シュガーピンク・フラワーズ



君を待ちながら両手で抱き締めるのは、ころんと丸いピンクの花たちを、そのまま束ねたシュガーピンクのクラッチブーケ。花色は可愛い君をイメージした、濃淡のグラデーションが甘くロマンチックを伝える、キャンディーカラーのピンクだよ。幸せの期待感にワクワクしながら、光に溶けてしまいそうなほど優しい色合いに、心も身体も踊らせてたくなる。


香穂さんをすぐ見つけられるように、大きな花束の脇から顔を覗かせれば、通り過ぎる人や同じように誰かを待つ人たちが、うわ〜という感嘆の吐息で花束に視線を送っていた。恋人への贈り物だと、みんなは思うのかな・・・そう考えただけでも、照れてしまうけれど。香穂さんはこの花束よりも素敵なんだよ。彼女の可愛らしさと笑顔を、きっとこの花束が引き立ててくれると思うんだ。もちろん、どんなに可憐な花も君という花には敵わないけどね。


誕生日のデートには、とびきり大きな花束で君を待つよ。これは僕のプレゼントであり、香穂さんへのプレゼントでもあるんだ。 誕生日にはどんなプレゼントを贈ろうかと悩む香穂さんが、数日前に何が欲しいのかを直接聞いてきたから。本人が欲しいと思うものを贈ろうと思うのと、大きな瞳で僕を捕らえながら興味津々だったよね。

僕が欲しいものはお金じゃ買えないんだ、甘い菓子でも煌めく宝石でもない。例えるなら、とびきり大きな花束かな? 


不思議そうに首を捻る君は、降参だから答えが知りたいとねだってくる・・・僕が欲しいものはたった一つ、それは君だよ。
誕生日は毎年やってくるけれど、今までの誕生日と今年新たに迎える誕生日は大きく違う。そう、君がいる毎日はいつだって特別だけど、誕生日はもっと特別。とびきり大切で特別な一日になる予感がするのは、大好きな香穂さんと一緒に過ごせるからだって思うんだ。

誕生日プレゼントには君と過ごす一日が欲しいな、君がいれば他には何もいらないよ。だから朝から夜まで君と二人で楽しもう。え? それではどちらの誕生日か分からないって? そんな事無いよ、香穂さんのとびきり可愛くて素敵な笑顔を、ずっと独り占めできるもの。僕にとって君の存在全てが、最高のプレゼントなんだよ。


「はい、香穂さん。僕からのプレゼントだよ」
「加地くん、この大きな花束を私にくれるの? でも今日は加地くんの誕生日でしょう?」
「もちろん今日は僕の誕生日だよ。この花束は、僕の為の誕生日プレゼントになる花束なんだ。ふふっ・・・思った通りだ、やっぱり花よりも香穂さんが一番可愛いね。香穂さんとピンクの花束が、まるで一つのブーケみたいだよ」


約束の時間ぴったりに、待ち合わせ場所へやってきた香穂さんが、僕を見つけると嬉しそうに笑顔を綻ばせて大きく手を振った。嬉しさが押さえきれない子犬のように駆け寄るけれど、とびきり大きな花束を抱えた僕にびっくりして、目の前で立ち止まってしまった。そのお花・・・と瞳を見開いて呟く香穂さんへ託すと、戸惑いながらも受け取った花に可愛いねと頬を綻ばせ、指先で花びらを突いている。ころころと揺れる花を会話を楽しみながら、可愛いお花がたくさんだねと花の種類を数える途中で指先が止まってしまった。

ふと我に返ると困ったように微笑み、ふるふると力なく首を振って、受け取った花束を僕に差し出し返してきた。どうしたの香穂さん? 君の笑顔が見たいと思ったのに元気がないなんて・・・ほら、ピンク色の花たちが心配しているよ。


