ピュア・ロマンス



休日を利用して香穂子と一緒に練習をした後で、どこか行きたいところはあるかと訪ねたら、この街で一番素敵なクリスマスを見つけに行きたいと、無邪気な笑顔を浮かべていた。差し出した手にすっと収まる手を握り締め、向かった先は駅前通り。クリスマスの始まりである四週間前の日曜日にちなみ、駅前商店街ではツリーの点灯式やハンドベルの合奏、ゴスペルのコーラスなどが催されるらしい。

もみの木の香りが溢れる自然の美しさや、真っ白な雪を連想させるホワイトでまとめたクリスマスツリー。戸口を飾る丸いリースも、毛糸や羽などを使い温かな冬を迎えるものや、優しい花びらから溢れる柔らかな光まで。
店ごとに趣向を凝らしたリースや飾り付けが、行き交う人の目を楽しませてくれる。 ライトアップの時間を待ってカフェでお茶を飲みながら暖を取り、身体が温まった頃に再び街へ繰り出せば、オレンジ色だった空はすっかり暗闇に包まれていた。


凜と澄んだ冬の空気と訪れの早い夜闇に冴え渡る青や白、そしてキャンドルを灯したような優しいオレンジ色の光・・・。街を彩るイルミネーションは、地上に降った星の輝きのようだ。ジングルベルの鐘の音が心の鈴の音も響かせてくれるから、クリスマスを待ち望む誰もが心踊るのだろう。生き生きとした表情を持つ飾りやイルミネーションよりも、きょろきょろとよそ見をしてはいろんな物に目を止めて、楽しげに笑みを浮かべる君の瞳の方が何倍も輝いて見えた。

だから目が離せなくて、瞳の奥と心に宿るもっと煌めきをもっと探したくて。じっと君を見つめる俺に気づいた香穂子は、蓮くんも素敵なクリスマスを探してねと、恥ずかしそうに頬を染めてしまった。握り締めた手にきゅっと力を込めながら、染めた頬を膨らませて拗ねる君に鼓動が高鳴り、甘い糸で締め付けられたように心が疼く。


だが木枯らしは、甘さを冷ますように悪戯に強く吹き抜け、頬を切るような寒さを突然もたらす。寒い・・・と呟きながら肩を竦ませた香穂子は、マフラーの中に顔を埋めてしまった。時や想いを巡らすように、冷たい北風に誘われた落ち葉がくるくると舞い落ち、音もなく地面に帰って行く。裸ん坊の枝葉が寒そうだと、そう言って黒い針金のシルエットになった街路樹を見上げ、困ったように眉を寄せる君は、真っ白いコートをまとった冬の妖精のようだ。

お洒落をしたのだとはにかみながら、先程暖を取ったカフェでそっと脱いだコートの下は、ふわりとした半袖のニットのセーターだったのを思い出す。白いウサギのような可愛らしさが際だって、柔らかさに誘われ触れたくなるような・・・そのまま抱き締めてしまいたくなるような。他を心配するよりも、君の方が本当は寒いだろうに・・・俺の為にといういじらしさが愛しさを募らせるんだ。

あっと声を上げて繋いだ手を揺さぶると、背伸びをしながらライトアップされた樹の梢を指さしている。彼女の見上げる先には、北風を耐えるように二羽の鳥が羽を休めていた。


「ねぇ蓮くん見てみて、木の枝に鳥がとまっているよ。あの子たち、じっとしていて寒くないのかな? 私はね、寒いとじっとしていられないから、ポカポカになりたくて動きたくなっちゃうの」
「彼らは冬になると羽を膨らませ、温かい空気を着込んでいるそうだ。だから冬を温かく過ごすには、鳥に習うと良いらしい。例えばセーターなどのニット類を着て、外側に風を通さないジャケットを羽織るなど・・・体温で暖かくなった空気を逃さずいるのがコツだと聞いたことがある」
「へ〜そうなんだ! 良かった、鳥さんたちは寒くないんだね。でもポカポカの空気を閉じ込めるなんて、私たちと一緒だね」
「俺たちと・・・?」
「うん! 蓮くんが私を抱き締めてくれる時と一緒。触れ合った体温と心が感じる幸せで生まれたポカポカを、逃がさないようにギュッて丸ごと閉じ込めてくれるでしょう? 寒い日には私たちも鳥になって、一緒に温まろうね」


真っ直ぐ見上げる笑顔に頬も綻び、心が君という幸せ色に染まる。君の優しさが俺の心へ染み渡り、内側からじんわり温まるように。葉の洋服を奪われた街路樹たちも鳥たちも、きっと温かさに包まれているに違いない。
頬を刺すような木枯らしに熱を奪われる身体が、傍にある温もりを強く求めているのを感じる。ならば俺たちも、温まろうか・・・鳥たちのように。

