呼吸困難



せっかくの晴れた休日なら、外で気持ち良くヴァイオリンを弾いたり、風を切りながら走るサイクリングも最高だ。そう窓の外を眺めながら午後の予定を立てていると、机の上に広げた参考書に囲まれる香穂子が、難しそうに眉を寄せて唸る声が聞こえる。あんたって勉強してても、顔がくるくる変わって面白いよな。

英語の課題を教えて欲しいと朝から呼び出した香穂子に、教える俺に得な事は一つもないんだけど・・・と最初は断るつもりだった。だけど「私の部屋で二人きりになれるよ」という最高の切り札を出され、いとも簡単に理性は陥落。情熱という欲望は正直だと、呆れを通して、いっそすがすがしい気持ちになってくる。


「ねっねっ、桐也」
「なんだ、もう課題解けたのか。早いじゃん」
「課題はあとちょっとなの。それよりも・・・家庭教師と生徒って、何だかドキドキしない?」
「は、家庭教師? 俺とあんたのこと?」
「うん。秘密の恋人みたいな、ちょっと大人な響きがするよね。お部屋での勉強は一人でも誘惑がたくさんだけど、二人だともっとたくさんだなぁって思ったの」
「秘密も何も、俺たち付き合ってるじゃん」


小さな折りたたみ式の木目テーブルに、額が触れる近さで向かい合う。俺の解説を聞きながら、熱心にテキストを解いていた香穂子の手がふと止まると、内緒話をするように身を乗り出し、楽しげな瞳を寄せてきた。そういうんじゃなくて!とじれったそうに机を叩きながら興奮するけれど。おい、ただでさえ近いんだから、それ以上こっち来たら額も唇も・・・くっついちまうだろ。


「あんたって、ホント想像力豊かだよな。俺と英語じゃなくて、恋の勉強がしたかったのか? いいぜ、このままベッドに行っても。明日課題が終わらなくて困るのは、香穂子だぞ」
「べっ、別にそんな意味で言ったんじゃないもん。桐也のエッチ!」
「なっ・・・俺のせいかよ。だったら部屋じゃなくて、健全な図書館にすりゃ良かったじゃん」
「だって図書館だと、桐也と楽しくお話ししながら勉強ができないんだもの・・・。ほら、スキンシップって大切でしょ?」


ムキになって反論するほど照れ臭くなるのは、本当のことだから。
小さな動揺を抑えるのに必死だって言うのに、あんたは無邪気に俺の理性を揺さぶるんだ。

英語を教える俺が家庭教師であんたが生徒で・・・俺と家庭教師ごっこがしたいわけ? 拗ねたように唇を尖らせながらの上目遣いが、悔しいけどマジで可愛くて。その後を甘くねだるような響きに誘われ鼓動が高鳴り、香穂子の後にあるベッドが嫌が応でも視界に入る。


俺の部家にしなかったのは、少しでもアウェーな方が理性が持つかと思ったのに、甘かったな。俺の部家だと緊張して大人しくなるあんたが、自分の部屋だと安心するから、こっちが照れるくらい無邪気になるんだ。このまま香穂子の部屋にいるのは危険だな・・・たぶん夕方まで出てこられない気がする。そうなる前にさっさと課題を終わらせて、二人で公園にでもヴァイオリン弾きに行くとするか。


「んっ、とどかないっ・・・」
「どうしたんだ、今度はソワソワして。腕を回したストレッチとか、体操か?」
「違うもん。何かね、朝からずっと背中がかゆいんだけど、自分じゃ届かなくて。虫にでも刺されたのかなぁ」


火照り始めた身体を沈めなくてはと、瞳を閉じて深呼吸を始めた衛藤の気持ちも知らず、香穂子はそわそわと身動ぎ始めてしまう。虫ヴァイオリンの集中力は凄いのに、どうして苦手な勉強になると落ち着かないんだろう。 肩越しに自分の背中を振り返る香穂子は、一生懸命手を伸ばすが肝心の場所には届かず苦戦しているらしい。


