【Wnderful Days】本文サンプル 実際は縦書き二段組みになります。



【Wnderful Days】本文の一部抜粋



三年の三学期になれば自由登校になり、横浜にいるかなでの元へ会いに行ける日が増えた。最初に指輪を贈ったのは、進路を決めた俺を羨ましがるお前の、期末試験の勉強を見てやっていた冬の日だったな。

ヴァイオリンを一緒に練習した後、いつものように勉強を見る為に菩提樹寮の食堂へ行くと、進路を希望調査があるのだと悩むかなでが、提出期限が迫る白紙を握り締めていた。溜息を吐きながら丸くなるかなでの手から、白紙の進路希望調査を取り上げると、驚き見上げる眼差しを気にもせず隣に座る。借りるぜと言い放ち、第一希望だけに筆を走らせたのは、俺が進学を決めた神南大学の名前。

勝手に書かないで下さいと怒るかなでがすぐに取り返し、消しゴムで消そうと試みるが、刻まれた文字は鮮やかな筆跡を残すのみ。書かれたペンがボールペンだった事に気付き、困り果てたように紙を眺めるお前は、もう心の中で答えが出ている筈なんだ。卒業後にお前が暮らす場所は神戸だろう、何を悩むことがある?

「この俺を辛抱強く待たせるなんて、お前くらいだぜ。神戸に来いと何度もアプローチしているのに、自覚が無かったとは言わせねぇ。このまま攫って帰っても良いんだぜ?」
「わ・・・分かってますっ! 私が神戸に暮らすときは、その・・・千秋さんのお嫁さんになることだってことも。私だって千秋さんと、ずっと一緒にいたいです。離れているのは、寂しいから」
「じゃぁ早く神戸に来い、俺と一緒に暮らす為に。進学先は、俺と同じ神戸の大学にしろ。星奏音大のオケ部が関東の覇者なら、神南大学の管弦学部は関西の覇者だ。音楽の環境は星奏以上に優秀だぜ。今度は大学で俺と一緒に音楽やるんだ、いいな?」

真っ直ぐ俺を見つめた瞳を反らせないまま、コクンと頷く頬がほんのり桃色に染まった。だが瞳の奥が揺れていることを、俺は見逃さなかった。心の中を探るように、じっと受け止める視線に耐えきれなくなり、先に小さく俯いたはかなでは、腿の上に置いた拳を、耐えるようにきゅっと握り締めている。

俺を想う気持や、もう離ればなれは嫌なのだと願うかなでの想いは、紛れもなく本物だ。心に響く音色や言葉、ささやかな仕草や向ける澄んだ眼差しの数々やキスに嘘はなく、情熱的に俺を求め伝えてくれるから。ではなぜ迷いを見せるのか、思い当たることはただ一つだ。

テーブルの下へ手をすべり込ませ、膝の上で握り締められた拳を包み込む。感じた温もりにはっと視線を上げた唇に、優しいキスを届けると、不意打ちに驚く顔が瞬く間に赤い果実に変わる。

「神戸に来ることが不安なのか?」
「千秋さん・・・」
「図星か、まったくしょうがねぇな。ほら、泣くなら俺の胸を貸してやる。お前のための胸だからな」

不意打ちのキスとは別の驚きに見開かれた瞳が、くしゃりと歪み、透明な滴を滲ませる。緊張が緩んでは、押さえていた想いが溢れてしまう・・・そう耐える瞳を必死に見開き耐えながら、唇を強く噛みしめていて。しょうがねぇなと一言呟きながらも優しい笑みを浮かべ、そっと腕の中へ閉じ込めた。指通りの心地良い髪を、穏やかな呼吸を導くようにゆっくり、何度も撫で梳いてゆく。

どんな時も絶やさない笑顔と、強い意志を秘めたお前が、少しだけ本当の自分をさらけ出せる場所・・・それは世界でたった一つ俺の胸の中だ。俺のヴァイオリンを聞いて感動したと涙することはあっても、人前でむやみに涙したり弱さを見せることは無い。お前にとっての安らげる場所だという嬉しさが、温かな愛しさに変わる。

