聖なる夜に微笑を灯して

クリスマスイブを迎えたマーケットや街中は、前日までの賑やかさが想像できないくらいに静まり返っていた。
家族で過ごす為に店も閉まり出歩く人もまばらで、取り残されたような広さを感じてしまう程に。
一人で留学中の頃は、心に言い知れない孤独感を味わったものだが、今は違う。
家族で・・・香穂子と二人で迎える聖夜。いつも側にいてくれる君が、感じる静けささえも変えてくれたんだ。

窓の外には真っ白い粉雪が舞い降り、物音全てが白銀の柔らかい絨毯に吸い込まれてゆく。
夜の闇を静けさが包む中、耳を済ませば教会に響く聖歌隊の賛美歌が、遥か遠くから聞こえるようだ。


イブの夕食は普段よりも少し華やかで、遠い故郷である日本の懐かしさと、君の温かさが伝わるものだった。
その後は二人で寛ぐ時間・・・リビングのソファーに肩を寄り添わせて座り、届けられた沢山のクリスマスカードを眺める。お世話になった人やドイツでの友人達、そして中には日本にいる家族や懐かしい友人達からのカードもあった。

開いたクリスマスカードを一枚一枚大切に胸へ閉じ込めながら、想いを馳せるのは君と過ごしたこの一年の出来事。読み終わったカードを畳みテーブルに戻そうとした俺の肩先へ、香穂子が身体を預けて頭をすり寄せてくる。甘える仕草を見せる彼女の華奢な肩を抱き包み、瞳を緩めそっと引寄せた。


「みんな元気かな〜懐かしいね」
「俺たちが贈ったクリスマスカードも、届いているだろうか?」
「皆も今頃私たちと同じように、もらったカードを眺めているかもだよ。あの二人は喧嘩しないでちゃんと仲良くなってるのか〜って心配されたり、あんな事があったな〜って思い返してたりしてね。でも心配されなくても、私と蓮はいつだって仲良しだもんね!」
「もちろんだ、逆に仲が良すぎで心配されるかも知れないな。香穂子、そろそろキャンドルに火を点けようか?」


抱き寄せた手を離して微笑を向けると、笑顔のまま大きく頷いた香穂子が、嬉しそうにいそいそと用意をし始めた。俺たちだけの大切なセレモニーの為に・・・。


彼女が小さな採火用のキャンドルにライターで火をつけ、テーブルに飾られていたリースキャンドルを手前に引き寄せた。もみの木を使ったエヴァーグリーンのリースに赤と青二色のリボンや花が飾られ、金色のキャンドルが四本立てられたアドヴェントクランツを。その間に俺はソファーを立ってリビングの明かりを消し、ほのかに灯る一つの明かりだけを道標に足元に気をつけながら再び戻る。用意されていた点火用の小さなトーチを、香穂子と二人手を重ね合わせて持ちながら、小さなキャンドルから火を受け取った。

俺たちの心に灯る消えない想いの炎・・・闇を照らす希望の光り。


「蓮と一緒にキャンドルを灯すのは、私たちの結婚式を思い出しちゃうの。何だか照れ臭いよね・・・」


ほの明るさの中で照れてはにかむ君に、甘く熱い記憶が胸に蘇る。心に満ちた幸せが、尚一層俺たちの炎を明るく燃え上がらせているようだ。思わず頬を緩めてトーチの先に魅入りながら、そうだな・・・とだけ静かに言葉を紡ぐと、返事のように肩先へ身体の重みを預けてくる。君への愛しさに、重ね持った手を強く握り締めた。


丸いもみの木のリースに立った、太く丈が長いキャンドル・・・リビングのテーブルに置かれたアドヴェントクランツのキャンドルを、四本順番に灯してゆく。クリスマスを迎える準備が始まる11月最後の日曜日には一本、12月初めの日曜日には二本目に灯され、少しずつ気分が盛り上がる。その次の日曜日には三本目、最後に四本目のキャンドルが灯ると、数日以内にクリスマスイブが訪れるのだ。


