失敗した朝食を二人で

「蓮〜朝食の用意が出来たから、着替え終わったらリビングに下りてきてね」
「ありがとう香穂子、直ぐに行くから」


ネクタイを締めつつ声のする方を振り向けば、寝室のドアに手を添えてひょっこり顔を覗かせた香穂子が、出かける身支度を整えている俺に、朝の眩しい太陽にも負けないくらいに笑顔で元気良く声をかけてくる。
そんな君に俺も自然と笑顔を返していて、待ってるからねと嬉しそうに笑みを深めると、パタパタと軽やかな足音を引き連れて駆け去っていく。

遠ざかる彼女の足音に耳を済ませると俺の心まで軽やかに弾んでくるようで、駆け出してしまいたい浮き立つ心のままクローゼットに歩み寄り、ハンガーに手をかけジャケットを取った。しかし備え付けの姿見にふと映った自分の顔が、気恥ずかしい位に思いっきり緩んでおり、こんな表情を彼女に向けているのだと分かって何とも言えない照れくささが込み上げてきたけれども・・・・・。

君の笑顔が生み出してくれた俺の笑顔・・・そして君の笑顔を引き出せるのもまた俺のこんな笑顔なのだろうかと、緩んだ頬を引き締められないまま、少し照れくさく誇らしい思いで鏡を見つめて手串で前髪を整えた。




リビングに入り、持っていたジャケットをソファーの背もたれにかけると、食事をするテーブルへと向かった。
テーブルの上にはブルーのランチョマットの上に並べられた二人分の食器と、真ん中に籐で編んだ丸い籠に盛られた小さな食事パンたち。しかし先程用意が出来たと言っていたにも関わらず食事の影も形も見当たらず、キッチンの方からはドタバタと慌しい物音に紛れて、混乱しているような香穂子の悲鳴まで聞こえてくる。

だがいつもなら声を掛けられてリビングへ降りてきた時には、テーブルに乗った温かい料理と、俺を待っていた彼女の笑顔が共に揃って出迎えてくれる筈なのに・・・今日に限って何かあったのだろうか?

鳴り止まない騒がしい物音の合間に聞こえた一際大きなガチャンという物音に続き、湧き起こったどうしよう〜と泣きそうに叫ぶ彼女の声に眉を潜めると、俺は襟元のネクタイを締め直しつつ足早にキッチンへ向かった。




香穂子はキッチンの入り口に佇む俺には気付かずに、冷蔵庫を空けて食材を取り出したり、足元の棚からフライパンやらボウルやらを慌しく取り出し両手に抱えてキッチンの中を駆け回っていた。彼女は必死の形相だが焦っているせいか、棚や扉にぶつかったり物を落としたりと、側で見守っている俺の方が心臓に悪い・・・。
息苦しさを覚えるのは、心臓を鷲掴みにされているからなのだろうか。背中に流れる冷たい汗をヒヤリと感じながら、驚かさないように動きを見計らい、慌てふためく彼女にそっと声を掛けた。


「香穂子、用意がまだなようなら、俺も手伝おうか?」
「きゃ〜っ、蓮! ごめんね、用意出来てた筈なんだけど、お料理失敗しちゃったの。蓮のだけでも今急いで作り直すから、もうちょっとだけ待っててくれる? あっ、でももうお仕事出かける時間じゃない! どうしよう〜」


キッチンへ現われた俺を見た香穂子は、見られてはいけないものを見られたような衝撃を語るように大きく瞳を見開き、一瞬ピタリと動きを止めた。だがこうしている場合で無いとハッと我に返ったのか、キッチンテーブルに置かれた時計を見て、もうこんな時間じゃない!と両手で頬を押さえながら小さく悲鳴を上げると、再びおろおろと慌て出してしまう。


キッチンテーブルの上には白いプレートが二枚並べられていた。白いキャンバスの上には細長くカーブを描いた黄色いふわふわの形良いオムレツに、ポテトと焼いたソーセージ、それに温野菜が添えられていて、どうやら今朝のメインディッシュというところだろうか。卵料理は焼き色も香ばしく、フォークで突付けば中身がとろりと溢れ出てきそうに柔らかく揺れており、とても美味しそうだ。俺には彼女の言うように、失敗したようには見えないのだが・・・・・・。


