眩しすぎるのは太陽じゃなくて



ねぇ香穂さん、春の色ってどんな色だろう? ふんわりと幸せなピンク色は、香穂さんの唇や照れたときの頬みたいだ。
ふふっ、僕の心を染める大好きな色だよ。ビタミンイエローは、元気で眩しい笑顔や輝く太陽な魅力。温かなオレンジ色は、親しみやすさかな。爽やかでみずみずしさが溢れるグリーンは、生命力や自然の美しさを感じるよね。

え、それは春の色じゃないって? ふふっ、ほら・・・照れて赤くなった香穂さんは、ここに咲くどの花よりも可愛いよ。僕の心を癒し、踊らせるの春色は君。柔らかな微笑みは、春の陽に透けて輝く春の花。幾重にも重なる可愛らしい花びらの君をこの腕の中へ大切に抱きしめて、赤い恋のリボンを結わえたいんだ。春が来ると心が躍るのは、笑顔で僕に駆け寄る君を待つ気持や、こうして傍にいる幸せな温かさに似ているからなんだね。


そうだ、レジャーシートはこの芝生の丘に敷いて座ろうか。君の手料理のサンドイッチと、広がる穏やかな海と笑顔がご馳走だよ。芝生の柔らかさを感じながら、広い空と海を眺めるのは、とっても気持が良いと思わない?

そう言って寄り添った手を引き寄せ握り締めたら、恥ずかしさに赤く染まった顔をふいと背けてしまった。パステルブルーの青空や穏やかな遠くの海を眺めるのも良いけれど、もっと近くも見て欲しいな。サンドイッチを一口囓りながら呼びかけると、肩越しに振り返る君に美味しいねと微笑み、心のグラスに乾杯。肩を並べて寄り添い座る香穂さんが、ふわりと柔らかな笑顔で僕を振り仰ぐ、嬉しそうにはにかむ照れた笑顔に、また一つ僕は君に恋をするんだ。


「ふふっ、香穂さんの手料理を食べれるなんて、夢みたいだ。食後と日だまりと、君の温もりで眠くなってしまいそうだよ。ベンチに座って海を眺めるのも良いけれど、たまにはレジャーシートもピクニック気分で楽しいね。毎日が休日だったらいいのにな、そうしたら一緒に練習をした後に君の手料理が食べられるのに」
「サンドイッチ、加地くんに気に入ってもらえて良かった。練習後にはお腹が空くから、ちょっと早起きして作ったの。臨海公園にある芝生の丘では、カップルや家族連れがのんびりしているでしょう? みんなが幸せそうに寝転がったり寛いでいるから、いいなぁって思っていたの。周りのカップルさんたちみたく、お膝枕はまだちょっと恥ずかしいけどね」


出かける前までは柔らかな春の雨が降っていたけれど、ひと雨あがった今は芝生も花も光に照らされ光っているよね。まばゆい光じゃなくて、きらりと輝くまだ小さな彼らだけれど。春景色を淡く染める姿は希望にも似ていて、これから新しい何かが始まる、望みの予感を漂わせている。まるで、香穂さんが奏でるヴァイオリンの音色みたいだよ。

握った手をするりと抜け出した香穂さんは、上半身で這うように腕を伸ばし、芝生を指先で撫でながら感触を楽しんでいた。芝生が気持ち良いね、柔らかいねと嬉しそうに頬を綻ばせて。僕も芝生が誘うから寝転がってしまおうかな、寝ころびながら、広い空や流れる雲を眺めても良いよね。芝生に背を預けて空を見上げると・・・ほら、少しクリームがかったパステルブルーの青空が、広くて丸いドーム状に見えるんだ。


「ねぇ、香穂さんもどう? 芝生に寝転がると気持ちが良いよ。日だまりに蕩けると空と一つになれるから、羽ばたいているような気持になれるよ」
「寝転ぶって、加地くんの隣に? えっと、その・・・」


仰向けに寝転んだ僕の隣に座ったまま、膝の上でもじもじと手を弄りながら口籠もる香穂さんの顔が、耳や首筋まで真っ赤に染まっていくのが見えた。茹でだこに染まった顔から見えない透明な湯気を噴き出しながら、寝転ぶだけだよねと口籠もり、ぎゅっと目を瞑ってしまった。芝生が気持ち良いと言いたかったのに、一緒に寝るという単語だけが先に回り始め熱を運ぶ。吐息を絡め合う近と温もりに、急に鼓動が高鳴り熱が込み上げてしまうんだ。


