Merry Flower Xmas

リビングに入った途端に感じた、辺り一面に漂う深い自然の香り。何度も深呼吸したくなるその香りは、本物のもみの木が発するものだと、すぐに分かった。目を閉じて息を大きく吸い込むと、まるで森の中に居るような感覚に包まれる。



「蓮、お帰りなさい!」

リビングのテーブルで何やら熱心に作業していた香穂子が手を止めて、足早に駆け寄ってきた。家に着く前に電話をしたから、すぐに俺の帰宅に気付いたようだ。ヴァイオリンケースを足元に置くと、広げた腕の中に、笑顔でぴょこんと飛び込んできた軽い身体を受け止めた。

首に両腕を絡めて背伸びをした君に応えるように、少しだけ身体を屈めれば、柔らかい唇が軽く重なる。一瞬だけ触れた温かいそれは挨拶の・・・おかえりなさいと、ただいまのキス。


「ただいま、香穂子」

嬉しそうな笑顔を向けられると、唇から伝わる温かさが心に込み上げ、自然と笑顔を返したくなる。緩む目元と口元をそのままに、そっと抱きしめ返して自らも唇を重ねた。



ただし俺の場合はすぐには離さない、いや・・・離せないと言った方がいいかもしれない。
重なる唇の感触で何かが違うと察知したらしく、ピクリと硬く反応する身体を逃がさないようにと、強く腕の中に閉じ込める。

柔らかさを味わい、熱を伝えながら、何度も。
挨拶だから軽く済ませたいと思うのだが、たった1日とはいえ会えなかった寂しさと腕の中にある愛しい存在に、つい深まってしまう。後で真っ赤になって照れながら、頬を膨らまして怒ると分かっていても、こればかりは直りそうにない。


「んっ・・・・れ・・・んっ・・・・!」

息苦しさからなのか身を捩り始めたのを感じ、名残惜しさを残しつつも唇を離して腕を緩めた。開放された香穂子は予想通り顔を真っ赤に染めながら、頬を膨らませて見上げてくる。
精一杯俺を睨んでいるんだろうが、潤んだ瞳を向けられても余計に愛しさが増すだけなんだと、分かっているのかいないのか。
どんな顔をしても可愛いから、もっといろんな君を見せて欲しいと思う。


「もうっ・・・挨拶のキスは軽くでいいのにって、いつも言ってるでしょ! 行ってらっしゃいの時もそうなんだもの・・・。もう、してあげないよ!」
「それは困る。仕方ないだろう、君を手放したくなくて・・・愛しくて堪らないんだ。会えなくて寂しかったのは、ひょっとして俺だけなのか?」


うぅっ・・・と唸って俯くけれども、再び背伸びをして、ふわりと柔らかい唇を重ねてきた。
今度はしっかりと、けれどほんの一瞬だけ。
前に組んだ両手の指先を、もじもじと所在なさげに持て遊びながら、更に赤みの増した顔で上目遣いに見上げくる。


「これ以上は・・・今は駄目だからね・・・」
「では、後ほど?」
「・・・蓮のエッチ!」


吐息と共に甘く囁けば、今にも湯気が出そうな顔をプイと逸らして、背中まで向けてしまった。どうやら拗ねてしまったのか、恥ずかしさからなのか。そんな香穂子に込み上げる小さな笑いを堪らえて、背後から優しく抱き包んだ。




「何をしていたんだ?」
「クリスマスのリースと、ガーランド(花綱)を作っていたの。やっと完成したんだよ」

するりと腕の中から抜け出すと、見てみてと言いながら嬉しそうに俺の手を引く。まるでホールの中央へワルツを誘うように、両手を取って軽やかな足取りで。


アドヴェントを迎えて、各家庭ではテーマを決めた飾り付けが行われている。玄関や通りに面した窓辺などは、見ているだけでも心浮き立って楽しいものだ。我が家でも準備が始まったが、楽しいと張り切っているのは俺よりも香穂子。クリスマスカードを出したりクッキーを焼いたりと、どの家も同じようだが、主婦はなかなか忙しいらしい。


テーブルを汚さないようにと敷かれた透明なビニールシートの上には、大きな丸いクリスマスリースと、同じくもみの木などの針葉樹を繋いで作った長いガーランドが置かれていた。リースは赤と金を基調に、俺たちの身長以上の長さがあるガーランドは、青と白を基調にして、リボンやオーナメントをふんだんに使い、華やかに装飾されている。


出窓を見れば敷き並べた赤いポインセチアの葉の上に、指の長さほどの小さな木工人形が飾られていた。白い服を着て、ヴァイオリンを奏でている二人の天使たちが。その傍らには、シャンパンカラーのバラとスケルトンリーフを纏った、ゴールドのキャンドルアレンジメント。

まるで明るい光の下で、天使がクリスマスキャロルを奏でているようだ。
小さな彼らに重ねているのは俺と香穂子なのだと、一目見て想いが伝わってきた。
どんな気持ちで並べていたのだろう・・・そう想うと、胸が熱くなってくるのが分かる。


