a lot of love



透明なパッケージの中にぎゅっと詰まっているのは、赤やピンク、ちょっと大人びたモーヴの銀紙に包まれた、小さなハートチョコ。ハート・・・それは誰かを好きだと思う、温かく優しい恋の形。あんたが好きだと想う俺の心の中を覗いたら、きっとこんな形をしているんだろうな。


奏でるヴァイオリンの音色、心が温かくなる笑顔、どんな困難にもめげずに前へ進む強さやひたむきさ。そして真っ直ぐで素直なところ、俺の胸の中だけで見せる泣き顔も拗ねた顔も、みんな可愛い・・・。小さなハート一粒たちは、あんたが大好きだと想う気持なんだ。


「ねぇ桐也、バレンタインは女の子から大好きな人へ、チョコと一緒に気持ちを伝える日でしょ?」
「まぁな、俺も香穂子から手作りチョコもらったし。その・・・サンキュ。好きなヤツからもらえる本命手作りチョコって、すっげぇ嬉しいんだぜ。材料選んだり作りながら、俺のことを考えてくれたその時間が嬉しいんだ。ったく、可愛いことしちゃってさ」
「桐也に喜んでもらえて良かった。あのね、女の子はみんなチョコレートが大好きなんだよ。いろんなチョコが勢揃いするバレンタインデーには、自分用にもご褒美のチョコを買う子も多いんだもの。私もね、チョコレート大好き!」


ここは俺の部屋で、今は香穂子と二人きり。フローリングの床へぺたりと座る香穂子の足元に広がるのは、赤いハートや熊の形をしたチョコレートの海。そっと肩を抱き寄せたら腕の中へ閉じ込め、吐息が触れ合う近さで瞳を真っ直ぐ覗き込む。
「俺に焼き餅焼かせた、お仕置き・・・」と衛藤は熱く囁きながら香穂子の顎を指先で捕らえて。鼻先の角度を少し傾けながら、しっとりと吸い付くようなキスを重ねた。


「・・・んっ・・・ふぅっ。もうっ、桐也ってば・・・。いきなりキスしたら、びっくりするじゃない」
「ひょっとして香穂子の周りにあるチョコたちは、全部自分で食べる用ってわけか。俺、てっきり他のヤツにあげるチョコなのかと思って、ちょっと焼きもち焼いてたんだぜ」
「ふふっ。焼きもちやいて、ちょっと拗ねてる桐也も可愛い」
「おい、可愛いって嬉しそうに笑いながら俺を見るな。そういうこと言うと、息が止まるくらいもっとキス、するからな」


指先にハート型のチョコを摘んだままの香穂子は、ごめんねと慌てて謝ると、千切れそうなくらいぶんぶん首を横に振る。真っ赤に染まった羞恥を隠すように両手を握り合わせ、もうお腹いっぱいだもん・・・そう甘い吐息で囁きと小さく俯いた。摘んだ指先の先端で、もどかしげにくるくる躍る真っ赤なハートが、二人分の熱を吸い取りちょっとだけ大きくなった・・・そんな気がする。


「私ね、思うの。好きな人にチョコをあげたいし、私も美味しいチョコを食べたい。だったら二人で一緒にチョコを食べる、恋人チョコがあっても良いんじゃないかって」
「まさか、あんたが自分で食べる為じゃなくて、俺と一緒に食べるチョコ・・・だったのか?」
「うん・・・。大好きなお菓子を大好きな桐也と一緒に食べれば、もっと甘くて美味しくなるよね。片思いしながら一方的でも良いかなぁって思うけど、恋人同士だし・・・二人で一緒に楽しみながら、大好きな気持ちをもっと深められたら素敵だよね」


座る膝の近くに転がる一粒のハートを指先で摘んだ香穂子は、指先ほどの大きさのそれを目線の高さに掲げては、ニコニコと嬉しそうに眺めている。ゆっくり口元へ引き寄せたら、そっとチョコよりも甘くて柔らかい唇が優しいキスを届けるんだ。両手の中に包むと胸の中にある気持ちを伝えるように押しつけて、最後の仕上げが完了。

肩先が触れ合う近さでじっと見つめる俺の目の前に、ポンと飛び込んだのはあんたの笑顔と真っ赤な恋するハートだった。


「はいどうぞ、桐也も召し上がれ?」
「・・・俺に、くれるのか?」
「うん! まずは一粒だけど、まだまだあるからね。だって、桐也のことがたくさん好きだから、小さなチョコ一粒に気持ちが込めきれないもの」


照れ臭そうに膝の上できゅっとスカートを掴みながら、可愛いピンク色に染まった微笑みで、うんと元気よく頷く。ついさっきまでは勝手に誤解して眉間に皺寄せてたのに、いつのまにかあんたと同じように柔らかく微笑んでいる自分がいた。サンキュ・・・そう呟いた途端に、押さえきれない熱さが心から一気に溢れ流れ、顔だけじゃなく全身が熱くなってしまう。

香穂子の唇が触れたチョコのは想いが注がれ、まるで命を得たように動き出す。俺の前に置かれた透明な容器へ、真っ赤なハートのチョコが一つまた一つと注がれるたびに、心の中へも恋の滴が熱く降り注ぐ。ハートフルフル、カサカサ・・・あんたの元気が移った分身たちは、俺達だけにしか聞こえない小さな音楽を奏でながら恋の歌を歌うんだ。


