それは反則

時には可憐に、時には情熱的にと多彩な顔を持つピンク色は、香穂子が一番好きな色だ。
桜色や桃色、パステルカラーからビビッドまで、一言にピンク色といっても幅が広く、明るさや鮮やかさの種類によって受ける印象も違ってくる。


学校からの帰り道に駅前通を散策しながら、隣を歩く香穂子は好きなピンク色について熱く語っていた。
目を輝かせて真っ直ぐに振り仰ぎ、拳を握り締め、時にはうっとり遠くを見つめながら。
そういえば登校の時も昼休みも、今日はずっと一日この話題だった気がするのだが・・・・。



あっと声を上げて嬉しそうに駆け出したと香穂子は、数件先にある花屋の店先で立ち止まり、肩越しに振り返って俺を呼ぶ。身を屈めて語りかけながら眺めている花も、やはりピンク色。広さを感じさせるディスプレは季節の花たちが溢れており、ステージに立つ役者のように道行く人の目を楽しませていた。


「ねぇ蓮くん、ピンク色は好き?」
「別に嫌いではないが・・・」


ピンク色って可愛いよねと頬を綻ばせる君に、そうだなと緩む瞳で返事をすれば、蕩ける笑みが更に深まる。
俺は色やそのものよりも、色を身に纏った君が可愛らしくて好きなんだ。

感情豊かでくるくる変わる表情、優しく温かく心に溢れてくる幸せ。
君の爪や唇、頬の色もピンク色。共に過ごす甘い空気の色まで・・・まさに香穂子の色だと俺は思う。


「良かった。私ね、やっぱりピンク色にしようと思うの。でもね、ピンク色にもいろいろあって迷っちゃう。私にはどんな色が似合うかな? 蓮くんはどう思う?」
「ピンク色・・・か、すまない。香穂子は何に使う色を悩んでいるんだ?」
「えっとー内緒! 週末のデートまでのお楽しみ」
「秘密では答えようが無い」
「蓮くん冷たい、私真剣なのに」


無理を言わないでくれと困った顔をする俺に、ぷうっと頬を膨らませて睨みながら拗ねてしまう。
どんなと聞かれれば・・・そうだな。
今君の頬を染めているその色が一番可愛いと、正直に伝えれば本当の事を教えてくれるだろうか。

なぜ香穂子が今日に限ってピンク色にこだわり、悩んでいるのか俺にはさっぱり分からないんだ。
訪ねても顔を赤く染めて秘密だ内緒だと言うばかりで。照れ臭そうに頬を染めるほど、恥しいものなのかと想像ばかりが膨らんでしまう。


「せめてヒントをくれないか? 目的が何も分からず漠然としていては、君に似合う色を見つけられない」
「んーどう言ったらいいのかな、はっきり言うのは恥しいし・・・じゃぁ質問を変えるね。例えば私の胸元をお花が飾るとしたら、どんなお花が似合うと思う? 色だけじゃなくてイメージでもいいの、甘くとかフワフワとか大人っぽくとか。コロンと丸いウエディングブーケみたいのを想像してね」
「は!? ウエディングブーケ?」
「あっ、お店の中にブーケの見本がたくさんあるよ。蓮くん見てみて、あんな感じなの」
「香穂子、店の中は走らない方が・・・・」


呆然と立ち尽くす俺の腕を掴むと、返事も待たずに店の中へと駆け出してしまった。危ないからと宥めるものの、はーい!と返事だけは元気に振り返るだけで、逸る好奇心には勝てないらしい。腕を引かれてやってきたのは店内奥にある展示用の大きなショーケースで、ガラスの中に数種類のウエディングブーケが展示されていた。


可愛いねと嬉しそうに目を輝かせてガラスに張り付く香穂子の隣に佇みながら、「ご注文承ります」という看板が眩しい程大きく語りかけてくる。いらっしゃいませとにこやかに声をかける花屋の店員に香穂子は笑顔で、俺は緊張を隠しながら勤めて冷静に挨拶をした。
この状況を何と答えたら良いか分からないから、暫らくそっとして欲しいと、心の底から店員に願うばかりだ。


