Happiness color




街に溢れるのは永遠を現す常緑の緑や赤、そして冬の雪を思わせる清らかさの白など。クリスマスの駅前通はツリーやリース、色とりどりの華やかな飾りに彩られ、心弾むジングルベルの音楽が響き渡っていた。日も暮れて漆黒のヴェールに包まれた夜空を見上げれば、煌めく冬の星座たちに向かってふわりと昇る、白い吐息の綿帽子。

そして、星が灯るのは空だけでなく地上にも・・・。街路樹の枝からきらきら零れる光の滴を、綺麗だねと感嘆の声を上げて見上げる香穂子の、瞳も笑顔も俺の目には誰より輝いて見えた。君の瞳がイルミネーションや街の飾りにばかり目を奪われているのは、少しばかり焼けるけれど、楽しそうな笑顔をずっと独り占めできるのは悪くない・・・そう思う。


「蓮くん、可愛いクリスマスプレゼントをありがとう。赤と白を集めると、いつの間にかほっぺが緩んでほんわか温かい気持ちになるよね。この雪だるまの縫いぐるみを飾ったら、部屋で過ごすいつもの時間も大切な瞬間に変わると思うの」
「誕生日は自分がもらって嬉しい物を贈り、クリスマスには相手が欲しいと願う物を贈ると聞いたことがある。自分が大切な人のサンタクロースになるからなのだと・・・。喜んでもらえて良かった。この前、香穂子が欲しがっていただろう?」


香穂子が抱えた紙袋の中で眠るのは、両腕にすっぽり抱えられる真っ白い雪だるまの縫いぐるみ。部屋に飾って抱き締めながらぬくぬくするのだとそう言って、愛しい眼差しを注ぐ赤い紙袋は、雪の結晶やトナカイたちがプリントされたクリスマス仕様。それだけでも充分に彼女の心をときめかせる効果はあるようで、袋を掲げて眺めたりと、くるくる変わる表情は見ていて本当に飽きないな。


数日前に放課後の練習を終えて、駅前通りを一緒に散策していた時に、雑貨店のショーウィンドーから笑いかけていた中で雪だるまに、香穂子が一目惚れをしたものだ。抱き締めるなり可愛いを連発していたが、お小遣い日前だからと切なげに瞳を揺らし、名残惜しそうに棚へ戻す姿が胸を締め付けた。それでも諦めきれずに再び抱き締め、今度必ず迎えにくるからねと頭を撫でては棚に戻す・・・店に入ってから何度繰り返しただろうか。

彼女が気に入った物を贈り物に選びたい、そう想っていたとろに出会ったのがその縫いぐるみだった。これにしようと決意したものの、他の誰かに攫われては敵わない。家へ送り届けた後にもう一度店に戻り、気恥ずかしさと戦いながらも、手に入れた想いの結晶。袋を開けた瞬間の喜ぶ笑顔が見たくて贈ったクリスマスプレゼントだが、贈り物をもらったのは俺の方かも知れないな。


君のサンタクロースになれただろうかと問えば、うん!と元気良く頷き笑顔の花を綻ばせ、大切にするねと嬉しそうに紙袋を抱き締めてくれる。蓮くんは私のサンタクロースだねと、そう言われて照れ臭さが込み上げるが、俺からもありがとうと伝えれば、なぜ贈られた自分が礼を言われるのか、不思議そうに小首を傾けるけれど。俺にとっては君の笑顔が最高の贈り物だから。

眺めるだけでは待ちきれずに、開けても良いかなと上目遣いに俺を見つめて。そっと封を開けては眠っている雪だるまを起こさないように覗き込み、嬉しそうに頬を綻ばせて再び胸に抱き締める・・・。君の腕にぎゅっと抱き締められる、縫いぐるみが羨ましいと正直想うが、ありがとうと向けられる真っ直ぐな笑顔の数だけ俺も嬉しくなるんだ。

