【Dozen Roze】 実際は縦書き二段組みになります
【Dozen Roze】
(「Dozen Roze」より冒頭の一部を抜粋)
「あっ!見てみて。教会で結婚式やってる。ちょっと寄り道して覗いてみようよ」
「覗くって・・・俺たち部外者だろ」
「中には入らないよ、門のところから中の様子をちょっぴり眺めるだけ。ね、桐也? 幸せのお裾分け、もらいにいこ?」
「おい香穂子、待てったら・・・ったく、もう駆けだしまったぜ。仕方ねぇな、まぁいっか」
衛藤が止めるくよりも早く、ひらり舞う花びらとなった香穂子は、足取り軽く教会の門へと駆け出してゆく。赤い髪を靡かせて走る香穂子の後を、ヴァイオリンケースを肩に背負い直した衛藤が、小さく溜息を吐いて追いかけた。
休日の練習後に少しだけ遠回りをしていると、繋いだ手を楽しげに揺さぶる香穂子が指さしたのは、街に古くからある教会だった。あそこの教会のバザーでアンサンブルのコンサートをしたんだよと、懐かしそうに語る場所に覚えがあったのは、裏手に吉羅家の墓地がある教会だったから。従兄弟の理事長や母親の実家の関係で、自分も何度か足を運んだと、そう言いかけた言葉を喉元で飲み込んだ。この教会に来るのも、久しぶりだな・・・。
閉ざされた黒いアイアン製の門には、清らかな白薔薇とグリーンで作られた丸いリースが飾られている。門を握り締める香穂子は、小さな隙間へ身体をのめり込ませながら、遠くで行われている結婚式を見ようと必死だ。赤の他人の結婚式なのに、どうしてこんなに目をきらきら輝かせて楽しそうなんだろう。
「あっ・・・お嫁さんたちが出てきた!」
「香穂子、ほら鞄持ってやるから。その方が身軽だろ。将来の為に、しっかり見て勉強しとけよ」
「うん! ありがとう、桐也」
祝福の鐘が鳴り響く中、開かれた教会の木戸から姿を現したのは、黒のタキシードの胸に白薔薇のブートニアを刺した新郎。そしてヴェールを上げた真っ白なウエディングに身を包み、揃いの白薔薇を束ねたブーケを持つ、幸せそうな笑顔の新婦だった。誓いの言葉を交わし、教会から出てきたばかりの二人に、外で待っていた参列者からの花びらシャワーが降り注ぐ。
俺は隣でくるくる表情を変える香穂子を眺めている方が、正直面白いんだけどな。ほうっと甘い吐息を零したかと思えば、遠くを見つめる眼差しが急に俺をふり仰ぎ、たちまち桃色に染めてしまう。どうしたんだと問いかけても、慌てたようにふるふる顔を振り、何でも無いと笑顔を浮かべては再び教会へ視線を注ぐんだ。
おい、何でもないって事はないだろ、気になるじゃん。でも今まで見たこともないくらい、頬を緩めながら魅入っているから、悔しいけれどマジで可愛いぜ。
「うわ〜綺麗だね、結婚式の一番幸せなシーンだよ。花嫁さんも花婿さんも幸せそう」
「あんまり門に顔押しつけてしがみついてると、顔に赤い縦線ついちまうぞ」
「もう桐也ったら、少しは一緒に感動しようよ」
「感動っていったって、俺たちは単なる通りすがりだから、中にいるアイツら全く関係ないし」
夢が無いなぁと、頬を膨らませて拗ねる香穂子は、何か閃いたらしくポンと手を叩く。もしも自分だったらと想いを馳せて、未来を描いたら、きっと楽しいと思うの・・・と。興奮を抑えきれないキラキラの瞳でふり仰ぐあんたは、もう既に、未来の結婚式を想い描くへ旅に出ているらしい。もしも自分だったら・・・か、考えもしなかった。
「結婚式のフラワーシャワーには、幸せを妬む悪魔から二人を守ってくれる力があるんだって」
「へー詳しいんだな。四つ葉のクローバーとか恋のおまじないとか、女は幸せのジンクスって好きだよな」
「大好きな人と一緒に幸せになりたいもん。幸せは努力と笑顔で掴むものだから、おまじないをたくさん知っていても、窓辺の小鳥みたく突然舞い込んでこないけど。夢見て願うって、大切なことだと想うの」
教会の前庭から風に運ばれやって来たのだろうか。足元へふわりと辿り着いた花びらに気付いた香穂子は、身を屈めて一枚拾い上げると光にかざし、幸せの欠片だねと嬉しそうに頬を綻ばせている。鞄から取り出したハンカチへ丁寧に包むと、今日の記念にするのだとそう微笑みながら、大切に胸へ抱き締めた。
