小春日和のように
放課後に練習を終えた、君といつもの帰り道。送り届ける香穂子の家の近くまで来ると、互いに離れがたくて。つい寄り道をしてしまう公園のベンチは、俺たちの指定席と言ってもいいだろう。吹き抜ける風の寒さに空を振り仰げば辺りは暗くなり、とっぷり暮れた星空に変わっていた。
「はい、この半分にした肉まんは蓮くんのだよ」
「俺が半分もらっていいのか? お腹が空いたと言ってた君が、さっきコンビニで買った大切な一つだろう?」
「一人で食べるよりも、蓮くんと一緒に分かち合った方が美味しいし温かいもの。だから寒い冬の料理は心の温まるように、みんなで分け合える料理が多いんだなって思うの」
「では、ありがたく頂こう」
一人で食べれば丸ごと一つを食べられるのに、いつも当たり前のように、俺の分もと半分に分けてくれるんだ。
笑顔と共に手渡された温もりは、君の優しさと想いの固まりなのだと思う。
あつあつと声を漏らしながら、美味しそうに肉まんを頬張る横顔は、隣で見ているだけで幸せになる。
手の中にある温もりが、全身にじんわり広がり頬が緩むのを感じた。
美味しそうに食べるその笑顔があると、何でもご馳走に思えるから不思議だな。
だが一口囓ったところで、俺を振り仰ぎ興味いっぱいの好奇心を浮かべる瞳に、妙な不安を感じたのは日頃の積み重ねか。それとも勘というべきだろうか。
「ねぇ蓮くん。もしも肉まんになるのなら、ふかふかの白い皮と中身の具、どっちがいい?」
「は!? 肉まん・・・俺が?」
「うん! 肉まんになったつもりで考えてみてね」
「・・・・・・・・・・」
満面の笑みでうん!と頷く君を見つめる俺は、鳩が豆鉄砲を食らったように、目を見開いている事だろう。
そうか、君は具になりたいのか・・・きっと温かくて幸せになれるのだろうな。
具になった君を、いや・・・そのままでもじゅうぶんに美味しいから、食べてしまいたいと思う。
身を乗り出す勢いで迫る香穂子の輝く瞳を微笑みで受け止め、白い皮に包まれた中身と具に視線を注いでみた。
どちらかと言われれば迷う。君に食べられるならば、俺はどちらでも構わないのだが。
「そうだな俺は、外の白い皮がいい。もし香穂子が具なら、全てを抱き包み閉じ込めたいと思う。皮が具の味を吸い込むように、俺も君の色に染まりたい」
頬をなぶる冷たい木枯らしが、音を立てて俺たちの間を強く吹き抜けた。
肩を竦めながらマフラーの中へ顔を埋めた香穂子へ、そっと座る距離を詰めて身体を寄せる。するとコート越しに触れ合った感触に気づき顔を上げた香穂子が、日だまりの笑みでふわりと微笑みながら両手を差し伸べてきた。俺の頬をぴっとり包む優しい手の平から伝わる温もりと柔らかさが、じんわり広がり毛布のように包み込んでゆく。
「蓮くん、寒くない?」
「ありがとう、香穂子。とても温かい」
君に包まれるならやはり俺も中身の具が良かっただろうか。一瞬そう思ったが、瞳を緩めながら肩を抱き寄せた。
最初は身を固くしていた香穂子も、やがてゆっくりもたれ掛かった身体が小さな重みとり、コツンと肩先へ頭を預けてくる。
「蓮くんも温かいね、このまま私を閉じ込めててね。美味しい具になったら、蓮くんに食べて欲しいな。な〜んてね」
「君は今でも、充分に美味しそうだ・・・食べてしまいたい。寒さが募るからこそ、君がここにいる事・・・温もりのありがたさを実感する。こうして一緒に分かち合えば、二倍に温かくなるんだな」
では、食べて良いと君からお許しが出たのなら、ありがたく頂くとしようか。
抱き寄せた肩を深く腕の中に閉じ込め、柔らかい唇へ覆い被さるようにキスをした・・・そっと触れて甘く啄んで。
唇から唇へ、ゆっくりと伝え合う互いの熱が心と身体を温め合う・・・もっと欲しいと求めながら。
夜闇に黒いシルエットを描き出す木の枝たちは寒さに震えているが、例え夜や寒さの中にいても、俺たちはこんなにも幸せで温かい。日を追う事に寒さが厳しくなる初冬の頃に訪れる、穏やかな春の気分に似ていると思う。
分け合う事の幸せ・・・俺たちの心にも想いの花が一つ、また一つと咲いてゆく。寒いからこそ咲く花のように。