一瞬の永遠




「ところで小日向、お前は昼飯と俺のどっちが楽しみだっんだ?」
「へ? えっと・・・」
「おい、そんなに悩むことかよ。お腹が空いたから昼ご飯・・・だなんて言うんじゃねぇだろうな」


照りつける灼熱の日差しも広がる緑の下では影となり、吹き抜ける風も爽やかな涼しさを運んでくれる。二人きりで過ごせるからこそ昼飯が待ち遠しかったってのに、「お腹が空いてたんですね」と。いつも笑顔で返す鈍感なお前に、たまには俺からの仕返しだぜ。焼け付く夏の暑さを凌ぐには水辺が一番だが、森の広場の木陰も悪くないな。小日向かなでの手作りの弁当を食べる東金千秋が、手を止めて訪ねると、突然の強気な質問に可愛い困り顔で暫く考え込んでしまう。


「・・・東金さんに会えるのが、すごく待ち遠しかったです」
「ほう、小日向。言うようになったじゃぇか。ようやく認めたか。俺も同じ気持ちってこと、いい加減気付よな・・・鈍感。まぁいい、だったら何でもっと俺の傍に来ないんだ? お前、俺から少し離れすぎじゃねぇか?」
「そ、そんなことないですよ。お弁当食べるには普通の距離だと思います」
「二人で練習するときは、もっと近いだろうが。これじゃぁ腕を伸ばしても、お前に手が届かねぇ」


眉を寄せたまま腕を伸ばすが、座ったままでは少し遠くて小日向には届かない。これでは肩や腰を抱き寄せることも、ふいにキスをすることだってできやしない。ならば自分から動くか・・・と、立ち上がった東金が小日向の隣へ腰を下ろすが、ほうっと蕩ける笑顔が浮かんだのもつかの間。我に返るときょろきょろと落ち着き無く周囲を見渡し、遠くから数名の女性と立ちの視線が集まっていることに気付くと、一歩距離を詰めたのを避けるように後ずさってしまった。

おい・・・どうして俺を避ける?と不機嫌そうに眉をしかめながら、これ以上は行かせねぇと視線で射貫きながら腕を掴む。
だが困った顔はやがて瞳が潤みだし、涙を必死に堪える泣き顔へと変わってしまう。


「小日向、お前今日は変だぞ。口数少ないし、落ち着きないし」
「だ、だって・・・森の広場には、他にもたくさん人がいるんですよ。学院の中にも外にも東金さんのファンがいますし・・・私にキスするよりもほら、ファンの方たちを大事にして下さい。ね?」
「今までは平気だったのに、突然どうしたんだ。昼飯時は俺のプライベートな時間だって、何度も言ってるだろ。大事なお前と二人きりで過ごす時間にまで、ファンサービスはしねぇ主義だ。それともあいつらに、何か言われたのか?」


真夏の暑さに項垂れる草木が多い中、毅然と咲く真っ赤な百日紅みたく赤い頬の小日向が、堪えるように強く唇を噛みしめていた。ふるふると小さく首を横に振り、何にもないですよ?と一生懸命浮かべる笑顔もどこかぎこちない。視線を遠くにやれば、キャァと小さな喚声がどこからとも無く聞こえてきて、これか・・・と答えが読めてくる。

俺は勘が冴えてるからな。隠し事ができないお前のことだから、すぐ分かるぜ。零れる溜息が緑の木陰を抜ける爽やかな風となり、さわさわと音を立てて頭上に咲く赤い花を揺らした。


「ファンに何やっかまれたのか知らねぇが、自信をもて。お前は俺が認めたヴァイオリニストだ、お前の演奏は俺たち神南を破ったんだからな」
「東金さん・・・」
「ほら、名前。もう恋人同士なんだから俺のことを千秋と呼べと、何度注意したら直すんだ? 態度がよそよそしくなると、気持ちまで離れちまうだろ・・・俺はそんなの許さねぇぞ」
「千秋・・・さん」
「そう、それでいい。さて・・・と、弁当も食べ終わったことだし、食後にはやっぱりアレだよな」
「あれって・・・あっ! すみません千秋さん、食後のお茶ですよね」


眉を寄せながら違うと言えば、他には何だろうと不思議そうに小首を傾げている。お前が淹れる茶も飲みたいが、それはもう少し後だ。分からないのか? ニヤリと口元を上げる東金になるほど!と笑顔で身を乗り出すが、 すぐに萎んだ風船みたく小さく俯いてしまう。お前の表情はすぐ変わるから、本当に見ていて飽きないな。


「食後と言えばデザートが欠かせないだろう?」
「ごめんなさい、今日のお弁当にはデザート用意していなかったんですよ」
「じゃぁ小日向、お前がデザートになれ。甘い果実なら、ここにもあるだろ? お前の中が俺でいっぱいになるヤツが、さ」


立ち上がって場所を移動するふりをしながら、さりげなく小日向の正面に膝を付き、周囲の視線から自分の背中で小さな身体を覆い隠した。指先で顎を捕らえたら俺の目を見ろ・・・そう、そのまま目を閉じろ・・・呪文のように甘く囁いて。素直に瞳を閉じた唇を、吐息が掛かる近さでじっと見つめたまま。今かまだかと待ちかまえながら真っ赤に染まる頬や唇。

自然と緩む頬を押さえきれず笑い声を零した俺に気付き、拗ねたお前の顔がたまらなく可愛いぜ。


「ははっ、真っ赤になった。そろそろ食べ頃か?」
「もう〜からかわないで下さい! だったら私から先に食べちゃいますからね?」


熱く柔らかな感触で唇を啄まれたのは、ほんの一瞬。精一杯強がったキスだと気付くまでに時間が掛かったが、スローモーションのように流れる時間は、どこまでも甘く優しく永遠に。俺はお前を手放さない、だから愛されている自分自身を・・・俺を信じろ。

夏に咲くどの鮮やかな花や、薫り高いバラよりも、お前は俺を惹き寄せる・・・。俺がお前を手放したくないんだ、例え一瞬でも。自覚が無いのなら、俺がどれだけお前を気に入ってるかってこと、後でたっぷり分からせてやるぜ。