【Je t'aimerai toujours.】 本文サンプル (実際は縦書き二段組みです)


「in New York」 から冒頭の一部を抜粋



経済、メディアの中心的存在であり、常に世界に影響を与え続け注目されている都。集う人々の国籍も様々なこの街は、摩天楼がそびえる世界の首都・ニューヨーク。音楽や文化芸術でも最高水準のステージとアーティストが集っている。

オペラやオーケストラ、バレエなどクラシック芸術の殿堂カーネギーホールやリンカーンセンター。世界に名だたるブロードウェイミュージカル。ジャズやブラックミュージックホールなど、指折り数えれば世界の最高峰が次々に名前に上がるだろう? 世界に向けて発信するこの街で活躍することは、つまり世界中に認められた証なんだぜ。


星奏学院在学中からプロのソリストとして活動する機会を得ていた俺は、卒業と同時に子供の頃に暮らしていたニューヨークにを音楽活動と生活の拠点にしていた。音楽とヴァイオリンを極めるため・・・活動の舞台を世界に広げる為に。子供の頃を含めて日本での生活よりも、アメリカでの暮らしの方が長くなりつつあるし、言葉や文化生活に不自由も感じなくなった。むしろこっちの方が俺にはあっているんじゃないかとさえ思えてくる。


楽しく刺激的な毎日の中でひと時も忘れたことが無かったのが、日本に残る大切な家族。そして今は同じプロのヴァイオリニストとして歩む、恋人の香穂子の事だった。香穂子には内緒だけど、ふと一人になった時間に募る恋しさに、何度眠れない夜を過ごしただろう。あんたは今、何をしているんだろうな、ここに香穂子がいたら、すごくいい音で音楽ができるのに・・・とかさ。

そういうタイミングに限って、気配に敏感なあんたは必ず電話をくれるんだよな。
「桐也の声が聞きたくなっちゃったの」と、突然の電話をすまなそうにはにかにかむけれど、声が聞きたいと切に願っていたのは俺の方だって、気付いてる?


お互いに離れて暮らす日本とアメリカを、を行ったり来たりの生活を続けて、もう数年が経つだろうか。仕事の関係もあるけれど、一番の目的は大切な香穂子がいるから。俺とあんたはお互いが競い合えるライバルや仲間でありながら、広い海を越える渡り鳥が、つかの間の羽根を休めるような存在

。それは出会った頃から今でも変わらないけれど、再会の喜びと旅立ちの切なさを、あと幾つ重ねれば安らぎへ辿り着くんだろうと。ヴァイオリンの音色や交わし合うキス、抱き合う体温が心の奥へと見えない声を響かせる。



黄金の街、ニューヨーク。ブルックリンからイースト川を挟んで望むマンハッタンのナイトシーンは、すっげぇドラマティックだぜ。言葉を越えた圧倒的な美しさで、キラキラと無数の光を放つマンハッタンの摩天楼を目の前にしていると、どんな大きな夢だって叶うような・・・ポジティブで熱い気持ちが満ちてくる。


懇意にしているジャズプレイヤーとの共演をライブハウスで終えた帰り道、イースト川沿いにあるリバーカフェのテラス席で、夜風を浴びながら一人グラスを傾けていたのは、今では世界で活躍するヴァイオリニストになった衛藤桐也だった。普段は真っ直ぐ自宅に戻るのだが、今日ばかりは嬉しい気持ちや興奮を抑えきれず、自分に気合いと褒美をあげるつもりで気に入っている店に立ち寄っていた。


テーブル上に広げられた楽譜は、次のコンサートで弾く予定の曲。そして譜面の脇に置かれている、淡いブルーに店のロゴが印刷された小さなショッピングバックは、ニューヨークでも有名なジュエリーショップのもの。袋の中には、香穂子へ贈るために注文してたリングが、この夜空みたく濃紺なビロードの小箱に収められている。プラチナの土台に輝くのは、摩天楼の輝きを全て集めても敵わない、ダイヤモンドの輝き。


香穂子は俺が、いつか日本に戻ると信じている・・・だけど。俺が望むのは香穂子がアメリカへ渡米して、一緒に暮らしながら音楽をやる生活。初めはただ一緒にいたいと思っていたシンプルな望みも、将来を考えるうちに香穂子と暮らす未来が、確かに手の届く範囲で見えてくるようになった。安らぎと強さと優しさと、時には本気で向かい合う厳しさも・・・いろんな気持ちをもらったり与えたり、それが心地良く感じられる、あんたしかしないと心に決めたんだ。



バイブの振動が着信を知らせる携帯を開くと、ディスプレイに現れた差出人に自然と笑顔が綻んでゆく。今から成田を発つ飛行機に乗ること、もうすぐ着くから待っててねと・・・出発前の慌ただしい合間を縫って届けられた、恋人からのメールだった。


「おっと、携帯にメールだ・・・香穂子からじゃん」


サマータイムのニューヨークは夜の21時だから、日本は朝の8時頃だろう。確か昨夜は都内で遅くまでヴァイオリンの収録があったはずなのに、こんなに早く出発するなんて聞いてなかった。深夜に帰宅してからの準備じゃ慌ただしかっただろうに、ちゃんと支度してこられたのだろうか。支度にいっぱいいっぱいで、あいつ寝てないんじゃないか?

