これって禁断症状?



もう何度目かになった、視線と視線の追いかけっこ。ぼっと音を立てて火を噴く顔を、慌てて背ける身体ごと腕の中へと閉じ込めた。一回り小さな身体のお前は、すっぽり腕に収まるから、俺の胸に押しつけられたようにちょこんと振り仰いでいて。今までみたく照れ臭さに視線を逸らしたくとも、俺だけを見つめるしかできない。

お前の願い通りだろ? と悪戯に微笑みながら唇を軽く啄めば、これ以上染まらないくらいに、頬の赤みが増してゆく。その赤と熱は触れ合う肌を通し、俺の内側から身体も脳裏も甘く焦がすんだ。


「どうした、かなで。さっきからじっと見つめて・・・さては俺に見とれていたな。ははっ、無理もない」
「見とれて? ちっ、違います・・・ちょっと考え事してただけですっ!」 
「口では否定しても顔が真っ赤だな。お前は考えていることが素直に現れるから、隠しても無駄だ。いいぜ、気の済むまで見つめてろ。その代わりに俺も、お前を眺めさせてもらうぜ」
「千秋さん、あのっ・・・離して下さいっ」
「可愛いお前を、手放す訳がないだろう。そんなに俺のことを見つめたけりゃ、好きなだけ見とれてていいぜ。ただし、この腕の中で・・・だが」


朝からずっと感じていた熱い眼差しと、普段より何度も絡む視線。こっそりと見つめているつもりなんだろうが、気付いてないと思っていたら大間違いだ。しかもお前、見つめることに集中するといつの間にか、俺にぐっと近付いてきてるんだぜ。

眼差しは言葉よりも強く心に訴えるから、お前が火を付けた鼓動が熱く疼きやがる。何でも無いと笑って誤魔化せると思うなよ、物問いたげな眼差しの意味が気になるじゃねぇか。いつもは気にも止めない日常を観察することで、俺の新たな魅力を知ろうとしているのか。そう思ったが、腕の中でソワソワ身動ぐ羞恥を察するに、どうやら少し違うらしい。

で、俺の顔を見つめながら、一体何を考えていたんだ?


「えっと・・・千秋さんの顔を見ているだけで、考えている事がテレパシーみたいに伝わってくるなって思ったんです。ほら、付き合いたての頃は、お互いを知るために手探りだったけど、時間を重ねるに連れて分かってくるところ、あるじゃないですか」
「俺が何を思っていたかが、お前に分かるのか。そいつは面白いな、ぜひ聞かせて欲しいぜ」
「・・・えっと、その。千秋さん今、私にキスしたいって、思ってますよね?」
「ほう、当たりだ。良く分かったな。 今だけじゃなく、いつも思ってるぜ? ただ唇に触れたいだけじゃねぇ。かなでにどんなキスをしようか・・・俺がどう味わおうとしているのか、そこまで答えられたら合格だ」


素直に沸き上がる東金の好奇心を感じ取った小日向が、嬉しそうに瞳を輝かせながら「あのデスね・・・」と内緒話のように囁きながら小さく背伸びをする。だがあと少しでキスになりそうな・・・お互いの鼻先が掠める近さで触れ合う吐息が現実へと引き戻し、優しい腕が戒めとなって抱き締められたままだと気付く。


落ち着きかけた羞恥心が一気に吹き出したのか、ごにょごにょ口籠もりながら、心にある想いを形にしようと、ひたむきに言葉の形を探していた。小さく俯いていた瞳が真っ直ぐ振り仰ぎ、一つずつ羞恥心を消す勇気が俺の中へ、また新しい炎を生み出してゆく。一つクリアするごとに、かなでの中へ心地良さが生まれるように。


「俺も、かなでが想っていることが、手に取るように分かるぜ。お前も、俺にキスしたいと思っているな。だからじっと俺の事を見つめていた・・・欲しくて堪らない、我慢できない禁断症状ってやつだろ」 
「もう、千秋さん! 私が恥ずかしくなるのを知って、からかってるでしょう。そういう事すると、キスしてあげませんからね」
「ははっ、ムキになって反論するってことは図星か。可愛いすぎだぜ、お前。同じ想いがあるから、お互いに気持ちを受け止め合うことが出来る。お前と俺の音色が、心地良く響くようにな」


抱き締めた腕の中から身動ぎ、自由になった両手でポスポスと俺の胸を叩いてくる。羽根が掠めたようにくすぐったいぜ、そう言いたいが、こんなときのかなでは力の制御が無い分、結構力任せに叩いてくる。まぁ俺にとっては、可愛いくすぐったさには代わりねぇが。ぷぅと拗ねて膨らます桃色の頬に、どの果実よりも甘い蜜が宿ると知るのは俺だけだ。


