簡単に聞いてこないで

森の広場のベンチに座り、ピンク色のコンパクトな二面式の携帯ゲーム機を手とペン型のスティックを持つ日野は、画面を突付きながら夢中になっている。ベンチの真ん中に座る君の隣には俺がいて、なぜか反対側に土浦も一緒で。腕を組みながら互いに視線を背けている俺たちに、喧嘩しないでね?と無邪気な笑顔で振り仰ぐ。


「月森くんも土浦くんも、呼び出してごめんね。私がメール送ってすぐに来てくれたからビックリしちゃった、二人とも同時なんだもん。しかも音楽科の校舎にいる月森くんの方が遠いのに・・・ひょっとして走ってきてくれたの?」
「あ、あぁ・・・君に何かあったかのかと、心配になったから。だが無事でよかった」
「お前、紛らわしいメールよこすなよな。何があったかと思うじゃねーか。呼び出されるこっちの身にもなってみろ」
「えーっ!?土浦くん、そんな冷たいこと言わないで? 困った時には俺を頼れって言ってくれたじゃない。男に二言はないんでしょう? 私、本当に困ってたから二人に助けて欲しかったの」


手に持ったピンク色のゲーム機を差し出しながらこれが解けないのと、頬を膨らませて拗ねる日野に困り果てた土浦が溜息を吐き、解いてやるから・・・と降参の白旗を揚げた。協力者を得て機嫌を取り戻した彼女は今度は俺に、月森くんも頑張ろうねと満面の笑みを向けてくる。ひとつのベンチに三人も座ればかなり窮屈だ。ぴったりくっつく脚や肩先から感じる柔らかさと温もりが、くすぐったくて落ち着かない。


どうやら俺たちは、日野が解けずにいるゲームを攻略する為に呼ばれたようだ。しかし何故この面子なんだ?
それに土浦が溜息を吐きたい気持ちも分かる。俺も脱力感で崩れ落ちたい身体を支えるのがやっとなのだから。





『もう駄目・・・! お願い、助けて欲しいの』


短い一言だけの切実に訴えるメールを日野から貰ったのは、昼休みが始まってすぐだった。
どんな時もひたむきに、自分の力でやり遂げようとする彼女が俺に力を求めてきたんだ。きっと、何か大きな事があったに違いに無い・・・そう思った。いてもたってもいられず考えるよりも早く身体が反応し、気づけば教室を飛び出ていた。走りながら携帯で居場所を聞き出した森の広場へ向けて、こんな力が自分にあったのかと驚く速さで。


それなのに・・・祈るように両手を前へ組み合わせ、潤む切なげな瞳でじっと見つめてくる姿が浮かんで離れなかったのは、俺の思い込みでしかなかったのか。


日野の元へ辿り着いたのは俺と土浦がほぼ同時。切れた息を肩で整えながらも、まずは彼女を気遣う俺たちに向けられたのは、ゲームを手を止め振り仰いだ蕩ける眩しい笑顔だった。その時初めて振り回されたと気づいたが、笑顔を見せられればもう何も言えなくなってしまうんだ。結局俺たちは、日野の頼みにはとことん弱いらしい。


「学校にゲーム機なんて持ってくるなよな、家でやれ家で。それ今流行ってるヤツだろう? クラスの奴らも休み時間になるとみんなやってるけど、まさかお前までとは思わなかったぜ」 
「これをやるには、絶対にこのメンバーしかないって思ったんだけどな。面白いのに〜土浦くんはやらないの?」
「俺は小さい画面は苦手だ。やるならテレビの大きな画面で、スッキリやりたい」
「土浦くんは手が大きいから、ちっちゃいとイライラするのかな? でも難しくてやりがいあるんだよ」
「そういえば俺のクラスでも、何人かが集まってやっているのをみかける。面白いのか?」
「うん! このうさぎさんがね、とっても困っているから力になりたかったの。何だか他人には思えない親近感があるっていうか・・・あっ、ほら! 一人よりも二人、二人よりも三人の力を合わせた方が上手くいくって思の」
「このゲームは知能テストのようなクイズなんだろう? 自分一人の力で解かなければ意味無いんじゃないのか?」
「もう、月森くんまで〜うさぎさんと狼さんと熊さんが、川を渡れなくて困ってるの。だから一緒に考えよう?ね?」