そっと取り出した雪だるまは、つぶらな瞳にピエロのような赤く丸い鼻と微笑む口元が、見ている俺たちの笑顔を誘う。身に着けているのは赤い手袋とマフラーに、白いぽんぽんの付いた赤い毛糸の帽子で、全体が赤と白なのが特徴だ。白い雪は冷たい筈なのに、頬を染める雪だるまはどこか楽しげで温かい。ほら?と俺に披露する香穂子に、君のようだなと微笑めば、たちまちぷぅと頬を膨らませてしまった。


「蓮くんひどい、私こんなにまん丸じゃないもん!」
「違うんだ香穂子、誤解しないでくれ。見つめる俺までいつの間にか笑顔を誘われる、不思議な温かさを秘めたところが似ていると思ったんだ。それに今日の君も、白いファーのついたコートに赤いマフラーをしているだろう?」
「本当だ、赤と白・・・雪だるまさんとお揃いだね。早とちりしてごめんね、蓮くん。この雪だるまさんを抱き締めて眺めていると、幸せな気持になれるの。私も蓮くんに笑顔を届けられたなら、こんなに嬉しいことは無いって思うの」
「赤と白は寒く凍える冬に、心を温めてくれる魔法だな。赤と共にある白は、凛とした冷たさよりもふんわりと柔らかく、温かさを感じる」


これまでずっとアンサンブルやコンサートの練習を遅くまで続け、家でも譜読みをしたりと疲れているだろうに、クリスマスの華やかな街に目を輝かせる香穂子は元気そのものだ。昼にあっては太陽で、夜は君という星が輝き俺を照らしてくれる・・・星は空ではなく地上に輝いているのだと、そう思わずにいられない。だが手を伸ばしても遠かった今までとは違い、抱き締めて確かな温もりを感じる近さに君はいる。


「赤と白か・・・赤と白のストライプやドットだったり、その二色を使ったイラストなど。可愛いと君が喜ぶのは、たいてい赤と白の組み合わせだったな。そういえば君の大好きな苺も赤い色だ」
「白は雪の色、ふわふわした綿の色。それにふんわり美味しい生クリームの色だよね。苺の赤とクリームの白・・・そっか、ショートケーキは赤と白だから幸せになれるんだね。さっきカフェで食べたショートケーキ美味しかったなぁ〜やっぱりクリスマスにはいちごのショートケーキが欠かせないって思うの」
「確かに甘い物は人を幸せにしてくれるな。俺も、お腹も心も満たされ幸せだ。ケーキよりも香穂子が唇の端に付けた生クリームが、一番美味しかったと思うから。君の唇の味がしたからだろうか」
「やっ、もう〜恥ずかしいから言わないで。付いてるぞって教えてくれたまでは良かったのに、取ってくれた指をそのままペロって舐めちゃうんだもの。すごく恥ずかしかったんだからね。二人きりだったら、絶対に直接食べたでしょう?」


よく分かったなと目を丸くすれば、ぷうと頬を膨らませて拗ねる君の頬が真っ赤に染まり、甘い苺に変わる。ホイップクリームのように柔らかく甘く、そして食欲をそそる苺の赤。香穂子によると飾り付けのアレンジも洋服も、そしてデザートも詰め込みすぎずふんわりさせるのが、可愛らしさと美味しさの秘訣らしい。なるほど、赤と白は俺にとっての君そのものだな。優しい白と愛に溢れた赤い花が、寒さをそっと拭い去り、懐に抱くように包み込んでくれるから。


「可憐で清楚な白、元気で愛らしい赤。深みのある赤は、ふいに見せる大人っぽさだろうか。心で君を感じる数だけ、いろいろな色があるな」
「蓮くんの赤と白はなんだろう、清らかで凜とした白かな。でも冬の冷たさじゃなくて、この雪だるまさんみたいに、ふんわり優しく温かいの。外は冷たくて寒いけど、雪のかまくらは中が温かいでしょう? 厳しさや真っ直ぐさ、さりげない気遣いの中にある蓮くんの本当の優しさを、私はたくさん知ってるよ」
「香穂子・・・」
「赤はね、情熱の赤かな。音楽に真っ直ぐなところとか、ドキドキして張り裂けちゃいそうなくらい私を熱くしてくれる、大好きな想いとか。あとね、その・・・私、気付いちゃったの」
「どうしたんだ、香穂子。もう一つの俺の赤を、教えてくれないか?」


