大切にしてくれ

溢れる自然の中や賑やかな街の中など、 青空を背景にしたステージに立つ君は、生命力に溢れ輝いているように見える。俺を映すひたむきで大きな瞳も、心に花を咲かせる笑顔も・・・その身の内側から温かに光り輝いて。
全身で伝える楽しさと喜びが星となって街に溢れるから、一緒にいると普段何気ない風景も、煌きを纏って素敵な場所に思えるのだろう。それはきっと、俺の心も弾んでいるからなんだ。

君の鼓動を感じながら、幸せに満ちた時間が流れてゆく。

「香穂子、走ったら危ないぞ」
「平気平気〜。蓮くんも早くこっち来て!」
「走るときは、余所見をしないでくれ」
「は〜い!」


休日で混み合う街中へあっと言う間に駆け出していった香穂子に呼びかけると、立ち止まってくるりと振り向き、手招きしながら眩しい笑顔を向けた。人が溢れる雑踏の中で彼女の姿だけがはっきりとした色彩を持ち、鮮やかに浮き立って見える。俺が目指すもの・・・注ぐ視線は君だけなのだと思う瞬間だ。


だが注意を促すものの、聞いているのかいないのか。
人目を気にせず元気良く手を上げて返事をして、嬉しさを抑えきれずにはしゃぐ香穂子。
仕方ないな・・・と少し困ったような微笑を向けると、再び彼女は駆け出してゆく。


早く来てと言いつつも俺が追いつけば、素早く気配を感じてちらりと悪戯な視線を送り、更に先へと飛んでいってしまう君。花から花へと身軽に飛び回る蝶のように、あちらのショーウインドーからこちらのディスプレイへと、目に付いたものに次々と駆け寄っては眺めている。

一箇所に落ち着いていない所をみると、ショーウインドー中に飾られた華やかなディスプレイを眺めているのではなく、俺との追いかけっこを楽しんでいるようだ。

それが分かっているから、俺もゆっくり香穂子の後をついて行く。
付かず離れず、目の届く範囲で。何かあっても、すぐ手を伸ばせるほどの距離を保ちながら。
すぐ追いついてしまっては、君も俺も楽しみが無くなってしまうだろう?


繋ぎ止めて地に縛り付けているだけでは、君らしさが無くなってしまうから。
翼を求めて天を仰ぐのではなく、羽根を広げて自由に飛び回る君が好きなんだ。


でも・・・・・。


人や物にぶつかりそうになるのを直前でヒラリとかわすたびに、俺の心臓が何度も縮み上がるのを、無邪気な君は知っているのだろうか。本当はずっと手を繋いでいたいし、混み合う場所ほど離したくはない。
どこか危なっかしくて・・・でも魅力的で、良くも悪くも俺の瞳と心を捕らえて離さない。


「キャッ!」


前方から小さな悲鳴が聞こえて、緊張が電流のように走り抜ける。浮かべていた微笑を消し去り何事かと身構えると、ごめんなさいと謝りながら、すれ違った人に頭を下げる香穂子の姿があった。


だから言っただろう・・・危ないからと。俺が言った側から、さっそく人にぶつかってしまったようだ。
気づかなかった自分自身をも攻めながら額を押さえて大きく溜息を吐くと、香穂子に駆け寄った。

細い彼女の腕を捕らえて、自分の胸へと引き寄せるように掲げ上げる。
もう離さないというように力強く握り締めながら、きょとんと見上げる瞳を諌めるように強く見据えた。


「追いかけっこは、もうおしまいだ」
「蓮くん。あ、捕まっちゃったね」
「捕まった、ではない。だから、人ごみで走っては危ないと言っただろう? 転んでけがでもしたらどうするんだ。人だったからまだ良かったものの、車だったら命も危ないんだぞ」
「・・・・・・・ごめんなさい」


初めは捉えられた腕を見てお茶らけた笑みを浮かべていたが、硬い表情を変えない俺が本気だと分かったようだ。
滅多に見せない怒るような強い口調に驚いたのか、途端にシュンと悲しそうに俯く香穂子が、少しだけ気の毒に思えた。しかしそれも、香穂子の身を案じればこそなのだ。
とはいえ、きつく言い過ぎただろうか・・・・。
嬉しさのあまりに、はしゃぐ気持ちも分かる。その気持ちは俺だって同じなのだから。