ガラス越しに映る香穂子の笑顔がディスプレイの白いドレスに重なり、息苦しさを覚えるほど熱く逸る鼓動。
なぜこんなにも俺は、激しく動揺しているのだろうか?
香穂子はこの為に一日ピンク色を語り悩んでいたのか・・・そんなまさか。
落ち着かなければと自分に言い聞かせ、大きく深呼吸を一つをして香穂子に向き直った。


「いや・・・その、気持ちは嬉しいが俺たちはまだ高校生だし、少し早いように思うんだが。俺もいつかとは願っているし気持ちは変わらない。もちろん香穂子が望むのなら、今直ぐにでも・・・・」
「へっ!?」


やっとの思いで呟く俺は一体どんな顔をしているのか、真っ赤になっていると想像できるが、ガラス越しに確認する勇気までは無い。きょとんと目を丸くして驚く香穂子が暫らくした後、急に顔へ火を噴出した。
顔を両手を一緒にぶんぶんと横へ激しく振り出すから、赤い髪が宙へ浮かび舞っている。

彼女が全身で現すの否定が俺の言葉に対してだったらと思うと、心臓が壊れてしまいそうだ。


「ち、違うの! やだも〜蓮くんてば、例えばってちゃんと言ったじゃない! このウエディングブーケはイメージが分かりやすいようにって物の例えなの。掲げて胸のあたりになったり柔らかくて丸い感じや、色合いがピッタリだったから。蓮くん顔真っ赤っかだよ、私のほっぺまで熱くなっちゃった・・・」
「そうだったのか、すまない。動揺して早とちりをしてしまったようだ」
「私だって本物のウエディングブーケの話しだったら・・・その、嬉しいけどね」


ちらりと上目遣いで俺を伺いつつ、真っ直ぐ届けてくれた君の言葉が更に熱さを募らせる。
集まる恥しさを反らすように視線をガラスディスプレイへと向れば、天井から床まである大きなスペースの中に週種類あるブーケは、どれもピンク色がベースになっていた。


この中から、香穂子に似合う色や形を見つけるんだな・・・それが君の望みなら。



ややオレンジがかったピンクは、甘さの中にも上品な印象を受ける。
香穂子には、少し落ちすぎ過ぎているだろうか。

隣にあるブラウンが混ざった深みのある濃厚なピンクは、甘辛い大人のイメージがする。
大人・・・というか、その。誘うように漂う色香はまるで、肌を重ねた熱いひと時が蘇ってくるようだ。
これが似合ったら、俺は君を腕に閉じ込めたまま手離せなくなってしまう・・・香穂子が一番注目しているようだが俺としては却下させてもらおう。


華やかなビビットカラーのピンクは、愛らしくキュートな魅力。
ふとした仕草で鼓動が大きく弾ける瞬間に似ており、無邪気な君の元気と喜びを表現していると思う。

可愛らしいピンク色は砂糖菓子を連想させたような、甘くて淡いイメージ。
最も優しく柔らかい印象で、君の笑顔や温もりに似ているだろうか。俺ならこれを選ぶと甘く優しいパステルピンクのブーケを示せば、ありがとうとそう言って花にも負けない満開の笑顔を咲かせた。


「ピンク色には青みがかかった色と、黄色の混ざった二種類に分かれるんだって。青は甘さとか愛らしさがあって、黄色には上品さや大人っぽさがあるって言ってたの。私は青みがかかっている方が好きだな。温かくて優しい感じがするんだもの。だから蓮くんが、私にこの色が似合うって言ってくれて嬉しい」
「俺も香穂子と同じで、青みがかかっている方が好きだ。君が俺に溶けるような・・・二人で一緒に過ごす時間や、重ねる音色のようだから」


