鼓動は思うより正直で



朝の目覚ましはなかなか起きないのに、冷えすぎは良くないと言い聞かせてセットした、冷房のタイマーが切れると同時に目が覚めるのは本当に不思議だと思う。それでいて朝を待ちきれない太陽はとっても早起きだから、せっかく寝付いたと思っても、窓から差し込む強い光で元気良く起こしてくれるの。

もっと優しく起こして欲しいなと、朝なのに昼間みたいな明るさを放つ、夏の空に向かって語りかけてみる。
あぁそういえば朝一番から、こんなにも強く強烈に私を起こしてくれる人が、一人だけいたよねと。まだ半分眠りの海を漂う意識の中で思い出す。眠い・・・とっても眠いよ。瞼とまぶたがキスをしてしまいそう。


眠そうな顔をしたら、あなたはきっと私だけの目覚ましで、眠い身体を起こそうとするんだよ。
それは大変! 目が覚めるどころか、再び目を閉じてしまうかもしれないから・・・寝ぼけてるだろって言われる前に、ちゃんと目を覚まさなくちゃ。そう思っていたのに、想い描いていた声が強い力で、心地良い眠りの海から呼び戻した。




「・・・なた、小日向、 おい小日向」
「・・・ふぇ?」
「俺がいないところで、その可愛い寝顔を晒すなよ。他のヤツらにはもったいない」
「えっ・・・東金さん!」
「俺とコーヒーを飲むために待っていたのか? 良いだろう、朝の一杯を一緒に飲んでやる。小日向、俺にもコーヒーだ」


朝の透明な光に包まれる菩提樹寮のラウンジで、椅子に座りながら瞳を閉じて、ゆらりふわりと眠りの船を漕いでた小日向を、いつのまにか隣の席に座っていた東金が身を屈めて覗き込んでいる。ゆるやかに瞼を開くと、蕩けた眼差しで、いつの間に寝ていたことに気付き、寝顔を見つめられていたのだと気付いて、一気に顔へ熱が集まりだした。


このコーヒーは自分の為であって、別に待っていない・・・そう強気で言いかけた言葉を飲み込んだのは、見慣れたいつもの制服姿とは違い、ラフな私服姿だったから。黒のジャケットに白のタンクトップ、大きく開いた胸元の鎖骨に、思わず見とれてしまう。雰囲気の違いに驚き、眠気を忘れてほうっと吐息を零したところを、すっかり見抜かれていたようで。組んだ脚を解きながら身を乗り出し、ぐっと迫る顔に胸の鼓動が大きく跳ね上がる。


「小日向?」
「・・・はっ、すみません。まだちょっと眠くて、ぼ〜っとしちゃいました」
「どうだか、俺の私服姿に見とれていただろう? お前は嘘がつけないから、すぐ分かる。俺に惚れない訳がない」
「私の寝顔、いつから見てたんですか!?」
「さぁ、いつだったか。お前、寝てる間にも、俺の名前を寝言で呼んでたぜ。眠りながら俺を誘うなんて、大胆じゃねぇか」
「・・・・・っ!」


俺に惚れてるだろと自信満々に言われて、驚くと同時につい素直にこくんと頷いてしまう。だろうな、そうニヤリと笑みを浮かべる東金は、ほんのり頬が桃色に染まり始める小日向を嬉しそうに見つめている。

ラウンジに今来たばかり・・・ではないらしい。まさかと思いつつラウンジにある時計を見ると、5分も針が進んでいた。
そんな・・・一瞬の瞬きをパチクリしたつもりだったのに、どうして!? きっと時計が壊れているんだと心に言い聞かせるけれど、眠気覚ましに入れたマグカップのホットコーヒーが、いつの間にか冷めたアイスコーヒーになっていた。


いやそれよりも、からかって楽しんでいるのだと分かっているけれど、寝言で名前を言ったのが本当だったら、恥ずかしすぎる。眠っていて覚えていないのが悔しい・・・でも、言ったような気もする。本当は目が覚めて一番に出会ったら、嬉しいなと思っていたなんて、あなたには内緒だよ。照れ臭いから、つい強がってしまうの。


「熱帯夜が続いて、寝不足なだけですよ。冷房のタイマーが切れる度に目が覚めちゃうから、全然眠れなかったんです」
「昨夜は特に暑かったからな、さすがに俺も寝苦しかったぜ。早めに起きてシャワーを浴びたところだ。しかしよく寝てたな、俺が悪戯しても、全く気付きやしねぇ」
「東金さん、悪戯って何したんですか! 顔に落書きとかだったら、どうしよう・・・」
「落書き? あぁ付いてるぜ、お前の頬にくっきりと。俺のキスマークが」
「えぇっ! いつの間に・・・」


慌てて両頬を手で押さえれば、顔全体が火を噴くように熱い。手のひらに感じる頬の全てが熱く疼いて、一体どこかキスされた場所なのかがわからない。東金の名前を呼ぶ寝言だけでも恥ずかしいのに、更にキスされても気付かず眠っていたなんて、恥ずかし過ぎる。

そう自分に言い聞かせている心の声が聞こえたのだろうか。ニヤリと笑みを浮かべながら、「眠っている小日向にキスをしたのは本当だ。跡は付いていないから安心しろ」と。安心なのかそうでないのか・・・さらりと告げられた衝撃発言。跡が付いていないのは良かったと、素直にほっと胸を撫で下ろした自分は、すっかり東金の思うツボなのだろう。


