昼食をおすそ分け




「お昼ご飯の待ち合わせは森の広場で!」と、小日向からメールをもらったのはいいが、こう広くちゃ探すのも一苦労じゃねぇか。しかも何度、携帯にメールや電話を入れても繋がらねぇのは、どういうこどだ? 森の広場のどの辺にいるのかも教えてくれ・・・と。昼食を一緒に食べる約束をしていた小日向を探す東金千秋が、携帯電話を握り締めながら不快そうに眉を寄せる。


「・・・ん?あそこにいるのは、小日向か」


森の広場を一周しかけたところで、ようやく見つけた小日向は、 夏の日差しを優しく遮る緑の木陰の下で広い幹に背中を預けている。樹の真下に色濃く染まる空間には、涼しい緑の風が葉のざわめきと共に吹き抜けて心地良い。


芝生の上に腰を下ろしたまま小さく項垂れ、膝の上には両手で携帯電話を握り締めながら、ふわりゆらりとラルゴのリズムで前後左右に揺れ動く頭と肩。足元に小さな弁当箱と、それよりも大きめの弁当箱2つが並んでいるところをみると、待ちきれずに眠ってしまったのだろう。なるほど、眠っていたから俺の電話やメールに出なかったのか。


膝を折って顔を覗き込めば、あどけない寝顔にふわりと優しい微笑みが浮かぶ。小日向?と呼びかけた声に反応して、何かを言おうと無意識に動いた唇に、どきりと鼓動が跳ねたのは、俺の名前を刻んだような気がしたから。こいつは驚いたな、眠っていても俺が分かるらしい・・・・可愛いじゃねぇか。


「俺を昼飯に誘っておきながら、寝るとはけしからんヤツだな。おい、小日向起きろ。寝ている間に、昼飯の時間が終わっちまうぞ」
「ん、ん〜・・・? お腹いっぱい、です・・・」
「何だ、食い物の夢でもみてるのか? 小日向らしいな。俺は待ちくたびれて空腹だぜ。まぁ、この涼しさなら無理もないか・・・確かに良い場所を見つけたぜ。可愛い寝顔の礼に、俺の肩を貸してやろう」


立ち上がり、木の幹に背を預ける小日向の隣へ寄り添うように腰を下ろす。すると隣へ座る肩を抱き寄せるよりも早く、コツンコツンと頭がもたれかかり、心の扉をノックする。傍にいる大切な温もりに気付いた身体の重みが増したのは、心の全を預けてくれているから。


「良いぜ、来いよ。お前だけの木陰になってやるぜ」と心の声で呼びかけながら、緩んだ眼差しで見つめれば、返事のように返す微笑みに胸が甘く痺れるのを感じた。肩先に預ける頭の重みを心地良く感じながら、指先でしなやかな髪を摘んだり、撫で梳いたり。あどけない無垢な寝顔を見つめると、自然に頬が緩むのはなぜだろう。そして眠っている顔に悪戯したくなるのも・・・。肩を動かせないから、お前にキスが出来ないのが残念だがな。


このまま寝顔を見つめていたい気持ちと、早く起きて欲しい気持ちが、激しくせめぎ合う。そんな気も知らずに無邪気なもんだぜ。キスの代わりにと指先を唇に這わせれば、ゆるゆる動いた柔らかい隙間から小さく舌が覗き、ぺろりと舐める。不意打ちに大きく跳ねた鼓動が肩を震わせ、起こしてしまったかと焦るが、本人はすやすやと寝息を立てたままだ。


大胆なことするじゃねぇか、眠っていても俺を誘うのか? だが触れる肩先に熱を帯び、首筋がほんのり赤く染まったように見えるのは気のせいだろうか。いや、待てよ。ひょっとしてもう起きてるんじゃねぇのか? 素直なお前は嘘が付けないから、すぐに分かるんだ。


「お前との約束が待ち遠しくて堪らなかったのに、焦らすんじゃねぇよ。腹が減りすぎたら、お前まで食っちまうぞ」
「東金さん!? 私まで食べちゃ、駄目です〜。起きます、実はもう起きてました・・・ごめんなさい!」
「ようやく起きたか、ねぼすけ。小日向・・・お前には、警戒心ってものがねぇのか? 俺が気付いたから良いものを、他のヤツだったらどうするつもりだったんだ」
「ご、ごめんなさい〜。木陰がすごく気持ち良かったから、ついうとうとしちゃいました。そのうちお布団みたく温かくなって、もっと気持ち良くなったから・・・ずっとこのままでいたいなって想ったんです」