嬉しさと同時に心配があれこれと込み上げてしまう世話焼きな性格は、出会った頃も今も変わらない。そんな自分に苦笑しながらも、「気をつけて来いよ、空港で待ってる」と手短に返事をしたためて送信ボタンを押した。


星降る夜のニューヨーク。

あんたにも見せたい夜景がある、連れて行きたい場所がたくさんある。
この街に香穂子ののお気に入りが、たくさん増えてゆくのは嬉しい。その場所は未来へと繋がり、俺にとっても大切なお気に入りになるんだ。

音楽で想いを伝えるように、夜景と一粒の輝きでも、俺の想いを届けるよ。


(続きは本文でお楽しみ下さい)




「in Yokohana」 から冒頭の一部を抜粋


高校生の全国音楽コンクール、ファイナルのプレゼンターを依頼されて帰国した縁で、久しぶりに仲間や先輩たちと再会したのがつい先日。それぞれが自分の夢に向かい、確実に歩んでいた数年間。懐かしさに花が咲く会話の中で、出会ってからもう8年が過ぎていたのかと、昔を指折り数えながら正直驚いた。


自分の音楽という高みを求め、成熟させてゆくにはこれからが長い道のりで、音楽には終わりがない。プロの音楽家として極めるためには、まだ歩き始めたばかりだからこそ、まだほんの瞬きしかしていない時間だと思っていたのに。慌ただしく走り抜ける毎日をこなしていると、月日はあっという間に過ぎてゆくのに、どこか自分の中で時が止まっているような・・・ゆっくり過ぎてゆくような、アンバランスな感覚を覚えることがある。


学院に通っていた頃と時間の感覚が違うように感じると、理事長をしている従兄弟に話したら、大人の仕事・・・をしているからだと素っ気なく返された。理由が分からず、あの時はそんなもんなのかと頷いていたけど、今なら少し分かる気がするよ。

ひたむきに高みを目差し、自分と向き合うことには変わりないのに、純粋に奏でる事だけを考えていた高校時代とは違う、プロとしての音楽。今が充実しているし、刺激もあって楽しい。だけど心の中に、あの時みたいな熱い気持ちを忘れかけていたと、気付かされた。


後輩たちのファイナルと俺の特別演奏を聞きに来ていた香穂子に、ホールを後にしながらそう話すと、全てを包み込む眼差しで振り仰いで。音楽は楽しむものなんだよ・・・と微笑むあんたは、俺の心に優しいキャンドルの火を灯すんだ。日だまりのようなヴァイオリンの温かさは、出会った頃よりも深みを増し、心も身体も音色で包み込んでくれる。


音色は感情・・・音色の深まりは、香穂子が揺れながら懐を大きくした証。
一緒に過ごしていた時間よりも、離れて暮らす時間の方が長くなった。いつもは気丈に振る舞い、笑顔を絶やさず周囲を励ましていると、日本にいる仲間から様子を聞いているけれど、人知れず寂しさに耐え泣きたい時もあっただろう。



出会ってから8年経ち、俺達も大人になった。香穂子は横浜、俺はニューヨークに暮らしながらの遠距離恋愛も、随分経ったよな・・・もう何年目になるだろう。俺はプロのヴァイオリニストになり、子供の頃に暮らしていたアメリカのニューヨークを起点に音楽活動を続けている。香穂子も学院を卒業した後に星奏の音大に進み、ヴァイオリンを続けながらプロの道を切り開いた。

俺と香穂子を、ヴァイオリンロマンスだと言うヤツもいる。だけど現実は甘く夢見るおとぎ話じゃなくて、互いに切磋琢磨し合い、恋人であろうとも妥協せず厳しい眼差しで、互いの音楽を見つめ続けた。しっかり根ざした花だからこそ、多少強い風に吹かれようとも、折れることなく花を咲かすんだ・・・そうだろう?

甘く周りの環境や自分自身など、目まぐるしく変わったものがたくさんあるけれど、変わらない大切なものがここにある。
俺の手の中にある愛しい笑顔や温かな音色、優しさというあんた自身がね。




「ごめんね、私ばっかりはしゃいでるよね。ニューヨークに住んでいる桐也は、世界一の夜景を毎日眺めているんだろうけど・・・。いつも暮らしている街だからこそ、こんなに素敵だったんだなぁって嬉しくなったの」
「それ俺も分かる、離れているからこそ見えるものもあるよな・・・ずっと変わらない輝きもあるって気付くんだ。あんたの素直で可愛いところ、俺は好きだぜ。香穂子と過ごした時間が詰まっているこの街の夜景は、俺にとっても大切な宝物だからさ」
「もう〜ふいに告白されると、照れちゃうよ」