「で、何を悩んでいたんだ、お前は」

小さく震える背中と、胸に響くしゃくり上げた涙が収まるのを待ち、もう良いだろうと思った頃に抱き締めていた腕を解いた。頬を包んだ指先で涙を拭うと、くすぐったそうに身をよじり、目元を赤く染めたかなでが照れたようにちょこんと振り仰ぐ。

「私は、千秋さんのヴァイオリンが・・・千秋さんが大好きだから、一緒にいたいなと思うんです。でも神戸にある千秋さんの家にお邪魔するようになってから、こんなに大きなお家だったのかとか、初めて知ることばかりで。千秋さんの・・・東金の家にお嫁に行く事の大きさに、不安になっちゃったんです。私、普通の家の女の子だし、大丈夫かなぁって・・・」
「やっぱりな、予想通りか。マリッジブルーには、早いだろ」
「千秋さん、気付いていたんですか!?」
「俺の家に来るときの緊張した様子や、ふいに浮かべる不安そうな顔を見ていれば分かる。俺が俺であるから、一緒にいたいと言ったじゃねぇか。家柄とか外見じゃなく、俺自身を見て音楽を高め合えるのは、かなでだけだ。お前の真っ直ぐさが愛しいし、ずっと大切にしたい」

結婚は二人の人間が一緒に住んで家庭を持つことだ。生活環境や価値観の違う二人が一緒に暮らすのだから、性格だけでなく育ちの背景や両親、親戚関係も全て関係してくるだろう。例え俺が広大な東金家の敷地を出て自立したとしても、かなでは東金の家ごと受け入れ、認め合う必要があった。

考え方やしきたり、コミュニケーション、日常生活や金の価値観・・・何もかもが違うのだから戸惑って当然だ。神戸にある俺の家に来る度に驚きの連続だったかなでは、それでも前向きに受け入れようと、影ながら必死に努力していた姿を、俺はちゃんと知っている。

「進路希望調査表の第二希望欄には、『東金千秋の嫁』と書いておけ」
「学校に提出する書類だから、それはちょっと・・・。でも、千秋さんに大切に想われているのが、とっても嬉しいです。あ! 私、イイこと思いつきました」
「一体何を始めるんだ?」

白紙のノートを綺麗に一枚破り、定規とペンを使って何やら楽しげに書き込んでいる。手元を覗き込めば、学校へ提出する進路希望調査表と、同じ書式を写している事に気が付いた。覗き込む俺を振り仰ぎ、見ちゃダメだと可愛く諫めると、背を向けるように隠してしまう。




「千秋さん、起きて下さい。千秋さん・・・もう、千秋っ!」
「・・・朝っぱらから耳元で大声出すな。ちゃんと起きてるよ、お前が目覚めるずっと前から。可愛い寝顔もしっかり堪能させてもらったぜ」
「・・んっ。じゃぁ、この腕を早く解いて下さい。起きて朝ご飯と、お弁当の支度をしたいんです」
「今日は大学の授業が午後からだと、昨夜言ってだじゃねぇか。二度寝の楽しみは、これからだぜ」
「んっ・・・ふぅっ。昨夜もたくさんしたでしょ、学校あるから今日はもう駄目です〜。お布団の中でぬくぬくするのは大好きですし、千秋さんが抱き締めてくれる温もりも、甘いキスも大好きです。でも・・・んっ。掃除とかお洗濯とか、ヴァイオリンの練習も・・・出かける前にやらなくちゃいけないこと、たくさんあるんです〜」


だから離して下さいと、キスの合間にポスポスと俺の背中や胸を叩きながら抗議をするかなでを、難なく封じ込めて覆い被さるのは、一緒に暮らし始めてから毎朝の光景だ。ベッドのシーツへ押しつけられるように四肢を封じられ、身動き取れるのは頭のみ。僅かに自由となるその唇さえも、甘いキスで何度も啄み、指先はパジャマのボタンを這う。

起きて寝顔を眺めていたはずなのに、いつの間にかつられて寝落ちしていたらしい。 夜が明けて星が消えてゆくと同時に、ベッドの仲で睦んだ熱いひとときも静かな眠りにつく。腕の仲にある温もりをいつでも抱き締められる今は、夜に別れを告げなければいけないことが、今はこんなにも名残惜しさを覚えて辛い。

