回数制限

真っ白い皿に盛られているのは、赤く色付いた大粒の苺たち。皿の白さが苺の鮮やかさと艶を際立たせ、美味さをそそっている。ティーカップの中には、そのまま浮かべるには大きすぎるから、薄くスライスしたものを浮かべたストロベリーティー。甘酸っぱい香りが、リビングのテーブルを包み込んでいた。



香穂子は向かいよりも近くにいられる俺の斜め隣にあるソファーに座り、苺の盛られた皿を目の前に掲げている。瞳を輝かせながらじっと見つめたり、嬉しさを溢れさせる笑顔で一粒一粒を指で突付いたり・・・。くるくる変わる表情は、まるで苺と会話をしているようだ。小さな宝物や宝石を見守る興奮にも似ていて、俺は苺の代わりに君を見つめながら、微笑ましい無邪気さについ頬が緩んでしまう。


一口では食べ切れない大粒な苺を一粒摘み取り、口元に運ぶものの食べる様子は無く、まずは興味津々と観賞するだけで。一体いつになったら食べるのだろうかと思った頃に、ようやく香穂子は口を開けてぱくりとかじりついた。一瞬目を見開き、頬と瞳を緩めながらジタバタと脚を踏み鳴らし、凄く甘いね〜美味しいねと。自分のを食べる事も忘れ、俺の方が蕩けてしまいそうな甘くて幸せな笑みを浮かべていた。


「香穂子に喜んでもらえて良かった。以前、苺が好きだと言っていただろう? 頂き物なんだが、家族が留守がちな為に食べ切れなかったんだ。まだ沢山あるから、好きなだけ食べるといい」
「本当!? 蓮くん、私の好きなもの覚えててくれたんだね。嬉しい〜ありがとう! もうね、テーブルの上がキラキラして眩しいの。こんなに大きくて甘い苺、初めて食べたよ。どうしよう、ほっぺが緩みっぱなしなの」
「好きな事をしたり、美味しいものを食べている時の君は、満ち足りた表情をしていて幸せそうだな」


君が好きなものや大切にしているものは、俺にとっても大切。
君を知るたびに興味を持つものや好きなものが増えていった。そのお陰でこうして一緒に楽しんだり感動出来るし、夢中になって喜ぶ君が何よりも大好きだから。君と二人で、もっと好きなものを大切にしたいと思う。


「小さい苺をたくさん食べるのもいいけど、やっぱり大きくて、甘みがギュッと詰まっているのは幸せだよね。小さいのみたいにいっぱいは食べられないけど、少ない数で心もお腹もいっぱいになるんだもの」
「香穂子は小さな粒の苺が皿に沢山と、もう一つの皿には大粒の苺が数個あったら、どちらがいい?」
「んーとね、両方!」
「それはまた・・・随分と欲張りだな。いや・・・本当に苺が大好きなんだな」
「うん! 私ね、苺が大好き。毎日食べても良いな〜。色も形も可愛くて、食べると甘酸っぱさと香りが、口の中でパーッと広がるでしょう? 胸がキュンと痺れて締め付けられるの」
「すまない・・・俺には良く分からないんだが、それはどんな感じなんだ?」


俺には苺は苺という果物以外の何物でもないが、彼女にとっては少し違うようだ。
俺が分からないのが不思議に思うのか、それとも表現を探しているからなのか・・・。
困ったように俺を見つめながら眉根を寄せ、不思議そうに首を傾けている。


だが目の前にある誘惑に負けたようで、深く考える事を途中で放棄し、緑の房を摘んでぱくりと苺を口にかじりついた。赤く色付いた唇に吸い込まれる同じ色の苺、それだけでも魅力的なのに。指先に付いた果汁を愛らしい舌を覗かせぺろりと舐めている。見せる表情とささやかな仕草の数々が鼓動を跳ねさせ、目が離せない。
俺は苺よりも君を食べたい・・・食べられたいとさえ思うんだ。


「どんなって言われても、う〜ん・・・。あ、そうだ! あのね、蓮くんが好きだなって感じた瞬間のときめきとか、キスしてくれた時のフワフワに似てるかな? こう・・・甘くて好き過ぎて、でもほんのり酸味が切なくて。言葉にならない想いが胸に詰まっ感じだよ」
「・・・・・・そうか、良く分かった・・・」
「あの・・・ね。蓮くんは、小さい苺がいっぱいと、大きな苺が一粒だったら・・・どっちがいい?」
「そうだな・・・俺も、両方」
「ほ〜ら! やっぱり蓮くんだって、欲張りさんじゃない」
「香穂子に関しては、俺はいつだって欲張りだ。小さなキスが沢山と深いキスを一回、どちらも捨てがたい」
「も、もう〜蓮くんってば。今は苺の話だったのに・・・」


頬に苺が実ったのではと思うくらい赤く染めた香穂子は、恥ずかしそうに俯き、膝の上でもじもじと手を弄っている。微笑を注ぎながら自分の皿から苺を一粒摘み取り、一口かじれば口の中に広がる甘みと程爽やかな酸味が広がり、ゆっくりと染み渡ってゆく。時折ちらりと視線を上げては絡まって、更に頬の赤みを増しながら。