トクンと大きく飛び跳ねた鼓動は、熱い予感。紙袋を前に抱き締めながら小さく俯き、もじもじと恥ずかしそうに組んだ手を弄る姿に、上手く形にならないけれど鼓動を早駆けさせる何かを教えてくれた。口を開き何かを言いかけては閉じるを繰り返し、夜目でも分かるほど染まった頬で、困ったような上目遣いで俺を見つめる・・・その仕草は反則だ。今すぐ君を抱き締めたい衝動を抑えるのに必死なのだと、君には気付かれないようにしなくては。

真っ直ぐ心へ届く音色のように、言葉よりも多くを伝えられる想いがあるけれど、やはり言葉でなくては伝えられない気持もある。ここは焦らずゆっくり、香穂子の言葉を待つとしよう。だが君はいつも、無防備な俺の心へとびきり大きな爆弾を投げ込み、たった一瞬で俺の色をかえてしまうんだ。


「えっとね、キスしてくれた蓮くんの唇も赤だったよ。初めて触れた時に、とっても熱かったの。唇から私の中に流れ込んできて・・・閉じた瞼の裏に広がったのも熱い赤だった。真っ白い雪野原だった私の中が、蓮くんに染まったの・・・」
「唇・・・キスの色、ということか」
「・・・うん。だからハートは赤い色なんだね」


こくんと小さく頷き、語尾を濁らせごにょごにょと口籠もる顔が、更に赤みを増してゆく。ぷしゅっと見えない音を立てて茹だった君は、きっと毛糸の帽子やマフラーに隠れている、耳や首筋まで真っ赤に染まっているのだろう。いや君だけでなく、頬に熱さが押し寄せ飲み込まれた俺も、きっと同じように赤い色に染まっているに違いない。

いつもは忙しなく行き交う駅前通の人並みも、クリスマスのイルミネーションを楽しむために、ゆっくり穏やかに流れていて。人の波に乗りながら、光の海をふわり漂う魚になった俺たち。くすぐったい沈黙が流れ、ふと交わった瞳が緩めば一つに溶け合い、温かな微笑みに変わった。


情熱と愛しさの赤でお互いを包み込もう。赤と白に囲まれて浮かぶのは、ずっと感じでいた心地良い温もりと安らぎ。なぜこの色は不思議な力を持つのか・・・その中に、大好きな人の笑顔や幸せなひとときがあるからなんだ。
さぁ、もっとこちらへ来ないか? 手を繋ぎ、寒い北風が通り抜けられないほど寄り添い合おう。






日が暮れても賑やに人が行き交う駅前通りを抜けて住宅街に入れば、一本通りを隔てただけなのに、別世界へ踏み込んだような静けさに溢れている。自然と寄り添う距離が近くなり、握り締め合う手もいつしか、互いの指先をしっかり絡め合うものに変わっていた。この手を離したくない想いが募るのは、送り届ける彼女の家が近付いたから。


静かだな、それに星も綺麗だ。地上の灯りが少なくなった分、夜空の星も輝きを増したように思わないか? そう語りながら繋ぐ手に力を込めれば、時折通り過ぎる車のライトが流れ星みたいだと、頬を綻ばせる無邪気な笑顔が温かい。 だがこれでようやく落ち着いた、本当に二人きりになれるな。二人きりの世界・・・か、ヴァイオリンがあって君と二人ならば、それも悪くはない。


「あ、蓮くん。空を見て、ほら雪だよ!」
「・・・雪?」


夜空を振り仰いだ香穂子があっと驚きの声を上げ、喜びに興奮した勢いのまま俺の腕を掴み、揺さぶってくる。落ち着いてくれと宥めたが、うんと頷いたものの、嬉しさのあまり弾けた気持が止められないらしい。手袋のはまった指先で夜空を示すと、ふわり舞い降りたのは空を染め上げる白い雪の妖精たち。開いた手の平に舞い降りた彼らは、煌めく雪の結晶となって微笑みかけていた。

ね?と嬉しそうに笑みを咲かせて俺の手の平を覗き込むと、空いた片手を空に掲げ、こちらへおいでと手袋に雪を集める君も雪の妖精だ。ほら、夜道で上を向いてばかりいては危ないぞ。