「・・・ごめんね、加地くん。気持は嬉しいけどこの花束は受け取れないよ・・・」
「どうしたの、香穂さん。もしかして花・・・気に入らなかった? 年の数だけ揃えたんだけど、大きすぎたかな」
「違うの、だって今日は加地くんの誕生日だよ。この大きな可愛い花束を、加地くんがお祝いで誰かにもらったのなら、私が受け取っちゃいけないと思うの。お花には贈った人の想いがきゅっと詰まっているんだよ、贈ってくれた人に悪いよ・・・」
「花には想いがこもるなんて素敵だね、まさにその通りだよ」
「え!? どういうこと?」
「これはね、僕が自分で買った花束なんだ。だから心配しないで。香穂さんだって自分の誕生日には、自分の為にご褒美の買い物をするでしょう? 香穂さんへのプレゼントであると同時に、僕への誕生日プレゼントでもあるんだ。僕が欲しいもの・・・香穂さんのとびきり可愛い笑顔を見るために、花を買ったんだよ。言ったでしょう、僕が欲しいのは君だよって」


その証拠に誕生日を迎えた年の数だけ、ちゃんと花があるから数えてみてね。笑顔でそういうと頬がほんのり桃色に染まり、照れながらもまだ納得しきれない複雑な表情で、抱えた花束に指先を這わせた。上を向く花たちを数えてゆくしなやかな白い指先は、甘い蜜を求めて花から花へと飛び回る蝶みたいだ。僕は花や蜜よりも、香穂さんの指や唇に留まる蝶になりたいな。


「私が加地くんのお花をもらって良いことは分かったよ。でもね、1,2,3,4・・・ほらやっぱり。何度数えても加地くんが迎えた、新しい誕生日の年の数にはお花が一本足りないの。知ってた? ケーキのキャンドルはちゃんと数が揃わないと年が重ねられないんだよ、だから花束も同じだって思うの。このままだ大変、加地くんが誕生日を迎えられなくなっちゃう!」


懐に飛び込んだ香穂さんは僕の腕をジャケット越しにきゅっと掴み、早くお花屋さんに行ってもう一本買おうと、真っ直ぐ見上げながら腕を揺さぶっている。僕のために必死になってくれる香穂さんの想いが嬉しくて、握り締められた腕から感じる熱さが心の奥を震わせた。ねぇ香穂さん落ち着いて、僕は大丈夫だよ。


「最後の花はちゃんとここにあるよ・・・香穂さんが抱き締めている花と一緒にね。ほら、いろんなピンクを集めた花たちの中に、とびきり可愛くて砂糖菓子のように甘いピンク色の花が咲いているんだ。香穂さんなら、きっと分かると思うよ」
「えっ加地くん、どこどこ? お願いだから私に答えを教えて?」
「僕の目の前にいる・・・新しく迎えた年に相応しい花は香穂さん、君だよ。香穂さんが抱き締めている花束の数と、君自身の両方を合わせると年の数。ね? 誕生日を迎えた新しい年の数分だけ、ちゃんと花があるでしょう? 僕が欲しい誕生日の贈り物は、花と香穂さんでとびきり大きな花束。僕にとって一番好きな花は、砂糖菓子よりも甘くて可愛い君だから」


しゅわっと見えない湯気を昇らせて真っ赤に染まった香穂さんは、花束の中心で一際鮮やかな花芯になった。
熱い心に蕩けるシュガーピンクの君を、両手に溢れる花束ごと、そっと腕の中へ抱き締めた。君という恋の色をしたとびきり大きな花束は、一年に一度のバースデーに訪れた幸せの形。ナチュラルな花そのものを束ねたクラッチブーケのように、摘み立ての甘く優しいロマンチックを、想いの数だけ二人で一緒に束ねようね。


ころんと丸いピンク色を束ねた色とりどりの花たちが示すのは、惹かれて止まない香穂さんの魅力。そして大きな花である香穂さんは、これから二人で共に歩む未来。これまで一人だった僕は本当の花を手に入れたんだ、永遠に心に咲き続ける想いの花をね。