「香穂子、失敗したというのはこの皿にある料理の事なのか? 料理については良く分からないが、俺には良く出来ているように見える・・・何がそんなに君を慌てさせるんだ?」
「・・・失敗したのはオムレツなの。外はしっとり中は半熟が好きな蓮の為に、程良くトロトロに出来たんだよ。お皿を揺らせばフルフルしてて、形を崩さず綺麗に焼けたでしょう? 中のトロトロにはね、マッシュルームと刻んだベーコンが入ってるの」
「それが、どうして失敗なんだ?」
「ウチは甘いものが苦手な蓮に合わせて、卵料理に砂糖は使わず塩コショウやブイヨンでさっぱり味付けしてるじゃない。でも・・・でもね、今日は、お塩とお砂糖を間違えちゃったの・・・いつもと味が正反対なんだよ・・・・」


ごめんなさい・・・。
切なそうに俺を見つめてポソリと呟き、手をキュッと握り合わせると、香穂子は力なくシュンと項垂れてしまう。


「ほら昨夜、新しく買った調味料入れの小瓶たちへ入れ替えるために、蓮にも手伝ってもらったでしょう? その時に私、ついうっかりして砂糖と塩の表示を張り間違ったみたいなの・・・」


用意が早く終ったから大きな物の片づけを先にしてしまおうと卵を溶かしたボウルに触れた時、ふと指先に付いた溶き卵を舐めて気が付いたのだという。調味料入れに飛びつき慌てて確認して、目の前が真っ白になる程驚いたようだ。

キッチンに置かれた真新しい木製のラックに視線を移せば、仲良く同じ姿で背比べをしているずらりと並んだ調味料やスパイスの小瓶たち。あの時だったのか・・・と、小さな一瓶ずつ香穂子と二人で手分けしながら新しい物へ移し替えた事を思い出した。同時に心の中で溢れてくる後悔と、自分のせいだからと悲しそうに責める彼女に胸が痛み、強く拳を握り締める。

もしかしたら手伝った俺が間違ってしまったかも知れないんだ、香穂子だけのせいではないのだから。
もう表示は貼り直したのかと、ふわり瞳を緩めて柔らかく聞くと、うん・・・と俯いたまま小さく頷いた。


「・・・別に作り直す事は無い。せっかく香穂子が作ってくれたんだ。俺はこのままでも平気だから、ありがたく頂くよ」
「本当に!? だっていつもより凄く甘いんだよ? 蓮だったら気持悪くなるかも知れないのに・・・じゃぁ、まず少しだけ味見してみて。駄目なら正直に言ってね、直ぐに作り直すから」


弾かれたように顔を上げた香穂子は、ナイフでオムレツの端を食べやすいように一口大にカットすると、人差し指と親指の二本でつまみ、片手を添えながらあ〜んして?と小首を傾けつつ俺の口元へ運んできた。

味見とはいえ君に手ずから食べさえてもらえる嬉しさと仕草の愛らしさに、我慢が出来ずに差し出すしなやかな指先ごと口の中へと含んでしまう・・・君の指が食べたいのだと。だが唇でしっかり挟んだまま指を離さない俺を見て、一瞬にして顔を真っ赤に染めぷぅっと頬を膨らますと、君は上目遣いに俺を睨んでくる。


「蓮〜食べるのは卵で私の指じゃ無いでしょう! 今は駄目っ、もーっ放して〜!」


もう少しこのまま君の指を食べていたいけれども、これ以上機嫌を損ねたくないから、心の中では諦めの溜息を吐き、仕方なく唇の力を緩めて彼女の指を解放した。もちろん離れ際に、ペロリと舐める事も忘れずに。
固まったままの香穂子へ微笑を向けると、もう〜っと照れて恥ずかしそうに頬を染めつつ、香穂子は指先を暫くじっと見つめていたが、やがてちらりと俺を伺っておずおずとそのまま自らの口元へ運び、ちゅっと吸い付くように唇へ含んでしまった・・・先程の俺のように。