地上277m。ホテルの最上階に位置する天空のラウンジからは、港ヨコハマを眼下に望む広大なパノラマが満喫できる。
“一番星”をイメージした品の良い落ち着いた店内には、星のようなオレンジ色のテーブルランプが揺れて、ガラス窓の向こう側に広がるのは海と溶け合う宝石の夜景。

夜景が良く見えるように窓に近いカウンター席へ座ると、感嘆の声を上げた香穂子が、瞳を輝かせながら身を乗り出し、地上に煌めく星たちを眺めようと必死だ。「ちっちゃくて可愛いね、キラキラの宝箱みたい」と無邪気にはしゃいじゃってさ。あんた子供みたいだな。


星奏学院に通っていた高校時代は、練習を終えた放課後に立ち寄る場所と言えば、駅前通りのカフェがいつもの場所だった。変わらず存在する懐かしのカフェへ、帰国した度に香穂子と立ち寄るお馴染みなのは、大人になった今でも変わらないけど。大人になった今では洒落たホテルのバーラウンジも、二人だけで過ごすには大切な場所だ。

お互いに名の知れたヴァイオリニストであるから、二人で一緒にいれば街中で騒がれることも少なくない。だけどここなら静かで落ち着くし、バーの中には大人の見えないルールがあるから、誰にも邪魔されず過ごすことも出来る。慌ただしく世界を飛び回るお互いが、ひととき羽根を休める宿り木・・・そんな場所なのかも知れない。


「さっ、桐也もグラス持って。乾杯しよ?」
「香穂子さ、何に乾杯すんの。まさか二人の夜に・・・なんてベタなことしないよな」
「今日は、アンサンブル全国大会のファイナルだったでしょ。だからお祝いするの。ヴァイオリニスト衛藤桐也氏の素敵なゲスト演奏と、私たちの母校、星奏学院オケ部のアンサンブル全国大会優勝を祝って、乾杯だよ」
「後輩たちの優勝はともかく、プレゼンターの俺は関係ないじゃん」
「いいから、ほら。乾杯〜!」


衛藤のグラスへ乾杯のキスをさせたい香穂子が、ハートが浮かぶ赤い色をしたグラスを手に持ち、急かすように待ち構えている。アルコールに弱い香穂子が、見た目と名前だけで選ぼうとした強めのカクテルを却下し、頬を膨らます香穂子を宥めていたのはつい先程。「香穂子に似合う一杯があるぜ」・・・と誘導しながら選んだのが、夕日色をしたパッションフルーツとブラッドオレンジをベースにした、ノンアルコールのカクテル。


まぁ確かに、母校の全国優勝には乾杯だな。そう衛藤が微笑みながらグラスを持ち、カウンター越し映る夜景をグラスに溶け込ませながら、隣に座る香穂子へ差し出した。絡む視線が溶け合えば、自然と微笑みが生まれ、カウンターテーブルに置いた太陽のグラスを手に取り、近づけてくる呼吸と瞳を合わせる心のアンサンブル。グラスが奏でる透明な音。澄んだ響きは空に昇って星になり、地上に降れば夜景を彩る灯りになる・・・。


グラスに口を付けた瞳が驚きに見開かれたら、美味しいねと綻ぶ笑顔が、夜空の中で一際輝く星になる。ガラス越しの夜景にカクテルをグラスをかざし、満面の笑顔を浮かべる横顔に、いつしか自分の頬も自然と綻んでいて。ふと視線が交わる照れ隠しに一口飲めば、同じタイミングで飲むところまで、気が合うとお互いに笑い合う。


「でもせっかく乾杯するなら、ノンアルコールのカクテルじゃなくて、大人っぽくシャンパンとかが良かったなぁ。桐也が飲んでるのと同じお酒が飲みたい・・・私だって大人なんだし」
「オレンジジュースにしなかっただけ、感謝しろよな。あんた、ちょっとでも酒入るとすぐ眠るだろ、いい加減反省したら? 楽しそうにはしゃいだと思ったら、突然ぷっつり意識が途切れちまう・・・覚えてないだろうけどさ。いつも家まで送り届ける、俺の身にもなってくれよな」
「でもね、桐也が抱きかかえて運んでくれた温かさだけは、ちゃんと朝になっても覚えているの。それに今日は、桐也のところにお泊まりするって言ってきたもん」
「・・・ふぅん、可愛いじゃん」


夜闇のような漆黒のテーブルの上に組んだ手を、羞恥を耐えるようにきゅっと握り合わせながら、ちょっぴり尖らせる唇。二人だけのときにしか見せない、甘えて拗ねる響きに誘われて隣を振り向けば、じっと見つめる大きな瞳が「駄目かな?」と潤みを湛えて衛藤を映している。香穂子が座るカウンター席の隣には、愛用のハンドバックと一緒に大きめな鞄が置かれていて、
泊まり支度なのは一目で分かった。意志が強くはっきりしているだけに、なんだか無性に照れ臭い。


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