ミルクティー色の恋




朝、昼、午後、晩・・・ふと気付けば紅茶が溢れていて、そういえば最近は、前よりもずっと紅茶をよく飲むようになったなぁと思うの。好きな紅茶でのんびりするのは、とっても幸せ時間。朝一番に大好きなミルクティーをゆっくり淹れることができると、今日はいい一日になるよねって思えるから不思議だよね。

たとえば心がドキドキしたり火を噴き出しそうなくらいの熱さも、優しいミルクのコクや甘みが沈めてくれる。ポカポカ温まる身体と心の底から沸き上がる、ほっと癒しの吐息。心をふんわりミルクのヴェールで包んでくれるからなのかな。

ほら・・・今日もまた、 朝のミルクティーから始まる一日になりそうだよ。




「よう、地味子じゃないか。待ってたぜ、俺に茶だ」
「地味子じゃないですっ!」
「ははっ、地味子が怒った」


キッチンの冷蔵庫から取り出した軽い牛乳パックを振ってみると、中から聞こえるのはちゃぷちゃぷとミルククラウンが跳ねる音。練習の帰りに、忘れないように新しいものを買ってこなくちゃ。そう心のメモ帳に書き留めながら菩提樹寮のラウンジを通りかかった小日向かなでを、椅子に背を預けて優雅に腕を組む東金が呼び止めた。


ニヤリと楽しげに笑う東金の目の前につかつかと歩み寄り、腰に両手を当てながらぷぅと頬を膨らましてみる。だけど余計に楽しさを煽るだけらしく、全く威嚇の効果は無いらしい。なにをブツブツ言いながら歩いてるんだ?と脚を組みながら、興味深そうに前に身を乗り出す東金さんに秘密ですと答えるけれど。どうりで私のティータイムに欠かせないミルクの減りが早いわけだよね。昨日もその前もずっと、しかも一人じゃなくて二人分なんだもの。

でも本当は、今日も待っくれているといいなと・・・心の中で密かに願っていたら、嬉しいのは内緒ね。


「ほら地味子、なに突っ立ってる。モーニングティーっていったら、ミルクティーだろ。今日はアッサムだ」
「私には小日向かなでっていう名前があるんです。東金さん、いい加減私の名前を覚えて下さいっ!」
「強気で真っ直ぐ向かってくる女は、嫌いじゃないぜ。まっ、お前に俺を惹き寄せるだけの花があったら呼んでやるよ」


どうせお前も飲むつもりだったんだろう、俺の一緒に・・・と。ソファーに座ったまま煽るよう見上げる瞳に射貫かれて、素直にコクンと頷いてしまってから、顔へ一気に熱さが込み上げてきた。今度は赤くなったとからかわれて、意のままに反応してしまう自分が恥ずかしい。

待っていたということは、どういうことなのだろう・・・朝の紅茶を飲む為なのか、それとも私に会いたいと思ってくれていたのか。考えるほどに深みにはまってしまい、身体中に巡った熱さがドキドキと鼓動を早めるばかり。まさかね、まずはヴァイオリンで認めさせなくちゃだもの。


「いいか? これから毎日この時間には、モーニングティーの用意をしておけよ」
「はーい、分かりました、今淹れてきますね。そういえば東金さんは、自分で紅茶を淹れて飲まないんですか? いつもここでは芹沢さんか私が、お茶を用意している気がするんですけど」
「悪いか?」
「わ、悪くないです! でもほら・・・モーニングティーの前に、アーリーモーニングティーっていうのがあるって聞いたんです。だから、早く起きたらたまには、東金さんの淹れたお茶も飲んでみたいなって・・・駄目、ですか?」
「地味子、お前・・・アーリーモーニングティーが何か、知ってるのか?」
「へっ? 朝起きてすぐに飲む紅茶・・・ですよね?」


大切に入れた紅茶には心が籠もるから、ヴァイオリンの演奏みたく、東金さんが入れた紅茶を飲んだら何か分かるかも知れない・・・そう思ったのに。きょとんと不思議そうに小首を傾げた小日向に驚き呆れた東金が、だからお前は地味子なんだと溜息を吐いた。そこに座れと目の前の椅子を示され、素直に腰を下ろすと組んだ足を戻して背を起こし、前に身を乗り出してくる。

隣り合った椅子の距離がぐっと縮まり、近付く顔に嫌が応でも胸の鼓動が張り裂けそうになる。


「いいか、アーリーモーニングティーはベッドティーとも呼ばれる。ベッドの中で飲む朝の目覚めの一杯だ。仕事に早く出かける夫が、寝ている妻の枕元へ一杯の紅茶を届けてから家を出る風習も、まだ残っている国もあるんだぜ」
「うわー素敵ですね。羨ましい・・・って、あ! ということは私がさっき東金さんにお願いしたコトって・・・」
「朝起きてすぐに飲むに違わねぇが、時間だけじゃなくてどこで飲むかが問題なんだよ。お前が望むなら起こしてやろうか、熱い紅茶を持ってベッドの枕元まで。一発で目が覚めるぜ」
「や・・・やっぱり、いいです! 朝の紅茶は私が淹れますからっ、東金さんはここで座ってて下さい!」


地味子じゃないですと強気で反論していた小日向の顔が、堪えきれない羞恥で耳や首筋まで真っ赤な茹で蛸に染まりだす。寝起きで熱い紅茶が飲めたら、ヴァイオリンを聞いたときみたく心が震えるのかなと思っただけなのに。枕元までやって来たら、どんな方法でおはようを告げて起こすというのだろう。


キッチンでお茶の支度をしなくちゃと心へ必死に言い聞かせながら、熱さで霞む意識をの中で慌てて立ち上がる。気に入ってなきゃ毎日飲むわけねぇだろ、紅茶もお前も・・・お前の茶を飲まねぇと、身体が起きないんだよ。くるりと向けた背中で感じた響きに振り返るけれど、素知らぬふりで早く茶だと急かすだけ。



誰かのために入れる紅茶は、素敵な思いやり。少し濃い目にいれた紅茶にたっぷりとミルクを注いで頂く、起きたての胃に優しい朝のミルクティー。身体の中が温まるに連れて元気になったら、 熱い紅茶に形を変えた想いが伝わったから・・・そう思ってもいいですよね。

好きなミルクティーを美味しくゆっくり入れることが出来た朝は、きっといいことがたくさん待っている一日が始まるはずだから。