困っているのは君だろう・・・そう思うが、小首を傾げて愛らしく頼まれれば嫌とは言えない。
差し出された小さな画面には真ん中に川があり、左岸には小さないかだが浮かんでいる。いかだのある岸には首に赤いリボンを結わえた白いうさぎの他に狼と熊、そして大きな荷物が一つ。うさぎの荷物を二匹の動物が運ぶのを手伝うストーリーのようだ。ようするにこれらを、いかだを往復させながら反対岸まで運べばいいのだろう。

だがそれよりも、寄せて来る髪から漂う甘い香りに酔わされ、意識が奪われてしまいそうだ。


「この小さいいかだには、二人分までしか乗れないの。荷物も一人分の重さって考えてね。うさぎさんは小さくて力が無いから、一人で大きな荷物を運べなくて。だからお手伝いの為に狼さんと熊さんがいるんだけどこの二人、気は合うはずなんだけど、どうにも仲が良くなくてすぐ喧嘩になっちゃうの」
「どこかで聞いたような話だな・・・」
「ね? やっぱり月森くんもそう思うでしょう? ほら土浦くんも眉間に皺寄せてないで、ちゃんと考えてね。しかも二人ともうさぎさんのお友達だから、どっちかとずっとペアにしとくと、片方が焼もちやいて拗ねちゃうの。荷物を放っておくとカラスが突付きに来ちゃうしどうにも上手くいかなくて・・・ねぇどうしたらいいかな」
「「・・・・・・・・・・・・・」」


クイズそのものはよくあるパターンだが、うさぎと狼と熊の三匹の関係と似たような状況を知っている。
まるで俺と日野と土浦と・・・この場にいる三人みたいじゃないか。そう思ったのは俺だけでないようで、反対側にいる土浦も腕を組みながら難しそうな顔をしていた。相変わらず笑顔の君の真意は分からないが、だからわざわざ俺たちを呼んだのだろうか。


日野は膝の上で握り締めたゲーム機を眺めながら、みんな一緒にいかだへ乗れたらいいのにねと、俺たちに語りながら悩み、どうしたものかと首を捻っていた。思惑はどうであれ、君の為に力になりたい想いは変わらない。
暫し考えを巡らせ彼女に呼びかけると、期待に輝かせた瞳でじっと食い入るように俺の答を待っている。


「・・・二人しか乗れないのなら、いかだを大きく作り直したらどうだ? 君の言うように皆が乗れれば往復する順番を悩まずに住むし、一番効率が良いと思うんだが」
「へ!? いかだを大きくするの? でもそれじゃぁ・・・」
「おい月森、そんな手間暇が無いから、わざわざ往復して運ぼうって言っているんだ。最初からそれが出来てりゃ苦労しないぜ。最も作るとしたところで、不器用なお前に出来るとも思えないが」
「あくまでも考えの一つに過ぎない、俺が作るとは言ってないだろう。君ならどうするんだ?意見を聞かせてもらおう」
「ちょっと月森くん・・・」
「俺なら泳いで渡る、先に向こう岸で待ってりゃ問題ないだろう」
「ねぇ土浦くんも・・・・・・」
「ならば君独りで泳げばいい、俺はごめんだ」
「そうか、ヴァイオリニスト様は泳げないのか」
「何だとっ!」


売り言葉に買い言葉で両者一歩も引けず、勢いのままその場に立ち上がってしまう。一触即発の冷たい火花を静かに散らす俺たちを、真ん中にいる日野はおろおろと交互に見上げ、必死に宥めていた。やがて肩を落として俯きわなわなと肩を震わせていたのを、全く気が付けずにいた僅かの後・・・。すっと立ち上がった彼女が割って入り、強く握った拳を振りながら大きく叫んだ。突然の事に動きも呼吸も一瞬止まり、俺も土浦もただ呆然と癇癪を起こした日野を見つめていた。


