ストロベリーキス・ミントキス



後ろ手に紙袋を隠し持つ僕に、擦り寄る香穂さんが鼻先を寄せてくる。背中を隠しつつ身をかわせば、まるで花の蜜を求めてやって来る蝶のように、くるくる周る君と踊るダンス。
僕が君へ引き寄せられるように、君もここに大好きなものがあるのだと気付いているのかな? 


「あれっ? 加地くん、お菓子みたいに、とっても甘い香がする〜いいにおい」
「ふふっ、じゃぁ香穂さんに食べて欲しいな」
「えっ!?」


食べて欲しいと言ったら、驚いたように顔を離して真っ赤に顔を染めてしまった。
いろんな君が愛しくて小さく笑みが零れると、膨らました頬をピンクに染めたまま、フイと顔を逸らしてしまう。
照れているのにそれを隠したくて、ちょっぴり拗ねているんだね。ふふっ、やっぱり香穂さんは可愛いな。

僕をと言っていないのに、照れる香穂さんが可愛くて、本当に食べたくなっちゃうよ。
でもこれは君が大好きなものだよ、もっと笑顔になれる物・・・もちろん僕もね。


ごめんね、笑ったのはからかったんじゃない。大好きな気持ちが溢れてしまったんだ。
そう言って後ろ手に持っていた紙袋を差し出すと、僕が見たかった満面の笑顔が花開いた。


「これ、クリスピークルクルドーナツ! とっても美味しいけれど、朝から晩までもの凄く行列している人気のお店なんだよね。あっ・・・もしかして加地くん、待ち合わせの前にわざわざ買いに行ってくれたの?」
「今日のデートが嬉しくて待ちきれなくて、ちょっと早起きをしたから、散歩のついでにお店へ行ってみたんだ。香穂さんドーナツ大好きでしょう? お店の前を通る度に美味しそう〜いつか食べたいって言ってたよね。そのお店で、香穂さんと僕を見つけたんだよ」


紙袋を開けて中から一つを取り出せば、甘く優しい香りが僕たちを包み込む。うわ〜と嬉しそうな声を上げて身を乗り出してきた視線の先には、ハート型をしたピンク色のストロベリーチョコのドーナツ。はい、と手渡すと嬉しそうに目を輝かせた君に、僕はもうそれだけで心がいっぱいだよ。そしてもう一つ取り出したのは、碧色をしたミントチョコのがコーティングされたハート型ドーナツ。


「ピンク色の方がストロベリーキス、碧色の方がミントキス。これは絶対、君と一緒に食べなくちゃって思ったんだ」
「うわ〜名前も可愛いね、しかもリングじゃなくてハートの形をしているよ! 私が苺で、こっちのミントグリーンが加地くんだね。両方の味を楽めたら素敵だって思うの。ねぇ半分こして分けようよ」
「半分こ? 駄目だよ香穂さん、僕には出来ない。香穂さんとの愛の証であるハートを、例えドーナツでも半分に割るなんて出来ないよ」
「え・・・だってドーナツだよ? 食べちゃうんだよ?」
「じゃぁ香穂さんは、碧色をした僕のドーナツを二つに割れるの?」


出来るもんと、そう言い切って両手でひき裂こうとしたけれど。ハートのドーナツを手に持った君は、ピタリと動きを止めたまま、じっと真剣に悩んでしまった。暫くして泣きそうに瞳を潤ませながら、膝へポスンと力なく手が落ちると、赤い髪がパサパサ横に揺れて舞い広がる。出来ない・・・私にも出来ないよと呟きながら。


ドーナツのハートが裂けても、僕たちの想いが壊れる訳じゃない。それでも壊したくないと躊躇ってしまうのは、君も僕を大好きでいてくれる証なんだね。見えない言葉が伝わるから、胸が熱くて張り裂けそうだ。


「加地くん、どうしたらいいの? 半分こしなかったら、二人で食べられないよ・・・」
「じゃぁ、こうしようか。ハートを割らずに、二人で食べられれば良いんだよね」


そう言って腕を掴むと顔を寄せ、僕は香穂さんが持っている、ストロベリーハートのドーナツへかじり付いた。
片方が欠けたドーナツと、すぐ傍で微笑む吐息にはっと我に返った君は、瞬く間にスロトベリー色に染まっていった。甘い香りが漂ってきそうで、触れたら果実が溢れてしまうのではと思えてくる・・・僕の中へ。


「あっ・・・あの、加地くん?これって、間接キッス!」
「お互いに一つのドーナツをかじり合えば、ハートを割らずに済むって思うんだ。同じ処から食べても良いし、両側から食べ合うのも楽しそうだよね。さぁ次は香穂さんの番だよ、好きなところからかじってね」


でもミントな僕を君が食べている姿は、嬉しいけれどちょっぴり照れ臭いかも。

ねぇ香穂さん。ハートをしたドーナツより、もっと甘くて美味しいものがあるのを知ってる? 
え、分からない? ふふっ、君の目の前にいるじゃないか・・・僕の目の前にもね。
きょとんと小首を傾げる君の瞳を覗き込み、そっと唇へ触れるだけの優しいキスを重ねた。


真っ白でふわふわの生地、ピンク色にコーティングされたストロベリーチョコと表情豊かな苺のドライチップ。香穂さんみたいに可愛いよね、ストロベリーな君を食べちゃおうかな?