さくらんぼ



ガラスのお皿にこんもり盛られた、赤く色付くさくらんぼたち。
触るとハリのある弾力が気持ちよくて、鼻先に寄せるとほんのり甘酸っぱい香りが漂ってくる。
お皿から茎を一房摘んで目の前に掲げると、小さく揺れて私に語りかけてくるのがとっても可愛いの。
そんなに私を誘わないでね、早くあなたを食べたいって焦れちゃうよ。


茎の先でふるふる揺れる赤い粒を指先で突付いていると、ソファーに並んで座る蓮くんが、楽しそうに頬を緩ませ私を見つめている。さっきもね、たくさんさくらんぼがあったのが嬉しくて、「本物のさくらんぼだね!」ってソファーから飛び降りてはしゃいじゃったの。だって缶詰とかアメリカンチェリーは気軽に食べられるけど、果物の新鮮なさくらんぼはなかなか食べる機会が無いでしょう?


驚いたようにきょとんと目を丸くしていた蓮くんに気づいて我に返り、火を噴出しちゃったけど・・・凄く恥ずかしいよね。
ひょっとして、子供見たいだと呆れちゃったかな? 
顔に集まる熱さを感じながら小さく肩を竦め、こっそり上目遣いで隣を伺ってみた。


「香穂子に喜んでもらえて嬉しい、こういった物は好きだと思ったんだ。いつも俺が香穂子の分を取り分けるものだから、今回は予め君の分もと家族が分けてくれていた。先を見透かされて戸惑ったが・・・」
「そうだったんだ、ちょっと照れ臭いよね。いつもありがとう、蓮くんの家は素敵な頂き物がたくさんあって羨ましいな。ご馳走様でしたって、後でご家族にお礼を言わなくちゃ」
「いや、お礼を言うのは俺の方だ」
「へ!? どうして?」


きょとんと小首を傾げる私に何でもないんだと、瞳を緩めてそう微笑を向ける。実を屈めてテーブルの上にあるお皿に手を伸ばし、色艶の良いぷっくり膨らんだ身を一つ摘んで私の口元へと運んできた。
でも運ぶかと思ったら手を止めて、ちょっと照れたようにはにかみながら微笑むの。


「香穂子、もう少しこちらへ来ないか?」
「う、うん・・・・・・」


いそいそと互い距離を詰めて座り、肩先を寄せ合えば感じる温もりがとっても気持ちがいい。脚の上に置いた手をきゅっと握り締めて振り仰げば、目の前でプルンと揺れるさくらんぼが、こっちへおいでと誘っている。


「やっぱり生のさくらんぼは特別だよね、キラキラ輝いて宝石みたい。今度さくらんぼ狩りに行きたいな〜楽しそう。ねぇ蓮くん知ってる? さくらんぼはお日様に良くあたる、樹のてっぺんが一番甘いんだって」
「そうか、知らなかった。このさくらんぼは香穂子みたいだな。太陽を浴びて光り輝く瞳、赤く色付く瑞々しい唇、ほんのり色付いた頬。食べると甘酸っぱくて、もっと先をと求めてしまう・・・」
「やだもう、恥ずかしいんだから。私ばかりじゃなくて、蓮くんも食べてね。一緒に食べたら、もっと美味しいの」
「俺の事は気にせず、香穂子がたくさん食べて欲しい。いや・・・違うな、俺も甘い実を食べているんだ」


本当の事だからと琥珀の瞳が揺らめき、もっと答えに困ってしまう。
どんな時も真っ直ぐ心のままを届けてくれる蓮くんの言葉は、私の心をも熱くするの。きっと今の私はこのさくらんぼみたいに、顔も耳も首も全部が真っ赤に染まっているに違いない。

誘われるままパクって勢い良く食い付くと、茎の策を指で摘む蓮くんの顔が直ぐ目の前に近付き一つに繋がる。
鼓動が大きく跳ねたのは口の中に広がる甘酸っぱい果汁のせいだけでなく、頬を掠めた熱く柔らかい感触・・・あなたがくれたキスのせいなの。


白い小皿に増えてゆく山盛りの種と茎の私に対して、数個しかない彼の綺麗な小皿。さっきからこんな事の繰り返しなんだよ、食べて欲しいのはさくらんぼなのにね。あなたの手からさくらんぼを一つ食べるごとに私の実も赤く染まり、どんどん甘みが増してくる。食べ頃になったのを見計らって、そのうちパクリと美味しく食べちゃうに違いない。


恥しさでフイと顔を背けながら種を口から取り出し、また一つ増えたさくらんぼの種をブロックのように積み重ねてみる。種の数は私を啄ばんだキスの数・・・嬉しいけど私ばっかりずるいっなて思うの。確かに果物は美味しいけど、もっと甘い蓮くんのさくらんぼも食べたいよ。そんな心を知ってか知らずか隣を見ると、さっき食べた残りの茎を指で摘み、優しそうに見つめながらクルクル回していた。


「蓮くん・・・?」
「散り行く桜の花びらを美しいと感じながらも自分を重ね、寂しさや未練、痛みをも心に感じていた。だが花の後にはこんなにも愛らしい実となる。目先の事だけに捕らわれず、大きな流れで先を見つめなくてはいけないな」
「花が咲いて散って・・・それで終わりじゃないの。美味しい実になって、食べたらまた種に戻って芽が出るんだよ。もっと大きなさくらんぼを、私たちでたくさん実らせようね」


見上げて微笑むと蓮くんが、庭に埋めるのかって眉を寄せながら考え込んでいる。
違うよ、私たちの心の中に種を植えるの。


ガラスのお皿から摘み取ったのは、茎が仲良く一房にくっついた二粒の真っ赤なさくらんぼたち。
まず一粒を自分の口に含み、もう一粒を顔を寄せながら蓮くんの口元へと運んでゆく。寄り添い触れ合う肩先を掴んで支えながら前に身を乗り出し、ちょっとだけ背伸びをしながら・・・。


一瞬目を見開いた蓮くんは頬を染めて躊躇うけれど、私だってもの凄く恥しいんだからね。
もっと恥しい事をさらっと私にしている筈なのに、自分でやっている時には気づかないのかな? 
早く食べ欲しいのにと焦れていると、すぐに琥珀の瞳を優しく揺らめかせ、ぱくりと一緒に食い付いてくれた。

ほら、こうすると、私たちもさくらんぼみたいだよね。



茎は短いから鼻先が触れ合って、ちょっとくすぐったいの。びっくりするとちぎれちゃうから、そっと大事に気をつけなくちゃね。口に広がる甘酸っぱさとほんのり漂う香りは、あなたに見つめれている時のように・・・好きだなって感じた瞬間と同じように、きゅんと胸を締め付けときめかす。交わる瞳から伝わる熱さで赤みが増し、笑顔の分だけ酸っぱさの中に甘みが増してゆくみたい。




心に咲いた恋の花が実らせるのは、甘くて美味しい恋の果実。
食べればまた種になって花が咲いて、もっと大きな実になるんだよ。
さぁ赤い糸を口に繋げたまま、一緒に育てた恋の果実を食べましょう?


二つのさくらんぼが結ぶ茎で一つに繋がった私たちは、茎の先に実る大きな二つのさくらんぼ。