うわめづかい



目は口ほどに物を言う、そんなことわざがあったよな。あれって本当だなって、香穂子を見ていると思う。大好きなあんたにじっと見つめるられると、俺の事を意識しているのかなってドキドキする。

恋人同士の甘く熱い秘め事を終えたベッドの中で、額が触れ合う距離で交わす会話は、なぜか吐息を潜める密やかな内緒話に変わる。 ふいに交わる視線に鼓動が大きく跳ねたり、真っ直ぐ見つめる瞳から瞳へ伝わる熱さが、鼓動を疼かせて・・・。視線をお互いに会わせるのは、好きな気持ちや想いを伝え合うからなんだよな。


だけどじっと見つめ続けられると、逆に気になって落ち着かないんだ。俺の顔に何かついてるのか? 俺に言えない隠し事があるのか、伝えたい事があるのか。それとも・・・行為の後で具合が悪くなったのかってね。視線の温度や真っ直ぐな光から探るしかないから、自分が映るくらいに見つめ返しながら、俺もあんたも瞳の奥に隠された想いの在りかを探るんだ。

気恥ずかしさに逸らしたくても、しっかり腕の中に抱き締めているから難しくて。まぁ、痺れを切らして視線の意味を先に問い詰めるのは、いつも俺だけどね。頬にほんのり熱を感じながら、「何?」と短く問えば、待ってましたとばかりに頬を綻ばせた。香穂子の瞳がきらきらな笑顔が甘い上目遣いに変わり、「ぎゅっとしたいの」だと羞恥に耐える吐息で囁かれたら、頭で考えるよりも早く身体が動いてしまう。

いや・・・その前に、可愛らしさに頭の中が焼き焦げそうだぜ。


「紅茶に溶けるミルクみたいに、意識がふふわふわ蕩けて眠くなりそう。うん、今の私は桐也に溶けるミルクなの。ふわふわな泡が浮かぶカフェラテがいいかな〜。でね、ミルクの泡の下に隠れている熱いカフェラテは桐也なんだよ」
「・・・っ、こらっ! 香穂子、あんまりじゃれると・・・くすぐったい」
「ふふっ。照れて困っている桐也が可愛いから、もっとぎゅぅとしちゃおうかな」
「そうやってしがみつくあんたが、いつも俺に火を付けるんだって、そろそろ学習した方がいいぜ」


抱き締めた腕の中からちょこんとふり仰ぎ、白く滑らかなミルクの素肌をぴっとり触れ合わせながら、ね?と可愛く小首を傾げた香穂子が無邪気に頬をすり寄せてきた。ほわほわな気持ちも全部、最後には熱さの中に溶けちゃったよと、唇を啄む甘いキス。どんだけ貪るようにキスをして抱き締めたか、自分の熱さを改めて知らされるのは、正直恥ずかしい。

まだ汗が引かない互いの素肌は一度触れたら離れがたく、ミルクが溶け合うように一つになる。優しいまろやかな気持ちになるのは、ミルクになったあんたが、俺に溶けているからなんだろうな。そうか、だから心も身体もこんなに温かいんだな。温かい布団からまだ抜け出したくない朝のような、俺の全てがあんたで満たされている・・・そんな感じ。


「桐也って、ポカポカ温かいよね。こうして抱きつくと、温かくて気持ちが良いの。冬に手放せない湯たんぽみたい」
「湯たんぽって、足温めるヤツ? 俺使ったこと無いから、分かんないんだよね」
「今使っているのは、真っ赤なハート型なんだ。楕円形に羊さんや熊さんのほわほわカバーとかが多いけど、珍しいでしょ。カバーのフリースも真っ赤なんだよ、恋のハートが可愛いの」


抱き締めた腕の中からもぞもぞと身動いで腕を出すと、指先で小さなハートを作りながら熱心に説明を始めた。湯たんぽは楕円形が主流だけど、自分が使っているのは赤いハート型をして可愛いのだと。そして眠る30分くらい前にお湯を入れたら、布団の真ん中辺りに置いて温める。潜ったら足でぐいぐい足元に移動させると、足だけじゃなくて、腰の辺りも朝まで全身ポカポカだと嬉しそうだ。

