目を細めながら振り仰ぐ、真っ青な空には入道雲。アスファルトを焼く灼熱の強い日差しは、頭上足元から容赦なく照りつけ俺たちを焼き焦がす。日陰も太陽に焦がされたのか、陽射しはかろうじて遮られても、茹で上がる感覚はあまり変わらないように思えた。


「蓮くん、暑いよう〜喉乾いた。地球が温暖化する前に、まず私が干からびちゃうよ・・・.。ケースの中にいるヴァイオリンも可愛そう」
「そうだな、今日は特に蒸し暑い・・・俺も噴出す汗が止まらない。どこか店に入って休憩しよう。香穂子、もう少し我慢できるか?」
「うん、大丈夫。心配かけてごめんね」


ひまわりの花のように元気な香穂子も、ハンカチとヴァイオリンケースを握り締め、ぐったりと肩を落としている。連日30度を越す夏の蒸し暑さに少々バテ気味のようだ。冷房のタイマーが切れては目覚めての繰り返しで、だるさや睡眠不足もあるという。この暑さで倒れる人が多いとニュースでもやっていた。
とにかく顔色が良くない香穂子が心配で、一刻も早く休ませる場所を見つけたい・・・。


負担をかけないように、手を繋ぎながら日陰を選んでゆっくり歩けば、微かにそよぐ風に隣へ視線を向けた。具合が悪いのは彼女の方なのに、ハンカチを使って一生懸命俺へと風を送ってくれている。
ありがとう・・・そう言って微笑みを向ければ笑みが深まり、手を伸ばして額の汗を優しく拭ってくれた。

暑さは苦手だが、こんな日も良いかも知れない・・・もっと暑くても。

そう思えてくるのは、彼女の想いが心地良い風となり、俺の中を拭き抜けるからだろう。広い木陰のような優しさに触れると、息苦しかった俺の心が柔らかくなり素直になってゆく。それは言葉はなくても伝え合える、俺たちだけの会話。可愛らしい君をもっと見ていたいけど、街中を歩きながらだから、今はこの手を抑えなくてはいけないな。





近くに見つけたカフェに入れば、冷房の涼しさに束の間の心地良さが満ち溢れてくる。
具合が悪そうだった香穂子はメニューを見るなり元気を取り戻し、重そうな特大パフェのメニューに目を輝かせていた。しかし喉の渇きが勝ったのか、悩んだ末に頼んだのは俺と一緒のアイスティー。


氷の入った冷たいアイスティーのグラスを両手で包みながら、香穂子は気持いいねと頬を綻ばしている。テーブルへ身を乗り出し俺の首筋にそっと触れると、ひんやりした指先が熱さを沈めてくれた。
無邪気な笑みを浮かべながら、ね?と首を傾ける彼女につい笑みが零れてしまう。


自分のアイスティーを取ろうとしたが手を止めて、向かい側にある香穂子のグラスのストローを摘んだ。
俺に涼しさをくれたお返しに・・・そう思いながら静かにかき回せば、グラスの中で踊る氷たちが、カラカラと音色を奏で出す。例えば水を見たり、こうして水の音を聞くだけでも温度が下がるように感じた。
何よりも、君が楽しそうに微笑んでくれるから。気分次第で、身体に感じる温度は変わるんだな。


「蓮くん、暑い時には熱いものがいいっていうでしょう? 冷たい方が涼しくて気持が良いのに、どうして熱いものなんだろうね。私はクーラーの効いた部屋でアイスを食べたり、キ〜ンと冷えたジュースが飲みたいな」
「冷たいものを採るのも大事だが、渇きは意外と満たされず、つい飲みすぎたり身体を冷やしてしまう。温かいものは少量でも喉を潤し、乾きにくくしてくれるそうだ」
「でも暑いのに熱いのを飲んだら、汗かいちゃうよ? ソフトクリームみたいに蕩けちゃう」


困ったように眉を寄せながら首を傾げると、ストローに口を寄せてアイスティーを一口啜った。
冷たいね、美味しいねと素直に感動を表す無邪気さに、グラスの中身も喜んでいるように見えるのは、きっと彼女の影響だろう。愛らしくすぼめられた唇を眺める俺の心も、琥珀色と同じように君に捕らわれ吸い込まれてゆく。


「香穂子は、汗を掻くのは嫌なのか? 良い汗を掻くのは健康にも良いと言っていた。身体と心の熱さを和らげられるのは、涼しさや冷たさでもない。同じ熱さだけだと俺は思う」
「暑くてもくっついいたいんだけど、汗でペタペタしてたら、やっぱり気になるじゃない。手を繋いだりくっついたりした時に、蓮くんに不快な思いをさせたらどうしようって心配なの」
「香穂子・・・」
「あっ!誤解しないでね。私は薄っすらと汗を纏う蓮くんも、蓮くんの汗の香りも・・・全部好きだなって思うから・・・その、何でもないの! 気にしないでね。やだもう〜熱くなっちゃったよ」


真っ赤に火を噴き慌て出した香穂子がパタパタと手で頬を仰ぎ、慌ててグラスを持つと一気に飲み干し始めた。熱さを覚ましたかったのか、それとも恥しさを誤魔化したかったのか。心のままに伝えてくれる言葉はいつだって真っ直ぐで、後で真っ赤になる君以上に俺の方が照れてしまう。


あの・・・あのね、と口篭りながら前に組んだ手をいじる香穂子が振り仰ぎ、俺の瞳を捕らえた。
薄っすらと赤く染まった頬と、乾いた心が欲して止まない、潤みを湛えた瞳の泉で。
俺も暑い、いや熱いんだ。心も身体も、求める君という太陽に焦がされているから。


「蓮くんは、暑い時に熱いものが欲しくなる?」
「俺は欲しくなる、熱いからこそ熱いものを求めたくなってしまう。こうして一緒に涼むのも心地良いが、互いの熱さや汗に身を浸すのはもっと好きだ。手を繋いだり、身体を寄せ合ったりそれから・・・汗を纏う君も、好きだよ」
「も、もう〜蓮くんってば。食べ物とか、飲み物で答えてくれると思ったのに〜」
「すまない、だが本当の事だ。香穂子さえいれば、冬の寒さも夏の熱さも心地良いものに変わるから」
「私もね、蓮くんとなら蕩けちゃってもいいなって思うの。じゃぁこれも、熱いかな?」


真っ赤に火を噴いた香穂子がぽそりと呟き、テーブルの上にある俺の手をそっと握り締めてきた。
力は込めていないのに重なる手の平も触れる指先も、外で照りつける灼熱の太陽より熱い。
熱いね、でも気持いいねと。精一杯に想いを伝え、赤みの残った頬で恥しそうに微笑む君が愛しくて。
いつもは冷たい俺の手も、響きあう心と共に次第に温度を上げていく。


アイスティーのグラスに浮かぶ氷もすっかり溶けて、煌く雫の汗をまとっていた。氷が解けるのが早い気がするのは夏だからだろうか、それとも俺たちの熱さを感じ取ったからだろうか。



冷たさだけでは潤わない・・・暑い時こそ熱いものが必要なんだ。
互いに熱さを求め、生み出す汗を昇華させながら潤いを閉じ込めよう。


だから、もっと熱くならないか?
香穂子の柔らかい手にそっと自分の手を重ね包み、握り締めた。






夏と恋の温度計