迷い子たちのクリスマス・キャロル 〜another Eteruno〜
-------香穂子がドイツに来たら、一緒にクリスマスツリーを飾ろう・・・本物のもみの木に。
受話器越しに笑顔を弾けさせ飛びつきはしゃぐ君を、見えない手で抱き包止めながら、不思議と手に温もりが感じられた。子供じみていると笑われるかと思っていたが、今からあれこれ想像を膨らまし始める香穂子に、嬉しさと安堵感が込み上げ緩む頬が止められずに、遠い君へと微笑みを注ぐ。
早く君が喜ぶ顔が見たいと、期待が膨らみ心が躍り弾むのは何故だろう。
一緒に飾りをつけて眺められたらどんなにか楽しく、温かいだろうか。
大人になるにつれて・・・一人ドイツに留学してからは必要が無かったクリスマスツリーを飾ろうと思ったのは、久しぶりの再会を前に香穂子の言葉を思い出したからだ。リースやツリーの飾り付けや料理などに一生懸命だった彼女は、クリスマスは年齢に関係なく誰もが心を弾ませる日だから、その喜びをもっと大きくしたいのだと。
俺の喜び君の喜び、そして二人で紡ぐ一つの喜び。
ならば海を隔て離れていた俺たちの、久しぶりの再会の喜びも共に歌い大きく膨らまそう。
* * * * * * *
今日はクリスマスイブも一週間前と迫った休日。ドイツへ初めてやって来た香穂子の街案内も兼て、クリスマスツリーにするもみの木を買い求めるべく二人で花市を訪れた。香穂子とクリスマスマーケットを散策中に偶然会った友人に、ツリーを買うなら花市が良いと勧めれたのだが、確かに種類も数も多く選択に困ってしまうほどだ。
運河沿いの花市はクリスマスには欠かせないポインセチアやリース、もみの木を扱う店が所狭しと軒を連ねて並び、一年中色とりどりの花や植物で溢れている。曜日によっては鳥も加わるらしく、訪れる人を楽しませててくれるだけでなく、暮らす人々にとって欠かせない憩いの場となっているようだ。
ツリーにするもみの木を求めようと、休日という事もあり家族連れやカップルで花市は賑わいを見せている。はぐれないように、しっかり香穂子と手を繋ぎながら眺めれば、どの花よりも綻ぶ君の笑顔が一番愛らしい。
買い求めたもみの木をカートに入れて運んだり背負ったり、車に積み込む姿も多く見受けられた。もみの木が立ち並ぶ隙間からは運河にかかる石造りの橋や建物が顔を覗かせ、遊歩道の土手や急勾配の三角屋根は薄っすらと被る雪で染め上がり、白く厚い雲に覆われた空と一つに溶け合っている。
空を見上げれば、いつのまにか降り始めた小雪が優しく街へ舞い降りていた。
近年は人口のもみの木を使用する人もいるが、ヨーロッパの大多数の人が好むのは自然のもの。根を切り落としたものや付いたままのものがあるが、どれも木の台座にしっかり固定されているので安定感がある。後は好きな場所に置き、好みで装飾するだけ。松かさやとうがらしなどバラエティーに飛んだリースや、カラースプレイで化粧を施した色とりどりのもみの木に目を奪われる香穂子は、白も素敵だし青も素敵と目に映すたびに立ち止まって真剣に悩んでいた。
「いっぱいあって迷っちゃう。蓮くんの家にはどんなのが似合うだろう? 私ね、リビングの天井くらいまである大きいのが良いな〜。ツリーの根元にプレゼントを置くのも素敵だなって思うの。ねぇ、蓮くんはどの木がいい?」
「香穂子が好きなものを選ぶといい。だが俺が持って帰れるくらいの、程よい大きさにしてくれ」
「それじゃぁ、答えになってないよ。いっぱい飾り付けをしたいから、大きいのが良いんだけどな〜」
振り仰ぐ君に、香穂子の好きなものでと微笑みつつそう言えば、答えになっていないと頬を脹らませて益々困らせてしまう。結局二人で選んだのは形や枝ぶりも良く、持ち帰りやすいように腰までの高さをした小ぶりなもの。
車やカートで運べば楽だが、生憎どちらも無いので俺が手に抱え持ち帰る事になった。