静かにじっと勉強するってこと、出来ないのかと諫めるけれど、助けて・・・うるうるした瞳で見つめられたら敵わないじゃん。
だってもう我慢できないんだもの、そう零す切なげな吐息に鼓動が大きく飛び跳ねた。赤みを灯らせる甘い吐息ですがる様子が、ベッドの中で俺を欲しがるときに似ていたから、余計にタチが悪いぜ。知ってるよ、可愛いあんたが悪いんじゃなくて、その色っぽさに惚れて我慢できない俺が悪いんだってね。


「ほら、こっち来いよ。俺の手、貸してやるから」
「本当!? ありがとう桐也!」


小さな折りたたみ式のテーブルから身体を離し、あぐらを掻いた脚をポンポン叩いて香穂子を膝に招く。嬉しそうに瞳を輝かせた香穂子が転がる勢いでテーブルを越えてくると、俺の膝が大好きだと、頬を綻ばせながらちょこんと腰掛けた。パズルのピースがはまるように、しっくり落ち着く二人の位置。あんたが二人きりの時だけ見せてくれる、恋人同士の甘さと優しさで、心と背を預けてくれるんだ。

俺もこうやって、あんたを後から抱き締めるのが、好きなんだぜ。


「えっとね、私がかゆい所を、服の上から指先でカリカリして欲しいの」
「で、背中のどの辺りが痒いんだ?」
「真ん中・・・かな。あ、もうちょっと上・・・それだとちょっと行き過ぎかも」
「けっこうじれったいな」
「ごめんね。ここだよって教えたいんだけど、私の手が届かないんだもの。桐也は・・・その、私でも気付かない気持ち良いところを、ぴったり見つけてくれるよね。だからお願いしたの・・・」
「そうだな、宝物探しは得意かも。あんたが喜ぶ顔が見たいから」


後ろ向きだから表情は見えないけれど、きっと林檎みたく真っ赤になっているんだろう。耳や首筋まで赤く染まっているのが見えるし、触れる肌が服越しでも火照るのが感じるから。嬉しいけど・・・改めて真っ直ぐ可愛いこと言われると、マジで照れるじゃん。いつもは恥ずかしがるのに、羞恥を堪えてまで伝えてくれたのが嬉しくて、身体の中心からじんわり熱くなるのを感じる。

気持ち良さと開放感に蕩けるあんたの顔、絶対に可愛いと想うから、いつの間にか無乳になって背中へ指を這わせ、地中に埋めた宝物を探す俺がいる。まるで、身体の中心に埋めた指で抜き差し掻き回しながら、言葉に出来ない気持ちよさのツボを探すように。ほら、あんたがそう言ったから、意識しちまうじゃん。


「あっ、そこ! 桐也の人差し指が、今触ってるとこ!」
「ここか?」
「ん〜っ、気持ちいい。蕩けそう・・・!」
「・・・・・!」


我慢していたかゆみが解放された気持ち良さに、心の底から幸せな笑顔を浮かべて蕩けるあんたは、日だまりで丸くなる猫みたいだ。一際高く上がった艶めく声に、ドクンと音を立てて血が沸騰するのを感じた。ヤバイだろこれは・・・蕩けそうなのは、俺の方だぜ。指先が探り当てたのが、ワンピースの上からでも分かる、胸の下着のラインってのが、もっとヤバイ。

落ち着けと自分に言い聞かせながら、指先を強めたり弱めたりを繰り返すうち、すっかり力の抜けた香穂子はくってりと膝の上で円くなっている。もう良いだろうかと指を離せばかゆみがぶり返すらしく、止めちゃ嫌だと潤んだ瞳でねだるんだ。

このまま触れてるだけじゃ、満足できなくなる・・・あんたも俺も。


「む〜ん。今朝早く起きてお風呂に入ったら、お風呂上がりにポカポカ眠くなっちゃって。バスタオル巻いたまま、ベッドに突っ伏して、ちょっとだけうたた寝しちゃったの。きっとその時に刺されたのかなぁ。お母さんがね、蚊が飛んでいるみたいだから気をつけなさいって言ってたのに。ねっねっ、赤くぷちゅんって腫れてる?」
「風邪引くから裸でうたた寝なんて、頼むから止めろよな。痒いなら薬でも塗れよ、何かぷっくり膨らんでるのが服の上からでも分かるぜ。やっぱ虫にでも刺されたんじゃん?」
「どうしよう、うたた寝なんてしなければ良かった・・・デートなのに。そんな跡、桐也に見られたら恥ずかしいよ」


