【微睡み】 薄桜鬼・沖田x千鶴


晴れた青空を仰ぎながら、庭に面した日当たりの良い板張りの廊下に寝転べば、包まれる温もりに身も心も蕩けけ、うつらうつらと微睡み始める。この陽気なら、眠る気がなくとも、誰しもがつい寝てしまいたくなるに違いない。賑やかな屯所も隊士が巡察に出払ってしまえば、静かなものだ。

太陽を仰ぎ見ながら眩しさに目を細め、光にかざした手が小さな影を自分に落とす。剣を握る手の平の中へ力を取り戻すように、集めた光と温もりごとゆっくり握り締めた。


「・・・まったく。土方さんは相変わらず、過保護で心配性だよね」


今日は調子が良いからと言っても、「お前が言う大丈夫は、信用できねぇんだよ」の一点張りだ。体調を気遣ってくれるのだと分かっているけど、どうにも自分自身がもどかしくて。大丈夫が一番信用できない、強情な誰かさんに言われたくないなぁ・・・と、余裕の笑みで皮肉を返せば、目くじらを立てる鬼副長の怒声が降ってくる。

そんな土方さんを、穏やかに宥めていた近藤さんの為にも、今日は部屋を抜け出さずに大人しくしていようかと思う。
まぁ庭に面した廊下とはいえ、部屋の前も中もそう変わらないから。例え見とがめられても、後でなんとでも言えるしね。


「ん? この足音は・・・千鶴ちゃんかな」


微睡みかけた意識を引き戻したのは、さっと一際強く吹き抜けた風にさわさわと揺れる、心地良い草音。
そして最初は小走りに、やがて注意深く廊下を踏みしめ近付く一人の足音だった。

気配の聡さですぐに目を覚ましたものの、あえて起き上がることはせず再び瞳を閉じ、寝たふりを決め込んでみる。
ふとした瞬間に緩んでしまいそうな頬を引き締め、何でもない様子を装うのは、隠れ鬼を早く見つけて欲しい子供のような。それでいて、ちょっとだけ我慢を強いられるような・・・複雑な心境だ。


「沖田さん、やっと見つけました。こんなところで寝ていたら駄目ですよ」
「・・・・・・」
「沖田さん・・・?」


顔へ降り注いでいた日の光が、優しいひさしで覆われる。止まった足音が自分のすぐ傍らへ膝を付き、じっと覗き込んでいるのだと、目を閉じていても分かった。眠っている僕を起こさないように、でももしかしたら、目を閉じているだけかも知れない。そう微かに惑う、控えめな響きが優しく耳朶をくすぐる。

ここで目を覚まして驚かせるのも良いけれど、もう少しこのまま身を任せてみようか。そう思ったのは、優しい温もり・・・君の手の平が、ふわりと僕の頬を包んだから。君が今、どんな表情で僕を見つめているのか、触れている温もりだけでも感じるようになれたのは、いつからだったろう。

お互いの温もりを溶け合わせ、心にある想いや声を伝え合うこんな時は、抱き締めた腕の中にいるみたく微笑みを浮かべているに違いない。


「・・・・・」


息を潜める微かな君の吐息が僕の鼻先へ触れたかと思うと、やがて少しだけ手が強張り、ゆるゆると指先が動き出す。
滑らかに頬を滑り唇へ触れた指先へ、押さえきれなかった吐息がかかると、安堵したかのように再び柔らかさを取り戻した。まるで、淡い雪解けのように。

瞳を閉じたまま、ゆるゆると腕を持ち上げたら、僕の頬を包んでいる君の手にそっと包み重ねる。
ぴくりと身動きする柔らかな手を、逃さないよう優しく捕らえ握り締めて、ゆっくり瞼を開いた。 ニヤリと悪戯な笑みを浮かべ僕に、驚きに目を丸くして僕を見つめる千鶴ちゃんは、相変わらず隙だらけというか・・・本当に毎回同じ手に良く引っかかるよね。


「・・・っ。お、沖田さん!」
「ねえ、千鶴ちゃん? 呼吸も忘れて魅入るほど、僕の寝顔はそんなに面白い?」
「えっ、あの・・・その。起こしてしまって、ごめんなさい!」
「それとも、見とれちゃったのかな? このまま眠っていたら僕、君に唇を奪われていたかも知れないね」
「・・・っ! ち、違います。私はただ沖田さんが心配で!」


