受け止めるよ 何度でも



「小日向・・・お前、無防備すぎだろ」


星奏学院の森の広場は緑も多く、強い日差しを遮る木陰が心地良い・・・それは、分かる。涼しい木陰には火照った身体を冷ますから、昼食後の満腹感と重なれば、睡魔が襲うのは必至だ。

分かってはいるが、無邪気な寝顔でコツンと小さな重みを預けてくる愛しい存在に、溢れる溜息が止まらない。
まさとは思うが他のヤツの前でも、可愛い寝顔を無防備に晒してるんじゃないだろうな、お前は。
それとも、俺の理性を試そうとしているのか? 


食後の会話もインターバルが少しずつ大きくなり、いつの間に大人しくなったかと思えば、コツンと寄りかかった小さな温もり。珍しく甘えてきたのかと頬を緩めた東金が「小日向・・・お前、意外と大胆なんだな」と振り向けば、小さく俯く瞳は完全に閉じられていて。眠りを刻むメトロノームになった肩は、ラルゴのリズムを刻みながら、コツンコツンと東金のへ吸い寄せられては離れる・・・を繰り返す。


「おい小日向、寝てるのか? けしからん、起きろ。俺と過ごす貴重な二人きりの時間に、眠るのか?お前は。」
「・・・っ、すぅ〜・・・」


揃えた指先でヒタヒタと軽く頬を叩くが、微かに瞼を動かし、もぞもぞと身動いだだけ。それどころか、くすぐったそうに微笑みを浮かべながら擦り寄ってくるのだから、むしろ逆効果だ。 やがて花びらが地上に舞い降りるように、ふわりと吸い寄せられた俺の肩にもたれかかりながら、ぴたりと動きを止めちまう。


無防備に寝顔を晒すのは、心地良く眠ってしまうほど安心感があって信頼しているってことか?  いくら鈍感なお前でも、まさかそれは無いだろうと思うが、俺を男として見ていないってことは、ないよな。もしそうだったら、俺がどれだけお前を好きかってこと、分からせてやるがな。ったく、俺がどんな気持ちでいるか知らずに、無邪気なもんだぜ。


「・・・・・・・・とうがね、さん」
「小日向・・・。ここが自分の居場所だと、眠っていても分かるんだな。幸せそうな顔しやがって・・・」


微かに聞こえた穏やかな寝息と、無意識に動いた唇から紡がれた俺の名前に、揺り起こそうと伸ばした俺の手も止まる。そっと頬を包み込めば応えるように笑った気がして、胸の奥が熱く疼く。このまま抱き締めたい気持ちが止まらなくなったら、責任取れよな。


深い緑の葉から漏れる木漏れ日が、芝生の上に座る小日向の足元に小さな光を生み出し、守るようにくるくると躍っていた。お前の周りには、いつでも光があるんだな。ステージで光り輝くお前は、真夏の太陽を求めるように、焦がれずにいられない。だが緑の影で羽根を休めた今は、優しく包む穏やかな木漏れ日だ。

そういえばここ最近、熱帯夜が続いて寝苦しいとぼやいていたな。アンサンブルのファイナルに向けての練習と、睡眠不足で疲れが溜まっていたのだろう。


「今日は特別だぜ、俺の肩をお前に貸してやろう。ただし、貸し賃は高いけどな」


自然と緩む眼差しと唇のまま、肩にもたれかかる頭へ指先を滑らせ、しなやかな髪に絡めてゆく。無邪気な寝顔で俺を誘う唇に小さなキスを届けたら、穏やかな寝息を誘うように撫で梳いて・・・。反対の手は汗で張り付いた額の前髪を丁寧に払いのけた。こんな穏やかな時間も、たまには悪くないな。



* * *



「んっ、ん〜・・・」
「ようやく目を覚ましたか、小日向。ずいぶん、ぐっすり眠ってたじゃねぇか。さっさと起きねぇと、午後の練習の時間無くなるぞ」
「何だかすごく気持ち良く寝てたような気が・・・あ! すみません、東金さん! やだ私ったら、肩枕してたなんて、恥ずかしい〜。ごめんなさい、重かったですよね?」
「気にするな・・・って言いたいところだが、肩枕の貸し賃はちょっと高いぜ?」
「えっ? そ、そんな・・・どうしよう。お金持ちの東金さんが言う高いって、金額が想像つかないですよ・・・」


甘いまどろみの余韻から一気に冷めた小日向が、慌てて起き上がり、大きな瞳を泣きそうに潤ませながら真っ直ぐ見つめてくる。おい泣くなよ、馬鹿だな・・・つまり、肩まくらには同等の行為で代価をってことだ。寝顔をずっと見られていた照れ臭さと、からかわれた恥ずかしさから、涙目になっている小日向の頬を両手で包み込み、硬くなった心を温もりで解いてゆく。


いいか小日向、俺の目を見ろ。真摯な強さで真っすぐ告げる言葉に、ふと視線を上げたその瞬間、ぐっと迫った顔が影となって覆い被さる。唇に触れる温もりがしっとりと強く押しつけられ、確かな想いを熱さで伝えるキスが重なった。


「・・・んっ、ふぅっ・・・」
「目が覚めただろ、目覚めのキスに感謝しろよな」
「んっ! ちょっ・・・いきなりキスするなんて、びっくりするじゃないですか!」
「世の中はギブアンドテイクで成り立っているんだよ。以前お前に話しただろ、俺達だって例外じゃねぇ。肩枕でキス一つなんだから、安いもんだろ?」
「そんなこと言って、実は寝ている間にチュッと悪戯してたんじゃないですか?」
「さぁ、どうだかな。可愛い寝顔で、俺を誘うお前が悪いんだぜ」


ニヤリ悪戯な笑みを浮かべれば、やっぱり寝顔にキスしたんだと、真っ赤な火を噴いてしまう。手を伸ばせば触れられる近さで可愛い寝顔を眺めて、くすぐったい寝息を感じながら、じっと耐えたんだぜ。本当は、キスなんかじゃ足りねぇ。


お前と過ごす時間は、どんなに金を積んでも手に入れられねぇ宝物なんだ。
いいか、寝顔を無防備に見せるのも肩を預けるのも、俺だけにすると約束しろ。
その代わり寄りかかりたくなったら、いつでも俺の所に来い。俺の肩にもたれて良いのは、お前だけだ。


だから何度でも受け止めてやるよ、お前の温もりを。

え?肩まくらの次は膝枕をして欲しいって? いいぜ。今度うたた寝する時には、お前に俺の膝を貸してやろう。
その代わり、キス以上のものを俺に捧げる用意をしておくんだな。