身振り手振りで一生懸命説明してくれるのは嬉しいけど・・・おい、絡めた脚をジタバタしたらぶつかるだろ。せっかくかけた毛布が、またはだけちまうじゃん。


「ほら、毛布を跳ね飛ばしたら風邪引くぞ」
「湯たんぽの幸せを知らないのは、もったいないって想うの。私もう湯たんぽ無しじゃ、冬の夜は過ごせないもん。身体も心も凍えそうな寒い冬に、冷たいお布団と私を朝までポカポカ温めてくれるんだよ。ね? 凄いでしょ」
「湯たんぽ、湯たんぽって・・・そんなに好きなのかよ。なぁ俺とソイツ、どっちが温かい?」
「へ? 桐也の言うそいつって、もしかして湯たんぽのこと?」


不思議そうにきょとんと首を傾げた香穂子が、大きな瞳を数回ぱちくりと瞬きした後に、くすくす楽しげに笑い出す。香穂子が好きなものを俺も知りたいと思うし、話を聞くだけで俺まで楽しくなる。だけど、あんまり夢中になっていると余所見をされているようで、時折面白くないのは・・・ひょっとして焼き餅ってヤツなんだろうか。

自然と眉が寄ってくる難しい顔を見て、香穂子がしなやかな人差し指を伸ばして悪戯につつくんだ。

俺と湯たんぽとどっちが温かいかなんて、聞いた自分が子供みたいだと思うけれど。あんたの夜を温めるのは、俺であってほしいと思うから。だけど、あんまりにも余裕の笑顔で「可愛い」を連呼するものだから、恥ずかしさとちょっとばかりの嫉妬と・・・顔に込み上げた熱さが白い湯気を噴いてしまいそうだ。


「桐也ってば、可愛い! 拗ねないで、ね? 桐也が一番温かいに決まってるじゃない」
「笑うなっ・・・俺は真剣なんだぞ!」
「ご、ごめんね桐也。だってハートの形をした湯たんぽに焼きもち焼く桐也が、可愛いんだもん」
「それが、あんたの好きそうな熊とか羊でも同じだったと思うぜ。そんなに笑っていると・・・」
「んっ、ふぅっ・・・。あっ、強く吸っちゃ・・・やっ!」
「可愛いのは俺じゃなくて、あんただろ。ほら、可愛い声出しちゃってさ」


抱き締めた柔らかな膨らみへ顔を埋めながら、敏感な先端を唇に含み舌先で転がせば、脳裏を焼く甘く高い声が耳元で響く。指の間でゆっくり形を変え続けるもう一つの膨らみ、可愛い声を聞きたくて唇を押しつけたり強く吸い付いたり。ちょっとした仕返しのつもりだったのに、いつの間にか香穂子を喜ばせるのに夢中に捕らわれていたのは自分の方だ。


最初は引きはがそうとしていた香穂子の手が頭を包み、押しつけるように抱き締めてくる。髪を絡める指先の力を心地良く感じながら、わざとチュッと音を立てて吸い付き離すと背伸びをした唇は耳元へ。身体の重みを乗せないように支えながら、肩で息を整える潤んだ瞳へ自身たっぷりな笑みを注ぐと、弱い耳朶を甘く噛む。

ひゃぁ!と驚きの声を上げて竦ませた身体が逃げないように、腕の中へ抱き締め直し覆い被されば「もう可愛いって、言わない・・・」と。三倍返しに根を上げた泣きそうな瞳で見上げる桃色の唇へ、緩めた眼差しごと顔を斜めに傾けながら、近づけ今度は甘く優しいキスを。


「真っ赤な熱いハートが夜のベッドを温めてくれるって? あんたけっこうエッチだな。そんなに俺が欲しいの?」
「なっ・・・どうしてそうなるの! ち、違うもん。本当は桐也の腕の中で温まりたいなんて、思ってないよ。そういう事考える、桐也がエッチなんだよ。いっぱいしたでしょ? もうダメだからね」
「強がっても無駄だぜ、独り寝の夜は寂しいって顔に書いてある。あんた、本当に素直で可愛いな」


