Funderful・Wounderful・Sunta-Claus
クリスマスが近づくにつれて、誰と一緒にどう過ごすか、といった話題で学校中が浮き足立っていた。
そんな賑やかさを横目で見つつ、思う。
俺は・・・クリスマスイブは大切な人と過ごしたい。
今年の12月24日は土曜日だ。終業式も終わって冬休みに入っているから、一日君と一緒にいられる。
大人たちのように華やかで優雅にとは行かないが、ささやかでもいい。俺たちらしく過ごせたら、それで構わないと。君はどこへ行きたいだろうか・・・何をして過ごそうか・・・楽しそうな笑顔を思い浮かべながら考えを巡らすだけで、心が浮き立ってくる。
・・・・なのに、何故か当の香穂子からは、何の話も無い。
だからそれとなく、学校の行き帰りの際に話を振ってみるのだが、その度に上手くはぐらかされてしまう。いや・・・はぐらかすと言うより、あえて避けているように思えた。あからさまな挙動不審ぶりは隠し事・・・というより、何か秘密に企んでいるのが明白だ。香穂子は嘘をつけないから、すぐ言葉や態度に現われるんだ。忘れているのではなさそうだが、放って置かれて、少しだけ寂しさを感じてしまう。
仕方ない。問い詰める訳にもいかないし、前日まで何も連絡が無ければ、当日に俺の方から連絡するか、君の家に直接迎えに行くとしよう。
そう思って一日、また一日が過ぎて気付けば12月24日。
結局クリスマスイブの今日まで香穂子からは何の連絡も無く・・・。
水蒸気で曇った部屋の窓ガラスを手のひらで拭えば、灰色に覆われた空から雪が降り始めていた。
道理で朝から冷えると思った・・・何時の間に降り出したのだろうか。
白銀の世界に音も景色も、そして心までもが次々と吸い込まれ、白く無の世界に返っていく・・・。
白さが映す眩しさに目を細めながら、小さく溜息を吐いて窓に背を向けた。
「!?」
突然玄関のベルが鳴った。
もしかして・・・そう思って逸る心を押さえ切れず足早に玄関へと向かう。勢い良く扉を開けたそこに居たのは、思い描いていた愛しい君の姿だった。
「香穂子!」
「メリークリスマス! 香穂子サンタが、蓮くんにクリスマスプレゼントを届けに来ました!」
膝丈の白いコートを着て、同色の白いロングブーツを履いた香穂子が、笑顔で玄関前に佇んでいた。ふちに白いファーの吐いたフードをすっぽり被っている姿は、童話に出てくるか赤頭巾ちゃんならぬ、白頭巾ちゃんと言ったところだろうか。ならば狼は俺なのか?というのは、とりあえず横に置いといて。
どうやら走ってきたのか、ほんのり紅潮した頬が愛らしさを浮き立たせて、思わず目を奪われる。舞い散る雪を背に現われた君は、まるで冬の妖精のように思えた。
「寒かっただろう? さぁ、中に入ってくれ」
「ありがとう。お邪魔しま〜す」
「香穂子・・・傘は?」
「傘!? 来る途中に雪が強く降り出してきたから、持ってないよ。だからコートのフードを被って、濡れない様に走ってきたの」
そう言ってフードを脱げば、雪を被ったせいで髪の毛がしっとり濡れており、前髪からは水滴が滴り落ちていた。
「こんな寒いときに無茶をして、風邪を引いてしまうぞ。早く乾かさないと」
「ちょっとだから平気だよ。それよりもまず、蓮くんにクリスマスプレゼント渡していいかな? 早く渡したくて、私のほうが楽しみでウズウズしちゃってる感じ」
「香穂子から何をもらえるのか、楽しみだな」
「贈り物を決めるのに凄くあれこれ迷ったけど、私の愛と気持ちを一杯詰め込んだから、喜んでくれると嬉しいな」
胸の前で手を組みながら可愛らしく小首を傾げる笑顔に、自然と頬が緩むのが分かる。心の底から沸きあがる、温かさ。君がそこに居るだけで、覆われた雪のように白く無な世界が、一気に色鮮やかさを取り戻していくようだ。微笑みの奥に残っていた、微かな切なさをも消し去って・・・。
