはいけないな。まさに苺サンドが彼女を待っていた・・・あるべき所へ辿り着いたと言っても良いだろう。

食べる仕草や視線を合わすタイミングまで二人とも一緒なのが、ふと気付けばくすぐったくて。心の中では繋がっている・・・そんな安心感や嬉しさを教えてくれるんだ。口の中で広がる苺の果実を香穂子も感じているんだな、同じように君の唇を潤している甘酸っぱさは、まるで秘密のキスを交わすようで照れ臭い。

屋上から眺める青空も、太陽のように眩しい君の笑顔も、白いふわふわなサンドイッチと可愛らしい苺の赤が良く栄える。俺は彼女が浮かべる満面の笑顔だけで、お腹も胸も一杯だ。


「小さな苺さんは凄いなって思うの。ころころして可愛いだけじゃなくて、美味しくて幸せな気持になるんだもの。きっと赤い色に秘密があるんだよね。 ねぇ蓮くん、苺はどうして赤いんだろう?」
「苺は苺だろう? 赤く熟れなければ甘くないから、食べられないじゃないか」
「ん〜そうだけど、ほら。私たちも照れ臭くなると顔やほっぺが赤くなるでしょう? きっとね、苺が赤くなるのも理由があったと思うの、だから一緒に苺の気持になって考えてみようよ」 
「は? 苺の・・・気持?」


どうやら君がくれた一切れの苺サンドは、これを食べて一緒に、苺の気持を考えようという事らしい。苺に気持があるのなら直接聞いたらどうだろうか。だが既に試したらしく、恥ずかしがって教えてくれないのだと、困ったように小首を傾げる仕草が愛おしい。君のいう苺の気持とはどんなものなのだろう、興味はあるが、苺よりも君の想いが俺は知りたい。

俺には大好きな苺を前に嬉しさで紅潮する君の頬や唇の方が、赤く甘くて美味しそうに思える。ふわふわの白いパンよりも、抱きしめた君の素肌の方が柔らかそうだ。そう想いながらじっと横顔を見つめていたら、ふと視線に気付いた香穂子が、開き駆けた大きな口を慌てて閉ざし、恥ずかしそうに顔を苺色に染めてしまう。隣に座る俺を、ちらりと横目で伺いながら、今度は小さな口でちょこんとかじり付いてしまった。


「えっと・・・蓮くんにじっと見つめられると恥ずかしいよ。私の顔に何か付いているかな? あ、それとも大きな口だなって笑ってたんでしょう? 蓮くんほっぺ緩んでるよ、どうせお子様ですよ〜だ」
「いや・・・すまない、気になるほどじっと見つめていただろうか。その、苺よりも君の方が魅力的だと・・・美味しそうに食べる香穂子の笑顔が好きだと、そう思ったんだ」


ぷぅと唇を尖せながら拗ねる香穂子の誤解を解こうと、真摯に瞳を見つめながら心の内を語れば、次第に表情へ軟らかさが戻りはにかんだ微笑みに変わる。早とちりしてごめんねと赤く染まった頬で小さく俯きながら、手に握り締めた苺サンドイッチをもじもじと照れ臭そうに弄る仕草に、機嫌が直った事を感じてほっと安堵の吐息が零れた。

赤くなった香穂子も苺だなと微笑めば、嬉しそうに頷きぱくりと苺サンドにかじり付く。だが今度は俺に向けて、一口どうぞと上目遣いで差し出すのは、同じ場所から食べる間接キス・・・彼女なりの仲直りの印なのだろう。

ありがとうと瞳を緩めて微笑み、顔を寄せて同じ場所へ唇を寄せれば、吐息が触れ合う近さで苺色の笑顔が可憐に咲く。甘酸っぱい苺に、シュガーのようなふんわり優しい甘さを感じたのは、香穂子がが残したキスの味なのだろうな。青い苺が赤くなるようにほら・・・俺の心も君色に染まってゆくのが分かるだろうか。この屋上に俺たち以外、誰もいなくて良かったと心の底から想う。


「蓮くんありがとう、大好きだって真っ直ぐ届いた気持がすごく嬉しかった。だから私ね、苺がどうして赤くなるのか気付いちゃった。きっと苺さんも、私と同じ気持ちなんだと思うの」
「俺も分かった気がする、君が言っていた苺の気持が。苺が赤いのは、きっと恋をしているからだと思う・・・俺たちみたいに。香穂子が笑顔だと、俺も嬉しくなって笑顔になる。優しく温かなヴァイオリンを聞くと、俺も同じ気持ちでヴァイオリンを弾きたくなるように・・・。苺も誰かを愛しく思っているから、溢れるその幸せが俺たちに笑顔をくれるんだろうな」
「苺と苺が恋をしたら青さと酸味が消えて、甘い恋の赤に変わるのかもね。苺の赤は恋するドキドキの心だから、キュンと甘酸っぱいキスの味がするのかな。ふふっ、出会った頃よりも甘く優しくなった蓮くんみたいだね。苺も蓮くんも大好きなの」
「ならば香穂子も同じだな、赤く甘くなったら食べ頃・・・という訳だ」


食べ頃?と不思議そうに小首を傾げる香穂子に微笑みを注ぎ、伸ばした手で頬を包み込む。指先でそっと唇の端を撫でて、残ってしまった生クリームを拭い去ると、もう一度唇寄せキスを重ねた。しっとりと甘く吸い付く柔らかさに、弾けてしまいそうな鼓動が熱く赤く苺の色へ変わる。ほら、吐息も頬も甘く赤く蕩けた君は、どの果実よりも甘い。


だがそうだな・・・どの苺味が一番好きかと言われたら俺は、苺そのままが一番好きだと答えるだろう。小さな苺以上に、たった一人の君は俺に大きな力をくれるから。飾らない素直さと心を解く優しい笑顔、そしてどんなときも前向きな君が好きだから。君はどうか、甘く瑞々しい恋する苺そのままの君でいて欲しい。俺も君だけの苺になろう。


小さな苺が苺に恋をして赤く染まれば、伝わる幸せが恋を運ぶから、君も俺も幸せの甘い果実に染まってゆく。
ならば今度はその苺がもっと赤く染まるように、俺たちが恋の苺色に染まろうか。