マフラーに包まれて

寝室の続き部屋になっているリビングルームには、大きな窓から朝の透明な光りが降り注いでいる。
肘掛や背もたれが片側だけにある窓辺のカウチに身をまかせ外を見ると、冬枯れで葉を落としてしまっているけれども豊かな木々や、寒さの中でも色を失わない花や緑が溢れていた。

ここは賑やかな街中である事を忘れさせてくれる静けさに包まれた、豊かな緑の中に建つ左右対称の均整取れた白亜の館。ヨーロッパの中でも古い王政時代に、王様が使っていた狩猟の館が、時代の流れと共にレストランやホテルへと姿を変えていった建物なんだって。

品のある隠れ家でありながら、温かい内装や色合いが優しさを感じさせてくれる。一歩ロビーへ脚を踏み入れた瞬間にわっと驚きを感じたのは、館全体に音楽が溢れていたからかな。しかも現代音楽でもなくて、適度にクラシック。楽器の音色とは少し違うんだけど、例えば立派な額に飾られた古典的な絵画と、近代的な花飾りのコラボレーションなど。どれもメロディーやハーモニーがあって、身も心も弾んでくるの。

嬉しい何かがありそうな予感を、私に伝えてくれる。



『年末年始は二人でのんびり、お家で過ごせたら良いね・・・一緒に新年を迎えよう』

そう蓮と話していたのに、演奏活動で忙しい彼は相変わらずお仕事だった。
クリスマス休暇が終ったらすぐに活動の拠点であるドイツを離れてしまい、年末はジルヴェスター、年始はニューイヤーのコンサートと国から国へと飛び回っている。行き先はどれも同じヨーロッパで陸続きとはいえ、それらの距離は、結婚してから一緒に暮らしているドイツの家からはだいぶ遠い。


蓮が留学していた時みたいに、海を隔てていないだけ良いのかな・・・。
違う国とはいえ飛行機だったら、東京と沖縄よりも早くて近いじゃない。
それに新幹線で大阪行くよりも、早い時間で隣の国まで飛んで行けちゃうんだから。


一年の最初って大切な節目だから蓮と一緒に過ごしたかったけど、クリスマスにたっぷり時間を取ってもらったから我侭は言えないよ。私だけじゃない・・・世界中の皆が蓮の演奏を待っているんだもの。
寂しくないよと心に言い聞かせて笑顔で隠し、言ってらっしゃいと見送る私に、彼も何処か切なげに微笑んでいたっけ。微かに残った温もりを求めるように指先で唇に触れれば、行って来る・・・そう言いながら重ねたキスが、いつもより熱く蕩けそうだったのを覚えている。


目を閉じて浮かんでくるのは、はにかんだようなあなたの笑顔。
影を落とす長い睫毛、柔らかい唇、そして私を熱くするあなた自身・・・。
記憶の中に刻み込まれた熱が、ついさっきの出来事のように蘇ってくるの。


誰もいない部屋で一人、蓮が奏でるヴァイオリンのCDを聞きながら彼を想う。
自分を抱き締めるようにうずくまって新年を迎えていた私に、一通の速達が届けられたのはそんな時だった。

見慣れた筆跡で書かれた差出人は月森蓮・・・私の旦那様から私に宛てて届けられたもの。
嬉しさのあまりに鼓動が急に走り出し、焦り震える手で封を切ると、中に入っていたのはヨロッパのとある都市へ向けた一枚の航空券。そして新年の挨拶と共に添えられた、簡素だけれどストレートに想いを綴った、彼らしい直筆のメッセージ。どうしよう、凄く嬉しい!


航空券が示す場所はドイツ国内でもなく、コンサートが行なわれる他のどの国とも違っている。一度は行って見たいと思っていた観光都市のものだ。手紙を読めば、つまり蓮が仕事を終えた後に真っ直ぐ帰らずちょっと寄り道をして、国を離れての待ち合わせデートをしようという計画みたい。それって凄く素敵、もちろん行くよ!