「・・・・・・!」


俺がした事よりもそんな彼女を目の前で見ている方が、急に火を噴出しそうな熱さと恥ずかしさが込み上げてくるようだ。指先を口に含んだまま心配そうに眉を寄せ、不安に揺れる気持を潤んだ瞳に宿して俺に向けてくる・・・このまま君を抱き締めてしまいたい衝動に駆られるのを、切れそうな理性で必死に繋ぎとめるしかない。

運んでくれた彼女の指先に夢中で、口の奥に入ってしまい危うく飲み込みそうだった卵料理の欠片を舌で探り当て、ゆっくりと噛み締め味わえば確かにいつもよりは甘かったけれども、我慢出来ない程では無かった。

香穂子が作ってくれた料理は何時だってどんな料理だって美味しいのだから、作り直せだなど俺が君に言うわけないだろう? 口の中の物をゆっくり飲み下すと、緩めた瞳で見つめながら微笑んだ・・・美味しいよと確かな言葉に乗せて。


そう言う俺を見てホッと安心したように硬く強張っていた香穂子の表情も緩むと、じっと耐えるように唇に含んでいた指先を離した。もう一つの皿から同じようにナイフで卵料理の端をカットし、自分も味見をする為に口元へ運ぶと、しかし次の瞬間手で口を押さえてうっと呻き、途端に苦虫を噛み潰したような顔になる。


「あっ・・・甘〜い! やっぱり大失敗〜!」
「そうだろうか? 俺はこれでも構わないと思うが」
「蓮ってば、あまりの甘さに舌がおかしくなっちゃたんじゃないの?」


涙を滲ませつつ俺を見上げてう〜っと唸ると、パタパタと慌しく冷蔵庫へと駆け寄ってミネラルウォーターのボトルを取り出す。コップに注いで俺へと差し出して来たが、俺はいいから・・・と微笑を向けつつ丁寧に遠慮をすれば、そう?と首を捻り彼女は一気にコップの中身を飲み干した。

少しは落ち着いただろうか? ふーっと深い息を吐き、キッチンテーブルの上に静かにコップを置いてそのままじっと握り締めたまま佇む香穂子の背中を、俺は掛ける言葉も見つからず息を詰めてじっとただ見守るしか出来なくて。背を抱き包もうと手を伸ばしかけたのと同時に、くるりと踵を返して振り返った彼女が飛び込むように俺の胸の中にしがみ付いてきた。


「蓮・・・無理、しなくていいからね。私の事は気にせずに、駄目な時はちゃんと駄目だって言って欲しい。だって私は、蓮にいつも美味しい食事を作って上げたいんだもの。優しいのと甘やかすのは違う・・それは音楽と一緒だから一番良く知ってる筈でしょう? 心を偽ってまで我慢して欲しくないの」
「俺は香穂子の事で、自分を偽ってまで無理や我慢をした事などは今まで一度も無い。美味しいと思ったのは事実だ。心の底から、そう思ったから言ったんだ。君の手料理は君自身と同じく、いつだって俺に温かさと幸せを与えてくれる・・・。君に関する事で俺が嘘を吐いていた事があったか? 香穂子は、俺の想いが信じられないのか?」
「信じてるよ・・・蓮が嘘吐けないって、私だって分かってるもの。でもっ・・・蓮はこれでもいいって言ってくれてるけど私はね、蓮が優しいから・・・だから余計に上手く出来なかった自分が凄くすご〜く悔しいのっ!」


背にまわした腕にぎゅっと力を込めてしがみ付く香穂子をそっと包むように抱き締めると、腕の中から真っ直ぐ射抜くように振り仰いだ瞳は今にも泣き出しそうに潤んで煌いていた。それでも溢れる涙を一滴たりとも零すまいと、必死に目を見開き堪えながら・・・。

本当は思いっきり俺の胸へ身を埋めたいのかも知れないが、出かける前だからYシャツやネクタイに皺をつけないようにと、気を使って寸前で踏みとどまっているのが分かる。そんないじらしさが、余計に君への想いを募らせるのだ。