行為で疲れ果て眠ってしまったかなでへ、数時間前に自分が着せたばかりの俺のパジャマを、再び脱がし始める手付きは手慣れたものだ。キスを追うのが夢中で気を取られているかなでは気付いていないようだが・・・目覚めたばかりの意識を再び心地良い浮遊へと誘う。そのまどろみのひとときは、幸せな時間のうちの一つだろう。

「んっ・・・千秋さん。おはようのキスは普通、ちゅっと一度だけでしょ?」
「この俺が普通であってたまるか。一日を決める大切な始まりの挨拶なんだから、軽いキスだけで済ます訳にはいかねぇ。身体も熱くなれば、一発で目覚めるぜ?」
「私はもう起きてますってば。今日はちょっと寝坊しちゃったから、急いがなくちゃ。朝ご飯食べなくて良いんですか? せっかく千秋さんの好きな物、お弁当に用意しようと思ったのに」
「俺の好きなもの・・・か、嬉しいぜ。かなでの手料理も食べたいだが、お前からのキスも同じくらい好物だ」

初めは小さな抵抗を繰り返していたが、いつしかそれもなくなり、意識を手放さないようにとしがみつく背中の指先に、強い力が籠もりだす。それだけ強く感じている証だと分かるだけに、愛しさは強まり余計にキスが深くなってしまうんだ。

火照り始めた桃色の頬、じっと見つめる潤んだ瞳。決して大きくは無いが、手の平にちょうど良く収まり形が良い、白く柔らかな胸が、切れたい息を整えるために妖しく上下して俺を誘う。

「離せと言われて素直にお前を手放せるか。俺には、もう一度抱いてくれと聞こえるぜ?」

そんな事を耳元で囁けば、恥ずかしさで真っ赤に茹だつお前が、ムキになると分かっているのに。ついからかいたくなってしまい、甘い吐息ごと耳朶へ羞恥を煽る言葉を吹き込めば、予想通りに真っ赤な顔で身をよじり出す。

昨夜はお互いに果てるほど求め合ったってのに、一晩明ければ余計に煽って追い詰めたくなるんだから、どれだけ欲深いんだ俺は。相当お前に溺れてる。行為の最中、男は視覚で快感を覚えるが、女は感覚や音で心地良さを得るのだと。そう夜の秘め事について語っていたのは、蓬生だったか。可愛さをもっと見たい・・・ニヤリと笑む唇を、かなでの耳朶に押し当て、更に告げて甘く噛めば、ぴくりと跳ねる身体が夜の香りを纏い始める。

「んっ、やっ・・・千秋・・・さん、動けなくなっちゃう。それにほら、早くしないとお迎えが来ちゃいますよ? ね?」
「迎え? あぁ、蓬生か。まったくあいつは何で毎日、わざわざうちに来て朝飯食うんだ。家、近いだろうに・・・仕方ねぇ」
「そうですよ、早く起きましょ。ね、千秋さん」
「起きてシャワーでも浴びるか、かなでも一緒に来い」
「行きません〜! 朝のシャワーは千秋さん一人でどうぞ」
「なんだ、昨夜は一緒に入ったじゃねぇか」
「もうっ、夜と朝は違うんですっ。恥ずかしいの知ってて言うのは、イジワルですよ。千秋さんがシャワー浴びてるその間に、私は朝ご飯の用意してきますから」

ね?と小首を傾げての上目遣い、小日向の必死なお願いポーズが聞いたのか、東金が名残惜しそうに身体を起こす。前髪を掻き上げ、溜息を吐く・・・パジャマを脱ぎ落とした素肌のままの背中に見とれていた小日向も、はっと我に返り慌てて起き上がる。

すっかり開け放たれてしまったパジャマから見える素肌には、咲いたばかりの小さな赤い花が点々見え隠れしており、蘇る記憶に身体と脳裏が火照り始める。愛し合った後に着せてもらう、東金の少し大きめなパジャマはボタンを留めてても、開襟シャツの襟元広いから胸の谷間が覗いてしまう。慌てて前をかき合わせ、ほっと安堵の吐息を零した。

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