ミルク色ハーモニー



湯上がりの頬を桃色に染めた香穂子は、シルクの素肌を柔らかなバスタオルに身を包み、気持ち良いねふわふわだねと笑みを浮かべて感触を楽しんでいる。バスルームのお湯やシャボン玉に戯れるように、彼女のリラックスタイムに欠かせないバスタオルと遊ぶ香穂子は可愛いけれど、いつまでもそのままではタオルごと君を抱えて寝室へ運んでしまいたくなるじゃないか。

早く着替えないと風邪を引くぞ・・・そう言って新しいタオルを香穂子の髪にそっと被せ、丁寧に拭き取るのは今ではすっかりすっかり俺の役目になりつつあるな。大判のバスタオルを前でかき合わせながら、背後に立つ俺を振り仰ぎ、もっととねだる君はまるで甘える愛しい子猫。放っておけないというのもあるが、香穂子の髪を洗うときにとても気持ち良さそうなのが嬉しいから、髪を乾かす最後まで君に触れていたいと思うんだ。


「ん〜気持ちいい。バスタオルがふわふわして、お日様の香りがするね。それに髪を拭いてくれる蓮の指の力具合が、絶妙で最高なの〜このまま眠っちゃいそう。ねぇもっとやって?」
「素肌にバスタオルのまま眠ってしまったら、俺の方が困ってしまう。ほら香穂子、風邪を引くから早くパジャマに着替えて、自分で髪を乾かしてくれ。もしかして、わざと乾かさないで待っていたのか?」
「蓮に髪を洗ってもらうのだけじゃなくて、わしゃわしゃ髪を拭いてもらうのも、凄く気持ちが良くて大好き! 例えば肩もみをするときにツボを当ててくれると、あっ・・・この人は私のことを分かってくれているんだなって思うでしょう? それと同じで、蓮が私の気持ち良いところを優しく気遣ってくれるたびに、心が吸い寄せられてもっともっと大好きになるの」
「君にシャンプーをしてもらったり背中を流してもらう・・・香穂子こうして過ごす時間が、俺も好きだ。大切な人の手によって綺麗にしてもらう感覚は、とても心地が良いものだな」


演奏活動で長い間家を空けたり忙しさが続くと、待ちきれずに眠ってしまった寝顔だけを見る日が多くなり、触れ合う時間が少なくなってしまう。そんな時こそ一緒に過ごせるひとときを大切にしたい、多くの想いを伝え合いたいから・・・。コミュニケーション不足を補うように、意識して優しい口調で話すように心がけたり、安らげる雰囲気を作り互いを気遣う。どちらか一方だけでなはなく、二人が協力し合いほんの少し工夫するだけで、愛情は伝わりやすくなるんだな。

白いバスタオルを掻き分けながら肩越しに振り返る笑顔に、じんわりと沸き上がる熱が頬に集まってくる。澄み渡った瞳に真っ直ぐ俺だけを映し、大好きだと想いを伝えてくれたほんの一瞬で、俺の世界は君という優しい色に染まるんだ。一人の時には手早く済ませるが、香穂子と一緒のバスタイムだとつい長湯をしてしまうのは、スキンシップが二人の愛を深めてくれるからだと思う。

だがお湯を楽しむだけでなく、抱き締める柔らかさに吸い寄せられ、心も身体も熱く溶け合ってしまうから。幸せな想いが満ちる心は潤うが、身体は乾き激しく水分を求めてしまう。風呂上がりに真っ直ぐキッチンへ駆け寄り水運を分を求めたいのは、まぁ・・・お湯の中で君を抱き締めて離さない俺に、原因があるのは間違いないが。


「たっぷりお湯に浸かったから喉が渇いちゃった、早く冷たいミルクが飲みたいな。お風呂上がりに冷たいミルは欠かせないよね、一日の中で最高に美味しい瞬間だって思うの。同じミルクなのに、朝飲むのと夜じゃ美味しさが違うんだよ。どうしてだろうね?」


人差し指を顎に当てながら、何故だろうねと考えていたが深く追求するよりも欲求の方が勝ったようだ。早く冷たいミルクが飲みたいのだと、洗い立ての髪を拭いていたバスタオルの中で、落ち着き無くそわそわ肩を揺らし始めた香穂子に小さく微笑むと、タオルに包まれた身体を腕の中にそっと深く抱き締め、首元へキスを贈る。それを合図のようにするりと抜け出し手早くパジャマに着替えて、ありがとうと向けられる微笑みに、もうそれだけで湯船に浸かったときのように温もりに満足されるのが分かる。

さっきまでバスタオルと戯れていたのに、くるくる変わる無邪気な楽しい時間はもう終わりらしい。君が好きなミルクが待っているぞと、もう少し早く言えば良かったかとたかと思ったが、それではバスタイムの余韻が短くなってしまうな。込み上げる苦笑を微笑みに隠していると、先に行くねと忙しなく背を向けて、足取り軽くバスルームを駆けだしていった。