「四本のキャンドル全部に火が灯ると、綺麗だね。やっとクリスマスイブが来たんだな〜って気持が高まるの。炎の数でクリスマスが近付くのが分かるから、早く四本揃わないかな〜って、ずっとワクワクしてたんだよ」
「四週間前、最初に灯した一本目のキャンドルが随分短くなってしまったな。先日灯したばかりの四本目に比べたら、半分以下の丈しかない。良く見ると四本とも、過ぎた時間の分だけ長さが違っていて面白い」
「短いキャンドル、中位のキャンドル、まだ新しくて長いキャンドル・・・。この一ヶ月だけでもあんな事こんな事、たくさんあったねって、キャンドルを見ると灯した日の事を思い出すの。ほら・・・音楽を聞くと、聞いたその時の出来事や感じた事が蘇るみたいに」
「一本目に点火した後には香穂子と一緒に、始まったばかりのクリスマスマーケットへ行ったな。この四週間がいつになくあっという間だった・・・香穂子と過ごす日が充実しているから余計に早く感じられる」


部屋の明かりを落とし暗闇に包まれたリビングの中には、揺らめく四つの小さな炎だけ。荘厳な雰囲気が漂う聖夜を照らすオレンジ色は、魂に響く力強さと、心が洗わる静かな感動が押し寄せてくる。クリスマスは単なる祭りではなく、俺たちの魂に関わる大切な行事なのだと感じる瞬間だ。

小さな光りたちは夜が一番長いこの日に昇った新たな太陽・・・俺を照らす君のように。

香穂子は膝の上に組んだ手を支えにするように身を乗り出し、柔らかに揺れる炎を見つめている。幸せそうに綻ぶ横顔を見つめながら微笑を注ぎ、香穂子・・・と優しく呼びかけると、俺を振り仰いでふわりと温かな笑みを浮かべた。


「香穂子と出会ってから今まで、俺たちにもいろいろなクリスマスがあったな・・・。この四本のキャンドル、俺たちみたいだと思わないか?」
「私たち?」
「灯した曜日によって長さが違うように、過ごした時間の分だけ同じものは一つとして無い。どんな時も変わらないのは、大切な君に伝えたい気持や胸に宿した想いを炎に託す事。俺の心と香穂子の心を温かく照らす灯を」
「高校生だった私たち、蓮くんがドイツへ留学してお互い海を分けて離れちゃった私たち。そして蓮と結婚して一緒にクリスマスを迎えている私たち・・・。時を重ねて、どんどん心のキャンドルに灯が増えていくんだね」
「燃えつきかけて短くなったキャンドルは、新しいものへと交換され再び火を灯すだろう? 例え挫けそうになっても、新しい夢を見つけて前に進んできた。今までも、これからも・・・それは変わらない」


ずっと憧れていた夢、叶った夢、今思い描いているこれからの夢。
今まで沢山の夢を見ながら生きてきた。どれも君が俺に思い描かせてくれたものだ。
希望を夢見る心は、難しくなってしまいがちな心に、前へ進む大きなエネルギーをくれる。


「ねぇ蓮、サンタクロースって信じる?」
「サンタクロース? どうしたんだ突然急に。そうだな・・・子供の頃は、信じていた」
「フフッ。子供の頃の蓮ってば可愛い〜! ねっねっ、今は? やっぱりサンタさん信じてる?」
「香穂子っ、俺をからかっているのか!?」
「やーっ、蓮ってば赤くなって照れてる〜!」


突然の質問に戸惑いながらもそう答えると、香穂子はソファーに座った俺の脚に手を添えて揺さぶり、答をせがもうと無邪気にじゃれ付いてくる。身を寄せながらどこか悪戯っぽい響を湛えた光りを瞳に宿し、クスクスと楽しげな笑声を立てながら。恥ずかしさで熱さが込み上げるのが、夜目にも分かるのが余計に楽しいのだろうか。お返しとばかりに隣へ座る香穂子の腰を攫い、しがみ付いてじゃれる彼女を深く腕の中にとじ込めた。