枝の隙間から前を見るのも不自由だが、後ろは更に心配で。彼女がちゃんと付いてきているか心配しながら、時折肩越しに振り返る。枝が張ってかさばるもみの木のお陰で、隣にぴったり寄り添い並ぶ事が出来ないのが唯一の悩みの種だ。俺の少し後ろへくっついている香穂子は、袋いっぱいに買い求めたオーナメントを嬉しさを押さえ切れない様子で大事そうに抱えている。二人で話し合って考えたイメージを形にすべく、オーナメントの飾り一つ一つ手に取りながら選んでいった宝物たちだ。
あれは何?これは何?と興味深げに背中から質問を投げかけ、それだけならいいのだが・・・。突然立ち止まって眺めたり、珍しさと興奮できょろきょろするばかり。
俺にとってはようやく暮らし慣れた街でも、香穂子にとっては初めて訪れた旅。デートと同じくらい、観光気分も大きいのだ。どんな時でも君から目が離せないのは、時を経ても変わらないらしい。
初めてドイツを訪れ土地勘も分からない香穂子と、ここではぐれてしまったら大変な事になってしまう・・・。先程よりも開きかけた距離に冷や汗さえ覚え、眉を寄せた視線に気づいた香穂子がふわりと笑みを見せて駆け寄った。
「蓮くん重くない? 疲れたら言ってね、どこかで一休みしよう?」
「かさばるけれどそれ程重くはないし、大丈夫だ。香穂子こそ、すまないな」
「どうして謝るの?」
「君と腕を組んだり手をつなぎたくても、俺の両手が塞がっているから。それにツリーのお陰で隣にも並べない」
「隣に並ぼうとすると、距離が離れちゃうでしょう? だから後ろの方がくっついていられるの。蓮くんの背中がとっても安心する。蓮くんが目の前にいるんだなって、嬉しくなっちゃうの。私の顔は緩みっぱなしなんだよ」
「俺からは君が見えないのが残念だ。だからこそ不安なんだ・・・人ごみではぐれないように、気をつけてくれ」
「抱きかかえてるツリーが空を歩いているみたいで、直ぐに分かるもん。大丈夫、ちゃんと迷子にならないようについて行くからね。じゃぁ、これならどうかな?」
抱えていたオーナメントの袋を片手に持ち直し、空いた方の手で俺のコートの背を掴んでしっかりと握り締めた。
ここにいるよと知らせるように数度軽く引っ張り、ね?と小首を傾け愛らしい笑みを向けてくる。手は繋げないがちゃんと君と繋がっている・・・ツリーを抱えた俺の手だけでなく心の中まで伝わる温さに満ちるようだ。白い空から降る雪が人々の賑やかさを吸い取り静寂へと包みながら、手に抱えた緑のもみの木を白く染めてゆく。
風に乗った雪が傘を持っていない髪を次第に重く濡らし、雫を滴らせて。
「雪がだいぶ強くなってきたな、少し急ごうか。香穂子、寒くは無いか?」
「雪が降ってても全然寒く無いの、楽しくてウキウキしちゃう。数年ぶりにやっと会えたのがクリスマスだなんて、ロマンチックだよね。しかも本場のドイツだよ! 私クリスマスに蓮くんと一緒にやりたい事がいっぱいあったの。でもこっちに来てから、もっとたくさん増えちゃった。蓮くん、ありがとう」
「俺も・・・雪や寒さは毎年変わらない筈なのに、香穂子が居てくれるだけで冬が暖かく感じられる・・・」
肩越しに振り返れば雪避けにとコートのフードを被った香穂子が、縁取るファーに包まれながら白い吐息を浮かべていた。再び前をみて歩き出せば、クリスマスソングを口ずさむ彼女の楽しげな歌声が背中に響き、歌や歩くリズムに合わせてコートを引っ張る手が、足取り軽く弾んでいるのを教えてくれる。
しかし、暫くすると背中から伝わる気配が妙に寒く、広い空間を感じさせる静けさと軽さが漂い出す。外れないようにと俺の背中を掴んでいた筈なのに、引っ張り掴んでいた感覚も伝わる温かさも歌声も・・・何もかもが消えてしまっていた。そう、香穂子の気配が無くなっているのに気づいたんだ。
まさか、そんな・・・・・。
はぐれたとは思いたくないが、焦りと不安で高鳴り出す鼓動を深呼吸で抑えてから、大丈夫だと心に言い聞かせて。流れる人ごみの中で脚を止めゆっくり振り返ると、嫌な予感通りに香穂子の姿がそこには無かった。
しまったっ・・・いつの間にはぐれてしまったのか。そうだ、携帯は!