ピタリと触れ合う熱さと瞳が伝える切なさは、彼女の抱える苦しみをそのまま伝えて俺の心もきつく締め上げるようで。一瞬襲い掛かる胸を焦がす熱さと苦しさに耐えるように息を詰めると、眉を寄せた瞳を柔らかく緩めて香穂子の頬を片手でそっと包み込んだ・・・指先の一本一本で輪郭と肌の感触を確かめるように。
俯いた顎を指先で捉えて僅かに上向かせると、互いに熱い視線が絡み合う。


「そうだな、今の俺が一つだけ無理や我慢をしているとすれば・・・それは君が愛しすぎて、想いが溢れてきそうだという事だ。持てる全ての理性で必死に押さえていないと・・・我慢していないと、我を忘れて君を壊してしまいそうなくらいに」
「蓮・・・・・・」
「俺は何時もこの胸の中にある焦がされそうな熱さを必死に押さえて、冷静なふりをしている。それも抑えなくていいと・・・心を偽るまで我慢しなくて良いと言うのなら、遠慮なくそうさせてもらうが・・・」


どうか苦しまないでと。
美味しいと思った俺の言葉は本当なのだと、言葉よりも確かな俺の想いが伝わりますようにと。


君への愛を精一杯の揺らめく瞳と微笑みに変えて、まだ戸惑い隠し切れない瞳をじっと見つめると、絡まる視線が徐々に甘さを帯びて縋るような色になってくる。その変化を見逃さず香穂子の問いかけに応えるように身を屈め、まず最初はそっと柔らかな唇へ触れるだけの軽いキスを降らせた。その後再び覆い被さり強く押し付けて、湧き上がる心の温かさが微笑みとなり、見つめていた俺と君の瞳も深く絡み合う。唇だけでなく、舌や吐息をも奪う深いキスを重ねてゆく。

言葉の通りに・・・偽らない思いのままに・・・。




「でも、このままじゃ・・・作り直すにも時間が無いし、そうだ! ケチャップで味が誤魔化せないかな・・・」


名残惜しげに互いの唇がゆっくり離れた後、困ったようにはにかむ香穂子がそう言うとパッと顔身体を離し、キッチン足元の棚を空けてトマトケチャップのボトルを取り出した。口先が細いチューブタイプのボトルは彼女のお気に入りで、料理用とは別にそれは時折料理や皿をキャンバスに見立ててケチャップの絵の具で絵を描いたりメッセージを書いたりするのに使われている。楽しそうな彼女に連られて、つい俺も一緒に楽しんでしまうんだ。


普段調味料として使うときは大きなビンに詰まっているトマトソースを使うから、香穂子かお絵かき専用ボトルを取り出したということは、きっとこのオムレツに絵やメッセージを書き込みたいのだろう。俺の隣でボトルを握り締めたまま卵料理の乗った皿を見つめ、う〜んと唸っているところを見ると、どうやら何を書こうか考えているようだ。


そんな無邪気な彼女が微笑ましくて緩む頬のまま小さく笑うと、そっと後ろから抱きつくように手を回し、ケチャップボトルを握り締めた両手の上に重ね握り締めながら、首元に顔を寄せて耳元に囁いた。


「香穂子の皿はどちらのなんだ?」
「えっと〜こっち、左側のだよ。右が蓮のやつ」


香穂子が指差した左側にある自分の用の皿を手前まで引寄せると、くずぐったそうに身を捩りながら肩越しに俺を振り帰り笑みを向けてくる。受け止めた微笑みを返しながら身を寄せ合う猫のように頬をすり合わせると、彼女の手からケチャップのボトルを取り、蓋を外した。


「ねぇ蓮、何をするの?」
「香穂子へのメッセージを書くんだ」
「本当!? 嬉しい〜。どんな言葉を書いてくれるのかな〜凄く楽しみ」


香穂子を背後から抱き締めたまま、黄色い卵のキャンバスに赤いトマトケチャップでメッセージを描く。
オムレツは小さなものだから文字でも2〜3文字が限界だろうし、複雑な内容も分かりにくいだろう。香穂子の名前はちょうど3文字で入りきりそうだが名前はありきたりだし、書きたい想いはたくさんありすぎてこの皿一枚では到底入らない・・・さてどうしたものか。