早く香穂子に会いたい・・・向こうで一足先に待っているとの文面を何度も読み返して、手紙にキスをして。
私も会いたい・・・今すぐに飛んでいきたいの。こんな気持になるのは、結婚前に離れていた時以来なんだもの。
いてもたってもいられず急いで荷物をまとめ支度をした私は、蓮が待っている場所へと旅立った。
空港で出迎えくれた彼に嬉しさのあまり飛びつき、互いにしっかり抱き締めあって・・・約二週間ぶりくらいの再会を果たしたのがつい昨日のことだった。


初めて来た街なのに観光もせず、せっかく素敵なホテルなのに雰囲気も堪能する余裕も無くて。急かされるように互いを求めてしまったた熱い夜から一夜開けて、ようやく落ち着きを取り戻した感じがする。身体は重いけどぐっすり眠れたのは久しぶりなんだもの、私にはやっぱりあなたの温もりが必要なんだって思う。



早く起きてこないかな・・・。


いつも朝が弱い上に疲れているのか、蓮はまだ寝室でぐっすり眠っていた。ハードなスケジュールがようやく一息ついて、休める時が来たんだもん。お寝坊さんだねって言いたいけど、今はゆっくり休んで欲しいなって思う。
でもそのお陰でプレゼントを渡せる用意ができたから、ちょっと感謝しなくちゃね。

膝の上に置いた少し大きめの紙包みへ緩めた眼差しを注ぎ、大切な宝物に触れるように・・・そっと手の平で撫でた。ラッピングも私のお手製なら、中身も手作りなの。薄い水色のラッピングペーパーに包まれているのは、手編みのマフラーで、星が輝く夜空のような紺とも藍ともいえる深い色合いの毛糸を使ったの。蓮が仕事に行っている間を見計らって、こっそり内緒にコツコツ編み続けていたんだよ。


本当はクリスマスに渡すはずだったのに、初めてだから手間取っちゃって新年のプレゼントになってしまった。
完成する前に春が来たらどうしようって最初は不安だったけど、やっているうちに楽しくて、夢中になってしまったの。まだまだ寒い日が続くから良いよね、間に合って良かったなと思う。


似合うかな、喜んでくれるかな。


渡した時や身に着けてくれた姿に想いを馳せれば、自然と心が浮き立ち頬が緩んでしまう。
蓮が私をいつも喜ばせて幸せにしてくれる・・・今みたいに突然の嬉しい贈り物で心にときめきや感動をくれるから。私もあなたに心を込めて、ありがとうって伝えたい。




脚を伸ばして横になるように寛いでいたカウチ(寝椅子)から身を起こし、背もたれの無い普通の椅子として腰掛けなおすと、背中からふわりと優しい温かさに包まれた。肩越しに振り返れば頬と頬が触れ合いキスをして、おはよう・・・と耳元で囁く彼の声。一瞬鼓動が跳ねて固まった私の頭を包み攫うように引寄せると、柔らかい唇が重なりおはようのキスをしてくれる。身体を預け背後から覆い被さるように、肩から前に回された腕に抱き締められながら。首元を這うしなやかな髪が擦れるくすぐったさと、埋める頬の心地良さに目を細めた。


「おはよう、蓮。ぐっすり休めた?」
「あぁ・・・。いつのまにか君が、俺の腕から抜け出していたのにも気づかないくらいに」


久しぶりなのに目が覚めたら香穂子がいなくて寂しかったと・・・いつも私が蓮に向かって拗ねているセリフで、琥珀の瞳を悪戯っぽく揺らめかせた。背後から抱き締められる腕にぎゅっと力が籠り、引き締まった背中に押し付けられて。囁く吐息が耳元を掠ると、生み出した熱が耳朶や頬を熱く燃え焦がしてゆく。


