シーツにくるまりまどろむ朝

寝室の大きな窓から差し込む朝日が、俺たちの休むベッドを眩しく照らしている。
清らかな光りを受けて浮かび上がるように輝く真っ白なシーツと、腕の中で安らかな寝息を立てている香穂子。俺を温かく包むそれらは、まるでベッドの上にある二つの太陽だ。


俺の腕を枕にして隣に横たわる香穂子は、安心しきった穏やかな顔で眠っている。

香穂子と愛を誓い合い一緒に暮らすようになり、やがて俺たちも年月を経て大人になったけれども、変わらないものも沢山ある。無防備な程に晒されるあどけない無邪気な寝顔は、いつまでも煌きを失わない心のように、出会った頃と同じ少女のまま。

君と一緒にくるまるシーツは、温かい。
こうして抱き締めながら寝顔を眺めていると、身体だけでなく俺の心まで暖まり、優しく幸せな気持になれる。
それは一人だけなら決して味わえない・・・側に居てくれるからこそ感じられるものだと思う。



窓辺を覆うレースのカーテンから差し込む光りが眩しいのか、香穂子が2〜3度瞼を動かした。瞳を閉じたまま小さく身じろぐと、寝返りを打つように擦り寄ってきて。伸ばした手を、シーツの上で力無く彷徨わせている。
眠っていても俺を求めてくれているのだと分かり、込み上げる熱さに焼かれて息が詰まりそうだ。

一瞬襲った想いの炎と甘い苦しさを眉を潜めて耐えると、俺は彼女の手をそっと握り締めた。


「ん・・・・蓮・・・・・・」
「俺は、ここにいるよ・・・」


眠る君にそう微笑みかけると、温もりで俺の存在を伝えるように、腕の中に引寄せ深く閉じ込める。
すると返事のように、安らかに緩んだ笑みが香穂子の口元に浮かんだ。

俺の心を愛しさでいっぱいにしてくれる香穂子の寝顔は、俺だけの大切な宝物。もちろん彼女には内緒の。
君がくれるたくさんの優しさや愛しい気持を、一粒たりとも漏らす事無く、ちゃんと感じて受け止めていきたい。

幸せそうに微笑んでいる君は、いったいどんな夢を見ているのだろうか?
起こさないようにと気を配りながら頬に触れると心地良さそうに瞳が緩み、無意識に手の平へと擦り寄ってくる。
人差し指で軽く頬を突付けば、柔らかい感触に俺の指が埋まってゆくと同時に、拗ねたように眉が潜められた。


君は眠っていても起きている時と同じように、表情がくるくると変わってゆくんだな。
可愛い・・・と、思ってしまう。この寝顔をずっと見ていたい・・・守りたいと・・・。


腕の中の彼女を抱き締めたまま、起こさないようにと寝返りを打って上から覆い被さると、身を屈めつつ顔を寄せて、そっと唇を重ねた・・・触れるだけの軽いキスを。
だが一度してしまうと甘さと柔らかさが後を引き、次をと求めてしまう。数度啄ばむと、舌で輪郭を辿るように撫でて・・・そして味わうように・・・想いと熱を伝えるように押し付けけた。



「・・んっ・・・・・・」


やがて息苦しさに身を捩り出した香穂子の気配を感じて僅かに身体を起こすと、俺が見守る中ゆっくり瞳を開いてゆく。小さく欠伸をかみ殺しつつ目を瞬かせ、滲んだ涙を人差し指で擦りながら。

「おはよう、香穂子」
「・・・蓮?」


しかし目を覚ましたものの不思議そうに首を傾げながら、焦点の合わない瞳でぼんやりと、目の前にいる俺を見上げている。俺とは違い寝つきも寝起きもすこぶる良い筈なのに、ひょっとしてまだ、目覚めきっていないのだろうか? 乱れて張り付いていた額の前髪を、手で優しく払いのけながら優しく微笑みかけた。


「おはよう、目が覚めたか?」
「・・・おはよう。ねぇ・・・私、今ちゃんと起きてるかな? 私の目の前にいる蓮は本物?」
「どうしたんだ、まだ半分夢の中にいるのか? 俺は確かにここいる、香穂子の側に。君も起きて目覚めているから、安心してくれ」
「そう・・・良かった・・・」


