【クリスタライズド・ローズ】本文サンプル  実際は縦書き二段組みになります


(冒頭の一部を抜粋)


眠るまでのひとときは、隣に並べる枕に寄りそう枕だけでなく心の距離も近付く大切な時間。

一つのベッドに枕を並べ、額を寄せながら、吐息を絡め合う内緒の囁きを交わし合う。夏の熱帯夜、クーラーの効いた寝室。かなでの手で皺一つ無くベッドメイクされたシーツに横たわれば、空調の冷気を浴びて、風呂上がりに火照る身体を冷まして心地良い。


心地良さを生むには、気温は重要だ。冷えた指先では演奏の感覚が鈍るように、体温は精神的肉体的にも、行為の心地良さを左右する。最高のコンディションを整えるなら、室温23度・湿度30%前後が身体をゆっくり溶かせることが出来るらしい。冬なら温かく感じるだろうが、真夏の今は冷房が冷えた室内・・・ちょうど今くらいだ。




冷えたシーツにぴっとり張り付く小日向かなでが、ノックされたドアの音に気付き、弾かれたように身体を起こした。扉の向こうにいる人物は、自分の心の扉もノックしたから、トクンと跳ねた鼓動が熱く早く高鳴り出す。同じベッドで眠る事には変わらないのに、今すぐ返事をしようか、それとも寝たふりをしようかと・・・羞恥心から無駄に足掻いてしまう。


慌ててベッドに眠転がったかなでは、タオルケットを胸元まで引き上げて。風呂上がりにのぼせた火照りを冷ましていた、濡れタオルを引っ掴み、額を覆うように顔へと当てる。

キチキりと枕元で静かに揺れ軋むベッドのスプリングと、トクト駆け足する鼓動がシンクロのアンサンブル。真っ赤な顔は湯あたりだと言っても、勘の良い彼は気付いてしまうだろう。タオルの下で瞳を閉じ、お願い落ち着いてと言い聞かせながら呼吸を整える。


「かなで、寝ているのか?」
「・・・・・・・」


濡れタオルで額を覆い、瞳を閉じてぐったりとベッドの上に横たわっているかなでに声をかけたが、返事はない。だがかなでは嘘が付けないから、本当に眠っているか、それとも眠ったフリをしているかぐらいはすぐに分かる。今回は恐らく後者だろう、緊張で硬まる身体と唇を見ればすぐに分かる。突然起きて、俺を驚かそうって言うのか? 

いや・・・初心なお前のことだから、俺を意識する羞恥で目が合わせられないんだろう。お互いの熱を溶け合わせた後は、いつもそうだからな。一緒に風呂へ入る度に、俺までもがお前の熱で湯あたりしそうだぜ。


キッチンから持ってきたスポーツドリンクのペットボトルをナイトテーブルに置き、額を覆う白い濡れタオルに手の平を乗せた。「長風呂で俺がのぼせたら、お前が介抱してくれるんだろう?」と挑発するが、いつも茹で蛸にのぼせたかなでを介抱するのは俺の役目だ。風呂は短いと言われていた俺も、お前のお陰でずいぶん長風呂になったんだぜ? 

ただし、かなでと一緒のとき限定だが。

風邪を引くことは滅多にないが、以前一度だけ体調を崩したときに、かなでがこうしてくれた手の平が心地良かったんだ。お前の優しさや想いが、手の平から流れてくる・・・不思議だな、ならば俺もお前に伝えたい。


「長風呂するとすぐのぼせるんだな、お前は。・・・って、いつもの事だが悪いのは俺か。具合はどうだ?」
「・・・大丈夫です、もう落ち着きました。千秋さん、心配かけてごめんなさい」


額からそっとずらしながらそう言ったかなでが、タオルを胸元できゅっと握り締める。真上から心配そうに見下ろす東金の眼差しを受け止め、照れた微笑で見上げた。だが微笑みはすぐに拗ねた表情へと代わり、ぷぅと頬を膨らませしまう。「千秋さんがお風呂で悪戯するから私・・・いつものぼせちゃうんですよ?」と、上目遣いで睨んでも、甘いおねだりにしか見えない。


毎回同じ台詞を聞いているが、こればかりはお前の願いを聞き届けることは難しそうだな。拗ねると分かっているのに尖らす唇さえも愛しくて、吸い寄せられるまま唇を重ねキスをしたくなる。


「ほら、スポーツドリンクだ。水よりも身体に吸収されやすいから、少しは楽になるだろう」
「ありがとうございます。お風呂上がりだけじゃなくて、これからはお風呂の前にもたくさん水分を補給しなくちゃですよね」
「なんなら俺が、飲ませてやろうか? 口移しで・・・」
「いっ、いいですっ・・・自分で飲めます。お水を飲ませながら、絶対にその後もたくさんキスするつもりでしょう? せっかく落ち着いたのに、また千秋さんにのぼせちゃいますっ!」
「ははっ、冗談だ。お前は本当に、からかいがいのあるヤツだな」


可笑しさを堪えきれずに「冗談だ」と頬を緩めれば、渡したペットボトルを受け取りながら、からかわないでくれと拗ねてしまう。 今夜もバスルームでつい行為に及んで湯に当たらせてしまい、目が回る・・・気持ちが悪いと訴えていたが。風呂の上がり頃よりも、血色が戻ってきたようだな。

寝転んでいた身体を起こすと、乾いた土が水を吸うように、ペットボトルを抱えて飲み干してゆく。愛しい存在だからこそ大切にしたいのに、この手の中で思いっきり乱したい衝動に駆られてしまう。隣で見守る俺に美味しいと振り仰ぐ、満面の笑顔。胸が締め付けられそうな後悔も、笑顔一つで心が軽くなるのを感じた。


「一人の時はお風呂の時間がすごく短いのに、どうして一緒だと長くなるんですか? しかも、全然のぼせてないし・・・ズルイです」
「風呂ですることなど限られているが、それは一人で入浴するときの話だ。二人で風呂を楽しむのなら無限大に膨らむのだと、お前が前が教えてくれたんだぜ?」
「お風呂じゃ、イヤですっ・・・て、何度も言ったのに。千秋さんのイジワル」
「甘い吐息でイヤと言っても、肯定にしか聞こえないぜ。生まれたままの素肌で、抱き締め合う心地良さが手放せなくなれば、することはただ一つだろう?」
「・・・っ、もう〜知らない。一緒にお風呂、入りませんからね」


そんなことを言っても、お前から俺が欲しくなるに決まってる。そう自信な笑みでかなでを見つめ、ベッドの上に座る脚を崩しながら寛げば、見る間に顔が真っ赤な火を噴き、羞恥を堪える唇を強く引き結ぶ。

例えば、風呂の中で湯に浸かりながら音楽を聴く。かなでが好きな入浴剤をバスタブに溶かしながら、日々違う色を見せる音色のような湯を楽しむ。そうするうちに、最初は羞恥でぎこちないお前も、泡に戯れるうちに会話も弾み、無邪気にじゃれ合うようになる。そう・・・気付かないうちに、俺のペースに巻き込まれているんだ。



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