慌てて上半身を起こそうとしたその時に、一瞬目を見開いたのは、大きく深呼吸した香穂さんがころりと僕の隣に寝転んだから。胸の前で両手を抱きしめながら、緊張にきゅっと身を固くしている胸の鼓動が、触れ合う呼吸から伝わってくる。
向かい合う距離は変わらないのに、寝ころんだまま見つめ合うと、頬がだんだん熱くなるのは何故だろう・・・香穂さんがいつもよりずっと近くに感じる。このまどろみはきっと、日差しだけでなく君と溶け合っている証なんだね。

例えば膝枕だと、僕は気持ち良いけれど枕にしている香穂さんはずっと座ったままで大変だよね。それにちょっぴり距離が遠いけれど、こうして二人並んで寝転べば距離も近いしどちらも気持ち良いと思うんだ。


「・・・っ、香穂さん!?」
「へへっ、私も寝転がっちゃった。加地くんの言うとおり、芝生がとっても気持ち良いね。こんなに柔らかくてふかふかで・・・お布団みたいだとは知らなかった。いつもは自分の目線の景色しか見えないけれど、空の青さと広さを改めて気付いたの。このまま青い空に飲み込まれちゃいそう・・・ちょっぴり怖いくらい」
「じゃぁ香穂さんが飛んでゆかないように、しっかり手を握り締めているよ」
「ありがとう、加地くん。 ふふっ、太陽も温かいし加地くんの手も温かい。この温もりを、ずっと閉じ込めておけたらいいのになぁ。昼間は温かいけど、日が暮れると寒くなるでしょう? ぽかぽかを閉じ込めておけば、夜の寒さや一人の寂しさも平気だと思うの」


並んで歩く時のように、お互いに横を向き、自然に生まれる微笑みの視線を合わせながら伸ばした指先が、そっと触れ合い求め合うように絡まり合う。でも切なげに眼差しを揺らす君の手は、眩しく輝く太陽に向かって伸びるけれど、届きそうで届かない光を手の平が覆い隠してしまうだけ。小さく溜息を吐くと、光に目を細めたまま力なくしなやかな腕が降ろされた。僕も、君の温もりをずっと腕の中に感じていたい・・・。


「ねぇ香穂さん、どうか悲しまないで。太陽は遠い存在じゃない、手の中に届くんだよ」
「え? でも、どうやって?」
「温もりをずっと閉じ込めておく方法・・・そして高みに照り輝く太陽に触れる方法を、僕は知っているよ。香穂さんが僕に教えてくれたんだけどね」
「私・・・が?」


きょとんと不思議そうに小首を傾げた香穂さんが、答えを教えてと興味津々に身を乗り出してくる。お互いに横たわったまま、鼻先が触れ合う距離は更に近さを増して、唇が触れ合いそうなくらい甘く熱く吐息を絡ませて。気付かない君の背後に回した腕を引き寄せて、驚きに目を見開く香穂さんを腕の中に抱きしめた。驚かないで・・・何もしないから安心して、ね? 身動ぐ君に落ち着いてもらいたくて、額に降らせた優しいキスでは、何もしないという答えになっていないかも知れないけれど。


「えっと・・・か、加地くん!?」
「君が奏でるヴァイオリンや君自身は、僕にとっては遠い憧れだった。だけど、届かないと思っていたのは、自分で自分の限界に線を引いてしまっていたからなんだよね。寄り添うために追い求める大切さを、真っ直ぐでひたむきな君が教えてくれた。伸ばし続けた手が届いたから、太陽はここにある・・・日だまりを閉じ込めた君を抱きしめたら、こんなにも温かい。僕の全てを眩しく照らす温かい存在は、空に輝く太陽じゃなくて香穂さんだよ」


指先の一本一本で感触を確かめながら、しっとり吸い付く頬を包み込み、心は潤む輝きの瞳に吸い込まれて。花に舞い降りる蝶のように甘い唇を啄めば、香穂さんから伸ばされた手が僕の頬へ伸ばされた。

温かいね・・・・眩しいね、と雨上がりのような微笑みで胸に擦り寄る君は、僕だけの太陽であり可憐な春の花。
柔らかな芝生と日だまりと、身も心も蕩けるお互いの温もりは、穏やかな眠りを誘う至福の臥所。