「お嫁さんが持つブーケがね、薔薇とか香りが強い花だと魔除けの効果があるんだって。オレンジみたいに柑橘系の花なら、二人の愛が実を結んでくれるの。桐也なら、どっちの花が好き?」
「・・・両方」
「ふふっ、桐也の欲張りさん」
欲張り、だろうか。大切な人は守りたいし、二人幸せも手に入れたい。二人の愛が実を結んだ証って、何だろう・・・そう想いを馳せたところで気まずい照れ臭さが募る。可愛いなぁと言わんばかりにニコニコと見上げている香穂子に、じゃぁ香穂子はどっちなんだよと、少しだけ拗ねた調子で問い返せば、私も両方だとはにかみながら答えた。ほら、やっぱり同じじゃん。俺たちって、気が合うよな。
「この前テレビ番組で言ってたんだけどね、休日に結婚式に遭遇すると、恋愛運がアップするらしいの。ほら、今日は休日でしょ。素敵な結婚式に出会えて良かったよね」
「恋愛運アップもなにも、俺たちもう付き合ってるだろ?」
「これからの新しい出会いだけじゃなくて、お付き合いしている私たちにも大切な事なんだよ。だってもっともっと、桐也と私が笑顔になれるってことなんだもの。良かったね」
自分よりも俺の事が嬉しいと、心底喜ぶそう満面の笑顔で見つめられては、それ以上問う事も出来ず「そういうもんなのか」と思えてしまう。心がふんわり柔らかくなって俺もいつしか同じ笑顔になってる、こいつの笑顔が持つ不思議な力なんだろうな。
白薔薇リースによって閉ざされた、教会の門。その向こうに広がる結婚式の主役達は赤の他人なのに、遠くに見える新郎新婦に心からの祝福を贈っている。嬉しいのは初めてアンサンブルコンサートをやった、想い出の教会だからなのか? それともうっとり蕩ける眼差しに、未来の自分を重ねているんだろうか。
「お嫁さん、綺麗だねぇ。ほらみて、二人ともすっごく幸せそう。隣に並ぶ笑顔が同じなの」
「なぁ、香穂子さ・・・」
「ん?なぁに?」
「・・・何でもない、呼んだだけ」
「本当に? 言いたいことがあるって、桐也の顔に書いてあるよ」
「お見通しかよ、あんたには敵わないな。香穂子が着たら、もっと綺麗だと思ったんだ。その・・・真っ白なウエディングドレス」
真っ白いドレスを着たあんたの隣に、俺はいるのか? ちょっと待てよ、今のセリフの方がよっぽどプロポーズみたいじゃん。急に頬が火照り出すのを感じると、急にそわそわ肩を揺らす香穂子も、同じように頬を真っ赤に染めていた。ありがとう・・・と、照れ臭そうな上目遣いではにかみながら。
別に、礼を言われる事じゃ・・・無いけどな。なんか余計に照れ臭いじゃん。
(「Dozen Roze」より本文の一部を抜粋)
自室でヴァイオリンの練習を終えた夜、パソコンデスクの前に座る衛藤が熱心画面を見つめていた。いくつかのキーワードを手慣れた手付きで入力し、検索画面に現れたサイトから興味を引いた所を開いてゆく。ボディーボードで波を乗り繋ぐように、次々アクセスしながら調べるキーワードは「バラ」「ダーズンローズデー」。練習の帰り道に教会へ立ち寄らなければ、ダーズンローズの記念日を思い出さなかったかも知れない。
「へー格好いいな、これ。黒のボックスに赤のバラか。どれどれ客のコメントは、箱を開けた瞬間、彼女が驚きの声を上げて感動していました・・・か」
手を止めた衛藤が画面に身を乗り出したのは、真っ黒に艶めく細長いボックスに収まる、12本のベルベットローズ。スタイリッシュで大人っぽい写真と、いくつも書き込まれている購入者から寄せられた感想に心が動くが、すぐに小さく溜息をついて画面を消してしまう。
「う〜ん、ちょっとイメージが違うよな。あいつにはもっとこう・・・大人っぽいよりも、ふわふわしたり、ころころ丸い感じが好きそうだし。赤もいいけど濃いめのビビットなピンクとか、やさしいピンクも似合いそうだよな。白だと、本当にウエディングブーケになるし、照れるよな」