普段はぽやんとしているのに、一度決めたら頑固なくらいにテコでも動かねぇ。秘めた強い意志の力がお前の花だと知っているからこそ、愛しくて堪らない。熱さで潤む瞳は、上手く伝えたいのに伝えられない、もどかしさの滴が溢れていて。緩めた瞳で微笑みながら指先を髪に絡め、そっと唇へ重ねる甘いキス。好きだぜ、と呟いた唇に想いを込めて。


ほうっと桃色の吐息がピンク色の頬から零れると、真っ直ぐ俺を捕らえた光の宿る大きな瞳が、つま先立ちの背伸びでぐっと近付いてくる。ふわりと触れる柔らかさが唇に溶け合うと、腕の中に収まった近さのまま、指折り数えながら心へ刻んでいた。


「久しぶりに千秋さんに会えて嬉しかったのに、キスしましょうなんて恥ずかしくて。いつも不意打ちでチュッとしてくる、千秋さんのタイミングを観察していたんです。びっくりさせようかなと思って、来る前に私からチュッとするつもりでした」
「かなで・・・あんまり可愛いことばかりすると、力ずくで奪っちまうぞ。我慢も必要だが、泣くほど恋しくてキスがしたくなったら、すぐに連絡しろ。いつでも会いに行ってやる、新幹線でたった三時間じゃねぇか」
「離れてから気付くことが、たくさんあったんですよ。どうして千秋さんは、私にいっぱいキスしてくれるのかなって」
「かなでが好きだからに決まってるだろう。キスを味わうのは、信頼関係と愛情があってこそだ」


触れるだけで気持ち良くなれる大切な場所。それくらい、お前のことも大切で愛しいってことだよ。はっと見開かれたかなでの瞳が小さく俯くと、挨拶のキス、応援のキス、恋人のキス、チュッチュッとじゃれ合う子供みたいなキス・・・それから呼吸が出来ないくらいの、大人のキス・・・と指折り数えている。

そんなにしているのだろうかと聞いているこちらが照れるが、本人は真剣そのものだ。 たくさんたくさん知ったのに。電話で声は聞けても、一人きりじゃキスができないから寂しいのだと。


欲しくても食べられない菓子ほど、食べたくて恋しくなる。だから甘い。言っておくが、我慢は自分だけだと思うなよ?


「そっか、千秋さんも会えないときには我慢しているんですよね。こんなに欲しいのに、私まだキスが恥ずかしくて、チュッとくっついた瞬間から、胸のドキドキが破裂しそうなんです。受け止めて返してついて行くのに必死で・・・」
「どうしたら良いか、なんて俺に聞くなよ。言うのは簡単だが、それじゃぁ一方的だろう。音楽と同じように、自分で考えるんだな、かなではどうしたいんだ?」
「久しぶりに千秋さんに会えて嬉しかったのに、キスしましょうなんて恥ずかしくて。いつも不意打ちでチュッとしてくる、千秋さんのタイミングを観察していたんです。びっくりさせようかなと思って、来る前に私からチュッとするつもりでした
「かなで・・・あんまり可愛いことばかりすると、力ずくで奪っちまうぞ。我慢も必要だが、泣くほど恋しくてキスがしたくなったら、すぐに連絡しろ。いつでも会いに行ってやる、新幹線でたった三時間じゃねぇか」


俺を美味しく食べてみるか? かなでが好きなチョコレートを、口の中で溶かすみたいに。俺に身を任せて、自分を解放しろ。繋がり溶け合う部分に、意識を集中させるんだ。

コクンと頷く瞳が閉じると俺の両腕を掴んで、背伸びをするのと覆い被さるのがほぼ同時。溶け合う唇、心地良さが歌う。
キスの合間に耳朶へと囁かれる甘い吐息が、身体を駆け巡る熱に変わった。




一つずつ羞恥心を消してゆく勇気こそが、快楽を高めるスパイスに変わる。乗り越えたお前の中で快楽へと変わるように、大きく跳ねた鼓動が熱さを吹き出し、俺の事も心地良さの渦へと巻き込んでゆく。あぁそうか、キスでお前を蕩けさせると言いながらも、実際に食べられているのは俺の方なのか。


例えば好きな食べ物を思い浮かべると、口の中がそれを求めて自然と唾液が溢れてくる。好きなものを味わうこときには、口や舌が敏感になるからな。味の変化や舌使いなど・・・食べる感覚が研ぎ澄まされるだろう? お前に会うとキスがしたくなるのも、同じ理由だ。会えないときには想うだけで、触れると心地良い唇と、絡まり合う記憶に疼く舌が熱く火照りだす。


キスというのは、音楽に似ていると思わないか? 自分にしか作れねぇ音の世界で、聴衆を歓喜の渦へと叩き込むように、第二の自分と言われる舌で想いを伝えながら、相手を快楽の渦へと巻き込んでいくんだ。熱く火照った口の中や、柔らかに湿る唇で。さぁ来いよ、唇が紡ぐ甘美な音色で、お前を酔わてやるぜ。それとも・・・お前が俺を酔わせてくれるのか?