慌てて肩から飛び起きた小日向が俺の方を向き直り、芝生に頭をすりつける勢いで謝るのに必死だ。怒ってねぇよと悪戯に微笑めば、両手を握り合わせながら上目遣いにちょこんと振り仰ぐ。本当ですか?と不安そうに瞳を揺らす真っ直ぐな可愛さに、厳しい顔をしたくても勝手に頬が笑ってしまう。俺もそうとう、お前に惚れてるな。

遅くなったけどと、すまなそうにはにかみながら差し出される弁当を受け取り、逸る心を落ち着けながら包みを解く。箸を付けて一口運び、「美味い」と心からの賛辞を送れば、不安に揺らぐ眼差しが満開の花に変わった。


「お前に肩をかしてやったんだ、何か礼をしてもらわなくちゃいけないな。世の中はギブアンドテイクで成り立っていると、お前に教えただろう?」
「東金さんさっき自分で、可愛い寝顔の礼に肩を貸すって、言ってたじゃないですか」
「なんだ小日向、お前やっぱり寝たふりしてたのか?」
「すぐに起きたかったんですけど、恥ずかしくてタイミングが掴めなかったんです。夢の中に東金さんが出てきたから、起きてみて本当にいたのが、余計にびっくりだったんですよ・・・」


甘いものを食べているんだろうとは想っていたが、あの寝言はそういう意味だったのか。お前は眠っていても俺を誘うんだな、いいぜその夢現実にしてやろうか。熱さの満ちるくすぐったい沈黙の中で、黙々と弁当箱をつつく隣の横顔を見れば、眼差しを感じて振り返る小日向の瞳と交わる。


耳まで真っ赤に染まりながら羞恥を耐えるように手を握り合わせて、「だって東金さん、夢の中でまでたくさんキスを迫ってくるから・・・私もう、お腹いっぱいだって何度も言ったのに」と。そう甘く囁かれたら、最近崩壊が早い理性が、どこまで保つか自信が持てねぇじゃねぇか。


「お前の寝顔を狙うヤツがあちこちに潜んでいること、もっと自覚しろ。無防備に寝顔を晒すな、見せるのは俺だけにしろ」
「あっ、そうか。ニアがカメラもって隠し撮りするかもしれないですよね。わ〜校内新聞に載ったら恥ずかしいなぁ〜」
「違う、そうじゃねぇ。ぽやんとしてたら、寝顔に悪戯されても気付かなそうだな。さすがに心配になってくるぜ」
「悪戯? 落書きとかですか!?」
「お前、本当に鈍いな・・・。俺だったら間違いなく、寝顔のお前にキスするがな」
「・・・・・っ! えぇ〜! ちょっ、東金さん! 一番最初に発見してくれた東金さんが、一番危険ってことですか」


しかし小日向の手作り弁当と、可愛い寝顔の両方が目の前にありながらお預け状態ってのは、さすがにキツかったぜ。耐えて待った俺に、褒美の一つくれてやっても良いだろう。「お礼ですか?」そう慌てる小日向に悪戯な笑みで挑発すると、困ったように揺れた眼差しがやがて真っ直ぐな光を灯して俺を射貫く。


いい目だ、ステージに立つお前のようだぜ・・・さぁ何をしてくれるんだ? 期待に胸を膨らませながら待つ、長いようで短い時間。意を決したお前が何をするかと見守っていると、弁当の中から選んだおかずを、箸に摘み持ちながら身体ごと俺の方に身を乗り出してきた。「東金さん。はい、あ〜ん・・・」と、そう言って一緒に口を開けながら。


「理性の狭間で耐えながら、お前の眠りを守った俺への礼が、手ずからたべさせてくれるおかず一つとは物足りねぇな」
「え、駄目ですか?」
「駄目じゃねぇが、どうせなならデザートも欲しいところだぜ」
「デザートですか。わぁ〜美味しそう。私も食べたいです! でも、美味しいスイーツはどこにあるんですか?」
「お前も好きか、それはいい。俺と一緒に食べようぜ、極上のスーツを」


きょとんと不思議そうに小首を傾げながら、弁当箱や周囲をきょろきょろ見つめる小日向の顎を指先で掴むと、そっと上向かせて。鼻先が触れ合う寸前まで顔を近づけたら、一度そのまま止めて見つめ合う。俺が食べたいデザートが何なのか、ようやく理解した小日向の顔が赤く染まれば、キスで味わう赤い恋の果実が食べ頃だ。


唇と舌の上で蕩ける甘さは、何度でも食べたくなる・・・もっと欲しくて後を引くんだ。
おすそ分けだなんていう少しだけの量じゃ、足りないかも知れないぜ。