手の甲
「蓮くんの手って大きいね」
手と手の平を合わせると、自分よりもより一回り大きい月森の手。
まるで抱きしめられた時と同じように、手がすっぽり収まって包まれてしまう。
手を合わせただけなのに、その感覚に男の人なんだなって、今更だけども感じてドキドキしてしまうの。
指の長さなどは比べものにならない位、長くてしなやかで・・・。
しげしげと月森の手を眺め、指先から指の一本一本を縁取るように、形を確かめながらゆっくりとなぞってゆく。
しなやかだけれども所々節ばっていて、弦を押さえる指の平は堅くなっている。
あぁ・・・ヴァイオリンを弾く指なんだなって思った。
ひんやりとした冷たさの中に、蓮くんの熱い想いが宿っているのを、私は知っている。
手が冷たい人ほど心が温かいと言うけれど、本当だと思う。
心が熱ければ熱いほど、その熱を冷まそうとクールダウンさせているのかも知れない。
月森はくすぐったさと、何とも言えない心地よさに目を細めて、香穂子のされるがままに見守っている。
「私ね、蓮くんの手が大好き」
指先からそっと一本一本、指を絡め合わせるように互いの手を握り合わせていく。
ひんやりとした冷たさが次第に熱を帯びていくのが分かる。それはきっと、絡まった指先と重なった手の平から、胸の中に宿っていた想いが相手の中へと流れていく証なのだ。
「甘く優しくヴァイオリンの音色を奏でてくれる手、元気づけてくれたり、悲しい時には慰めてくれる手。そして、私を抱きしめてくれる手」
優しく、時には強く激しく・・・・・・。
目は口ほどにものを言うと言うけれど、蓮くんの手は凛とした瞳以上に多くの言葉を語りかけてくれる。
そして私に沢山の幸せと、たくさんの気持ちをくれる。
不思議な力を持っている、蓮くんの手が大好き!
「この手は君のものだ。香穂子の為にあるのだから」
「嬉しい・・・」
甘く揺らめく月森の瞳に吸い寄せられるように、香穂子も微笑み返した。
「じゃぁね、香穂子さんから蓮くんに、おまじないをしてあげるね」
「おまじない?」
「そう、これからも素敵な音楽を奏でられますように。大好きな蓮くんの手は、私が守ってあげる」
絡めていた指をほどき、両手で月森の左手を包み込んだ。
優しく、そっと、大切な宝物を手にするときのように・・・愛おしんで。
そのまま顔を近づけて瞳を閉じると、手の甲に口吻る。
まるで王子様がお姫様の手にキスするように、想いを込めて。
幸せそうに微笑みを浮かべたままの柔らかい唇の熱が、月森の手の甲に降り注いだ。
香穂子が縁ビルを「離してゆっくり顔を上げると、少し驚いたように見開いた瞳とぶつかった。月森はすっと顔を逸らすと、照れて紅く染まった顔を隠すように、口元をもう片方の手で覆った。
「蓮くん・・・・」
照れてる蓮くん、可愛い。
くすっと笑うと、視線を戻してはにかんだように微笑み返してくれた。
「ありがとう。音楽の女神の祝福だな」
「蓮くんだけのね」
「では今度は俺からも。・・・君に誓おう」
ちょっと大げさに、でも恭しく香穂子の左手を取ると同じように顔を近づけた。
しかし形の良い唇が向かった先は、手の甲でなく香穂子の薬指。最も心臓に近いと言われる、誓いの指・・・・・・。
「・・・・・・・!」
唇に宿る柔らかさとと熱が、指を通して直接心臓に伝わり、鼓動を激しく高鳴らせた。
この指が意味するものは?
月森が言わんとしていること、そして彼の想いを全身で受け止めて、体中の血が沸騰しそうにカッと熱くなるのを感じた。
ふっと上げた真摯な瞳に射抜かれて、心までもが鷲づかみにされてしまいそう。
「もしかして、よ・・・予約済みってこと?」
「この手と共に導こう、君の今と未来(これから)を」
握りしめられたままの左手に再び顔が近づいた。
サラッとした青い前髪のくすぐったい感触と共に、今度は手の甲へと焼け付くような情熱が降り注いだ。
互いに交わされる見えない刻印、それは誓いの証・・・。