「なぁ香穂子、まだなのか? もしかしてその床に散らばっている、小さなハート全部にキスするつもり?」
「そうだよ。ちょっと時間かかっちゃうけど・・・あっ! じゃぁその間に、このミニ熊さんチョコを食べててね。ピンクの苺熊さんは私だから、はいこれ桐也にあげる。私だと思って美味しく食べてね。こっちのチョコレート熊さんは桐也だから、私が食べるの」
「ずいぶんリアルだな・・・可愛いけど。香穂子だと思ったら、コイツに痛いって言われそうで・・・どっから食べたらいいか、困るじゃん」
「桐也は優しいね。えっと、じゃぁ唇から食べて欲しいな。私にキスするみたく、チュッとね」
「俺は熊のチョコよりもあんたにキスしたいし、食べたいんだけど。香穂子の気持ちは嬉しいけど、さすがに日が暮れちまうだろ」


バレンタインデーは女にとって大切な日だから、香穂子の乙女心は大事にしたい。だけど、あんたに触れたくてずっと我慢している、俺の熱さもそろそろ限界なんだけどな。そのへん、あんたちゃんと分かってる? 摘んだピンク色の小さな熊に心の中で語りかけて、希望通りに小さな唇へそっとキスをする。ほんのり甘酸っぱいストロベリーの香りが広がれば、迷った末にひと思いにパクリと口の中へ放り込む。


「・・・? なんだよ、香穂子。俺のことじっと見て。顔真っ赤だぞ」
「なっ・・・何でもないの」


視線を感じてちらりと隣を向けば、真っ赤の顔をした香穂子がじっと俺を見つめていた。はっと我に返って、何でも無いのと顔の前で手をぶんぶん振るけれど。しゅんと項垂れながら足元のハートチョコをつまみ上げ、解いた赤い紙の中から現れたチョコを、ゆるゆる口元へと運ぶ。

あんた隠し事が苦手だからバレてるぞ。隠してないで、思うことがあったらちゃんと俺に言ってみろよ。衛藤が香穂子へ一詰め寄り、真っ直ぐ見つめればゆるゆる顔を上げて、躊躇いながらも口を開く。「桐也は私のチョコ要らないの? 想いの数だけ用意した恋人ハートチョコ、一緒に食べよう?」と切なげに潤んだ瞳へ、精一杯の想いを込めて優しく微笑みかける。


「嬉しいのは本当の気持ちだ。手作りチョコももらったし、香穂子の気持ちは、充分過ぎるほどたくさん受け取ったよ。去年よりもたくさん。また来年はもっと幸せが多きなるんだろうな、心の両手に抱えられないくらいにさ。せっかくの記念日なのに、チョコにキスするだけで俺達の限られた時間が終わるのは、もったいないだろ。あんたはそれで良いの?」
「・・・良くない。チョコの熊さんだけじゃなくて、私にもキスして欲しいな・・・。さっき桐也が苺ピンクの熊さんにキスしたときに、ちょっぴり寂しかったの。私、焼きもちやいちゃったのかな」
「床に散らばっているハートチョコ全部、一度に想いを込められる方法を俺が考えたら、元気出せよ。な?」


泣き出しそうな瞳を必死に見開きながら、床からかき集めたハートのチョコを両手一杯に抱え込んで。どうしたらいいの?と真剣にふり仰ぐ瞳の光に、吸い込まれそうになる。ひたむきで真っ直ぐな想いの注がれる先が、あんたの瞳に映る自分だという幸せに、心も身体もチョコレートみたく蕩けそうになる。ほら、必死に握り締めすぎると、あんたの熱でチョコが溶けちまうだろ。

手の平で包んだ頬へ宥める優しいキスを届けると、香穂子が床に蒔いたハートのチョコたちを透明な容器に戻してゆく。何をするんだろうかと、ちょっぴりの不安と期待を溶け合わせながらじっと待つ香穂子へ衛藤が向き直ると、真っ赤なハートが詰まった透明容器を香穂子へ差し出した。


「香穂子、このチョコたち持ってて。俺のこと想い浮かべながら、俺だと思って大事に抱えていろよな」
「うん? こう抱き締めていればいいのかな」
「そっ、そんな感じ。あんたが想いを込めて抱き締めた全部を、俺も抱き締め受け止める。これならたくさんの粒たちへ、一度に想いが込められるし、俺からも伝えられる」
「桐也・・・」
「香穂子は恋人同士二人で楽しむバレンタインデーにしたいんだろ? 逸れ、俺も賛成。日本のバレンタインデーってのは、女からの一歩通行なんだよな。海外みたく男だって想いを伝えられればいいのに、さ」


好きだよ・・・香穂子、誰よりも。いつもは照れ臭くてなかなか言えないけど、あんたに伝えるよ。そう告げる微笑みのまま腕の中へ抱き締めながら、服越しに伝わるお互いの温もりをゆっくり一つに溶け合わせてゆく。腕の中か見上げるはにかむ笑顔が、大好きと言葉で返せば心の中に降り注いだハートの滴たちも、楽しげに騒ぎ出して心が身体を動かすんだ。


照れ隠しにぎゅっとしがみつく香穂子の背中を抱き締めながら、心も見えない優しい手に抱き締められて、甘い痺れた背中を駆け上る。見つめ合ったままどちらとも無く生まれる、心からの微笑みがゆっくりと互いに近付けば、唇が一つに重なり甘く溶け合う。

いちごピンクな熊さんチョコの味がするねと、微笑む香穂子の唇を甘く啄みながら、あんたっていうもうひとつの苺チョコを食べるんだ。触れ合った瞬間から、鼓動と唇は性急に動き出し、チョコよりも甘く熱く蕩けるひとときに変わる。


一度じゃたりないキスを何度も交わし、俺とあんた二つのチョコが一つに溶け合ったら、きっと世界中どんなチョコよりも、とびきり美味くて甘い宝石が出来上がる・・・・そうだよな?