「天気予報では明日の朝から降る予定だったが、少し早かったみたいだな。どうりで冷え込むわけだ、香穂子、寒くはないか?」
「うん、私は平気だよ。もこもこした毛糸の帽子を被っているし、手を握っているから温かいの。蓮くんは平気? お耳が寒さで真っ赤になっているよ、とっても冷たそう。ねぇ蓮くん、ちょっとだけ私の雪だるまさんを預かってくれるかな?」
「構わないが、何をするんだ?」
「ふふっ、私から蓮くんへののプレゼントだよ、ポカポカになることなの。ちょっと屈んでもらえると嬉しいな」
「こうか?」


とっておきの宝物を披露するときのように、わくわくと瞳を輝かせる香穂子から託された紙袋を受け取り、僅かに身を屈めた。香穂子からのクリスマスプレゼントとは、何だろうか。見た感じでは小さな鞄以外持っていないから、大きな物ではないのだろう。だが君からの贈りものは、いつどんな時でも俺を想ってくれる気持ちが伝わる、嬉しさが溢れてくるんだ。想いを馳せていると、ピンク色の手袋をした両腕が天に向かって差し伸べられた・・・ひらりと夜を舞う蝶のように。

どこへゆくのだろうかと視線で追いかけたその時、耳に感じたのは柔らかなふわふわの感触。ピンク色の手袋の蝶が舞い降りた先は、俺の耳だった。冷たくないようにと、伸ばした手で俺の耳を包み、温めてくれている。触れているのは耳だけなのに、手袋越しに手の平の柔らかさや熱さが全身に伝わるようで、鼓動が次第に忙しなくリズムを刻み出した。

いつまで俺は、このままじっと耐えることが出来るだろうか。


「・・・っ!」
「手袋した私の手で、蓮くんの耳を包むと、香穂子さん耳当てのできあがり! どう?これなら寒くないでしょう? これから寒いときには、私が蓮くんを温めてあげるからね」
「素敵なクリスマスプレゼントを、ありがとう香穂子。心も身体もとても温かい・・・この温かさを、ずっと手放したくない」


鼻先が触れ合う近さで見つめる、大きく澄んだ瞳に吸い込まれそうになる。瞳に映る自分は、俺だけを見つめている証、そして俺の瞳にも君だけが映っている・・・重なる心のハーモニーが、鼓動を大きく響かせた。寒さに赤く染まった頬や鼻先は、君だって同じ筈なのに・・・ささやかな優しさが嬉しくて心が満たされる。温もりを傍で感じていられる、寒い季節がこんなに幸せだとは今まで知らなかった。


「プレゼントはもうひとつあるんだよ、私は蓮くんのサンタクロースだもの」


俺の耳を包んだまま小さくはにかみ、ブーツのつま先立ちでちょこんと背伸びをすると、ふわりと微笑む瞳が視界いっぱいに広がった。コツンと触れ合わせてきた額とキスをする鼻先に、白く甘い吐息が溶け合えば、互いの頬も心も解けて自然と緩む。触れ合った額のまま、メリークリスマスと祝福の言葉を紡いだ香穂子の唇が、そっと俺の唇へと重なった。

クリスマスに贈るプレゼントは相手が欲しいと望む物・・・まさに俺が一番欲しいと望んでいた贈り物だった。
そう、欲しかったのは、誰よりも愛しくて大切な君からのキス。清らかな君の白が、俺を熱い想いの赤へと変えてゆく。




耳から離れた手袋の感触と、軽く触れるだけで離れてしまったキスが名残惜しくて、持っていた紙袋を香穂子に返すと、背を浚い腕の中へ閉じ込めた。もう、言葉は要らないな・・・閉じた瞳を合図に今度は俺から重ねたキスは、君への贈り物だから心を込めて大切に届けよう。

夜空に瞬く冬の星座たちと、舞い降りる雪の妖精に見守られる祝福の聖夜に、赤い君と白の俺が溶け合うキスは、心温まり甘く蕩ける恋の味。雪景色のクリスマスに、瞬く星へ祈りを込めて・・・。