駄目だよ・・・それ以上甘い風で煽らないで。
せっかく収まっているのに昨夜の熱がまた大きくなって、全身を駆け巡ってしまうじゃない。


拗ねる気持も分かるけど、だってプレゼントを朝一番で渡したかったから、仕上げと支度をしたかったんだもん。
ごめんね。それに寝ていてもしっかり私を抱き締めて離さないから、こっそり起きるの大変だったんだよ。
腕を解けばすぐに絡み付くし、少しでも離れれば胸の中に引き戻され更に深く閉じ込められて・・・。
もうっ! いつも寝たフリしして私を困らせるから、本当は起きてたんじゃないの?って不審に思っちゃうよ。


寝ていて無意識で求められているのが嬉しくて、このまま温もりに身を任せていたかった。
私だって名残惜しかったし、蓮が起きてくるまでの間は一人で寂しかったんだから。


もの問いたげに尚もじっと注がれる熱い視線の先が私の唇だと気付くと、私からのおはようがまだだった事を思い出した。黙首を巡らせ背伸びをしつつ、触れるだけのキスをチュッと重ねると、ようやく目が覚めたと蓮の瞳が甘く緩む。直接欲しいと言われるのも恥ずかしいけど、黙っておねだりされるのも照れ臭いよ・・・。

頬に熱さを感じていると、カウチを回り込んで私の隣に腰を下ろして身を寄せてくる。
そうだ、このプレゼントを今渡さなくちゃ!


「先に起きちゃってごめんね。実はこれを蓮に渡したくて、早起きしたの。クリスマスの予定だったのに少し遅くなっちゃって・・・新年の贈り物だよ。毎日お仕事お疲れ様、今年もいっぱい仲良くしようね」
「俺に? 香穂子からのプレゼントか・・・ありがとう。開けてみてもいいだろうか?」


胸元へ差し出された包みに初めは驚いて目を見開いていたけど、すぐに瞳を緩めて穏やかに微笑んでくれた。うん!と笑顔で力いっぱい頷くと、私の手に重ねて温もりを伝えながら受け取り、丁寧に包みを開け始める。どうしよう、緊張で心臓が飛び出しちゃいそうだよ。緊張で高鳴る鼓動を宥めながら、祈るようにぎゅっと両手を握り合わて見守るしかなくて。こんなに緊張するのは、きっと手作りだからだと思う。

じっと見つめられると何だか照れ臭いなと、そう言って頬を僅かに染めながら、困ったように照れてはにかむ彼の笑顔がちょっぴり胸をきゅんと締め付けてくれるの。その笑顔もマフラーを手に取ると、はっとしたように私を見つめてくる。


「これはマフラーか、手編み・・・だな。ひょっとして香穂子が編んでくれたのか?」
「うん。初めてだったから、あんまり上手くないけど。まだまだ寒い日が続くから、風邪を引かないように暖まって欲しいなって思ったの。音楽は身体が資本だからね」
「色合いも落ち着いていて肌触りも心地良いし、とても素晴らしい出来上がりだと思う。俺がいない間に、時間を見計らって作るのは大変だったろう? ありがとう、大切に使わせてもらう」
「喜んでもらえて嬉しい! このマフラーをした蓮をね、ずっと思い浮かべていたの・・・似合うだろうな、素敵だろうなって。男の人のマフラーの長さって良く分からなったんだけど、長さは大丈夫かな?」
「では、さっそく着けてみてもいいだろうか?」
「じゃぁ私が巻いてあげるね」


蓮の膝に置かれたマフラーを手に取り、差し出された首へそっと巻きつけてゆく。温かいなと、そう微笑む瞳が私を包み、マフラーの代りに温めてくれる。一巻き二巻き・・・けれども、くるくると巻かれていくマフラーはいつまで経っても私の膝から無くならず、反対側がさっぱり現れない。あれっ、おかしいな・・・。毛糸玉の糸巻きのように、蓮の首へぐるぐるに巻かれ膨らんでゆくマフラーと、まだ折りたたまれたマフラーの山。


これって、ひょっとして・・・!
どうしよう、マフラーを編みすぎて長くなっちゃったみたい!