俺も冷えたミネラルウォーターを飲もうと、香穂子が残したシャンプーの残り香を辿るように後を追いかけ、キッチンへ向かう。後を追いかける足取りも心もいつの間にか軽く弾み、自然と早足になってしまうのは喉の渇きなのか、それとも君が待っているからなのか。きっと今頃、愛用のマグカップにたっぷりミルクを注ぎ、満面の笑顔で冷たいミルクを飲み干しているのだろうな。

冷たい飲みものを身体が欲するままに、バスルームから出た後真っ直ぐ俺たちが揃って向かうのはキッチン・・・それも冷蔵庫の前が指定席。マグカップに注いだグラスやミネラルウォーターのボトルを持って、リビングのソファーへ移動すれば良いのだが、何故か冷蔵庫前の小さな空間に佇み、肩を寄せ合いながらながら二人で飲みたくなる。

香穂子が冷蔵庫前で飲んだり食材を摘んだりしているから、ボトルを取りに来た俺も、一緒にいるうちに君の隣がすっかり心地良くなってしまったのかも知れないな。そんな気持がミルクに溶けているから、美味しいのかも知れない。
癒しと寛ぎの紅茶やコーヒーは落ち着いてゆったりと飲みたいが、喉の渇きを癒し潤いをもたらす一杯は、まだ火照りの余韻が冷めないうちに。熱いうちに互いの空気と想いを、交わす瞳と乾杯でたっぷり溶け合わせよう。



そっとキッチンに脚を踏み入れて奥を覗けば・・・ほら。冷蔵庫の前に佇み、両手に包み持ちながら、ほうっと甘い吐息を浮かべているだろう? 冷蔵庫の扉を開けたところで歩み寄る俺に気付き、向けた瞳で語る君がふわりと微笑み、喉が渇いたからもう一杯飲むのだと、マグカップをちょこんと掲げながら小さくはにかむ仕草が可愛らしい。中から取り出したのは青いパッケージにリアルな牛の写真が描かれた牛乳パック。俺には牛の鼻息や鳴き声までもが聞こえそうで、つい眉を寄せてしまうが、何故か香穂子のお気に入りらしい。


愛用のマグカップへ注ぐ、大好きなミルクを一心に見つめる瞳は、とっておきの宝物に目を輝かせる無邪気さをひめていた。棚に戻すついでに俺がいつも飲んでいるミネラルウォーターを取り出し、どうぞと俺に手渡してくれた。その笑顔とささやかなやりとりが、本当は嬉しいのだと思う。冷蔵庫の前という決して広くはない小さなスペーは、二人肩を寄せ合いながら風呂上がりの火照りを冷まし、ほっと寛ぐ後におきまりの場所。

君はミルクで、俺はミネラルウォーターで乾杯だな・・・だが、青い透明なボトルの蓋を捻って口元に運ぶが、マグカップを包み持ちながら、じっと熱心に注がれる君の視線がくすぐったい。今日だけでなく、いつも決まって蕩ける眼差しと吐息を零すのに、問いかければ何でもないよと必死に誤魔化してしまう。約束しなくてもお互いにキッチンへ真っ直ぐ行くように、言葉にしなくても通じ合えることもあるが、やはり言葉は大切だ。向けられるひたむきな視線に込めた君の想いを、確かな言葉で俺に教えてくれないか?


「あれ? 蓮ってばお水飲まないの?」
「その、落ち着いて水が飲めないというか・・・じっと見つめられては照れ臭い」
「あっ、ごめんね! えっと・・・蓮がミネラルウォーターのボトルを飲む姿が、大好きなの。こう・・・ね、唇とか、こくんこくんって動く喉とかに、視線が吸い寄せられてドキドキしちゃう。お水が凄く美味しそうに思えるんだよ、飲んでいるお水が心に染み込むと、すごく熱くなるの」
「そうだったのか、実はミルクを美味しそうに飲む君が俺も好きなんだ。香穂子はミルクが好きなんだな。俺はいつもミネラルウォーターだが、美味しそうに飲む笑顔を見ていると、美味しそうに思えて飲みたくなるから不思議だ。今日は俺も、君と同じミルクを飲んでも良いだろうか?」


目を輝かせて飛び上がり、嬉しそうにはしゃぐ香穂子が、いそいそと俺のマグカップを用意してくれた。夜空に星座が描かれた、香穂子と揃いのマグカップに染み込んだ毎日と想いの数だけ、飲み物も味わい深くなると、そう思わないか? 君はマグカップに入ったミルクで、俺はミネラルウォーターで乾杯するのも良いけれど、同じ物を分かち合ったらもっと幸せになれるかも知れない。はいと手渡されたカップを受け取りざまに触れ合う互いの指先と、包み込む同じボディーソープやシャンプーの香りが嬉しくて。跳ねた心と鼓動が、じんわりと熱さを灯し満ち広がった。


