Photo Frame

互いの温もりを感じ合うように、身体を寄り添わせながら並んでソファーに座る。

二人で眺めるのは、目の前のテーブル一杯に広げられた写真。
隣の香穂子は一枚一枚写真を手に取って眺めながら、これも捨てがたい〜あれも素敵と、写された絵に思い出を馳せながら楽しそうに顔を綻ばせている。自然と緩む頬のまま暫し笑顔を見つめた後、ふと手元を見下ろせば、テーブルの手前に置かれているのは真新しいフォトフレーム。部屋の調度類に合うようにと選んだダークオーク調の木目の木枠には、シンプルながらも繊細な彫刻が施されている。これに収める写真を、一緒に選んでいるところなのだ。

香穂子は真ん中辺りに置かれていた一枚の写真を手に取ると、肩に重みをかけて寄りかかりながら、俺の目の前に差し出した。


「ねぇ、蓮。二人で写ってる、この写真なんかどうかな?」
「いいんじゃないか。君の笑顔がとても素敵だから、俺もそれが良いと思ってた」
「もう〜私だけじゃないの。この写真の蓮の笑顔が、とびっきり素敵なんだから!」


見上げる大きな瞳に微笑めば、瞬く間に頬を赤く染めて、恥ずかしさを隠すようにぷぅっと膨れて顔を逸らしてしまう。すまなかった、機嫌をなおしてくれ・・・と。肩を抱きつつ耳元に囁いて、ほんのり染まった頬に軽くキスをすると、様子を伺うようにちらりと振り向いて。


「ほっぺだけじゃ・・・嫌っ・・・・」


拗ねるように上目使いで甘くねだる瞳に身も心も射抜かれて、肩だけでなく背をも抱き込み、胸の中へと引き寄せる。覆い被さるように唇を重ね、柔らかさを味わいながら押し付け、触れるだけのキスを繰り返した。
名残惜しげにゆっくり唇が離れると、胸に擦り寄るようにしがみ付いてくる。頬を緩ませ浮かべる表情はどこまでも幸せそうで・・・。俺の腕の中で身を任せている彼女に堪らなく愛しさが募り、更に強く抱きしめた。


「じゃぁ飾るのは、この写真で決まりだね」
「・・・あぁ。君が良いのなら、俺はそれで構わない。二人の笑顔で、フォトフレームの木工細工が霞んでしまいそうだな」


見上げる微笑みに同じく微笑を返して、抱きしめていた腕を解くと、香穂子はテーブルに置かれたフォトフレームに手を伸ばした。選んだ写真・・・俺達の思い出が収められていく間、じっとしなやかな手元を見つめていた。

テーブルの上に広げられた写真たちはつい先日、久しぶりに日本へ香穂子と帰国した際、生まれ育った街で初めて、ヴァイオリニスト・月森蓮としてのコンサートを行った時のもの。アンコールでは、俺の大切な人生のパートナーとして香穂子を紹介し、共に曲を奏でた。彼女が選んだ写真は、そのコンサート終了後の楽屋で撮った写真。ステージの衣装のまま、懐かしい友人達に贈られた花束を持って、照れくさいほど満面の笑顔を向け合っている俺と香穂子の姿だった。


懐かしいな・・・。

こうして写真を眺めているとコンサート会場の熱気や興奮、それに奏でた音色までもが鮮やかに脳裏へ蘇ってくるようだ。


「よし、出来たっと。じゃぁ飾ろうかな。これは私と蓮、二人の大切なセレモニーだから、蓮も一緒に来てね」


出来あがったフォトフレームを持ってソファーから立ち上がると、俺の手を取り、嬉しそうに軽やかな足取りでリビングボードの前に誘ってゆく。





ダークオークの木目が重厚さを醸し出す、アンティークなリビングボードの上には、様々なフォトフレームに入った写真たちが飾られていた。香穂子の手によってリビングボードの一番手前に真新しいフォトフレームが飾られると、顔を見合わせどちらとも無く微笑みを交わす。


華奢な背を背後から包み込むように抱きしめると、前に回した腕に彼女の手が重ねられて、押し付けるように引き寄せられた。肌に感じる柔らかさと温かさが心の中にまですっと染み渡り、穏やかな気持にさせてくれる。優しい香りのする赤い髪に顔を埋めながら、また一つ加わった新しい思い出を一緒に眺めた。