「もうっ二人とも! いい加減にしてーっ!」
「「日野・・・」」
「喧嘩しちゃ駄目っ、仲良くしてねって言ったじゃない。どうして直ぐに二人とも突っかかるの! これじゃぁうさぎさんたちをを助けるどころか、逆に笑われちゃうよ」


頬をぷぅっと膨らませ、唇を尖らして睨む日野は、怒りのあまり耳や首筋まで真っ赤に染めている。もうこうなったら言い争っている場合ではなく、今度は俺たちがうろたえるしかない。すまなかった、機嫌を直してくれと・・・・。


「答が現実的過ぎるの、私だってそれくらい分かってるよ。でもね、これは脳みそを鍛えるゲームなんだから!」
「すまなかった、日野・・・もうしないと君に誓う。だから、機嫌をなおしてくれないか?」
「別に喧嘩じゃねぇよ、熱く意見を合わしあっていただけだ。なぁ月森」
「あ、あぁ・・・そうだな」
「・・・・・・本当? じゃぁ二人とも、これから二人きりになっても喧嘩しないって約束してくれる?」
「は!?」
「おい、どういう事だ?」
「あのね、喉が渇いちゃったから購買にジュースを買いに行きたいの。すぐに戻ってくるから、それまでに月森くんと土浦くんの二人でこのゲームのクイズを解いてて欲しいな。ちゃんと二人のも買ってくるから心配しないでね。ここに置いておくから自由に使ってね。いっその事、エンディングまで攻略しても全然オッケーだよ」


そう言うと持っていたピンク色の小さなゲーム機を座っていたベンチに置き、止める間もなく駆け出してしまった。
数歩先に行った所でくるりと振り返り、行ってきま〜すと大きく手を振っている。
小さく消えてゆく背中を見送りながら、ポツンと取り残されたのは俺と土浦と、彼女の名残である小さなピンク色の携帯ゲーム機が一つ。パステルカラーのピンク色が、やけに無邪気で小悪魔に思えて仕方が無い。

何がオッケーだよと、溜息を吐きながらもゲーム機を取り上げた土浦が、閉じていた画面を開いて持ちにくそうに細い操作用のスティックを握った。ピンク色が似合わないなと思ったが、あえて言葉に出さずに飲み込む事にする。


「・・・という訳だ、日野の為にお前も考えろよ」
「・・・・・君と二人というのはいささか不本意だが、仕方が無い」
「溜息吐くなよ! お前、いちいち一言多いな」


何がオッケーだよと、溜息を吐きながらもゲーム機を取り上げた土浦が、閉じていた画面を開いて持ちにくそうに細い操作用のスティックを握った。ピンク色が似合わないなと思ったが、あえて言葉に出さずに飲み込む事にする。
昼休みの森の広場でベンチに座る男が二人、小さな一つの画面を見つめているのはちょっと異様な光景かもしれないが。君の願いなら、たまには協力するのも悪くは無い。


「うさぎと狼と熊・・・難しいと思ったが、今ようやくこのゲームが解けそうな気がしてきた。これは俺たちなんだな」
「珍しく気が合うな、俺も同感だ。こうなったら、全部完全Sランく攻略で、あいつが戻ってきたら驚かせてやろうぜ」


自力でゲームを説く事を放棄した彼女が、代りに俺たちに攻略してもらいたかったのか。
それとも三匹の動物を俺たちに見立てて、何かを訴えたかったのか・・・・・・・・。



ところで赤いリボンを巻いたうさぎが日野なら、狼と熊は一体誰がどちらなのだろうか?
答を知りたいようなそうでないような、複雑な気分だ。一番重要な問題は、実はそこなのかも知れない。