湯上がりに火照った身体には、ほんの些細な景色でも熱さに変えてしまう、不思議な力があるんだ。だから身体の乾きだけでなく、心を乙居着かせるためにも、癒しを落ち着きをもたらす冷たい水やミルクが必要なんだな。今の俺たちに必要なのは、心を透明に透き通らせるミネラルウォーター。そして全てものを優しく柔らかな色合いに変える、ほんのり甘いミルクの白だろう。

背を預けるキッチンの調理スペースに、コトンとマグカップを置く音が聞こえると、すぐ隣に感じる君の温もり。ふと視線を向ければミルクの紙パックを持った香穂子がいて、特別な日のシャンパンを注ぐように、お一つどうぞと悪戯で無邪気な瞳で語りかけてきた。リビングの照明を落とし、キャンドルライトの中で楽しむ特別な乾杯のように。


それでもぐっと迫るリアルな牛の顔に慣れず、難しそうな顔をする俺に、牛乳が苦手なのかと勘違いする君は、ちゃんと飲まないと駄目なのだと頬を膨らますけれど。このパッケージのどの辺りが可愛いのだろうかと、つい睨めっこをしてしまうのは秘密にしておこうか。大切なのはリアルな牛の可愛さではなく、君と一緒に飲むミルクの味なんだ。ありがとう・・・そう緩めた瞳と頬で微笑むと、いそいそと自分のマグカップを手に取り、見ている俺が幸せになれる笑顔を浮かべた。


「私の大好きなミルクと、蓮の大好きなヨーグルトを作ってくれる牛さんに感謝しなくちゃ。冷蔵庫の前がバーカウンターみたいに、素敵な空間になれるんだもの」
「君に手ずから注いでもらうと、特別な一杯になるから不思議だな。ワインやシャンパンよりも甘く酔わされそうだ。最初は行儀が悪いと君を諫めたこともあったが、すっかりこの場所が落ち着いてしまった。今夜はミルクで乾杯だな」
「ミルクは栄養があるだけじゃなくて、飲み物や料理を優しくまろやかに変えてくれる力があるよね。蓮の心や私たち二人が過ごす景色をパステルカラーに染める、元気で優しいミルクになりたいな。そう願いながら毎晩、お風呂上がりにミルクを飲んでいるの。朝起きたらミルク色になっているかも知れないし、一番身体に染み込む気がするでしょう」
「香穂子は俺にとって、欠かせない大切なミルクのような存在だ。コーヒーの堅いブラックもミルクが混ざれば、表情豊かなカフェラテや安らぎのカフェオレに変わる。俺の心や音楽を染めてくれるだけでなく、温かさを灯してくれたのは君だ。それに、ミルクにも負けない甘い素肌と唇は、やはり風呂上がりが一番美味しく思える」


真っ赤に染めた頬をぷぅっと膨らませ、小さく俯きながら恥ずかしがる香穂子に少しだけ重みを預け返し、愛撫をするように髪の毛をすり寄せる。こちらを向いてと見つめる眼差しと心で語りかけながら、揃いのマグカップを彼女の手元に差し出すと、雪解けから覗く芽吹きのようにおずおずと振り仰ぎ、やがて蕩ける微笑みに変わった。

両手にマグカップを包み持ちながら、甘えるようにこつんと肩先を寄りかからせてくる温もりが、日だまりのようにじんわりと包み込む。リビングのソファーではなく、キッチンの片隅であるこの場所は、特別な記念日ではなく、君がいて俺がいる・・・いつもの毎日に感謝する乾杯のひとときだ。


乾杯と互いに声を合わせ、瞳を溶け合わせながらマグカップを触れ合わせれば、カップの絵柄から弾けた小さな幸せが煌めきの星に変わった。自分のカップへ口を運ぼうとしたがふと手を止めて、香穂子の口元へ運ぶと意図に気付き、嬉しそうに吸い付き、子猫の君がミルクを飲んでくれる。そして今度は俺が身を屈めて唇を寄せ、君のマグカップからミルクを飲む番。無邪気な君流に言うと、同じ物を分かち合うのなら、こうして飲めばもっと美味しくなるのだろう?


言葉にしなくても恋愛のツボを押す事が出来たのは、だからミルクが大好きなのだと、満面の笑みを浮かべる君がちょこんと背伸びをして、ミルク味のキスをくれたから。バスタイムで過ごした時には熱いスキンシップ余韻を冷ましつつ、今夜の温もりと明日への力にかえるのは、ミネラルウォーターの時には味わえなかった、ほんのり甘いミルク色・・・気高さと親しみやすさを持つ君の色。


それは俺の心に真っ直ぐ伝わり、ほっとさせてくれる君の声であり、大好きな瞳や飾らない心。
ヴァイオリンの音色を生み出し、触れ合ういろんな気持をくれる大切な手の平。
飲み終わった後にどちらともなくほっと笑顔の吐息が零れ、幸せな気持が満ちるのは、君と育んだ心の欠片だから。

俺も、君にとって欠かすことの出来ないミルクになりたいと思う。