もみの木を片手で抱えなおしてポケットから携帯電話を取り出したものの、表示は圏外で途方に暮れてしまう。
比較的治安は良い方だが万が一彼女の身に何かあったらと思うと、息苦しさで目の前が真っ暗になり、血の気が遠のきそうだ。なぜ早く気づかなかったのか、どうして君は手を離してしまったのかと自分を責めても見つかる訳も無い。まだそれ程時間は経っていないから彼女は近くにいるに違いない、とりあえず来た道を戻ろう。
はぐれた場所から動いていないといいのだが・・・。
眉根を寄せて唇を強く噛み締めるとくるりと踵を返し、人の流れに逆らいつつ来た道を戻り始めた。
周囲に目を配ろうにも抱え持ったもみの木が視界を塞ぎ、走りにくくもどかしい。これを抱えていなければ、香穂子とはぐれる事も無かったのかと苦しさが込み上げるが、ツリーのせいじゃないだろう?と心に問いかけた。
君に会いたい、この腕に抱き締めたい・・・共に過ごす時を切に願いながら耐えた日が蘇る。
ヴァイオリンも暮らしも気持も何もかも、ようやく君を呼び寄せられたんだ。
大切な香穂子とクリスマスを過ごしたくて、喜ぶ顔が見たくて、一緒にツリーを飾ろうと言い出したのは俺。
香穂子と一緒に選んだもみの木は、その象徴といえるだろう。
本物のもみの木に飾るのは初めてだと、日本にいる時から電話口に嬉しそうにはしゃいでいたのだから。
心地良さそうに何度も深呼吸して、自然の香りを胸いっぱいに吸い込んでいた姿が蘇る。
もう二度と離したくないと思っていた矢先に、側にいながら君を手放してしまった後悔と恐怖。
流れる人の中でまた俺は一人になるのかと、押し寄せる暗闇に飲まれそうだった。いや・・・俺よりも、知らない街で一人でいる香穂子の方がよっぽど心細いに違いない。どうか無事でいてくれ、俺が直ぐに見つけるから。
「・・・・・・っ、香穂子!?」
突如差し込んだ光りのように、心の中へ直接言葉が響いてきた。すっと心に染み込むその声は、探していた香穂子のもの。寒さに凍えて心も身体も震えながら俺を必死に呼ぶ声に高鳴る鼓動が弾け、駆け出す脚よりも気持だけが先に逸ってしまう。立ち止まって周囲に目を凝らすと、歩いてきた通り沿いにある店の窓辺にポツンと佇み、人待ちをする香穂子の姿。舞い降る雪を避けようと軒下にいるものの、吹き込んだ雪がコートや髪に薄っすらと積もり、濡れて冷たく滴らせていた。
やっと君を見つけた・・・俺はここにいる、どうか気づいてくれ!
「------香穂子っ!」
「・・・っ、蓮くん!?」
途方に暮れて寂しそうに俯いていた香穂子が、俺の呼びかけにパッと顔をあげ、声のする方向に目を凝らし必死に探している。人を掻き分けながらもう一度名前を呼びながら駆け寄ると、見つけた嬉しさと安堵感に大きな瞳を潤ませ、くしゃりと歪んだ頬のまま真っ直ぐ駆け寄ってきた。周囲の視線などいつもと違って全く気にならず、目に入るのはたった一人の姿だけ。香穂子が待っていた店先に駆け寄り足元にもみの木を置くと、背と頭を攫うように腕の中へ深く閉じ込めた。
顔を胸に埋めながら背中に強く縋りつく腕の強さと、閉じ込めた腕の中にある確かな温もりと柔らかさ・・・確かに君はここにいる。小さく震える身体を抱き締め返して、濡れそぼった髪に顔を埋めながら,、涙を堪える背中を優しく撫でてあやし続けた。俺はここにいると、抱き締める強さと温もりで存在を伝えると、震えていた吐息や緊張で固まっていた体が、次第に柔らかさを取り戻してゆく。
「良かった・・・見つけた。香穂子が無事で良かった」
「蓮くんごめんね。迷子になるなんて、恥ずかしいよ・・・」
「いや君のせいじゃない、配慮の足りなかった俺のせいだ。初めて来た何も分からない場所で一人・・・心細かったろう? 寂しい想いをさせてすまなかったな」
胸元からちょこんと振り仰ぐ、潤んで光りを湛える目元を月森の指先が拭い、柔らかな微笑を返す。髪に積もった雪を丁寧に払い退け、手櫛で整える指先の感覚に、くすぐったそうに瞳を細めて委ねる仕草に頬を両手で包み込むと、ゆっくりと互いの身体を離してゆく。くすんと鼻をすすった香穂子は、ほんのり染まった頬のままで恥ずかしそうに、手の中でぎゅっと握り締めていた物を月森へそっと差し出した。