ホッと安堵の溜息を吐いて微笑むと、ゆるゆると両手を持ち上げて俺の頬を包み、輪郭を確かめるように顔をピタピタ触り撫でてくる。触れる手のくすぐったさと温かさに目を細めながら、片手を香穂子の手へ重ね、愛撫するようにすり寄せた。起きたと言いつつも、まだ半分夢の中を漂っているらしい君と視線が絡めば、幸せそうにうっとりと瞳と頬を緩めている。


「夢を、見てたの・・・」
「夢? どんな夢を見てたんだ?」
「知りたい?」
「あぁ・・・知りたい。良かったら、俺に教えてくれないか?」
「じゃぁ、おはようのキスしてくれたら、教えてあげる!」


さっきキスはしたのだけれど・・・心の中でそう思ったが、眠っていたのだから覚えている訳が無いか。
瞳を閉じて俺を待つ香穂子は、唇を差し出すように僅かに顎を持ち上げて。今かまだかと、期待に胸膨らます笑みを浮べている。君の望みとあらば叶えるまでだから、おはよう・・とそう囁くと唇に音を立ててキスを贈った。


「ありがとう。やっぱりこれがないと、私の朝が始まらないもの。じゃぁ約束どおり、蓮に教えてあげるね」


頬を染めてはにかむ彼女に微笑で返しながら隣へ横たわると、本当は話したい興奮を抑えきれないらしく、いそいそと嬉しそうに擦り寄ってくる。優しく抱き締めれば額と鼻先がコツンと触れて、吐息が甘く絡み合う。


「蓮が、私にキスをしてくれる夢なの。すごく柔らかくて、温かくて・・・幸せだった。心と身体ごとフワフワ浮き上がってくるんだよ。このまま空へ羽ばたいて飛んで行っちゃう〜っていうところで目が覚めたの。飛んでいかないで・・・ここにいてって言う蓮の腕が、私を強く引き戻してくれたから」
「夢の中でも、俺は君を離さなかったんだな。何だか、嬉しくなってしまう」
「でもね、蓮の腕の中に戻ったのはいいんだけど・・・二人ともどうなったと思う?」
「どうなったんだ?」
「私だけじゃなくて蓮もフワフワだったから、結局二人一緒に、空へ飛んで行っちゃうの!」
「そ、そうか・・・俺も見たかったな。君と同じ夢を・・・」


嬉しそうに笑みを弾けさせて、俺の胸にきゅっとしがみ付く香穂子の髪を撫でながら、心の中で焦りと苦笑が止まらなかった。君は夢だと思っているけれども、それは夢ではなく本物だ。
キスも浮き上がる想いも何もかもが・・・。
だが種明かしは秘密にしておこう、いつか気が付いてくれると思うから。


「夢なんだけど、蓮のキスが凄くリアルな感触だったの。本当にキスしてるみたいだった・・・もう少しそのままでいたかったって思うくらいに。どうしてだろうね?」
「・・・・・・・・・」


擦り寄る胸からふと顔を上げた香穂子は、不思議そうに首を傾けながら眉を寄せて考え込んでいる。
思い出すように唇に添えられたままでいる彼女の指を握り締めると、華奢な身体ごと君の全てを包み込むように覆い被さった。キチリ・・・と小さく音を立てて、ベッドのスプリングが軋む。


「でもね、起きてる時にしてくれる本物の蓮のキスが、私は一番好きだな」
「ならば夢の続きを・・・いや、もう一度今ここで、一緒にその夢をみようか・・・」
「え? どうやって、二人で同じ夢を見るの?」


きょとんと見開く瞳を見つめながら、ゆっくりと唇を近づけてゆき、君が見た夢と同じように・・・つまりは先程と同じキスを、再び降らせた。

まずは触れるだけ、それから数度啄ばんで・・・・・・。
さぁ夢か現か、君は気付いてくれるだろうか?



今、ここにあるものを大切にしたい。
君の寝顔は・・・いや、君の全てが俺だけの宝物。
共に過ごす穏やかなこの時を・・・安らぎを守りたいと思う。
俺の腕の中で、ずっと・・・・・・。





(Title by Aopharea)