首筋

傾けられた重心の先にあるのが何であるのか、俺はもう知っている。
真っ直ぐに心に響いてくる暖かい音色と共に、君の全てに捕らわれずにはいられない。


ヴァイオリンを奏でている時の香穂子の表情は、一人のヴァイオリニストだ。天真爛漫な笑顔の面影を残しつつも、いつもは見ることの出来ない、どこか大人っぽさを感じさせる。


それだけではない。
演奏の邪魔にならないようにとジャケットを脱いでいるため、彼女の上着はキャミソール1枚だ。
きめ細かく柔らかそうな肌。
ボウイングで弓が滑るたびに、キャミソールからチラリと見え隠れする胸元。
それに今日の香穂子は珍しく、暑いからと髪の毛をアップに纏めている。
いつもは髪に隠れて見えない白い首筋が、何とも言えず艶めかしくて・・・。


白く柔らかそうな首筋に惹き付けられ、目を離すことが出来ない俺の心の中で、警鐘が鳴る。
お願いだからこれ以上俺に、きみの姿を見せないでくれと。
このまま見ていたい・・・捕らわれていたいと思う反面、自分がどうなってしまうか自信がないから。


俺も一応男なんだ。
夏は薄着の季節とはいえ、無防備過ぎるのも少し困ってしまう。

俺らしくない。これ以上は、演奏に集中できそうにないな・・・。


「香穂子、そろそ休憩にしないか?」
「そうだね、少し疲れたかも。お茶入れるね」



曲の切れ目で声を掛けると、ヴァイオリニストの表情からいつもの笑顔に戻った香穂子に、少しだけホッとしている自分に苦笑してしまう。


「あ・・・上着・・・着ないのか?」
「いっぱい演奏して身体動かしたから暑くなっちゃった。寒くないから平気だよ」


そういう意味ではないんだか・・・。


「いや・・・あの・・・」
「蓮くん、どうしたの? フフッ、変な蓮くん」
「香穂子・・・・・・」


楽器を置き、キッチンへと向かおうとする香穂子を思わず引き留めてしまた。
駄目だ・・・もう、限界だ。


振り向く彼女を背後から抱きしめ、白いうなじに引き寄せられるように口づけた。心のままに強く吸い上げて、ひときわ鮮やかな赤い花を咲かせる。そのままなぞるように首筋を辿り、根本にも深紅の花を咲かせた。


「ん・・・っつ・・・・・・蓮・・・くん・・・そんな所にしたら・・・見え・・・ちゃうよ!」


前に回された俺の腕に強く縋り付いて、吐息混じりに甘く囁く声に、どうしようもなく心が掻き乱されてしまう。


「こうすれば平気だろう?」
「ちょっと蓮くん!」


束ねていた髪飾りを外すと、しなやかな髪がサラリと流れ落ちた。白い首筋を、咲かせた赤い花ごとカーテンのように覆い隠す。スローモーションのようにゆっくり流れ落ちる様は艶やかさを漂わせて、目を奪われずにはいられない。


「もう、蓮くんってば。せっかく上手に髪の毛まとめ上げたのに!」
「いつもと違う君を見せられてしまったから、止まらなくなってしまった・・・すまない」


少し怒らせてしまっただろうか。
でも君だっていけなんだ。俺をこんなにも夢中にさせてしまうから。
真っ赤になって上目遣いに睨んでくる君に、申し訳ないと思いながらも可愛さに頬が緩みそうになってしまう。


「じゃぁ、隠れてたらしないんだ」
「いや・・・。隠されていたら、余計に気になってしまうんだ」


そっと髪をかき分けて再び現れた白い首筋に、吸い寄せられるように口づけた。
白い中に鮮やかに咲いた赤い花。君という花と甘い蜜に引き寄せられる、俺は蝶か蜜蜂か・・・。


「もう・・・・・・隠せない所は駄目だからね」
「では見えない所に・・・」