欧米では12月12日になると恋人に12本のバラを贈る習慣がある、それがダーズンローズデー。12本のバラ1本ず全てに想いを込めた意味があり、全てを二人で叶えたいと誓う恋のイベント。日本じゃ馴染みがないみたいだけど、ホリデーシーズンで盛り上がる12月に入るとニューヨークの花屋は賑わい、男性達はどんなバラを贈ろうか熱心に考え始めるんだ。
アメリカで暮らしていた頃は、自分には一生縁がないイベントだと思っていたけど・・・今は違う。あいつが喜ぶ為に、花嫁が持つバラのブーケを羨ましそうにうっとり見つめていた香穂子の願いを、叶えたい。胸に沸く想いを伝えたい、花に込めた想いを誓い、二人で高みを求め叶えたいと思う。
12月12日は明日、しかもラッキーな事に日曜日だ。
あいつ、花束をもらったらどんな顔して驚くんだろう・・・喜んでくれるかな。
目を閉じて想いを馳せるうちに、瞼の裏に浮かぶ笑顔が恋しくなる。焼き付いて離れない笑顔から、温かい笑い声が耳に響き・・・声が聞きたくなって押さえきれない想いは行動へ。キーボードの脇に置いてある携帯を握り締めると、香穂子のアドレスにメッセージを送る。「今、時間平気か? 少し話がしたいんだ」と。あんたの声が聞きたいと、素直に打ちかけたメールの文章を、一度消して書き直したのは秘密だけどな。
メールの返信がくると思ったのに、すぐ鳴り響いたのは、通話の着信を知らせるメロディーだった。ディスプレイに映し出された日野香穂子の文字に高鳴る鼓動を沈めながら、通話ボタンを押して耳を澄ますと、元気な声が耳に響いてきた。不思議だよな、あんたの声を聞くと俺の心が一瞬であんたの色に染まるんだ。
『もしもし、桐也? 話がしたいってメール来たから、電話しちゃった』
「俺からかけようと思ったのに、悪かったな。ヴァイオリンの練習を終えた後に、ちょっと調べ物してたんだけど、あんたの声が聞きたくなってさ。本当は会いに行きたいんだけど、もう夜遅いから声だけでも聞いてから寝ようと思ったんだ」
『私もね、譜読みを終わった所なんだよ。教会で拾ったバラの花びら見つめながら、桐也に会いたいなって思っていたの。以心伝心っていうのかな、こういう偶然嬉しいよね』
照れ臭さを隠すためについ強がってしまうけれど、電話越しだと素直になれるのは、声だけを聞いているからなんだろうか。離れているはずのに、すぐ傍にいると感じる心地良さ。耳を澄ませば普段聞くことの出来ない、呼吸や吐息の音が受話器を通して耳をくすぐる。
電話越しだと桐也は素直だよねとあんたは言うけれど、それはお互い様だぜ。いつもは強気なのに、電話越しだと可愛く甘えてくるって気付いてる? 直接姿が見えない分、相手のことを気遣ったり思い浮かべながら話すから、優しくなれるのかも知れない。照れた顔が直接見えないから、甘い言葉も告白も勇気が出しやすいんだよな、きっと。
「あのさ、ひとつ聞きたかったんだけど。香穂子は花が好きなのか?」
『うん、お花大好きだよ。綺麗で可愛いよね。お花屋さんの前を通ると、つい立ち止まっちゃうの。眺めているだけでも楽しいんだもの。お小遣いがあるときにはワンコインの小さなテーブルブーケや、気に入った花を2〜3本買うんだよ』
「へ〜あんたも女の子なんだな」
『意外な趣味、って驚いた顔してるでしょ。もう、桐也ってば失礼しちゃう』
「悪かった、拗ねるなよ。花が好きで良かったって、安心したんだぜ。あんたに花を贈るって言っただろ。なぁ香穂子、明日空いてる? 一緒にヴァイオリン練習しようぜ。とその前に、教会に来て欲しいんだけど」
『教会って、今日の帰り道に結婚式やってたところだよね。私が初めてアンサンブルコンサートやった、あの教会』
「そう、ご名答。俺が贈るブーケで内緒の小さな結婚、しようぜ」
『へっ、結婚式って。 あのっ・・・桐也!?』
携帯電話の向こうから聞こえる、慌てふためく声に待ち合わせの時間を告げた。復唱で時間を確認する香穂子に、お休みとそう囁いて、静かに通話ボタンを切る直前に聞こえたのは、チュッと鳴らすキスの音。お休みのキスだよ、とはにかむ香穂子が自分にもと甘えて強請るから、ちょっと躊躇った後で俺からもお返しに。いつか、本物のキスで夜と朝をを迎えられたら、いいよな。