苺の味はキスの味・・・恋の味。
どちらも甘酸っぱくて心を満たしてくれるもの。
君に微笑まれているような、包まれているような・・・何処か心地良い疼き。



今まで考えた事も無かったが、苺の味・・・なるほど、香穂子が言っていたのはこの感覚だったのか。苺が好きだと言っていた言葉や嬉しそうな笑顔が、俺が好きだと真っ直ぐ伝えているようで照れ臭さと熱さが込み上げるようだ。確かにもっと浸っていたいと、次々に手を伸ばしたくなる。




君の好きな苺に想いを馳せるのもいいけれど、俺がいて君がいて・・・互いを満たすとびっきり甘い果実がここにあるから。香穂子・・・と優しく名前を呼びかけて身体を向けると、両腕を差し伸べた。
こっちへ来ないかとそう微笑を注ぎ、俺と香穂子だけの指定席へ彼女を招く為に。


照れてはにかみながら頷くとソファーを立ち、いそいそと俺の元へ駆け寄ってくる。俺の脚の間へちょこんと腰掛けた彼女を背後から抱き締め深く閉じ込めると、くすぐったそうに小さく笑い声を漏らしながら身動ぎをして。上半身を捻って振り向いた頬の隣へ並べるように、一粒の苺を摘み持っていた。


ほんのり染まったままの頬と苺と、どちらを先に頂こうか真剣に悩んだ数秒後、差し出された苺に一口かじりついた。美味しい?と小首を傾ける君に返事の笑顔を返せば、嬉しそうに頬を綻ばせた笑顔が重なる。唇の周りに付いた果汁を、指先がゆっくりなぞって拭い去るのだが、まるで口付けのように熱くて落ち着かない。


心地良さに瞳を細めて見守る中、唇の中心で押し当てられたしなやかな指先。薄く開いた唇の隙間から、舌を覗かせて舐めてしまおうか。しかしふと思い留まったのは、潤みかけた蕩ける視線を向けていた香穂子が、突然しゅんと瞳を曇らせポツリと呟いたから。どこか耐えて辛そうで、何か考え事をしているように見えたんだ。


「香穂子、どうしたんだ?」
「好きなものは毎日食べたいって思うけど、たまに食べるから美味しいのかな・・・」
「苺の話しか?」
「うん。ほら・・・小さいくて気軽に食べれる苺も幸せだけど、それだけだと物足りなくて。でも沢山ありすぎると当たり前になるというか、また苺だって嬉しさが半減するかもでしょう? たまにとびっきり大きくて甘い苺を食べると、やっぱり好きだな〜って心が震えるんだよ。だからね、お互いの好な想いを高めるのに、キスも同じなのかなって・・・たまにするのが良いのかって思ったの。キスしすぎて、もういらないって言われたら悲しいし・・・」


まさか、キスの回数を制限するつもりなのか? それは困る、断じて却下だ。
求めたい時に君の唇が欲しいし、押さえ込んだら触れた時にどうなってしまうか分からない。
俺に問いかけてはいるものの、言い出した君の方が、今にも泣きそうに悲しい顔をしているじゃないか。


身体をめいいっぱい捻って俺に向かい合い、縋りつくように仰ぎ見る。唇に触れる指先が次第に震え、肩先を支えにしがみ付く指先の強さが、彼女の心の叫びを伝えていた。


小さな粒や大きな粒のように、想いを重ねて交わすキスも、軽く啄ばむものから呼吸を奪う深いものまで。
好きだと想い求めるが故に周りや先が見えなくて、不安に捕らわれる気持も分かる。
だが苺とキスは別物だ、きっと同じにならないと思うから・・・どうか辛い選択に苦しまないで欲しい。

そっと頬を柔らかな包み込み頬と瞳を緩めると、偽り無い想いを届ける為に瞳を見つめた。


「不安に思う香穂子の気持も分かる。だが俺はそうは思わない」
「蓮くん・・・」
「苺の味は同じだが、君の唇は味わうたびに違うんだ。出会った頃を思い出させる甘酸っぱいものや、一つに重なった熱さを思い出させる甘く熟したものまで。重ねるごとに深みを増してどんどん甘くなる。だから何度でも味わいたくなるんだ。もっと欲しいと思うのに、飽きることなどありえない」
「やっ、やだもう〜。正直に言われると恥ずかしいよ・・・」
「小さい苺にも大きい苺にも、それぞれ美味しさと楽しみがある。俺たちのキスも同じだと思う。だから香穂子も、どちらか選べず両方食べたいんだろう? 小さな苺も大きい苺も」
「えっ!? でもあれは、キスじゃなくて食べたい本物の苺の話だよ。でもあの、えっと〜えっとね・・・私も、蓮くんの苺なら、毎日両方欲しいな」
「良かった・・・。どうかキスの数を減らそうだなんて、思わないでくれ。俺にとっては心の栄養だから、香穂子の唇が味わえないと困ってしまう」


真っ赤に顔を染める香穂子にそう言うと、吐息が触れる肩越しにふわりと笑みを咲かせ、甘い吐息を絡ませてくる。座った脚の間で向かい合い易いように体勢を変えると、背伸びをする背中を支えるように抱き締めた。



重なったのは、甘酸っぱいストロベリーの味がする君の唇。
苺を使ったデザートや菓子は多いけれど、やはり生の苺そのものの美味しさには敵わないと思うのは、飾らないそのままの君が好きだから。


「俺も、苺が好きだよ」


何度でも、沢山味わいたい。君という甘さが詰まった、恋の果実を------。