瞳を和ませて握る力を緩めると、白くしなやかな手を両手でそっと包み込んだ。
次第に温かくなる手の平から、温もりと共に気持ちも一緒に伝わるようにと。


「お願いだからもっと周りに注意して・・・。いや・・・自分を、大切にしてくれ。」
「心配させたくないって分かってるんだけど、あれが自分の精一杯なんだもん」
「香穂子に何かあったらと思うと、俺の方がどうにかなってしまいそうだ。君の身は、君一人のものではないんだぞ」


香穂子は月森の言葉に何かを言おうとしたが僅かに躊躇い、開きかけた口を閉じて見る間に頬を赤く染めてゆく。
見守る視線に耐えかねて暫く黙って俯いていた香穂子が、意を決したように深呼吸すると、やがてポツリと呟いた。


「・・・・・恥ずかしい・・・」
「何が恥ずかしいんだ」
「蓮くんに凄く心配させちゃう自分が。あと、蓮くんがもっと恥ずかしい」
「俺が?」


不思議そうに問うと香穂子は、分からないの?と頬を赤らめて拗ねるように見上げてくる。
俺の何が、そんなにも照れ臭いのだろうか?
記憶の糸を探ったが、思い当たるものは見つからない。降参だ、答えを教えてくれないか?


「君だけのものじゃないって、何だか赤ちゃんが出来た新婚夫婦みたいなセリフだよ・・・」
「あ・・・・・・」

頭の中でもう一度言葉を復唱してかみ締めると、体中に湧き上がる熱が顔に集まってくるのを感じた。
意識してはいなかったものの、振り返ればかなり照れくさいセリフかもしれない。
この妙な照れくささは、何なのだろう・・・。

視線を逸らして言葉を詰まらせていると、香穂子がクスリと笑いかけた。


「蓮くんの、そういう真っ直ぐに想いを伝えてくれるところ、私は大好きだよ」
「香穂子・・・」
「ごめんね、今度からちゃんと気をつけるよ。私ね、蓮くんと一緒だと嬉しくて・・・つい周りが見えなくなるみたい。蓮くん以外は何も」
「では、足りない分は俺が代わりに君の目となって、見るとしよう・・・これからもずっと。たがら、もう先に飛んでいかないでくれ」


包み込んでいた手を解いて、その手を香穂子の腰まわして抱き寄せる。衣服を通しても感じる柔らかさと、触れ合った場所から伝わる熱で、互いの身体が本当に一つに溶けあうような錯覚になる。君と俺とで一つになれば、足りないものを補い合い、いろんなものが見えてくる筈だから。

今度は、香穂子は先に駆け出してしまう事はなかった。


「二人で一つって事?」
「そうだな、俺も香穂子しか目に入っていないから。俺が見えていない分は、君が目になってくれれば嬉しい。これでお互いちょうど良いだろう?」
「大切にされてるんだなって思えて、嬉しくなる。蓮くんの優しさに包まれて、嬉しさでいっぱいになるの。私の心を抱き締めてくれてありがとう。私も自分と蓮くんを大事にするから、蓮くんも私だけじゃなく自分も大切にしてね」
「あぁ、もちろんだ。もっともっと、大切にするよ・・・香穂子を。この手は君を家に送り届けるまで、離さないから」
「じゃぁ・・・私も、ずっと蓮くんにくっついてる。蓮くんの分まで、いろんなものを見たり聞けるように頑張るね」


頬を染めて口ごもりながら手を弄る香穂子に、柔らかく微笑んだ瞳と抱いた手で促して、新たに一歩を踏み出す。
はにかみつつ頭を肩先へ預けてくる小さな重みを、心地良く受け止めながら。
今度はに二人並んで一緒に、ゆっくりと穏やかな俺たちだけの速さで。
止まっていた・・・止めてしまっていた時間と、街の流れが再び動き出す。


君は君であると同時に、俺の一部でもあるんだ。
何よりも大切な君・・・だから思う。

大切にしてくれ。
それは、大切にしたいんだという想いと言葉の裏返し。





(Title by Tsukimori-amida)


以前月森阿弥陀の企画に参加した際の投稿作品に、加筆修正を加えたものです。企画の展示が終ってPCの中に眠っていたものを再UPしました。一年以上の前の文章を見るのは、やはり恥ずかしかったです・・・。