視線で伝わる想い



「・・・っ。香穂子、近い!」
「へっ!?」
「またかよ。何で今日はやたら、俺にくっつきそうな勢いで、すぐ近くから見つめてくるわけ? ははん、さては俺の格好いい顔に見とれていたな。それともキスして欲しい、おねだりとか」
「・・・・・・・・」
「・・・真っ赤になりながら、そこで黙るのって、反則だぞ」


頬の左側に熱いものを感じて、衛藤がふと何気なく視線を巡らせれば、大きな瞳を興味津々に輝かせる香穂子の顔があった。いつもは肩先にある彼女の頭も、視線を合わせようとつま先立ちでぐっと背伸びをしているから、唇がちょうど頬の辺りに来ていて。コツンと掠め触れ合う鼻先や額から、弾けてしまった鼓動がきっと伝わってしまったに違いない。甘く優しい香がする吐息と眼差しに、捕らわれて動けなくなる。

理性を振り絞った衛藤が少しだけ拗ねたように声をかけると、茹で蛸に染まった香穂子が慌ててぱっと離れてしまう。でもすぐにまた、じっと見つめながら、いつの間にか接近してくるんだろう? 組んだ手を恥ずかしそうに弄る香穂子に歩み寄ると、自分の中にある熱さを落ち着かせるためにも、小さく深く吐息を零してみる。


「香穂子、俺に隠し事してるだろ」
「へ? えっと、その・・・何のことかな。どうして私が隠し事してるって思うの?」
「あんた正直だから、すぐ顔とか行動に出るんだよ」
「かっ、隠し事なんかしてないもん!」
「だったら俺の目、ちゃんと見ろよな。目が合うたび真っ赤になって俯くし、そのくせ背伸びしながらじっと見つめてくる。ほらまた赤くなった・・・そこで黙られると、こっちが照れるっての」


自分の身体をほんの少しだけ前に傾ければ、唇が触れ合ってしまう・・・そんな繰り返しが、もう何度交わされただろう。理性と本能の狭間に揺れ動く、短いようで長い一瞬。胸から弾けた鼓動は自分の耳を通じて、香穂子の耳へ届いているのではと、そう思うほどに好きな気持や照れ臭さが溢れ出し、たまらなく顔が熱くなる。


でも俺、あんたの背伸びは好きなんだぜ。背の高さが違うって、良いよなって最近思う。香穂子と俺では頭一つ分くらい違うから、隣に並ぶとあんたの頭が、ちょうど俺の肩に当たるんだ。いつでも受け止めてやるよ、ちょうど枕になって気持ちが良いだろ。え、重くないかって? 気にするな、俺は肩を貸しながら寝顔をゆっくり眺められるし。

少し上を向く視線とか・・・一生懸命背伸びをして、視線や身長を合わせる姿も、可愛いと思う。なぁ知ってるか? 俺も身を屈めて香穂子に合わせるのは好きなんだぜ。でも背伸びする時は、その前にちゃんと声をかけてくれよな。俺にだって心の準備ってもんがあるんだよ、いきなり近くにあんたの顔があったら照れ臭・・・いや、びっくりするだろう?


「だって、好きなんだもん・・・」
「は!?」
「仕方ないじゃない、衛藤くんのこと大好きなんだもん! 意識していなくても、気付いたら見つめちゃうの」
「スキって・・・おい、何ムキになってんだよ。大声出すと周りに聞こえるだろ。嬉しいけど・・・真っ直ぐすぎて恥ずかしいヤツだな、あんた」


見つめていた理由が大好きだからと真っ直ぐな眼差しで言われたら、ここで堕ちない男はいないだろう。理由を尋ねたのは俺だけど、本当にあんたって予想もしない爆弾落としてくるよな。拗ねた顔も可愛いなって、そう言ってるんだぜ。怒っているんだろうけど、ぷぅっと膨らました頬で睨むのが、どれだけ愛しさをくすぐるかって知ってるか? 知ってて上目遣いやってたら、卑怯だぞ。


「もっともっとって思ったら、求める気持が止まらなくて、どんどん近付いちゃったの。気付くかな、気付かないかなって、ずっとドキドキしていたんだよ。衛藤くんの事がもっと知りたいから、目に映る全てを覚えようとして、頭と心にインプットしようとするの」
「で、熱心に探るあまり背伸びして、ぐっと近付いた訳か。どうせ気付かれるのなら、最初からそう言えば良かったのに」
「恥ずかしくて聞けないよ、相手も構えちゃうし、それじゃ駄目なの。衛藤くんは私に聞ける?」
「俺は・・・やっぱ照れ臭いかも。でも自分の気持ちは、ちゃんと真っ直ぐあんたに伝えたい」
「でしょ? こっそりなのが良いんだよ。もっともっと、衛藤くんを貯金したいな」
「貯金? 俺を?」
「そう、衛藤くん貯金。たとえば衛藤くんが好きな物とか、見つけた記憶と気持は私の宝物になって、深く心と頭に刻まれてゆくの。物理や数学の勉強は難しいけど、好きな人の事はびっくりするくらい忘れないでしょう?」


そう言ってふわりと嬉しそうな笑顔を浮かべると、一歩俺に近づき、抱き締められる腕の射程距離に入ってきた。大きな瞳に悪戯な光を宿しながら、つま先立ちでぐっと近付く顔が目の前に迫れば、反動で反り返ってしまいたくなる。驚く俺が面白くて小さく笑う香穂子が、少しだけ悔しくて・・・赤くなったと自分でも分かる照れ隠しに、気付かれないよう背中へ回した腕を抱き寄せた。もう、あんたの悪戯な時間はお終いだぜ。


「ふぅん、俺を貯金・・・ね。で、じっと見つめていた間にあんたは、俺のどんな事を発見したんだ?」
「えっと・・・ナイショ!」
「恋人達の間に、隠し事は無しじゃなかったのか?」
「言ったら衛藤くん貯金が減っちゃうもの、だから私の中で大切に使おうと思うの。じゃぁ一つだけ、気付いたとっておきな秘密を教えてあげる。ねぇ衛藤くん、恋するほどに赤くなるものって、なぁんだ?」
「なぞなぞなのか? 恋するほどに赤くなるもの、そうだな・・・・・」


眉を寄せて考える俺を邪魔したいのか、それともじゃれて甘えたいのか。抱き締めた腕の中でふり仰ぎながら、つま先立ちで背の高さを合わそうと一生懸命背伸びをする香穂子が、甘く煌めく瞳でじっと見つめてくる・・・誘うように語る悪戯な視線。さっきまで鼻先を頬に寄せながら、じっと俺の顔を見つめていたときにも感じた、眼差しの意味。

口では何も語らなくても、目は口ほどに物を言うって、本当なんだな。言えなかった想いも、伝えたい言葉も、何も言わなくても視線が・・・その眼差しが全てを語り俺の中へ流れ込んでくるんだ。
 

「恋するほどに赤くなるもの、その答え分かったぜ。それは・・・」
「・・・・んっ!」


つま先立ちに背伸びした身体を抱き支えながら、そっと触れるキスを贈るよ。
恋するほどに赤くなるのは想いが溢れて熱くなる俺たちの顔、そして触れる度に赤く色づく果実の唇・・・そうだろう?

手を繋ぐときのように、触れるまでが最も緊張する一瞬だけど、勇気を振り絞って一歩を踏み出そう。
二人手の温度がだんだん馴染んで一つになる感覚のように、心も体温も唇も、一つに重ねたいと思うから。