強く引き結ぶ唇を舌先でなぞりながら緩むのを待ち、再び熱くなる下半身を押しつければ、驚いた顔で見つめる香穂子が身動いで腕から抜け出そうと必死だ。離して〜と真っ赤になって頬を膨らましながら、ポスポスと胸を叩く拳は力任せで加減を知らない。くるくる変わる表情を見るのは好きだけど、ベッドの中で喧嘩は困るし、けっきょくあんたの可愛さに最後で折れるのは俺なんだよな。


柔らかな拳ごとやんわり押さえた衛藤が、真摯な気持ちを託すキスとごめんの言葉を。少し下がった位置から上目遣いでじっと見つめれば、動きを止めた香穂子の拗ねた瞳は心配そうな揺らめきに変わる。「痛かったよね、ごめんね」そう泣きそうになりながら、ゆるゆ持ち上げた手の平で丁寧に鎖骨の辺りを撫でさする。

そのまま首に両手を絡め、引き寄せられて・・・ちゅっと小さなキスが唇に舞い降りると、温かい胸の膨らみへ押しつけられた。胸に乗る形の俺を、髪に指先を絡めながらよしよしと宥めるように。すげぇ気持ちがイイ、俺の方がふわふわなミルクになって、あんたの熱さに溶けそうだぜ。


「桐也、ごめんね。痛かったかな・・・私、力一杯叩いちゃったの。叱られた子犬みたいに見つめられちゃうと、私まで悲しくなっちゃうよ。だって、桐也と一緒に温かい夜が過ごせら、幸せだろうなって思うから」
「・・・・・・」
「あ! そうそう、寂しいときにはギュッと抱き締め合うと良いんだよね・・・て。あれ? 震えてると思ったら、桐也ってば笑ってる? もしかして泣きそうな上目遣い嘘だったの!?」
「嘘じゃないぜ、でも香穂子が抱き締めてくれたから元気になったんだ」


真っ赤に頬を染めながらの上目遣いは、甘くねだる証だって知ってるんだぜ。目は口ほどにものを言うって言うだろ? 素直なあんたは心に秘めた強い意志を通すとき、必ず真っ直ぐ上を向いて俺の視線を射貫くんだ。おねだりや頼み事があったり、甘えたいときには上目遣いになる。だから俺もって試してみたくなったのは、秘密だけどね。


柔らかな拳が掠めても、痛みなんてあるはずが無い。あるとすれば、真っ直ぐ向けられる可愛らしさに、胸の奥が甘く締め付けられた恋の痛みだろうか。仕方ないなと緩めた眼差しで見つめたまま苦笑する衛藤が、もう一度香穂子を深く抱き締め直し、肩からずり落ちてしまった毛布を器用に引き上げた。


「お湯は朝になったら冷めるけど、俺はずっと温かいままだぜ。抱き締めて温めるなら、俺にしておけよな」
「湯たんぽのお湯は眠りに合わせてゆっくり冷めていくけど、桐也の場合は夜が更けていくごとに、どんどん熱くなるんだもん。ベットも身体も・・・えっと、キスもね。眠れるどころか目が覚めちゃうよ」
「あんたも俺もお互いの熱さにのぼせたら、その後はぐっすり眠れるんだから、いいじゃん」
「良くない〜。桐也は平気でも、私は動けなくなっちゃうの」


ぷぅと頬を膨らましたまま覆い被さる腕の下で拗ねる唇を、何度も啄みながら大好きだよと囁きかける。さすがにベッドの中で小さな抵抗を続けられては、困ってしまう。けど・・・拗ねながらもじっと見つめる視線と、甘くねだる上目遣いが、本当に欲しい心の在りかを教えてくれた。


寒い夜に温まりたいあんたの気持ち、俺にも分かるから。身体も心も寒い冬の夜は、布団に潜ると自然と身体が丸くなる。あれ、自分の身体で温まろうとしてんるんだぜ。俺は香穂子を抱き締めた温もりや笑顔を思い出しなながら温まってるんだぜ。

会ったのにまた会いたくなる、寝る前に電話したのにすぐ声が聞きたくなる。苦しくて切なくて・・・凍えそうになることなんて、しょっちゅうだ。香穂子も、そうなんだろ? だから、あんたの好きなハートが夜に要らなくなるくらい、覚めない熱で俺が温めてやるよ。