喜びと幸せの頂点から羽根をもがれた鳥のように、一気に地へ叩き落された衝撃が私を襲う。さすがに事の重大さに気づき、手を止めて固まり焦り出す私に、笑みを浮かべていた蓮も心配そうに眉を潜めだした。

ちょっとどころの長さじゃなくて、軽く二人分はあるのかな。早く編み終わらずに時間がかかる訳だよね、どうしてもっと早く気づかなかったんだろう。情けなくて恥ずかし過ぎて涙が出てきそうだよ。
せっかく喜んでくれたのに・・・嬉しかったのに・・・ずっとこの日を楽しみに待ってたのに。

もう真っ白で、何も考えられないよ・・・こんなマフラー蓮には渡せない。
作り直さなくちゃって思うけど、私が今から作ると冬が終って春になっちゃう。


マフラーを首に巻き途中のまま腕を伸ばして固まり、耐えるように強く握り締めた手が僅かに震えてくる。
不安気に揺れる視線に居た堪れなくなって俯くと、緩んでいた頬は曇り、瞳が涙で滲んでいくのが分かった。


「香穂子、どうしたんだ?」
「ごめんね。やっぱりこのマフラー、蓮にはあげられない。失敗・・・しちゃったの」


蓮だってきっと分かっている筈なのに、彼の声音はどこまでも労わるように優しい。お料理に失敗した時だってそうだった、一生懸命にやった事に対しては決して私を責めたりはしない。だから余計に自分が悔しいの、蓮の為に頑張りたかったのに・・・喜んで欲しかったのに・・・。


泣いたら駄目、余計に心配させちゃうじゃない。ねぇ笑って?

心に言い聞かせながら必死で目を見開き、唇を噛み締め、溢れる涙が零れそうになるのを堪えた。
涙を振り切るように顔を上げて巻いたマフラーを解きにかかると、蓮が私の腕を握り締めて動きを止めてくる。
引き剥がそうにも強い意志でピクリトも動かず、瞳の奥まで射抜く真摯な光りが、じっと見つめたままで-----。


「俺は香穂子が編んでくれた、このマフラーが欲しい」
「駄目だよ、分かっているでしょう? 長すぎて使えないの。首がぐるぐる巻きになったり裾が長くなるし、格好悪いもの。蓮が良くても、私が嫌なの。これから編み直しても冬の間には間に合わないよ」
「失敗したと君は言うけれども、俺はそうは思わない」
「止めて、慰めなんかいらない!」
「慰めでも嘘でもない」


お願いだから返してと縋るように強く訴える私に、彼は静かに首を横に振るだけ。マフラーを握り締めたままでいた私の手をそっと引き剥がすと、今度は自分の首に巻かれていたマフラーを解き始める。
何をするのだろうかと息を潜めていると、頬を包み引寄せられ、大丈夫だと言うように鼻先へ触れるだけのキスが掠めた。


「確かに一人では使いにくいかもしれないが、これならどうだろうか?」
「えっ!?」


柔らかくてくすぐったい感触に悲しみは吸い取られてしまったようで、すっかり大人しくなった私は肩を抱かれて懐深く抱き寄せられてしまう。すぐ側にある優しい笑みを湛えた顔を困惑しながら見上げると、蓮の膝の上と私の膝を繋ぐように置かれたマフラーが、今度は彼の手によって私の首にかけられた。
私の首の次は蓮の首へ・・・交互に巻かれてゆく長いマフラーが、二人を一緒に包み込んてゆく。

