七色十色の君の顔
「ねぇ加地くん、にらめっこしようよ」
「睨めっこ? ふふっ、いいよ。とっても楽しそうだね。香穂さんの顔を、すぐ近くで眺めていられるなんて嬉しいな」
「ね? これならずっと加地くんだけを見つめていられるよね。 どう? いい考えでしょう?」
秘密の屋上には僕と香穂さんの二人だけ。すこし先で瞳を閉じて空を振り仰ぎ、降り注ぐ日差しを心地良さそうに受け止めていた香穂さんが、くるりとスカートを舞わせて駆け戻ってくる。僕の目の前にちょこんと座ると、目の前にぐっと迫る大きな瞳。子犬のように鼻先を寄せてくる香穂さんと額を寄せ合い、吐息を絡ませながら見つめ合う。
ほんのり甘く幻想的なピュアホワイト、芽吹きを思わせる鮮やかなグリーン、君の吐息のような優しいピンク、太陽のようなビタミンカラーのオレンジや黄色・・・。素直な感情のままにくるくる変わる君の表情は、まるで花色のパレットのようだね。香穂さんが笑ってくれると、心を吹き抜ける爽やかな風に花色が乗って、甘いスイーツに満たされる幸福感に包まれるんだ。
笑いたいのを必死に堪えている香穂さんは、ぷうと頬を膨らませたり唇を尖らせてみたり・・・僕を笑わそうとくるくる表情を変えてくる。どうして睨めっこをしたいんだろうなんて、そんな質問はしないよ。なんて幸せなんだろうって思うから。手を伸ばせは抱きしめられるくらい近くで、いろんな花色を見せる万華鏡の君を独り占めできるんだもの。
「香穂さんはどんな顔をしても可愛いね。ところでもう勝負は始まっているのかな?」
「もちろんだよ、にらめっこは相手を笑わせた方が勝ちなの。加地くんも私をいっぱい笑わせてね。でも私も、負けないよ」
「じゃぁ僕の負けだね、香穂さんの勝ち。僕は香穂さんには敵わないや」
「あ・・・! 加地くんもう笑った。駄目だよ早すぎるよ」
ふふっと笑って頬を緩ませると、寄せた顔を離して上半身を起こした僕目を丸くして驚いた。まだ勝負は始まったばかりだよ、やってみなくちゃ分からないじゃないって・・・あまりにもあっさりついてしまった勝負に物足りない君は、両手を握りしめながら力説してくる。また新たに見つけた君が可愛くて更に笑みを深めていると、赤く染めた頬を風船見たく膨らませて拗ねてしまった。真っ直ぐ見つめてくる強い光を灯した瞳は、睨めっこじゃなく本物みたいだね。
「笑った君も拗ねた君もみんな愛しいから、だってほら、君を見つめるだけで頬が緩んでしまうんだ。何度やっても同じだと思うんだけどな、笑わずに堪えることは僕にはできないよ。ねぇ香穂さん、僕の頬を触ってみて?」
僕が笑ったから睨めっこは君の勝ちなのに、唇を噛みしめて悔しそうに・・・泣ききそうにフイと顔を背けてしまう。座った膝の上に置かれた手をそっと取り、僕の頬へと導き触れさせた手に自分のを重ねながら包み込む。ね?と微笑めば伝わる温もりが少しずつ彼女の硬さを溶かしてくれて、ちょっぴり戸惑う瞳を揺らしながら、照れくさそうに小さく頷いた。
普通にこうして君と向かい合うだけで胸はときめき、僕は笑顔になれる。だからいろんな君を間近で見せられたら、視線だけでなくこの身も心も奪われてしまいそうだ・・・いや、もう僕は君のものだけどね。太陽みたく温かな笑顔や、ときにはくすぐったそうにはにかむ照れた君がみたいから、僕も睨めっこを頑張るけれど。満面の笑みが引き出せた嬉しさに、きっと思いっきり顔が緩んでしまうと断言できるよ。
もう既にくるくる変わる君の表情が、僕の心を鮮やかな色に染めているんだ。その色たちが君だけに注ぐ眼差しや頬だったり、奏でる音色へと変わると気づいているかな? 君と出会ってから僕の心のパレットには、いつでもたくさんの色が溢れているんだよ。
「でもやっぱりにらめっこしたいの。お互いに見つめ合いながら重ねる時間も、楽しいって思うから。私だって加地くんの笑った顔が見たいんだもん・・・大好きだから。ねぇ、駄目かな?」
「ダメじゃないよ。君が僕を求め望んでくれる、嬉しくて舞い上がってしまいそうだよ。じゃぁこうしようか、君も僕も楽しめる方法を見つけたんだ。だから悲しそうな顔しないで笑って、ね?」
僕の頬へ導いていた香穂さんを解き放つと、新しい楽しみに興味を示してくれて、嬉しそうにそわそわ身を乗り出してきた。私だけにそっと教えてと、内緒話をねだるように小さな笑みを零す君へ、今度は僕から額を寄せて近づき鼻先をコツンと触れ合せた。加地くん・・・そう呟き真っ赤に顔を染めながら震わせる肩や吐息が、甘い媚薬に代わるから。ねぇもっと僕の名前を呼んで?
「じゃぁルールを変えようか、笑ったら負けじゃなくて、お互いに笑わせるっていうのはどう? きっと楽しいよ」
「二人で笑い合ったら確かに楽しいけど、それじゃぁ睨めっこにならないよ」
「もちろん勝負は付けなくちゃだよね。つまり睨めっことは逆だから、黙ってしまった方が負けっていうのはどう?」
「あ、それいいかも。でも黙るってどんな時なんだろうね」
「ふふっ、それはね・・・?」
人差し指を顎に当てて思案する香穂さんに頬笑みを注ぎ、額を触れ合せたまま、そっと指先を握りしめ引き離す。
きょとんと不思議そうに瞬かせる大きな瞳へ僕を映すと、僕も瞳を閉じて君を閉じめてしまおうか。唇へふわりと重なった柔らかい温もりを逃がさないように、キスを更に深くして。掴んだ手をしっかり握りしめながら、空いた片手で抱き寄せ閉じ込めた。
ほらね、笑顔を浮かべていた君は黙ってしまったでしょう? 今度は僕の勝ちだね。
「加地くんずるい・・・ずるいよ。いきなりキスするなんて、睨めっこの反則だって思うの。私の中が加地くんでいっぱいになったら、他には何も考えられないし動けけないもの。私が敵わないって知っててそういうルール作るのは、意地悪だよ。やっぱり睨めっこは、笑った方が負けなの」
「じゃぁ、睨めっこはもうお終い?」
「うぅん、もう一回やるの。今度は負けないよ・・・んっ」
ゆっくり唇が離れてると、耳まで真っ赤に染まった香穂さんが、しがみつく制服の襟元をきゅっと掴み黙り込んでしまう。困ったな・・・艶めくほどに潤む瞳でずるいよって言われても、また新しい君を見つけた嬉しさに、胸が甘く熱く締め付けられるだけなんだ。赤く染まった頬ではにかんだ君の色が、僕の中を薄紅色に染めてゆくから。
でも今度は僕の頬が緩むより先に、君へキスしてしまうから、睨めっこの勝負はいつまでたってもお預けかな?
君が本当に望んでいるのは、二人で遊ぶ睨めっこ?
唇が触れてしまう近さで生まれる笑顔と甘いひと時だって、僕は知っているんだよ。
恥ずかしくて素直に言えない君が、睨めっこの無邪気な遊びに甘えたい気持ちを重ねていることもね。