「素敵だな・・・綺麗に出来たじゃないか。毎日少しずつ頑張った甲斐があったな」
「ありがとう、蓮にそう言ってもらえて嬉しい。今年こそはね、どうしても自分で作りたかったの。それで、お隣やお向かいの奥さんたちに教えてもらったんだよ。随分前からコツコツやってたとはいえ、初めてだから時間掛かっちゃった」
「そんなことはない。自らの手で迎えるからこそ、きっと楽しいんだと思う。俺の方こそ、ありがとう」



リースやアドヴェントクランツも、ドイツではその家の母親や婦人が手作りをするのがほとんどで、母親から娘へと手作りのいろいろなものが伝えられるようだ。香穂子の場合は、仲良くなったご近所の婦人たちから教えてもらっているという。招かれた先でドイツの文化や家庭について教えてもらう傍ら、代わりに近所の人々を自宅に招いて日本のことを教えたり、ヴァイオリンの演奏を聴かせたり。時には俺を交えて、我が家は小さなコンサート会場になることもある。



「香穂子のお陰で、我が家もだいぶクリスマスらしくなったな」
「よそのお宅は家の中まで凄いんだよ、びっくりしちゃった。でもウチは二人分だから、派手じゃなくてもいいよね。蓮と一緒なら、ささやかにお祝い出来る程度でも十分かなって思ったの」
「俺も、そう思う。大切なのは、気持ちだから」

月森は瞳を柔らかく和ませて、見上げる香穂子に微笑みかけると、同じように様に微笑を返してくる。


「クリスマスの用意って楽しいね。手作りだからっていうのもあるけど、色にしても小物にしても、一つ一つにちゃんとした意味があるでしょう? 意味とか背景が分かる度にワクワクするの」
「音楽と一緒だな。曲の背景や作曲者についてとか・・・楽譜に込められた想いを探る中でバズルのピースが少しずつ埋まっていくと、音楽はどんどん楽しくなる。一つ一つ分かるのが楽しいし、それが自分の中に溶け込んでいくのはもっと楽しい。クリスマスも一緒という事か」
「そうなの、音楽と一緒! もっと知って、もっと楽しくなりたい。こういう楽しいのって大好き」



赤はキリストの血、白は純潔、緑は生命感、青は聖母マリアの色、ゴールドは三賢者の贈り物で太陽や豊かさの象徴・・・。
馴染みのあるクリスマスカラーだけでも、こんなに沢山意味があるのだ。



製作者である香穂子は作り上げたリースとガーランドを、まるで生み出した我が子のように愛しい眼差しを向けている。幸せそうな微笑を横に見ながら、テーブル一杯に広がる長いガーランドに、手伸ばした。

もみの葉にしっかり結び付けられた、ブルーに光る丸い玉のオーナメントと、白くカラースプレーされた松ぼっくり。そっと触れると、隣からクスリと小さく笑う声が聞こえた。
何事かと振り向けば腕にキュッとしがみ付いてきて、悪戯っぽく瞳を輝かせながら質問を投げかけてくる。


「丸いリースは、太陽とか永遠っていう意味なんだって。ねぇ、この・・・ガーランドの意味って知ってる?」
「いや・・・・」
「繋いで一つになるって意味なんだよ。何だか・・・こう・・・くすぐったい感じがしない?」



そんな意味があったのか・・・・。
クリスマスリースは太陽・・・だから赤い装飾。それは君の事なのだろう。
では、繋いで一つにするという意味のガーランド。
リースと揃いの赤でなく、わざわざ青い色をメインにした訳は?



・・・・・・参った。


照れを隠すためか、甘える子猫のように頭を擦り付けてくる仕草にも、くすぐったさというか甘い痺れを感じるのだけれども。それ以上に本当に胸の中がくすぐったくて、顔にも身体にも、熱さが込み上げてくるようだ。


リースが香穂子なら、きっとガーランドは俺。
ガーランドが繋ぐものは物と物だけでなく、人の想いを・・・そして人と人をも繋ぐのだろう。





「俺も・・・とても楽しい」
「蓮?」

ポツリと小さな呟きに腕にしがみ付いたまま、きょとんと顔を向けてくる。

「香穂子のいう様に、意味が分かるとクリスマスが前よりも楽しみになったよ」
「本当!?」
「一つ分かると、もっと知りたいと思う・・・そうすれば一緒に楽しめるだろう?」 


知りたいのはクリスマスについてだけでなく、君の事も。
もっと好きになりたいし、一緒の暮らしが更に楽しくなるはずだから。


「出来上がったリースとガーランドを玄関に飾りたいんだけど、私じゃ届かなくて。帰ってきたばかりで申し訳ないんだけど、蓮に手伝ってもらっていいかな?」
「もちろん構わない。長い方は大変だろうから、俺が持とう」
「私のデコレーションの出来栄えは、何点くらい?」
「100点満点。いや、最後は俺も一緒に飾るから、二人合わせて200点万点かな」
「やった〜凄い嬉しい! ありがとう、蓮」
「かっ・・・香穂子!?」


飛びつくように、チュッと音を立てて頬にキスをした。
余程嬉しかったのだろう。頬とは言え突然のキスに同様を隠せず驚くものの、上目遣いの照れてたような小さい笑顔に、自然と口元が綻んだ。
完成したリースとガーランドをそれぞれ手に取り、玄関へと向かう。




赤いクリスマスリースと、青いガーランド。
揃って飾られる、それらに込められた願いは。


心も身体も何もかも・・・。
二人がずっと一つ一緒であります様に・・・。