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【マフラーのラブソング】
「マフラーのラブソング」より冒頭の一部を抜粋
木々の間をふわふわと抜けて、躍りながら降り積もる雪を、街の暖かな光がそっと包む。日が沈んでぐっと冷え込んだ夕方からちらほら降り出した雪に、キリッと身が引き締まる寒さの中で、吐く息が白い煙のように真っ直ぐ昇ってゆく。冬と言えば遊びたくても日が短いからすぐ暗くなるし、ボディーボードするのに海へ入るのにも冬の水温は冷たい。だけど以前よりも冬が嫌いじゃ無くなったのは、俺の隣に香穂子の温もりがあるからだろうな。
時間はまだ遅くないけれど、早く日が沈み闇に包まれれば、家路を急がなくてはと切なさが募る。オレンジ色に染まる夕暮れ空に星を引き連れた藍色のカーテンが降りる頃、並んで歩く香穂子と俺の距離が自然と寄り添うようになると、そう気付いたのはいつからだったろう。
過ごした一日が楽しかっただけにお互い離れがたくて。もう少しだけ一緒に・・・とやって来たのが最近賑わう海辺の公園だった。
クリスマス期間に行われる街のイルミネーションや、海の見える公園のライトアップ。誰かと一緒に季節ごとの景色を見たり、ヴァイオリンで心を重ねる事が、こんなに心地良くて幸せだと・・・あんたに出会ってから感じるようになったんだ。
あんたと一緒に演奏しているときの俺のヴァイオリン、一人で弾くよりもすっげぇイイ音で歌うんだぜ。
「香穂子、寒くないか?」
「うん、平気だよ。風に当たるほっぺは切れそうなくらい冷たいけど、全然寒くないの。桐也とくっついているからポカポカなんだもん。私ね、ずっと冬でもいいなぁ〜」
「俺は夏が好きだから、冬が長いのは嫌だな。冬は長く遊べないし、海は冷たいからボディーボードもできないし」
「冬は楽しいことたくさんあるんだよ。クリスマスにお正月にバレンタイン、空が綺麗だから星も見えるし、イルミネーションも素敵。それにね、お部屋のコタツに丸くなるのはとっても幸せなの」
「あんたって、いつでも前向きだよな。香穂子が自信満々の笑顔でそういうと、不思議と冬が好きになってくるぜ」
「それにほら・・・寒さや夜は、お互いを温めたくてくっつきたくなるでしょ? 二人を寄り添わせるためにあるんだよね」
夜に溶ける互いの顔をもっと良く見たい・・・存在を強く確かめたい。ピンク色のマフラーから覗く桃色の頬で、無邪気に見上げるあんたがあまりにも可愛いから、一瞬腰を強く引き寄せ、驚く苺の唇にそっと啄むキスをした。真っ赤に染まった顔から見えない湯気を噴き出し、「も・・・ばかっ」と小さく拗ねる香穂子の髪に、今度はごめんの優しいキスを。
「どうだ、身体が熱くなっただろ?」
「熱くて溶けちゃいそう・・・不意打ちのキスなんてずるいよ。じゃぁ、桐也にもお返ししなくちゃ」
「・・・・っ! 香穂子!」
「ふふっ、びっくりした?」
悪戯な瞳を輝かせたかと思えば、掴んだ腕を支えにめいっぱい背伸びをして、止める間もなく頬に触れた柔らかい唇。離れ際に愛らしい舌でぺろりと舐めるのも忘れずに。咄嗟に手の平で頬を押さえて焼き焦がす熱を沈めれば、楽しそうに「びっくりした?」と小首を傾げるあんたを捕まえる腕からするりと抜け出してしまった。
街を白く染める柔らかな粉雪みたく、あんたは俺の心も真っ白に染め上げてくれるんだ。ふわふわ嬉しそうに駆け出したと思えば、音楽に合わせていろんな色に光るツリーの前で立ち止まり、感嘆の笑顔で見上げている香穂子へ衛藤が優しく語りかけた。
「おい香穂子、はしゃぐのも良いけど転んではぐれんなよ。ほら・・・手、繋いでやるから」
「ありがとう、桐也。ふふっ、桐也の手は大きくて温かいね。私ね、桐也と手を繋ぐの大好き、胸がキュンとするの。手はいろんな気持ちを伝えてくれるよね」
肩越しに振り返えった香穂子がぱっと頬を桃色に綻ばせ、ひらり舞う雪のように軽やかな足取りで駆け戻ってくる。差し伸べた手に重ねて握り返すと、止まらない勢いのまま胸の中へポスンと飛び込む。楽しげに笑う無邪気な柔らかさをを、空いた片手でしっかり抱き締めれば、俺だけの温もりが背伸びをして小さなキスを届けてくれた。
