クリームソーダ・デュエット



青空のソーダ水に浮かぶのは、丸くて白いバニラアイスの雲。
グラスの底に沈む色とりどりのゼリー玉は、表情いっぱいに現す君の感情をぎゅっと閉じ込めたものだろう。
柄の長い銀のスプーンと赤いストローを巧みに操る香穂子は、先程から大好きなクリームソーダに夢中だ。
だがカフェのメニューを開くなり彼女の心を瞬く間に奪った、俺にとって少し困った存在でもある。


表面に浮かんだアイスではない。
底に沈んだ部分を引っ掻いて削り取っては、小さなスプーンに乗せて口に運ぶの繰り返し。
ソーダ水に浮かんだ丸いアイスがくるくる回転するから、楽しみつつも苦戦しているようだが・・・。
なぜわざわざ、食べにくい底の部分から食べるのだろう?
お陰で彼女の興味は、先程からすっかりクリームソーダに注がれたままだ。

手元の紅茶が放って置かれて冷めてしまう程、君が気になって仕方がないのに。
俺だけを見ていて欲しいと、みっともないほど心が揺れ動くのは、単なる俺の焼きもちなんだろう。
そう思いながらも、くるくる変わる表情は見ていて飽きなくて。
嬉しそうにバニラアイスをつつく香穂子を眺めるだけで、幸せになれる自分がいる。


「あ〜ん、またひっくり返っちゃった。凍った底の部分が上手く掻き出せないよ〜」
「香穂子、大変そうだな」
「バニラアイスを美味しく食べるために真剣なの。早く食べないと、澄んだ青空が白い曇り空になっちゃう」
「濁らせたくないのなら、アイスとソーダ水を別に頼めば良いと思うんだが・・・」
「それじゃぁクリームソーダの意味が無いよ! アイスと冷たいソーダ水が触れ合った所がね、シャリシャリに凍って凄く美味しいんだもん」


じゃぁ蓮くんも食べてみようよと、瞳を輝かせながらそう言ってテーブルに身を乗り出してくる。
手の平を添えつつ差し出した小さなスプーンの先端には、削り取った氷のように輝くバニラアイスを乗せて。

店内の人目を気にするよりも、やっと触れあえた嬉しさの方が遙かに大きいから、素直にスプーンへ口を寄せた。照れ臭さを押さえて素早く食いつけば、ミルクの冷たさと甘さが口の中へ優しく広がってゆく。
ソーダ水に浮かぶバニラアイスでもなく氷でも無い、例えるならその中間といえる新しい存在だろう。


「蓮くんどう、美味しい?」


心配そうに見つめる問いかけに、微笑みを返せる自分がいる。あれほど胸を騒がせていた存在が素直に美味しいと感じるのは、君が変えてくれたからだろう。好きなものを、一緒に楽しみたいという想いが。
途端に満開の花を綻ばせて喜ぶ香穂子が、もう一口だよと嬉しそうに・・・更に大盛りでスプーンを差し出してきた。


「バニラアイスだけでも美味しいけど、ソーダ水にくっついた部分が違う美味しさに変わるんだよ。自分を変えてくれる大切な存在がいる・・・私ね、それが凄く素敵だなって思うの」
「ならば、ソーダ水も同じだ。透明な青が濁るのでは無く、ミルク色に溶け合うゆくのだから・・・俺が君の想いに染まるように。大切な意味があるから、二つが一緒のグラスにいるんだと思う」
「そっか・・・バニラアイスばかりが、喜んでちゃ駄目だよね。ソーダ水もミルクに染まるのを待ってるから、全部先に食べちゃったら悲しむよね」
「俺も変わった、香穂子が変えてくれたんだ。一人より、二人で溶け合う方がもっと美味しくなれる。気持を共有して分かり合えるのは、嬉しいから。だから、焦らなくてもいいんだ、ゆっくりで。君も、そうだろう?」


緩めた瞳で見つめれば、恥ずかしそうに小さく頷き、みるみるうちに頬が真っ赤に染まる。
手元に置いてあったクリームソーダのグラスが、少しだけテーブルの中央に寄せられた。
一緒に眺めよう? そう上目遣いにはにかむ君が愛しくて、俺も鼓動がはち切れそうだ。


「アイスもソーダ水も底に沈むゼリー玉も、一度に楽しめるって魅力だよね。蓮くんは、クリームソーダ・・・好き?」
「以前はそれほど好きでは無かったが・・・今は好きだ、君と同じくらいに」
「嬉しい、私も大好きだよ。でもね、蓮くんが一番好き。蓮くんの事を考えると、あれもこれもって全部欲しくなるの。クリームソーダが好きな私って、やっぱり欲張りさんかな?」
「求めてもらえるのが、俺は嬉しい。だが香穂子の全てが欲しいと思っている、俺の方がもっと欲張りだろうな」


好きな食べ物や趣味だったり、君を知るほどに、俺の中でも好きなものが増えていった。
音楽以外にも、一緒に楽しんだり感動を分かち合えるのは、とても幸せだと俺は思う。
違うからこそ味わえる溶け合う幸せは、俺の狭い世界を広げてくれた。
君が好きなもの、そして君の事。好きだと言ってくれる、俺自身も好きになれるんだ。


歌うように線を描き、ゆっくり沈みながら溶けてゆくバニラアイスは君。
君が俺の中へ、俺が君の中へ・・・凜と澄んだ青色が、パステルカラーの優しい水色へと染まってゆく。
俺たちが互いを理解し合い、例えば好きな物が似てくるように、別々の二つだったものが一つに溶け合うんだ。


手を繋いだり・・・抱きしめ合ったりキスをしたり。重ねる音色や、こうして語り合いながら過ごすひととき。
それは心を深く重ねた時に生まれる、もう一人の俺たちのように。