好き=友達?

『今日の放課後空けておいてね、一緒にお出かけしよう?』

香穂子から携帯電話のメールで、放課後の誘いがあったのは昼休みの事だった。午後の授業はどこか落ち着かず、逸る気持に急かされながら待ち合わせの正門前へと向かう。君はもう来ているだろうか・・・二人だけで放課後に出かけるのは久しぶりだ。


ファータ像の元には既に香穂子が待っていて、門の外へ流れる生徒達を楽しげに眺めていた。彼女の姿を見ただけで自然に頬も緩み、足取り軽く駆け出してしまう自分がいる。


「すまない、待たせたな」
「蓮くん! 私もさっき来たところだから、大丈夫だよ。私こそ、いつも蓮くんを待たせてごめんね」
「そんな事はない、君を待つ時間も楽しいんだ」
「ありがとう、そう言ってもらえると嬉しい。迎えに来てもらうのも良いけれど、待ち合わせも素敵だよね。会いたい想いが膨らむから顔を見た瞬間に、大好きが心の中に弾けちゃうの」


ふわりと浮かべる笑顔に、俺の心にも温かな彩のカプセルが弾けてゆく。透明なグラスの中で踊る炭酸水のように。ごめんね、ありがとう、大好き・・・を香穂子はいつでも俺の心に届けてくれる。簡単なようでいて、心の中を言葉に現すのは難しい。俺たちが笑顔でいられるのは、君の素直な心のお陰なんだと思う。


「じゃぁ、行こうか。ところで、どこへ出かける予定だったんだ?」
「あれ、何も話してなかったっけ。今日は二人で映画を見に行こうと思うの。何の相談も無くごめんね、昼休みに突然思いついたから。この近くに大きな映画館がオープンしたの知ってる?」


香穂子が突然行動を思い立つのはいつもの事だから、別に驚きはしないが。休日のデートではなく今日の放課後でないと駄目な理由があるのだろうか。思いついたからすぐに行動した、それだけなのかも知れない。
彼女が鞄の中からいそいそ取り出したのは、新しく出来た複合型映画館の案内チラシだった。嬉しそうに差し出された一枚のチラシには、上映されている映画の時間割の他に、様々な料金プランが載っている。

しなやかな指が示したのは、料金案内の一番下にあったスペシャル料金だった。


「蓮くん、ほらここ見て。大好きなお友達と利用する、高校生仲良しお友達プラン。窓口で学生証を人数分提示すると、何と一人千円で映画が楽しめちゃうんだよ。しかも今キャンペーン期間中で、チケット買う時に仲良し度をアピールすると、更にもう百円割り引きなるの。ね、素敵でしょう? 蓮くんと行かなきゃって思ったの」
「高校生、仲良しお友達プラン・・・?」
「うん! どうやって私たちの仲良しをアピールしようか。二人でプリクラ撮っていく? それとも・・・思い切って手を繋いじゃうとか! 考えるだけでも楽しくて、午後は授業中ずっとそわそわしていたんだよ」
「香穂子・・・・・・」


両手を胸の前で握り締めながら、夢中になってはしゃぐ香穂子は、重大な事に気付いていないらしい。
いや・・・俺が期待しすぎていただけなのだろうかと、切なさが込み上げてくる。
料金の安さは確かに魅力的だが、なぜ俺たちが仲良しの「友達」プランなのだろう。
チラシを見ればもっと別のスペシャルプランがあり、料金はどれも変わらない。曜日や時間帯によってお得なものもあれば、その・・・例えば男女の恋人同士で利用する「カップルプラン」とかも。


もちろん彼女にとって、俺が大好きな存在なのは嬉しい。だが俺たちは恋人同志なのだし、友達ではなくカップルのプランが良かったと思うのは、俺の我がままだろうか。名前がもたらす、響きの違いは大きいと思うから。
楽しみに待ち望んでいた時間を壊したくないが、やはり聞いておくべきだろう。渋い想いで眺めていたチラシを彼女に返し、真摯に瞳を見つめた。