「・・・・君から何も話が無かったし、あえて話題を避けている見たいだったから、今日は会えないかと思ってた。もう少ししたら、君の所に行こうとしてた所だったんだ」
「大切な日に蓮くんと会わないなんて・・・そんな訳無いじゃない。やっぱりクリスマスプレゼント渡すなら、突然でビックリさせた方が嬉かな、と思って内緒にしてたの。でも我慢して黙ってるのは辛かったよ」
「香穂子は嘘がつけないから、何となく解っていたけど、少し寂しかったかな」
「・・・心配させて、ごめんね。じゃぁさっそく、香穂子サンタから蓮くんにプレゼントです!」
プレゼント・・・そう言ったものの、どう見ても香穂子は手ぶらなのだが。
「蓮くん、手出して」
「手?」
「両手をこう・・・上に向けて。腕を伸ばして少し広げるの」
胸の中に招くように腕を広げる香穂子の真似をして、同じように腕を広げた。
「こうか?」
「そう、そんな感じ。でね、目も閉じてほしいの。私がいいって言うまで目開けちゃ駄目だよ」
言われた通りに手を出して瞳を閉じて待っていると、シュルッと衣擦れの音がした。重たい感じの音からすると、きっとコートを脱いだのだろう。そんな事を考えているうちに首に両腕が絡まり、柔らかく温かいものがピッタリと身体に触れるのが分かった。抱きつかれた・・・と瞬時に考えを巡らす間もなく、今度は俺の唇に熱を伴った柔らかいものがしっとりと覆い被さってくる。
香穂子の・・・彼女からのキス。
これが、どうやら俺へのクリスマスプレゼントらしい。
いつもは恥ずかしがって、滅多に香穂子からキスをする事がない。あったとしても触れるだけが精一杯なのに、今日は随分と長い気がする。たどたどしくも一生懸命に求めてくる愛しさに、心を握りつぶされたような息苦しさと、甘い痺れが全身に駆け巡った。小さな舌が俺の大胆にも唇をなぞり、誘い出してくる。我慢しきれずに、広げていたた腕を強く抱きしめて縋りつく身体を抱きしめ、俺も香穂子のキスに答えながらまた、同じように求めていった。
「もう、目を開けていいよ」
「・・・・・・・・!!」
唇が名残惜しげに離れた後、長い口付けの余韻に浸っていると声がかけられた。そっと瞳を開ければコートを脱いだ君は、深みのある赤いベロア生地の短いワンピース姿だった。
ノースリーブの袖口と、かなり丈が短めのミニスカートの裾に白いファーに縁取られ、胸元の中心にも白い小さなファーリボンが一つ付いている。大きく開いた胸元を彩るように浮き出た鎖骨と、チラリと覗く胸元、惜しげもなく晒しているしなやかな身体のライン・・・。ミニスカートから伸びる白い太股に、嫌が応でも視線が注がれてしまう。唇がピンク色に艶めいて、いつもより大人っぽさを感じさせるのは、口紅のせいかもしれない。
「物だとありきたりな気がして、何を贈ろうかずっと悩んでたの。言葉や物で表現できない私の想いを、精一杯伝えられる贈り物を探してたら、これかなって。どうかな?」
僅かに瞳を潤ませて上目遣いに見詰めつつ、頬を染めて照れながら贈り物の感想を聞いてくる。
クリスマスプレゼント・・・つまり君からのキスの感想をと言われても、困ってしまうではないか。
確かに、言葉にならないくらいに驚いたけれども。
香穂子にして見れば、最大級の勇気を振り絞り、ありったけの想いを込めた贈り物。それが伝わったから、こんなにも心が熱くなって、嬉しさが溢れるほどに込み上げて来る。雪の中を俺に会うために急いで来てくれた、その気持ちさえも嬉しくて。俺にとっては何よりもの、今までの中で一番最高のクリスマスプレゼントだ。
でも、もしかして・・・・プレゼントはもう終わり、なのだろうか?