そこで思いついたものが、俺の想い全てを一つで現してくれるもの。


ゆっくリ慎重に輪郭を描くと、楽しみをを押さえきれずに腕の中でそわそわしていた香穂子があっと声を上げて驚くのが伝わった。ピタリと身動きを止めて、じっと俺の手元に魅入っている・・・それとも動けなくなってしまったのか。彼女は俺に背を向けているからどんな表情をしているのかは見えないけれども、ちらりと見える耳や首筋が真っ赤に染まっていて、触れる首筋が火を噴出しそうな程熱い所を見ると、きっと君は恥ずかしそうに照れているのだろうな。目の前で俺が書くメッセージを、顔を背ける事も出来ずに背後から深く抱き締められたまま、じっと見ているしかないのだから・・・。

華奢な彼女の身体を、塞がった腕の代りに前に回した肘でしっかり挟んで前に倒すように抱き締めなおすと、描いた輪郭の中を丁寧にケチャップで塗りつぶしていく・・・・。


「さぁ、出来たぞ」
「か、可愛い〜。蓮・・・・これってひょっとして・・・ハートマーク!?」
「そう、このオムレツの上に書けるくらい一言で、香穂子へ向ける俺の想いの全てを、現してくれるものだ。いつも俺のに書いてくれているのと同じだが、君への想いをこの一つに込めて俺からも贈ろう」


細長く小さめな黄色のオムレツに俺が描いたのは、真ん中に大きなハートマーク。
まさか俺が書くとは思っても見なかったようで、目をパチクリと見開きながら皿と俺を交互そわそわ落ち着かなさ気に見ている。肩越しに首を巡らせ香穂子を覗き込み悪戯っぽい視線を向けると、嬉しいけど恥ずかしいよと頬を染めて照れてしまった。


「じゃぁ・・・私も蓮にメッセージを書いてあげるね」


そう言ってはにかみながら俺用の皿を手前に引寄せた香穂子にケチャップのボトルを渡すと、同じようにオムレツの上になにやら絵を書き出した。そっと覗きこむと左側には小さく唇の絵を、右側には同じように小さめなハートのマークを。二つの絵が現すのは、きっと何かの言葉なのだろう・・・胸の中が熱いようなくすぐったいような・・・そんな予感に襲われる。ボトルの蓋を閉めるとキッチンテーブルに置き、前に抱き締めた俺の腕にキュッとしがみ付いて肩越しに嬉しそうな笑顔で振いだ。


「ふふっ、私も書けたよ。唇とハートで、蓮へのキスマーク! 蓮がくれた大きなハートマークのお返しだよ」
「・・・! これは、香穂子に一本とられたな。だが、俺は君からの・・・本物のキスならもっと嬉しい」
「もちろん。メッセージだけじゃなくて、ちゃんと本物もね」



くるりと俺の正面に向き直ると首にしなやかな腕を絡めてきゅっとしがみ付き、背伸びをするようにチュッと愛らしい音を奏でながら、幸せそうに溢れる笑みを湛えたままの唇でキスを重ねてくる。


「蓮、ありがとう。大好きだよ」
「じゃぁ、そろそろ朝食にしようか」
「うん! すっかり遅くなってごめんね。今度からちゃんと、失敗しないように気をつけるからね」


俺達の前には白い皿が二つ寄り添い並んでおり、黄色いオムレツのキャンバスに描かれた赤い大きなハートマークと、唇にハートでキスの印。まるで料理でも仲良く会話をしているようだ、
互いに皿を手に取れば湧き上がる心の温かさが微笑みとなり、見つめていた俺と君の瞳も深く絡んで、キスを交わす手の中の料理と同じく、どちらともなく自然と唇が引き寄せ合っていく。




君への想いは、俺の味覚をも買えてしまったのだろうか? 

いや、それだけではなく、君の想いが魔法にの調味料となって溶け込んでいるからなのだだと思う。甘いものが得意で無い俺にとっては、確かに他の者が作ったのならば到底耐えられない甘さだったかも知れない。
だが香穂子の作ってくれた料理だから、心から美味しいと感じて食べる事ができたんだ。


料理から漂い、俺の身体へとすっと溶け込む柔らかさと甘さは、君自身の甘さでもあるのだから・・・・・。