笑う振動が服越しに触れ合う肌から直接伝わって、俺の心を振るわせる。嫌がるどころか心地良さそうに身を任せ、もっとぎゅっと・・・とそうねだりながら微笑を浮かべ、大きな瞳でちょこんと振り仰いだ。


「からかっているんじゃないよ〜。あのね、蓮はどう思っているのかなって知りたかったの」
「香穂子はどうなんだ、本当にいると信じているのか? 俺は君の答えも知りたい」
「私は子供の頃“サンタクロスは絶対にいる”て信じてたの。時が流れて大人になって・・・本当にはいないって分かったけど、何かを信じる気持は変わらないよ。だってサンタクロースは私の大切な人に姿を変えて、幸せな気持を届けてくれる・・・昔も、今でもね。ちゃんと私の目の前にいるんだもの」
「・・・俺は、香穂子にとってのサンタクロースなのか?」
「うん! 蓮はね、私だけの素敵なサンタさん。クリスマスだけじゃな無くて一年中いつも、私が欲しいお願いを叶えてくれるんだよ。それで私はね、蓮の為だけのサンタクロースなの。お互いにプレゼントを、贈り合おうね」


抱き締めた腕の中から満面の笑顔で仰ぎ見た香穂子は、素敵でしょう?楽しそうでしょう?と愛らしく小首を傾けた。となると俺と君は、一年中がクリスマスという事になるのだろうか?
それも良い・・・毎日君から目に見えない贈り物を貰っているのだから、確かにそうかも知れないな。

俺は君だけのサンタクロースで、君は俺だけのサンタクロース。
届ける贈り物は想いを詰め込んだとっておきの愛と、小さなものから大きなものまで沢山の幸せたち。
ではさっそく俺から君へ、贈り物をしなくてはいけないな。


知らず知らずのうちに緩んでいた頬と唇のまま、抱き締めたまま見上げる額に触れるだけのキスを降らせた。
甘く見つめる瞳に引寄せられて一度では終われずに、頬や鼻先と次々に軽く啄ばみ・・・。君の唇へ辿り着くと背をしなるほど抱き締めながら、吐息を奪う深いキスを重ねる。何度も重ねるうちに夢中で互いを求め合いながら、プレゼントを贈っているのは俺なのか、それとも貰っているのか。

ゆっくりと唇を離すと、肩で荒い息を整える香穂子が、真っ赤に染まった頬を脹らませて睨んでくる。
愛しさが募ればこそ、君が睨んでも威嚇の効果が無いのだとそろそろ気づいて欲しいが・・・。そんな君も可愛らしいから、言わずに黙っていよう。ゆっくりと髪を撫でながら、君が好きだよと吐息に乗せれば、更に赤くなった頬で恥ずかしそうに俯いた。


「クリスマスイブは25日の朝までを言うんだそうだ。二人でクリスマスイブを過ごそう・・・共に朝まで」
「え、朝!? もう〜っ! いい子にしてないと、サンタさんからプレゼントもらえないんだからねっ」
「香穂子から、どんな贈り物ががもらえるのか楽しみだな」


大丈夫、君は俺が望む最も欲しいものをくれる筈だから。

クリスマスの目覚めた朝に、もみの木の根元へプレゼントが置かれているように、俺の枕元へそっと置かれているとっておきのプレゼント。それはあどけない君の寝顔と、腕の中の柔らかな温もり。少しずつ昇る太陽のように、ゆっくりと開かれる瞳が浮かべる笑顔と、おはようのキスなんだ。いつもと変わらないけれど、普通の一日など無いのだと教えてくれる、何よりも特別で大切なもの。


だから俺からも目覚めた朝に、君へ贈ろう・・・君が望む欲しいものを。
時を重ねるごとに好きなものや考えが、互いにテレパシーのように伝わるから、俺たちのサンタクロースへ望む贈り物は、きっと同じだとそう思う。



闇に浮かぶ灯し火は二人で過ごした幾つものクリスマスと、交わした想いの数々・・・。
窓の外に澄み渡る白銀の世界は、君の心のように清らかで。
微笑みのように温かく・・・ほっと優しい気持になれる、俺と君だけのホワイトクリスマス。