まさか俺は君にとって、友達プランで利用するしかない存在だったのか・・・。
一度掘り始めた穴は苦さを心に秘めたまま、何処までも深まってしまう。


「香穂子、なぜこの・・・友達プランを利用しようと思ったんだ。他にも、俺たちに合うプランがあると思うんだが」
「えっと〜蓮くんが言いたいのは、ひょっとしてペアシートで座るカップルプランの話し?」
「・・・分かっているじゃないか」
「だって・・・その・・・恥しいんだもん」


そう言って頬を真っ赤に染めてしまい、語尾を濁らせながら手の中にあるチラシごと握り締めた。忘れられていなかった安堵感が込み上げ、脱力しそうなる身体を支えるのに必死だ。俯いて熱さに耐える香穂子が、そっと伺うように俺を見上げてくる。


「もちろん忘れて無かったよ、嫌とかじゃないの。カップルプランを利用した時、私たちの恋人ぶりを窓口の人に見せなきゃいけないのが照れ臭かったの。手を繋ぐだけじゃ駄目かなとか、キスも必要なのかな・・・とか」
「・・・それは、更に割引を必要とする場合だろう。普通にプランの料金なら、必要ないと思うんだが」
「あっ、そっか〜気づかなかった」
「香穂子・・・・・・」
「私だって本当はペアシートにくっついて座りたいって思うの、特等席に好きな人と座るのは憧れだったんだもん。蓮くんの好きは特別だから、友達の好きとは違うもの。でもね、私たち高校生だから、もしも恋人プランはまだ早いって言われたらどうしよう。そっちの方がよっぽど悲しいよ」


切ない光りを宿した香穂子の大きな瞳に、心ごと想いの全てを吸い込まれた俺が閉じ込められていた。
そういえば俺たちはまだ、ファータ像の前で立ち止まったままだったな。何をしているのかと通りすがりの生徒達が振り返り、遠巻きに見つめている視線に気づいた。喧嘩をしているとでも思ったのだろうか。放って置くに限るが、大切な香穂子をこれ以上、興味の視線に晒したくは無い。


微かに震える手を包み、中でくしゃくしゃに握り締められたチラシをそっと取り出した。丁寧に皺を伸ばし、折り畳んで再び彼女の手へ託した。驚きに目を見開く瞳に緩めた眼差しで微笑みかけ、優しく語りかける。
自分自身にも言い聞かせる、誓いの言葉のように。


「俺たちの事は俺たちが決めることだ。他の誰にも指図させたりはしない。君を悲しませる結果に終らないように、例え人前だったとしても唇で想いを示して見せよう」
「蓮くん、ありがとう・・・。そうだよね、まずは私たちが自信を持たなくちゃ駄目だよね。でも今日だけはお友達プランを利用させて欲しいな。映画館限定の子猫ちゃんストラップが貰えるのが、高校生お友達プランだけなの」
「チラシに載っている、二種類とも欲しかったんだろう? 俺の分は君に贈ろう」
「いいの!? 嬉しい〜蓮くん大好きだよ。さっ、早く映画館に行こう! プリクラも撮って行こうね。仲良しをアピールするから、周りにたくさんハートマークを落書きしなくちゃ」


満面の笑顔が花開くと鞄にチラシをねじ込んで、俺の手を握り締めた。俺を幸せにしてくれる、君の手の平と笑顔。きゅっと込められる力が温もりと柔らかさを伝え、心に温もりが満ちてくるようだ。握り締め合う手を一度解き、指先の一本一本を絡めるものへと繋ぎ変えれば、笑顔の花が愛らしい赤に染まってゆく。



そういえば見たい映画は何か、一番肝心な事をまだ聞いていなかったな。
いや・・・これから話せば良いし、もしもまだ考えていないのなら一緒に考えればいい。
肩書きなど関係なく、君と共に時間を分かち合うのが大切なのだと思う。


チケットを買う時に仲良し度を示せば割引になると言っていたが、友達プラン以上の想いが示せればどうなるのだろうか? 君が望むものを手に入れつつ、俺たち本来の椅子へ格上げされるのも良いかもしれないな。
絡めた手を嬉しそうに揺らしながら振り仰ぐ香穂子の笑顔に、すまないと・・・今から先に言葉を伝えた。

きっと火を噴出す赤みと熱さで、拗ねる事になるだろうから。