どうやら清々しい笑顔をしているのを見ると、残念ながらそのようだ。
ただ本音としては、もっと欲しいと・・・願わくばその先までもと望んでしまうのは、我侭なのだろうか。
「赤と白、その色は・・・だからサンタクロース・・・なのか?」
「そうなの! せっかくだからクリスマスっぽくしようと思って」
「あぁ・・・凄く・・・可愛いよ・・・・・・・」
「本当!? 嬉しい〜」
それはもう、何て言っていいやら・・・いや、俺がどうなってしまうか分からない位に。
冷えてきたのか、香穂子がクシュッと小さくくしゃみをした。指先で鼻先をこすりつつ、鼻を啜る香穂子の腰に手を回して、そっと抱き寄せた。雪の中を駆けて来たせいで濡れて滴る髪の毛に触れて、なぞり落ちるように、そっと頬を片手で包み込むと少し上を向かせつつ、じっと瞳を見詰めた。
「香穂子の想いは、しっかり受け取ったよ。ありがとう、最高のプレゼントだ。ただ、髪も濡れているし身体もこんなに冷えてきている。気持ちは嬉しいが、まず身体シャワーを浴びて身体を温めてくれ。出かけるとしても、それからでも遅くは無いだろう」
「ちょっと寒くなってきたかも。お言葉に甘えて借りることにするね」
「・・・・・・で、何で蓮くんもまだ一緒にここにいるのかな?」
ここ、というのはバスルームの脱衣所。
濡れそぼったか香穂子の腕を引いてバスルームへ連れて行くなり、後ろ手に扉を閉めた月森は、一向に出て行く気配が無い。それどころか扉を塞ぐように立っているので、逃げ出ようにも逃げられないのだ。服を脱いでバスルームへ入る事も出来ず、かといって外に出る事も出来ず、香穂子は困ったように入り口に立つ月森を訴えるように見る。すると、ふと僅かに頬を染めて照れを隠すように、視線をふと逸らした。
「・・・・・・・俺も、一緒に入るから・・・・・・」
「えっ・・・い、今何て・・・ちょっと蓮くん、どういうこと!!」
「まだ、香穂子からのクリスマスプレゼントは、全部もらっていない」
「全部って・・・そんな。キスだけじゃだめなの? あれ以上私が贈れる物なんて・・・・あっ!」
「・・・・・信じていたけれども心の片隅ではずっと不安で、心配してして。さんざんはぐらかされて焦らされた挙句に、君からもらったプレゼントが嬉しすぎて、胸が張り裂けそうなんだ。俺も、この気持ちを君に贈りたい・・・・心に沸いた思いのままに、君を求めたいんだ」
駄目・・だろうか・・・。
切なそうに瞳を細めて熱く見詰めてくる視線を受けて、言葉を無くすほど驚いていた香穂子は、次第に顔を真っ赤に染めて俯いてゆき、スカートの裾をキュッと両手で強く握り締めた。
「もう・・・反則だよ。真っ直ぐ想いをぶつけられたら、嬉しくて断れないじゃない・・・・・・・」
「サンタクロースはお願いを聞いて、欲しいものを届けてくれるんだろう?」
「いっ・・・いい子にしたらの話だよっ」
「サンタクロースにだって、クリスマスプレゼントがあってもいい筈だ。香穂子サンタへ、さっきのキスのお返しに、俺からもクリスマスプレゼント」
「・・・・・蓮くん、あっち向いてて。・・・先に私が入るまで、こっち向いたら怒るからね」
真っ赤になりながらも、精一杯の抗議なのか上目遣いに頬を膨らませながら、ポソリと呟く言葉に小さく笑って背を向ける。シュルッと衣擦れの音が何度かして、やがてバスルームの扉がそっと閉まる気配がした。もう振り向いても、いい頃だろう。そう思って振り向けは、脱衣所には既に香穂子の姿は無く、中から勢い良いシャワーの水音が聞こえてきた。
曇りガラスに微かに映るしなやかなシルエットに魅入りつつ、香穂子のお許しも得た事だし、後を追うべく俺も上着を脱ぎ落とす。
雪降る聖夜の贈り物。
贈り物はプレゼントを届ける、サンタクロース自身。
君が嬉しさと溢れる愛しさとで俺を温かく包んでくれたように、いつも頑張る俺だけのサンタクロースにも、ありったけの想いと愛しさを込めて君に贈ろう。
メリークリスマス。
降り積もる雪と凍える寒さを、互いの熱で溶かしあいながら・・・・・。