互いの肩に現われた裾を綺麗に整え、ピッタリだと小さく笑いを零す吐息が頬に触れてくすぐったい。


「長いマフラーでも、こうして二人で使えばちょうど良いだろう。いつもはコートの厚みだけでなく、互いの首に巻かれているマフラーが僅かの距離を作ってしまう。寒い冬だからこそもっと君を側に感じたいのに、何とかならないものかと思っていたんだ」
「いいの? 失敗しちゃったマフラーなのに、蓮は受け取ってくれるの?」
「どうして失敗したと思うんだ? こうして君と離れずに抱き寄せ合いながら、ずっと寄り添っていられる。こんなに嬉しい贈り物は他には無い、俺がずっと願って欲しかったものだ。ありがとう、香穂子」
「蓮・・・!」
「元から自分の身体の一部だったような気さえする。マフラーと香穂子の想いと二つの温もりが、心と身体を両方温めてくれる・・・とても心地が良くて、温かいな。香穂子との外出専用だ」
「もう〜褒めすぎだよ、でもありがとう。そうだね・・・どっか行きたいな、蓮と一緒のマフラーに包まりながら」


蓮の背中へ腕を回してしがみ付き、甘えた子猫のように、緩めた頬を広く引き締まった胸へすり寄せた。
ありがとう、大好きだよって想いをたっぷり込めて。


窓辺のカウチに並んで座ったまま一つのマフラーに包まり、頬と瞳で笑みを交し合えば、愛しさと言う想いのマフラーが寄り添う互いの心と身体を離さないように繋いでくれる。頭を預けるように腕へもたれかかり、首を包む温かさの中からちょこんと振り仰げば、琥珀の瞳が私を映していた。
時を閉じ込める琥珀の樹液のように、このまま私をあなたの琥珀の中に閉じ込めて欲しい・・・。


「香穂子。もし良ければ、さっそく出かけないか? 一緒に行きたい所があるんだ。この地を選んだのもその為なんだが・・・・・」
「いいよ、お出かけしようよ。でも何処へ行くの?」
「いや・・・その・・・・・・」
「蓮、どうしたの? ほっぺが真っ赤だよ」


不思議に思ってきょとんと首を傾げた私を困ったように見つめ、実は・・・と言い淀んだけれど結局言葉に詰まりフイと視線を反らしてしまった。蓮の頬は珍しく火を噴きそうなくらいに赤く染まっていて、良く見れば頬だけじゃなくて、首とか耳までも。可愛い〜と思いながらほっぺをくっつければ、触れ合った熱さが伝わってくる。

蓮が照れて恥ずかしがる程の場所なの? 
だったら私はもっと照れちゃうかもしれないけど、彼をここまでさせる私と行きたい場所ってワクワクしてくるよね。
お願いだから教えて?と興奮と楽しみで身を乗り出す私に、降参とばかりに小さく溜息を吐き、内緒話をするように囁いてくれた。

彼の言葉に今度は私が驚いて、みるみるうちに頬が熱くなってしまったけれども・・・・・・。






公園を散策して移ろう景色を光りの中で感じよう、あなたと共に。
街を流れる川沿いをゆったり眺めながら景色に溶け込み、旅先の街を二人で散策するの。
川岸は人々にとって心の拠り所であり、川からの景色は街中からでは感じられない格別な美しさがある。
水面が煌き、石造りの建物や架かる橋までも絵画の一部みたい。私たちはね、絵の中を散策しているんだよ。


頬を刺す空気も冷たく、吐く息も白いけれど、いつもよりぴったり寄り添っているうえに、長いマフラーに一緒に包まっているから温かい。蓮が私の肩を抱き、私は彼の背中へ腕を回して、マフラーが解けないようにと互いに引き寄せ合いながら。きょろきょろ周りを見たり、目に付いたものへ駆け出そうとすれば、離れては駄目だと伝える手に優しく引き戻されてしまう。


「川辺は風が冷たいからな。寒くはないか?」
「平気だよ。マフラーも蓮も私を温めてくれるから、ポカポカなの」
「香穂子、あまりはしゃぐとマフラーが緩んで解けてしまうぞ」
「そうだったね、気をつけなくちゃ。ぴったりくっついてるだけじゃなくて、余所見もできないんだね」
「解けないように俺だけを見ていて欲しい。俺は君だけを見ているから」
「・・・もうっ、たまには前も見ないと危ないよ。私がいつ蓮を見ても、必ず視線が絡むんだもん」