背中の真ん中なんてきわどい位置なんて、日常生活ではまず見えない。見えるとしたら甘い空気に満ちた部屋で、キスと共に始まるベッドの中で、ひっそりと素肌を晒すひとときに。

しゅんと肩を落としてうなだれる香穂子を抱き寄せ、膝に座らせたまま、すっぽり覆い包んで抱き締めた。触れ合う身体の全てで温もりを伝え心を解きほぐしながら、背後から髪にそっとキスをする。優しい花の香りが鼻腔をくすぐり、あやしているはずの俺が穏やかな気持ちをもらっているような・・・そんな気持ちが溢れてきた。


「香穂子、ちょっとじっとしてろよ」
「えっ!? ・・・きゃっ! 恥ずかしいから見ちゃ嫌っ!」
「あんたって、本当に可愛いよな。虫さされ一つくらいで、がっかりしたり嫌いになるわけないじゃん。白い素肌に跡を付けた虫だか蚊が、もし目の前に飛んでいたら、間違いなく捕らえていただろうけどな」


どうしたら元気になってくれるだろうと、抱き締めながら考えて、出した答えが心のままに感じる想いを素直に伝えること。言葉と行動と素肌の温もりと、そして唇で・・・。膝に座る香穂子を片腕で抱き締め直し、耳に囁きかけると、もう片手はワンピースの裾を持ち上げ一気にまくり上げる。

空気に晒された素肌の眩しさに思わず目を細めた。指先で背をなで上げる素肌はシルクのように滑らかで、触れた瞬間に感じる柔らかさと吸い付くみずみずしさに、もっと先を求めてしまう。間にも、羞恥に赤く染まる身体が身動ぐのを、難なく抱き締める腕で押さえ込み、胸を覆うブラのホックを静かに外した。


前から隠すように押さえる背後では、開かれた場所に現れた、小さな赤い膨らみが一つ。熱とかゆみで香穂子を困らせた赤い実へ唇を寄せそっと吸い付き、キスをして。舌先で転がすように舐めながら、大好きだと想いを伝えて癒してゆく。


「んっ・・・桐也、くすぐったい・・・・・」
「あんたを悲しませる実は、俺が食べてやるよ」
「私の課題、先に終わらせてからするんじゃ・・・無かったの?」


蕩ける潤みの瞳で振り返る、香穂子の唇にキスを重ね、熱い吐息ごと甘い蜜を吸い取った。キスの合間に「あとは自分でやって」と告げれば、驚きに目を見開き頬を膨らます・・・嘘だよ、ちゃんと後で見てやるから。

宥るキスで唇を含んだり啄んだり、胸を押さえて隠す手を解きほぐし、片手は胸の膨らみを包み込む。指先の中で形を変える感触を楽しんでから、中心の膨らみを摘めば、脳天を焼き焦がす甘い吐息がこぼれ落ちた。求めても求めても止まないキスを交わしながら、腰を抱き締めていた腕は、そのまま薄い下腹を辿り脚の間へ。下着の隙間から差し入れた指先を、水気を帯びる秘所へ忍ばせ・・・後は鼓動の早さで熱く追い立てられるだけ。


最初から欲しいと願っていたのは、俺だけじゃなく、あんたも同じだって知ってるんだぜ。一度火が付いた身体を押さえるのは、お互いの身体でしかないから。酸素を求めて喘ぐ隙間を与えないほどキスを重ね、捕らえた舌に吸い付き絡めめ合おう。さぁ今度は秘めた泉の中から、快楽というもう一つの大切な宝物をしを始めるぜ。


部屋での二人勉強は、あんたが言うとおり、確かに誘惑がたくさんだ。でもヴァイオリンの練習した後にデートするみたく、勉強の後にお互いの身体で、秘密の恋の勉強ってのも、たまには悪くないって俺は思うぜ。

お、そういえば背中の虫さされ、かゆみは収まったか? え、まだだって? 
そんなもん、忘れるくらいに熱くて夢中にさせてやるよ。
大丈夫、木は森に隠せっていうだろ。同じような跡がたくさん付いたら、きっとどれが花で虫さされか分からなくなるから。