繋いだ手を解き、抱き寄せようと背に回しかけた手が触れる直前で止まったのは、人前だという照れ臭さに一瞬戸惑ったから。だがクリスマスの魔法は、あと一歩を躊躇う俺に踏み出す力を与えてくれてた。握り締めた拳を開くと、腰を捕らえ優しく抱き寄せた。手を繋ぐよりも確かな温もりで、互いに温めあえるようにと。


「・・・! あっ、あの・・・蓮くん!?」
「香穂子、寒くないか?」
「うん、とっても温かいよ。蓮くんは寒くない?」
「あぁ、俺も温かい」


香穂子が驚きに目を見開いて振り仰ぐのも無理はない。二人きりならいくらでも甘い雰囲気を作り出して触れ合うことが出来るのに、人前では羞恥心が勝って手を繋ぐのがやっとなのだから。香穂子には、今まで物足りない想いをさせてしまっていたかも知れない。だがこれで少しは、恋人らしく見えるだろうかと・・・そんな事を想っていると、コツンと頭を預け重みを預けるように肩先へ寄りかかってくれた。

預けてくれた小さな身体の重みは、心ごと委ねてくれた信頼の証。
歩くペースをゆっくりと落としながら、呼吸や鼓動を感じ重ね合おう。


「ねぇ蓮くん、ロマンチックを色にしたら、何色だと思う?」
「ロマンチック? 香穂子はどんな時にロマンチックだと感じるんだ?」
「ん〜とね、こう・・・蕩けちゃいそうな甘さっていうのかな。私はピンク色だなって思うの。ふわふわでキラキラして、胸がキュンとして温かくなる可愛さがね、絶妙なバランスで溶け合っている時に生まれるんだよ。手を繋いだり、こうして抱き締めてくれたり。大好きだよってキスをした時の色かな」
「そうか・・・・」


あんな感じだよと石畳を歩きながら店の窓を示したのは、ピンクで染まった甘く柔らかい花で作られた、ハート型のクリスマスリースだった。愛が溢れるという言葉を形で現したようで、何だか無性に照れ臭い。
雰囲気を色で現すなどとは、あまり聞いたことがないが、頭を悩ますよりも、香穂子らしい発想だと頬を緩ませずにはいられない。ロマンチック・・・か、俺はどうだろうか・・・。

香穂子が言うには、ロマンチックは蕩けそうな甘さを意味するらしい。
ふわふわでキラキラして、胸が締め付けられるような可愛らしさと温かさが、絶妙に混ざったもの・・・難しいな。
肩先に頬をすり寄せながら、可愛らしくちょこんと振り仰ぐ香穂子が、眉を寄せて考えを巡らす俺に微笑んでいた。蓮くんは?と甘えるように答えを求める君は、俺が困る質問をして楽しんでいるのだろうか・・・時折そう思えてくる。

腰に回した手をに力を込めて深く抱きながら身を屈め、髪を絡めるように愛撫をすれば、抱き締め返すようにしがみつき、クスクスと甘い吐息が零れ頬をくすぐった。
お気に入りだという白いAラインのハーフコートに、彼女の笑顔も一際輝いて見える。


白・・・そうか! 俺も見つけた、この手の中に・・・目の前にある色を。
いや、色と言うよりも、色をまとった存在といった方が良いだろうか。
可愛らしい君は蕩ける甘さで、心に煌めく笑顔と光をもたらし、いつでも俺の胸を甘く締め付けてくれるから。


「俺は・・・そうだな、白だろうか。真っ白な雪と夜空に輝く月を連想させるから。香穂子が着ているコートのように、純真で清らかな君の心のような色。想いを白に重ねながら、そっと伝えたい・・・俺にとって一番素敵なクリスマスは、愛しく思う君だから。君がいるから、俺の冬はこんなにも鮮やかで温かい」
「白か〜白も素敵だね、とってもピュアなイメージがする。蓮くんがくれる幸せ色に染まりたいな」


つまりは君の事が好きなんだと、そう言ったら白い君が俺の中でピンク色に染まってゆく。
重なる微笑みが、柔らかく煌めいた白とピンクの、甘く優しいロマンチックの二重奏を奏でながら。
外は寒い星降る夜に、天使の羽と幸せ色が温かな光を心に灯して・・・どんな暗闇でも迷わないようにと。
たった一人の大切な君に出会えた奇跡を、夜空を彩る輝きが灯してくれた。


君が探していた一番素敵なクリスマスはここにある・・・俺と君、大好きな人と過ごすクリスマスが。
心を込めながら時間をかけ手作りするように、俺たちも二人の想いを重ね、心の中に丸いリースを作ろうか。


降り注ぐ愛と真っ直ぐな想いを、君だけに届ける聖なる夜を彩るために。