「あのね、道に落ちていたこの子を見つけたんだよ・・・。ちゃんと蓮くんの背中を掴んでいたんだけど、それでつい手を離しちゃったの。気を取られていた隙に、人ごみに飲まれて離れちゃった。心配かけてごめんなさい」
「これは熊の縫いぐるみ? 小さいからオーナメントだろうか?」
香穂子の手の平にあるのは、両手で包み隠せるほどの小さな熊の人形だった。雪や泥にまみれてしまっているが、薄い茶色の滑らかそうな毛並みと首には赤いマフラーを巻き、頭にも白いファーのついた赤い帽子を被っている。頭についていた白い紐が途中で千切れてるのを見ると、持ち主の鞄から落ちてしまったのだろう。道に落ちた際に汚れたか踏まれたのだろうか、雪に湿った泥汚れが悲しく痛々しい。
俺には気づかなかったが香穂子には、この熊の呼び声が聞こえたんだな。
傷付いた心と身体を労わるように、そっと大切に両手へ包みむと、愛しさを込めた眼差しを注いでいる。
「踏まれそうっ!って思って、とっさに手を伸ばしたの。迷子になって独りぽっちなのに、いろんな人の足に蹴飛ばされて転がって、悲しそうな顔して泣いてたんだよ。私が見つけたよ、もう大丈夫だよって・・・拾って抱き締めたら今度は私が迷子になっちゃった」
「香穂子も・・・いや俺も、この熊の人形と同じになってしまったな。君は俺からはぐれ、俺は君からはぐれて互いに一人だった。持ち主は今頃心配しているかもしれないが、この熊は香穂子に見つけてもらって幸せそうだ」
「私は、ちゃ〜んと持ち主に見つけてもらえたよね。蓮くんに見つけてもらって良かった、会えるって信じてたの。迷子になったら動かない方がいいのかなって、思いだしたんだよ」
「場所を動かないのが幸いだったな。香穂子が何処へ行こうとも、絶対に見失ったりしない。俺が一番最初に見つけるから・・・その前に、もう君を手放さない」
「蓮くん・・・・・」
じっと見つめたまま言葉を詰まらせると指先で目尻を拭い、雪をも溶かす太陽のような笑みで振り仰いだ。
ありがとう・・・と甘い吐息に乗せた白い綿を生み出し、俺へと届けながら。店の窓辺に飾られた個性の塊のようにおどけたサンタクロースや、白いニットの人形は温かさに綻ぶ顔が愛らしい。楽しげにそり遊びをする雪だるまたちや、ガーランドから糸で吊るされた木彫りの天使が宙を舞う。賑やかな玩具たちがずっと香穂子を慰め、見守ってくれていたのだ。
熊の人形を助けたくてはぐれてしまった理由も、俺を待っていた場所も、香穂子らしいと頬を緩めずにはいられない。心の中で窓辺に遊ぶ彼らにも感謝を述べると、温かな祝福の微笑が返ってきたように見えた。
「周りは外国人ばかりで、知らない街に一人ぼっち。それがこんなに心細いとは、思っても見なかった。どうにも動けなくて、もしも会えなかったらって思うと怖くて寒くて・・・駆け出したいのをぐっと堪えてたの」
「早く私を見つけて・・・蓮くん私はここだよと心に響く香穂子の声が聞こえたんだ」
「嬉しい! この子が私を呼んだように、蓮くんにも届いたんだね。ドイツで独りだった蓮くんも、こんな気持だったのかなって、この熊の人形を握り締めて見つめながら、ずっと考えていた。寂しくて暗くて心が凍ってしまいそうで・・・でも大丈夫だよって励ましながら。香穂子って私の名前を呼んで蓮くんが現われた時、どんなに嬉しかったか言葉では伝えきれないよ」
「香穂子・・・・・・」
「ふふっ、迷子の蓮くんは、私が見つけたよ。蓮くんが私を見つけてくれたようにね」
光りを湛えた瞳で真っ直ぐ射抜かれ、噴出した熱さが身体中に満ち溢れてくる。ふわりと優しく微笑みかけると、手に握っていた小さな熊の人形を俺に託してきた。受け取った俺の手の平ごと、両手でしっかりと包み込んで。
俺がずっと欲しくて捜し求めてきたのは、この手の温もりだったのだと、優しさが生まれる温もりと微笑みが気づかせてくれた。
見知らぬ異国の地で、たった一人。世界の広さと自分の小ささを思い知り、暗闇と流れに揉まれながら、光りを求めて手を伸ばしつけていた。そう・・・この熊の人形は、俺自身-----------。