「ここに置かれた写真も、随分増えたな」
「それだけ、蓮と過ごした楽しい思い出が一杯だって事だよ」


銀細工のフレームに飾られたのは、結婚式の写真。デビューコンサートや、お互いに離れていた時を共に乗り越えた大学時代のもの。それに、君と出合った高校のコンクールなど・・・共に過ごした、楽しい思い出の数々も・・・・。俺の実家から持ってきた子供の時の写真の隣には、丁度同じ年頃の子供頃の香穂子の写真も並べられている。


こうして見ると、飾られた写真たちが語るのは、二人の歩みそのものなのかもしれない。
別々の所で過ごしていた二人が出会って、恋をして・・・。
離れていた辛い時期を共に乗り越えながらも、絆を深めたからこそ今がある。
温かくて、共にいられる事が何よりもの幸せだと感じる日々・・・。

まだ君を知らなかった頃の自分を思い出してみる。過去を振り返っても楽しかった思いではなく、何だかどんよりとした毎日だったように思う。けれども君と出会って、沢山の夢が生まれて毎日が眩しく輝き始めた。


「この中でも俺にとって一番の宝物は、高校のコンクールの時に君からもらったものだ。どれも大切なものだけど、溢れるフォトフレームたちの原点・・・全ての始まりみたいなものだから」
「嬉しい・・・今でも大切にしてくれているんだね」
「・・・きっと置ききれない程、いっぱい増えていくのだろうな」
「そうだよ。今は二人分だけど、私たちの子供が出来たら子供達の写真とか、皆で撮る家族の写真とか・・・もっともっと増えていくんだから。楽しみだね〜」
「・・・・・・・・・」


子供・・・という言葉に過剰に反応した訳ではないのだが。思わず反応に困って固まっていると、自分の言葉を反芻してハッと気付いたらしい香穂子が、腕の中でジタバタと急に暴れ出した。後ろから見える首筋ともがく拍子にちらりと見える顔が、火を噴きそうなほど真っ赤に染まっている。


「あっ・・・あの・・あのね・・・。別に今すぐ子供が欲しいとか、そんなんじゃなくて・・・! でも・・・蓮の子供は欲しいなって思うけど・・・それは将来の話で・・・えっと・・・えぇっと・・・・・・」
「いや・・・俺は別に・・・その・・・・・・・・・」


抱きしめる腕に力を込めて恥ずかしがる香穂子を閉じ込めながら、俺も顔や身体中に熱が集まるのを感じた。
俺の熱が伝わるからなのか、抱き締める程に腕の中でもがく体が、更に赤く熱を持っていくようだ。そんな彼女を見て、俺も余計に恥ずかしくなってしまう・・・・・。

しかし君が後ろ向きで良かった・・・と心の底で安堵する。
きっと真っ赤な顔をしているだろうし、こんな時は目を合わせるのも、くすぐったくて照れくさい・・・・。




俺も・・・・・。そう耳元で囁くと腕の中でピタリと動きを止めて、そっと肩越しに見上げてきた。照れくささを残しつつおずおずと向ける瞳に、慈しみと愛しさの限りを注いで微笑みかける。


「俺も、楽しみだ・・・君と俺の子供の写真が増えていくのは。きっと可愛らしいだろうな、賑やかになりそうだ」
「・・・蓮? 本当に!?」
「あぁ・・・。だが・・・今はもう少し、君と二人っきりでいたいと思う。俺だけの香穂子でいて欲しいんだ・・・・」
「蓮の焼もちさん。私はいつだって蓮のものだよ・・・・。蓮も・・・ずっと私のものでいてよね」





共に過ごした思い出の数だけフォトフレームが増えてゆくように、一つ一つの思い出が重ねられて、また新しい思い出が生み出されてゆくのだろう。それは奏でられる音色にも似て、同じように君へと向ける愛しい想いも、そして向けられる温かい気持も少しずつ積み重なって、どこまでも熱く深くなっていくのだ。


肩越しに見上げる香穂子の潤んだ大きな瞳を真っ直ぐ見つめると、まるで合図のように俺の方をくるりと向き直った。頭から抱え込みながら抱き締めると、瞳を閉じて見上げた彼女の唇に、熱を含んだ俺の唇を重ねる。
触れ合った唇から伝わる柔らかさと熱、そして絡めあった舌から、この胸の想いを伝えよう。


様々な出来事を二人の真ん中において、一緒に懐かしんだり笑いあったり出来るように。
これから先も幸せを積み重ねて、素敵な思い出を作れる毎日でいよう。
いずれ増えていくであろう、新しい家族写真にも思いを馳せながら・・・。

そんな祈りを込めて・・・。