ポンと弾けた鼓動が全身へ熱さを巡らせるから、心までも焦がすの。ドキドキしすぎて心臓が幾つあっても足りないよ。
もう、いつもこうなんだから。あなたは余裕の笑顔だけど、私だけが顔を真っ赤にしながらドキドキしているの。好きで、大好きで、溢れるこの想いごと溶けてしまいそう。


「っ、ははっ! 顔が真っ赤だぜ、お前は本当に飽きないな」
「酷い、また私をからかったんですね」
「寝顔で誘うから、キスで応えたんだぜ。お前を腕の中に抱きながら朝を迎えたら、どんな寝顔を俺に見せてくれるんだ?」
「恥ずかしいこと、言わないで下さいっ。熱くなっちゃいますっ」
「熱くさせてるんだよ、お前をな。だがまだ眠そうだ。よし、可愛い小日向の為に俺が目を覚ましてやろう」
「えっ、今ですか? どうやって?」


どうやって目を覚ますんだろう、すごく気になる・・・嫌な予感もちょっとするけど。困ったように眉根を寄せて考え込みながら、小首を傾げて悩む小日向に、「じゃぁ見せてやろう」、そうとっておきの悪戯を披露する前の子供みたいに、楽しそうな笑みを浮かべて。椅子から立ち上がって俺の所へ来いと、有無を言わさない強さで招いてくる。


コクンと頷き、素直に隣へ座る東金の元へ歩み寄ると、腕を掴まれぐっと強く引き寄せられて。招くように脚を少し開いて座るところへ、正面から飛び込み、覆い被さるようにしがみついてしまう。くらりと傾ぐ身体をしっかり抱き留めたのは、椅子に背を預ける東金の広い胸と腕だった。


慌てて謝り顔を上げれば、広く空いたタンクトップの胸元、鎖骨が綺麗に浮き出た素肌に押しつけられる。驚きに目を見開き呼吸をも潜めながらじっとしていると、そっと優しく抱き締める背中の手があやすように撫でてゆく。イイ香りがする・・・朝のシャワー上がりだからかな。大好きな人の香りに包まれながら、触れたり抱き締められると、安心するし癒される。


「東金さん、離して下さいっ。もうすぐ朝ご飯の時間だから。みんなラウンジに来ちゃいますよ」
「離すもんか、もう少しこのままでいろ。俺の腕の中にすっぽり収まるぜ、お前。ちょうど良い抱き心地や触れる肌の安心感・・・俺とお前は身体の相性も合うみたいだぜ。嬉しいだろう?」
「もうっ、恥ずかしいこと言わないで下さい。私の目を覚ますって、抱き締めてびっくりさせることですか!?」
「朝の目覚めに必要なのは強い光、そして身体の外側と内側から体温を上げることだ。熱いシャワーを浴びたり温かいスープを飲むのも一つの方法だが、こうすれば俺もお前も熱くなれる。どうだ、目が覚めたか」


頬を膨らましながら拗ねるように見上げたけれど、自信たっぷりな笑みを浮かべるだけ。
蕩けそうなくらい、熱い。熱すぎて、逆に意識が遠くなりそう・・・ふわふわする。

引き寄せられた椅子に膝を乗り上げるように、向かい合わせに抱き締められた身体は、脚の上に器用に座らされて。お前の場所はここだと、満足そうに腰を引き寄せながら髪を撫で梳き、甘い呪文で頬を包まれたら。不安定な脚から転げ落ちないように、強くしがみつく私の吐息も鼓動も・・・何もかもがあなたの思うまま。

二人を一つに溶け合わせるのにぴったりな、優しい力加減。次第に熱を帯びる皮膚から伝わる身体の感覚が、春の目覚めのように少しずつ目覚めていくのがわかる。


「熱く無いし、眠気は取れません」
「胸の鼓動の早さと、触れ合う肌の熱さは嘘を吐かないぜ。俺を意識してるだろう、お前の早い鼓動が俺の心を熱くする。朝から力が漲るぜ」
「もう〜これが病みつきになったら、毎日抱き締めて私を起こして下さいね。でも私だって気付いちゃいました。ピッタリ触れ合う東金さん胸からも、燃える熱さとドキドキ早い鼓動が振動みたく私を震わせるんです。ふふっ、ドキドキしてるのは私だけじゃないんですね。東金さんも、目が覚めました?」
「熱帯夜の睡眠不足には昼寝が効果的だ。ついでに昼寝の腕枕もしてやるぜ。いいか小日向、迂闊にうたた寝して、可愛い寝顔は誰にも見せるんじゃねぇ。俺だけに見せればいい」


食べ頃のピンク色に染まる頬で、抱き締められた腕の中から甘えるように見上げれば、髪に絡む指先がしなやかに顎を捕らえた。上向きにされるがまま見つめ合い、息も出来ない熱さが鼓動をアレグロよりも早く走らせる。いいだろう、とそう囁いて艶めく瞳はどこか挑戦的で、背筋から甘い痺れが駆け上る。


笑顔でコクンと頷くと背中に腕を回して、沸き上がる嬉しさのまま強くしがみついた。甘く緩めた瞳で見つめる先は、唇。ゆっくり顔が近付き触れた柔らかな熱が、これ以上私を蕩けて霞ませたら、目が覚めるどころか桃色の霞へ意識を飛ばしてしまいそうだから。