「俺を見つけてくれて、ありがとう」
側にいてもどんなに遠く離れていても、香穂子の事を想うと優しく強くなれる。
独りぼっちで暗闇にいても、君という想いの光りが迷わないように明るく照らしてくれた。
いつかきっと会えると思うから、どんなに寂しいで時も挫けずに頑張れたんだ。
一緒に未来を築く、君と俺の為に・・・。
リビングの窓辺に置かれたもみの木のクリスマスツリーは、昼間に二人で花市へ出向いて買い求めたもの。
本物のもみの木が与えてくれる深い自然の香りが部屋に満ち、安らぎを与えてくれて何度も深呼吸したくなる。
良い香りだなと瞳を細める俺に、ふと手を止めた隣の香穂子も瞳を閉じ、心地良さそうに頬を緩ませ緑の香りを胸いっぱいに吸い込んだ。
クリスマスツリーの根元に置かれた大きな袋から香穂子が取り出したのは、丸い金色のリングの中央でホワイトスターに囲まれた天使のオーナメント。赤い服を身に纏い白い羽根で羽ばたく、穢れ無き純真な少女。
紐を持ち上げると木製の人形がくるくると動き回り、手に持った白いベルの音が涼しげに奏でられた。
透き通る音色が染み渡り、じっと俺たちを見つめるあどけない天使の少女にも、雪の音みたいだねと揺らしながら笑みを浮かべる香穂子にも。どちらにも、心が洗われる・・・。
「香穂子、この林檎の飾りは、どの辺りへ付けたらいいだろうか?」
「蓮くんの好きなところへ付けてね。だって私と蓮くんの完成予想図は、頭の中でもきっと同じだもの。決まった場所があるのは、てっぺんにあるお星様だけ。飾りたい場所に好きなだけつけるから、楽しいんだよ」
ツリーに飾られてゆく楽しげで鮮やかなオーナメントたちは、金や銀のボール、松かさやリボンやリボン、赤い服をまとって白い羽根を生やした木彫りの天使たち。キャンドル形のライトが枝たちに止まり、オレンジ色の光りを放っている。では好きなところに・・・そう言って手近にあった枝に結びつけると、嬉しそうに笑みを咲かせて頷く君が林檎のすぐ近くに、手に持っていた人形を寄り添わせた。ふとした拍子に触れ合う互いの指先や、吐息がかかる近さで交わす視線に、どちらともなく微笑が生まれ甘さが漂う。
「そうだ、この子も飾らなくちゃ!」
そう言って手に取ったのは、手の平サイズをした小さな熊の縫いぐるみだった。彼女が道で見つけた迷子の子熊は泥汚れも綺麗に落とされ、ちぎれた結び紐も代用の紐で付け直されている。大切そうに両手で包むとツリーを背に高く掲げて、どこに飾ろうか?と熊へ語り掛けていた。
毛並みも整い見違える程に生まれ変わった熊の人形には、見つけた時の悲しさは消え笑顔さえ浮かんで見えるようだ。それとも、君の笑顔を映しているからなのだろうか。
縫いぐるみが笑って見えると言ったら、きっと君は可愛いといって笑うだろうから、心の中だけで黙っていよう。
夜の帳が降りたリビンクの窓越しに映るのは、クリスマスツリーの飾りとキャンドルライト。
そしてほのかに照らされた頬を緩めて楽しげな君。隣へ肩を寄り添わせ、瞳と頬を緩めて見守る自分の姿が何とも言えずくすぐったい。膝立ちをしたまま飾る位置を決めて手を伸ばす香穂子の背後から、包むように覆い被さり抱き締めると、ピクリと身を震わせる香穂子の白い首元に触れるだけのキスを贈る。
「どこへ飾るんだ?」
「あ、あの・・・蓮くん・・・・。え、えっと〜ちょうど真ん中辺り。手の先・・・目線の高さにある枝に飾ろうと思うの」
「分かった、じゃぁ一緒につけようか」
背後から抱き締め、服越しに触れ合う肌で温もりを伝ながら、小熊を持ったま真っ赤になって固まる腕に手を重ねた。腕の中で恥ずかしさに頬を染める横顔に、甘く苦しい炎が胸を焦がし、高まる鼓動が走り出す。俺も君も手元が覚束無いが、そんなじれったさもくすぐったくて心地が良く、時間を掛けてもみの木のに紐を結びつけた。
肩越しに振り仰ぎ絡み合う熱い視線と、引寄せ重なる互いの唇。
君は背伸びをして俺は身を屈めて・・・閉じられた瞳は共に未来を紡ぐ扉を開く合図。
迷子の小熊は、きっとクリスマスを伝える使者なのかもしれない。
俺たちの過去や現在を映し出し、そして未来をも届ける為の-------。