周りの景色よりも、笑顔のあんたの方が何倍もきらきらしてるぜ。綺麗だよ、ほら見て?ってあんたは俺の手を揺さぶりながら楽しそうだけど、俺がずっと見つめていたいのは、誰よりも輝いてるあんただって気付いてる? って、恥ずかしいから直接は言わないけどさ。
「今、あんた俺の格好良さに惚れ直しただろ。香穂子の手がだんだん熱くなってくる・・・さてはドキドキしてるな。指先にきゅっと力が入るのは照れ隠しって、俺知ってんだぜ」
「も、バカっ・・・知らない」
ぷぅっと頬を膨らませて顔を背けてしまうけれど、羞恥に耐えながら拗ねてるだけだと分かる。緩んだままの顔を見たら、笑ったと余計に拗ねるだろうけど、そんなところも可愛いとつい笑顔が綻んでしまうんだ。もみの木を飾る林檎みたく、真っ赤に染まった頬が美味しそうだから、甘い香りに引き寄せられ、甘さを求めて口づけたくなる。
「どこもかしこもカップルでいっぱいだな。まぁこの時期は、どこ行っても同じか」
「ねっねっ、桐也。という事は私たちも、周りからは仲良しカップルに見えてるんだよね。いつもより、ぴっとり肩先にくっついたり、ぎゅっと腕を絡めても・・・イイかな?」
「え、なんだよ急に積極的じゃん。いいぜ、ほら・・・寒くないようにもっとこっち来いよ」
ぐっと勢い付けて引き寄せた反動で、ポスンと胸に飛び込む香穂子から、春の花を咲かせる甘く優しい香りがした。あんたの笑顔や、楽しそうに奏でるヴァイオリンの音色みたいな。
いつも繋いでいる手なのに、今日はどこか違うと感じるのは何故だろう。ハンドクリームを変えたら、手がすべすべになったのだと嬉しそうだったからかも知れないな。それだけじゃなくて薄く化粧をしていたり、ピンクのグロスで艶めく唇から目が離せなかったり、可愛いワンピースを着ているからとか・・・。想いを巡らせるだけで、隣にいる香穂子の全てが気になってしまう。
「女ってずるいよな」
「へ? 何のこと?」
「ちょっと見ない間に見違えるほど綺麗になるし、服装や化粧一つでドキッとするほど大人っぽくなるんだもんな」
「えっと〜誰のことかな?」
「俺と手を繋いでるヤツ、あんたの事だよ。今夜は可愛くなっちゃって・・・俺、けっこう必死なんだぜ。そのグロスが落ちるほどキスしたいっていう気持ちとか、いろいろと理性で押さえるのにさ」
「あ! 桐也の手も熱くなった・・・」
ぱちくりと大きな瞳を瞬きした香穂子の顔から見えない湯気が噴き出し、耳や首筋まで真っ赤な茹で蛸に染まる。 潤んだ瞳の上目遣いって反則だぜ。好きな人の前では、いつでも可愛くしていたいのだと、囁く吐息の熱さに目眩がしそうだ。
ライトアップされた公園には、街路樹に光の滴が幾つも灯り、芝生や噴水に浮かぶ白く丸いワイヤーオブジェが、幻想的な光を放っていた。水の代わりに零れる光の滴は、熱を発しないLSDの青い光・・・凛とした色合いなのに寒さを感じなくて、どこか心地がいい。きっと火照った身体を冷ますのに、これくらいの寒さがちょうど良いんだと思う。
すぐ隣から聞こえる楽しげな歌声は、香穂子が口ずさむ楽しげなジングルベルのメロディー。まだ12月に入ったばかりでクリスマスイブには早いのに、ライトアップが始まった海が見える公園には、待ち切れない恋人達が溢れている。香穂子の情報だと、ナントカっていう有名な海外のアーティストがデザインした、オフジェだかイルミネーションだかが公園を彩っているらしい。
午前中にヴァイオリンの練習をした時は、鉄骨の固まりや配線だけが無機質に見えたのに、闇が全てを隠し光が灯る今は全く別の景色見たく見えるんだな。表情を変えるのは景色だけじゃなくて、ドレスアップに化粧とめかし込んできた香穂子も同じ。鈴の音みたくきらきら瞳を輝かせてご機嫌だ。しっかり手を握っていないと、雪と一緒にくるくる駆け回りながらどこかへ飛んでいってしまいそうだぜ。
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