照れ隠しに頬を脹らませて上目遣いで睨むと、もちろん見ているよとそう甘く囁きながら、マフラーの中で額をすり寄せ髪を絡めてくる。真っ赤になっているに違いない私に穏やかな微笑を向けて、しなやかな長い指先が首元や肩にかかった裾を丁寧に直してくれた。

ちょっと照れ臭いけど、訪れたこの街なら不思議と私たちは浮かずに、景色に溶け込んでしまえる。
私たちのように手を繋ぎながら水辺を歩いていたり、川沿いに座り肩を寄せ合いながら語り会う恋人達。
キスを交わす姿もあちこちにあって、意識しないようにしていても互いに気恥ずかしくなってしまうけれど。
蓮がこの街をデートに選んだのも、訪ねようとしている場所にも意外すぎで驚いたけど、ひょっとして私のマフラーが長くなるのを知っていたのかな? 

そう・・・ここは花の都。
街の至る所で恋人達が寄り添い、愛を交し合うっている。
一人で旅するよりも好きな人と二人、手を繋いだり腕を組んで歩くのが似合う街だから。


「ねぇ蓮、あったよ。人がたくさん集まっている、この橋じゃない? キスすると永遠に結ばれるっていう橋」
「行けば直ぐに場所が分かると言われたが、確かにそうみたいだな・・・」
「落ち着かなくて照れ臭いけど、素敵な場所だね。蓮がここへ行こうって言い出した時には、嬉しかったけどそれ以上にビックリしたの。そういうおまじないって、信じなさそうに見えたから」


川にかかるアーチ型の優美な橋の下では、一際多くの恋人達が集ってキスの嵐が巻き起こっていた。
まさかこれほどとは思わなくて立ち竦んでしまうけれど、蓮はもっと真っ赤になって私からフイと視線を反らしてしまっている。本当は赤い顔を見せたくなくて顔ごと反らしたいんだろうけど、マフラーが解けちゃうから我慢しているんだよね。好きな人と一緒にいたい願いは、世界中誰しもが同じなんだなって思った。


「コンサートのスタッフが話していたんだが、その・・・こういう話は香穂子が好きだと思ったから・・・。いや、俺自身も願いを込めたかった。一年の最初は大事だろう? 新年の瞬間こそは共に祝えなかったが、香穂子と過ごしたかった想いは俺も同じだ」
「ありがとう、蓮。ふふっ、何だか初詣の代わりみたいだね。あの・・・ね、一緒にお願い事・・・しよう?」



彼の頬から伝わる熱さが私の心を温めてくれる・・・大好きだって想いがもっともっと大きくなってくるの。
だから橋の下でお願い事を、つまりはキスをしようと。蓮のコートの裾をきゅっと握り締めながらそう言うと、甘い視線に絡み取られ息が詰まりそうになる。

どちらともなくはにかみつつ、寄り添う近い顔がもっと近付いて影を落とせば、ふわりと唇に重なる温かい柔らかさ。私は背伸びをして蓮はちょっと屈んでくれて・・・重なった唇と交わされる愛の囁きを、繋ぎ包んでくれる手編みのマフラーが優く覆い隠してくれた。



軽く触れるだけの最初のキスは、これからもずっと一緒にいられますようにとお願い事のキス。
二度目に重なった唇は、大好きだよの想いをたっぷり込めた熱い愛のキスを----------。






サイト70000打のキリ番を踏んで下さった、ゆうゆさんからリクエストを頂きました。結婚後の二人で月森の仕事で滞在中に新年を迎えたお話をというものでした。場所は甘い二人なら似合いそうな、エッフェル塔や凱旋門があるフランスの某街でと。一緒のマフラーに包まってお散歩しても、この街なら許されるでしょうか(笑)。僅かでも雰囲気が伝えられていると良いのですが(汗)。拙いものですが、いつもお世話になっているゆうゆさんに、愛と感謝を込めて捧げます。素敵なリクエストをありがとうございました!