ついばむ

朝の目覚めは、鳥のさえずりと共にやってくる。

まだ明けきらない朝もやを漂いながら寝室に響いてくるのは、空を覆う梢からさえずる鳥達のお喋り。
朝を迎えた喜びを歌い上げ、小さく愛らしい姿で演出してくれるのだ。





大空から羽ばたき降りた小鳥は、毎朝俺の枕元にもやってくる。
さえずりの代わりに、クスクスという楽しそうな笑い声を小さな甘い吐息に乗せて。
腕の中から愛らしい唇で朝の訪れを告げながら、起きてくれとの言葉を託して・・・・何度も俺を啄ばむのだ。



目を開けようと軽く瞼を振るわせれば、鼻先を柔らかく温かいものがそっと掠めた。
そう・・・いつも、まず最初は、そっと優しく触れるだけ。

一度は明けようと試みた瞳は閉じたまま、起きている事を悟られないようにと、高鳴る鼓動と緩みそうになる頬を必死で宥めて押さえ込む。


でも、ここで目を覚ましては駄目なんだ。
小鳥が驚いて、空へと羽ばたいてしまうから。
もう少し・・・もう少しだけ、このままで・・・・・。


息を詰めてじっとしていると、まだ目覚めていないと思ったらしく、再び俺を啄ばみ始めた。
今度は額に・・・口を硬くすぼめて、くちばしの先で軽く突付くように。


クスクスという楽しそうなさえずりはそのままで、小鳥は次々に俺を啄ばみ続ける。
鼻先、額、頬、瞼、耳朶、そして首筋・・・。
唇で啄ばむ合間に時折、ふいうちの悪戯をするように硬く尖らせた熱い舌で突付きながら。



例え瞳を閉じていても、触れる唇の熱さと感触だけでどんな表情をしているかが分かると言ったら、君はどう思うだろうか?  驚くか、それとも真っ赤になって恥ずかしがるか。

今は・・・ワクワクした気持を抑えきれずにいるのに違いない。
いつ俺が起き出すのかと、きっとあれこれ試している最中だろうから。


駄目だ・・・くすぐったさを堪えるのも、そろそろ限界がきている。


笑いを堪える肩が小刻みに震えだし、硬くつぐんでいた口元も、いつの間にか緩んでいるのが自分でも分かってしまう。君も、俺がわざと寝たふりをしているのを、初めから気が付いているのだろう。だから、こんなにも楽しそなのだと思った。


俺の上を彷徨う君の唇が最後に行き着く先は・・・俺の唇。
それまでの啄ばむものではなく、温かくてどこまでも柔らかく、そっと押し当てるように。




ゆっくりと瞳を開ければ、すぐ目の前に、爽やかな朝の光を浴びて満開の笑顔を湛える香穂子がいた。
や〜っと起きたね、それとも良く頑張りました・・・かな?
悪戯っぽさを僅かに湛えた瞳で俺を見上げ、小首を傾げながらそう言って。


「おはよう、蓮」
「・・・おはよう、香穂子」


向けられた微笑が同じように俺の頬を緩ませて、愛しさを乗せつつ彼女に俺の微笑みを返す。
背を抱き寄せて柔らかい身体を腕の中に閉じ込めると、今までのお返しとばかりに、彼女の鼻先・・・額・・・頬へと同じ順番、同じ位置へと軽く啄ばみ続けていく。すると彼女はくすぐったそうに身を捩りつつ、蓮が起きてたの知ってたもん〜と笑いながら俺の胸へと擦り寄ってきた。


やはり、気が付いていたんだな・・・。
なぜだろう、不思議な程に温かくて嬉しい気持になってくるのは。


腕の力を緩めれば、窓から差し込む朝日のようにきらきらと光輝く、大きな瞳が真っ直ぐ見上げてくる。
じっと堪えるのに苦労したんだと言いながら彼女の唇を啄ばめば、同じように返してきて。

唇から唇へ。頬から頬へ・・・・。
どちらかが啄ばめば同じように啄ばみ返して、果てしなく繰り返されるバードキス。
互いに啄ばみ合う行為は、まるで窓の外で交わされている鳥達のお喋りのようだ。




どちらともなく顔が近づけば、前髪を絡ませながら、愛撫するように額を擦り寄せ合う。
額を触れ合わせたまま笑顔の君を見つめれば、甘い瞳の中に溶け込む俺がいた。
堪らなく照れくさいけれど、嬉しさが込み上げる瞬間に熱く心が飛び跳ねる。





君は俺の腕の中に舞い降りた小鳥・・・どんな鳥よりも美しい音色と声を響かせて。
啄ばむ愛らしい姿は、狂おしいほどに俺を捕らえて離さない。


だが・・・・。


君を捕らえて飽くことなく啄ばむ俺もまた、君にとっての鳥なのだろうか。
朝が来たと目覚めをもたらすのは、俺だけの役目なのだと。
そうだといいと思う。


互いに大空を羽ばたき、言葉の代わりにその唇で啄ばもう。
愛しい想いと言葉を乗せて・・・。