手と顔を勢いよく横に振りながら必死の否定をする千鶴ちゃんの、後で高く結い上げた髪がぱさぱさと跳ね踊る。更に意地悪で煽れば、うろたえるほどに耳まで真っ赤に染まり、羞恥で泣きそうに潤む瞳が、心の底の隠した本音を現していた。

素直な君が僕は好きだよと。珍しく素直な気持ちを伝えているのに、手を離して下さいと必死に睨み付けながら抗議するのは、堪えきれない笑みで口元が緩んでしまうからだろうね。だってほら、今もみるみるうちに赤くなる顔が可愛いから、もっと見たいと思うんだ。


「ふぅん? 残念だけど、この手は離してあげないよ」
「ど、どうしてですか!?」
「千鶴ちゃんが、僕を起こしちゃったから」
「・・・っ、きゃっ!」


手を握ったまま横たわっていた上半身を起こすと、その反動で傍にいた千鶴ちゃんが倒れ込んでくる。小さな悲鳴を上げた身体を腕の中へ抱き留めると、吐息がかかる近さで振り仰ぐ、黒目がちな瞳へにっこり笑みを浮かべた。起こしたのは、君が欲しいと思う心・・・だというのは、黙っておこうか。


「そういう沖田さんだって・・・・」
「ん? なぁに、千鶴ちゃん」
「私がうたたねしている時や、寝坊した時に部屋へ起こしに来てくれた時も、寝顔をじ〜っと見つめてますよね? 目が覚めると、いつもいつも最初にすごく近くで目が合う気がするんです」
「うん、眺めてるよ。だって眠っていても、君は表情が面白いしね。でも千鶴ちゃんみたく、寝顔に悪戯はしないけどな」
「ええっ! 眠っているのに、どうしてご存じなんです? まさか、寝たふりだったんですか!?」
「ははっ、なんだ。やっぱり悪戯してたんだ」
「あっ! もう〜沖田さん、からかわないで下さい!」


じっとしているだけって、意外と大変なんだよ? 口付けてくれるのならもっと早く欲しかったなぁ。大げさな溜息を吐く僕に、気付いていたのなら早く教えて下さい・・・そう、ぷぅと膨らませたままの熱い頬に手を添えて。絹のように滑らかな感触を指先から味わえば、上目遣いに見上げる眼差しに捕らわれ、小さく跳ねた鼓動が熱を帯びる。


「ごめん千鶴ちゃん、機嫌なおしてよ。お詫びに僕の秘密も教えてあげるから。誰にも言っちゃ駄目だよ?」
「はい、もちろんです! 沖田さんの秘密って、何ですか?」
「正直言うとね、僕も君を起こしに行った時には、寝顔にこっそり悪戯をしているんだよ」
「ど、どんなことしたんですか! まさか頬をつねったり、落書き・・・とか?」
「ふぅん? 知りたい?」
「もちろんです!」


消えない印を残すという点では、落書きに近いかな。そう独り言を呟いた僕を驚いて振り仰ぎ、動揺を隠せないながらも、君は腕の中で力強く頷いた。じゃぁ教えてあげる、千鶴ちゃん目を閉じてもらえる?

秘密を聞くなら耳なのでは?と不思議そうに小首を傾げながらも、素直に閉じた待ちきれない瞳に、ちょっぴり苦笑してしまう。そう・・・君と同じように、僕も眠る君の頬へこっそり触れていたのだと。あまりにもぐっすり眠っているから気付いていないみたいだけど、僕はそのまま唇を啄んでしまっているけどね。


鼻先を傾け、ゆっくりと近づける吐息が一つに重なる。
おはようと、触れた唇から聞こえそうな啄みに、ぴくりと跳ねた華奢な肩を逃げないように閉じ込めた。



ここはね、日当たりが良くて気持ち良いんだ。部屋の中にいるよりも、身体が温かくなる。
君が傍にいるから、もっと温かいよ。だからもう少し、このままでいさせて欲しいな。

心の中から溢れる素直な気持ちを伝えたら、ぱちくりと驚いたように瞬きをした君が、ふわりと優しく微笑んだ。
もしお邪魔でなければ、このまま傍にいさせて下さい・・・沖田さんが眠るまで。そう優しい日だまりの言葉と共に、僕に預けた小さな重み。

だけど先にまどろんでしまうのは、僕の温もりに負けた千鶴ちゃんの方。
あっという間にふわふわと船を漕ぎ出した温もりこそが、僕を安らぎの眠りへと誘う。