交わす瞳に微笑が浮かび、パステルの優しい色が織り成す花たちに、たくさんの感謝や溢れる想いを託そう。
愛の象徴なだけでなく、俺たちの人生の開花を示すような幸せが、ブーケの花色に映し出されていると思う。
この色が君の胸元を飾ったら、きっと似合うに違いない。

だが、君の胸元を花が飾るのなら・・・・そう思って店内を見渡し他の色や花を探してみる。
ブーケと共に飾られている白いドレスには何が合うだろうか、もしも君が纏ったらと、いつの間にか馳せた想いが止まらない自分がいる。


「ブーケならその・・・ピンク以外にも、青や白い花も香穂子に似合うと思う」
「青とかは水色はね、蓮くんが好きな色だから私も考えたの。でも白はちょっと想定外だったけど、身につけるものの中で清楚な基本色だよね。男の人は白いのが好きなのかな?」
「・・・? ひょっとして香穂子が朝から悩んでいたのは、洋服の色なのか?」
「うん、そうなの。えっとね・・・洋服といえば洋服なんだけど、人には見せない服なの。見えないお洒落っていうか、蓮くんにしか見せない秘密の場所というか。恥しいけど、だから一緒に考えてほしかったの」


次第にごにょごにょと語尾を濁らせ、ゆでだこのように耳まで真っ赤になる香穂子は、組んだ両手を弄っている。きょろきょろと周囲を見渡して俺に肩を寄せると、口元に手を添えつつ背伸びをして、内緒話をするように語りかけてきた。届きやすいようにと僅かに身を屈め、彼女へ耳を寄せると、耳朶に甘い吐息が降り掛かる。


「ほらっ今週末に、私の家族がみんな旅行で留守になるからって、こっそり内緒で誰もいない蓮くんの家にお泊りする約束でしょう?」
「香穂子が何色にするかと、朝から迷っていた物はまさか! いや・・・その、だから“内緒”と言っていたのか」
「女の子はね、好きな人の前ではいつでも可愛くしていたいんだよ。髪型とかお化粧とか洋服とか・・・えっと、見えない場所もね。直ぐに消えちゃうって分かってるけどでも・・・・いつものデートよりずっと特別な日だから、気に入ってくれるものを身に着けたかったの。ごめんね、恥しくてこれが蓮くんに今伝えられる精一杯なの」
「香穂子・・・・」





内緒・見えない場所・胸を飾る花・コロンと丸いブーケのように・・・。

彼女が伝えたキーワードの数々が、君と俺とで秘密に企画した、週末のデートというパズルの中へ次々に埋まってゆく。夕方に君を帰さなくて済む、初めて朝までいられる幸福な時間へと向けて。


「・・・・・・・・・っ!」


噴出す熱さに、思わず口元を手で覆い顔をを反らした。好きな人・・・つまりは俺の為、その言葉は反則だ。
どうして君はいつも真っ直ぐに俺の心へ飛び込み、予想外のタイミングで爆弾を投げ込んでくるのだろうか。
自分で付けた火が濁流の炎となり、いずれ飲まれると分かっているのかいないのか。


まぁ確かに夜になれば直ぐに消えて・・・いや、君を腕に閉じ込めた俺が、胸の彩る花たちを消し去って仕舞うだろうけれど。俺の為にとその言葉が真っ直ぐ届くだけに、どれ程俺の心を高鳴らせ、君を求める衝動を沸き立たせるか知らないだろうな。だからこそ咲かせ彩る花を、君ごと大切にしたいと思う。


ちらりと視線を戻せば、香穂子は小さく俯きながらそっと抱き締めるように制服の胸元を押さえている。
答を求め、自然に胸元の内側へ目が行くのは、どうか許して欲しい。


期待をしても、いいのだろうか------------?



「俺はピンク色、好きだ」
「・・・本当?」


砂糖菓子のような甘さを漂わす、ピンク色のブーケが語るもの。
俺の小さな呟きに答え、上目遣いに視線を上げる甘い吐息や染まった頬の色と同じ。


それは君が好きな色であり、恋に染まった俺の心の中の色。